小学生編・第4話 「学校生活リスタート」
次の日の朝、しゅんは目覚ましよりも早く目を開けた。
窓の外はすでに明るく、薄く雲がかかっている。小鳥の鳴き声が心地よく響いていた。
布団から飛び出し、顔を洗い、髪を整える。
鏡の中の自分に向かって笑いかけると、七歳の顔が不思議そうに笑い返した。
(よし、今日も最高の一日にするぞ)
家族の前で「おはよう」と挨拶し、母と弟に微笑むと、すぐに【〇:母を手伝う】と選択肢が浮かんだ。
もちろん迷わず【〇】を選び、母が台所で食器を洗う横で、ちゃぶ台の上を片付ける。
「まあ、ありがとうね。最近のしゅんは本当にえらいわ」
母が嬉しそうに言い、弟も「お兄ちゃんすごい!」と手を叩く。
こんな小さなことで、家族が喜ぶのだ。たったこれだけで空気が変わる。
ランドセルを背負い、元気に玄関を飛び出すと、母が見送りに出てきた。
「いってらっしゃい、しゅん!」
「いってきます!」
大きな声で返事をすると、母が目を細める。その顔が胸に沁みる。
(こうして毎日、正解を積み重ねる。いつか、この人をもっと幸せにするんだ)
◇ ◇ ◇
学校に着くと、昨日よりもさらに周囲が変わっていた。
「内田、おはよう!」
「昨日のドッジボールすごかったな!」
「今日も一緒にやろうぜ!」
クラスのあちこちから声がかかる。
以前の人生では、誰からも話しかけられず、居場所のない毎日だったのに。
たった数日でここまで変わるとは、正解の力はやはり本物だ。
席につくと、また青い選択肢が浮かぶ。
【〇:隣の席の子に話しかける】
【×:ノートを開いて黙る】
(もちろん、話しかける)
「昨日のドッジボール、楽しかったな!」
声をかけると、隣の男子が「うん! また一緒にやろうな!」と笑った。
授業中も、先生が質問するたびに選択肢が現れる。
【〇:手を挙げる】
【×:黙っている】
答えに自信がなくても、【〇】を選べば自然と正しい答えが口から出る。
すると先生は嬉しそうに「いいぞ、しゅん!」と褒めてくれる。
(なるほど……質問や発言も【〇】を選べばいい。こうして少しずつ、信頼を積み重ねるんだ)
昼休みになると、また声がかかる。
「内田、こっちこっち! 昼メシ一緒に食べようぜ!」
(……ああ、これも昔の俺にはなかった景色だ)
教室の隅に座り、一人でパンをかじっていた過去の自分が、今は輪の中心にいる。
母の弁当を開くと、みんなが「うまそうだなー」と覗き込む。
ちょっと誇らしい気持ちになる。
午後の授業も順調に終わり、放課後になると、またグラウンドに集まった。
「内田、今日も頼むぞ!」
「ヒーローだからな!」
昨日のドッジボールでの活躍がすっかり広まり、期待される立場になっていた。
当然、また選択肢が出る。
【〇:積極的に前に出る】
【×:今日は控えめにする】
(よし、前に出よう)
ボールをキャッチし、投げ返し、またキャッチする。仲間から声援が飛ぶ。
選択肢の力もあって、ミスすることなく動ける。
試合が終わると、みんなが「やっぱ内田がいないとダメだな!」と口々に言った。
(こんなに必要とされるなんて、初めてだ……)
心の奥がじんわりと温かくなる。
◇ ◇ ◇
帰り道、ランドセルの中のノートを取り出しながら歩く。
昨日書いた一行の下に、新しい目標を書き足した。
「みんなの中心に立つ」
その言葉を書き終えると、不思議と胸がスッと軽くなる。
(俺は変わった。もうあの頃の俺じゃない)
家の玄関を開けると、母が台所から顔を出した。
「おかえり、しゅん」
「ただいま!」
大きな声で返すと、母が小さく笑った。
居間に入ると、ちゃぶ台の上にはまたあの味噌汁が湯気を立てていた。
弟が座って待っていて、母が箸を揃えてくれる。
(ああ、これが俺の居場所だ……)
ちゃぶ台の前に座り、手を合わせた。
(明日も、正解を積み重ねる。もっともっと、この家を、俺を、最高にしてやる)
その決意と共に、しゅんは味噌汁を一口啜った。
昆布と味噌の香りが、身体に染み渡る。
(まだ、始まったばかりだ……)