小学生編・第3話 「選択肢の発現」
次の日、しゅんは昨日よりもずっと早く目を覚ました。
七歳の体は、少し動くだけでも軽く、寝起きのだるさもほとんどない。
布団から飛び起き、歯を磨きながら鏡の中の自分を見つめる。
(ここからが本当の勝負だ)
昨日、母の味噌汁を口にしたとき、確信した。
これは夢ではない。やり直しのチャンスだ。
そして、頭の中に現れる【〇】【×】の選択肢……。あれがあれば、間違えずに歩いていける。
でも、あの選択肢がいつ、どういうときに出るのかはまだわからない。
とにかく、今日も実験してみよう。
ランドセルを背負い、居間に降りると、母が台所でエプロン姿のまま、こちらを見て笑った。
「おはよう、しゅん」
「おはよう!」
昨日よりもずっと大きな声で挨拶する。
その瞬間——。
【〇:母と目を合わせて笑う】
【×:急いでご飯をかきこむ】
青い文字が、母の顔の横にふわりと現れた。
(来た……!)
思わず胸が高鳴る。
「正解」の選択が見えるというのは、やっぱり本当だ。
迷わず【〇】をイメージして選ぶと、母も少し驚いたように目を丸くしてから、やさしい笑みを返してくれた。
「今日はなんだか、いつもより元気ね」
(よし。これが正解だ)
朝食の間も、母が嬉しそうに話しかけてくれた。昨日までよりも、ずっと空気が柔らかい。
食事を終えると、弟が「いってらっしゃい」と手を振ってくれた。しゅんは弟の頭を軽く撫でて、「またな」と笑う。弟は少し照れくさそうにして、母がそんな二人を見ていた。
(こうやって、家族の小さな幸せを積み重ねるのも、正解のひとつなんだな……)
家を出ると、外は爽やかな青空が広がっていた。
(さて、今日は学校で何が起きるか)
期待と不安が入り混じるなか、歩いていると、また青い選択肢が現れた。
【〇:友達に自分から話しかける】
【×:無言で席につく】
(これは昨日も出たな……やっぱり、自分から話しかけるのがいいんだろう)
【〇】を選び、教室に入ると、隣の席の男子が「おはよう、内田!」と先に声をかけてくれた。
「おはよう!」
そう返すと、その男子が笑顔になり、近くにいた数人も「おはよー!」と挨拶してくれる。
(昨日よりもさらにスムーズだ……)
机に座っても、隣の男子が休み時間に遊びに誘ってくれたり、先生が「元気がいいな」と褒めてくれたりと、以前の人生とはまるで違う景色が広がっていた。
(正解を選ぶって、こんなに気持ちがいいんだな……)
休み時間になると、クラスメイトが数人集まってきた。
「内田、一緒にドッジボールやろうぜ!」
「え、いいの?」
以前のしゅんなら、休み時間はノートに落書きしていたか、窓の外を見て過ごしていた。誘われることなんて、滅多になかった。
(ここでも選択肢が出るのか……?)
するとやはり、頭の中に青い文字が浮かぶ。
【〇:ドッジボールに参加する】
【×:断って教室に残る】
(もちろん【〇】だ)
グラウンドに出ると、仲間たちと円陣を組み、ボールを投げ合う。
小さな体ながら、動きが軽い。以前のしゅんよりも反射神経が良く感じるのは、気持ちのせいだろうか。
味方がピンチになるたびに、正しいタイミングでボールを取りに行き、クラスメイトが「内田、すげえ!」と歓声を上げる。
ボールが当たる瞬間にも、【〇】【×】が表示されるのだ。
右に避けるか、左に避けるか。正しい方を選べば、当たらない。
(これなら、運動神経がなくても、無敵じゃないか……!)
結局その試合は、しゅんの活躍でチームが勝った。
仲間たちが肩を叩いて「ナイスプレー!」と褒めてくれる。
(こんな気持ちは初めてだ……)
放課後、帰り道に、クラスの女子から「今日の試合、かっこよかったよ」と声をかけられる場面まであった。
思わず顔が熱くなる。
(こんなに順調でいいのか? 本当に、全部がうまくいく……?)
でも、その疑念をかき消すように、青い文字がもう一度浮かんだ。
【〇:素直に「ありがとう」と言う】
【×:ごまかして笑う】
迷わず、【〇】を選び、しゅんは女子に向かって言った。
「ありがとう!」
女子は嬉しそうに笑って、走っていった。
家に帰ると、母が玄関で待っていた。
「今日は楽しかった?」
「うん! すっごく楽しかった」
母は安心したように微笑んだ。
その夜、布団の中で、しゅんは天井を見つめながら呟いた。
(俺にとっての正解は、選べば全部わかる……なら、この力で、家族を幸せにして、俺も幸せになる……!)
そして、心の中で強く決意する。
(ここからだ。まだまだ、俺はもっと先に行ける)
暗闇の中で、次の選択肢がうっすらと浮かんで見えた。
【〇:母を助ける準備をする】
【×:今はまだ考えない】
しゅんは迷わず、【〇】に手を伸ばした——。