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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

禁忌の聖水、又の名を

作者: 沼スノキ

それは唐突に現れた。


僕がいつものように違法ピクニックをしている時だった。

その日の僕は城下町を抜け出して、魔物蔓延る危険地帯をコソコソ出歩いた。そのまま秘密基地に移動した。


魔物も近寄らない汚れた布一丁のおっさん像の真下だ。


これが神殿だの美術館だのに飾られる像ならまだ理解できるのだが、脂肪のついた体を満遍なく見せびらかして、布を一枚巻いたおっさんの石像姿は異様だった。しかも頭にウサギとも猫ともわからぬツケ耳をしている。長い尻尾まである。妙に愛嬌のある顔に嫌悪感すら覚える。全裸ならまだしも、変な付属品をつけているせいで目を逸らしたくなる像だった。


この像には、あまりのセンスに魔物すら寄ってこない。よって、安全なのだ。


像の下で鍋を火にかけていると、不意にあたり一体が暗くなった。

太陽を雲が隠したのだろうかと顔を上げた僕はすぐさま硬直した。


4メートルはあろう大きな生き物が、僕のことを覗き込んでいた。


それだけで驚きなのに、その巨人はなんともエキセントリックな立ち姿で僕を見つめている。片手を大きく広げ、反対の手を後ろに隠しているだけならまだ良い。しかし、片足をフラミンゴのように曲げている姿には違和感しかない。

驚愕で何も言えない僕を気にせず、巨人は話し始める。


「ヤアヤア、随分と大人しいな人間チャン! コンナところでナニしてるんだい?」


鼓膜が破れるかと思った。


この国は人間しか入国できない。要するに目の前の巨人は不法入国者だ。だというのに堂々としている。

困惑し黙り込む僕に相手は喋り続ける。


「俺ァ、コレから勇者信仰のやべえ国を見物にでも行こうかってぇ、歩いてたのよ。人間チャンはこの国の子だぁ?」


へへへ、とおそらく笑っているのだろう声が聞こえる。

しかしながら、立っていても顔が見え辛い大きさの巨人だ。僕は今、しゃがんでいる。よって顔など見えやしない。


僕の視界では彼を見上げても股しか見えない。位置が悪い。


「えぇ、そうです! しかし国の大半は人間至上主義者なので、差別攻撃喰らいますよ! 関わらない方が安全です!」


声を張り上げないと聞き辛い身長差、というのもまた悲しい。

外の国から来たらしい彼がなんという種族なのかは知らないが、この国で異端審問にかけられそうなほどの種族差である。

面白半分で関わらない方が良いだろうと、気を使っての警告の言葉を発した。


そんな僕の親切心に、巨人はくつくつと喉を鳴らして笑った。


「なんだぁ、シンパイしてくれんのかぁ。随分な良い子ちゃんダァ」


巨人はダハハハと笑って、僕の横に移動して屈んだ。

屈んでもデカイ。蟻から見た兜虫くらいデカイ。


巨人はそのまま顔を近づけて、僕の手元を見たり、僕のカバンを見たりと観察している。

僕はただ、ここでミルクと蜂蜜をあっためているだけだ。何も面白いことなどしてはいない。

それが理解できたらしく、つまらないとばかりに彼は僕のカバンの中身を勝手に漁って遊び始めた。

彼からすれば、おもちゃを弄っているようなものだろうが、僕からすれば大事な日用品である。壊さないようにしてもらいたい。


じとりと其れを見ていたら、巨人はキョトリとして僕の顔を見つめた。見つめられると居心地が悪くなってしまう。顔を背けた僕に声がかかる。


「よく見たら鍋に落ちたみたいな顔してるなぁ、ミスっちまったか?」


デリカシーのかけらもない言葉だ。しかし、鍋に落ちたとは言い得て妙だ。僕が受けたのは火炙りの刑である。

左半分の火傷痕。

ちょっとばかり冤罪をふっかけられて、あっという間に火炙りの刑になった。そんな子供の成れの果て。

この国では刑罰を受けたものの証は隠してはならない。よって僕も包帯をつけていない。着替える時引っかかるし、鏡に映った自分の顔を見て身体が痛くなるし、良いことは何もない。


「鍋には落ちてないです。ちょっと火炙りにされて」


ちょっと今朝転んで、のノリで話してみる。

相手は苦々しい顔で言う。


「かーっ、良い子ちゃんなばっかりにワリくったのか。もっとワルにならねぇとだな」


愚痴を聞いてくれて、励ましてくれて、なんて素敵な巨人だろうか。この国の狂信者どもとは全く違う。もしかしたら、人間よりも別種族の方が優しいのかもしれない。


「そうですね。僕はそれ以来ワルになりました。なので今も禁忌の聖水作ってます」


「禁忌の聖水ィ?」


そう、又の名をハニーホットミルク。

この国のあらゆる基準は勇者だ。昔に魔王を討伐したらしい勇者を信仰する宗教国家。その勇者は転移者で、他の世界から召喚されたらしい。ソイツは異界のさまざまな知識を持っていて、ミルクと虫を何より嫌っていたらしい。魔族と亜人は魔王の手下、なんて認識も勇者由来。


お陰様で、この国ではミルクの飲用と、虫の食用が禁止されている。


蜂蜜は蜂の巣から取れるので、虫と同義などと言われ、同じく禁止されている。ふざけた国である。おまけにこの偏った価値観から鎖国中。関わりがあるのは隣国の幾つかだけ。


回りくどい説明だったか。ようは、この国では多くのものが入手できない。当然、砂糖も貴重品だ。

甘党の僕を殺しにきている。本当にふざけた国である。


幸か不幸か僕は世でいう転生者らしい。前世、チキュウのニポンジンだった記憶がある。

ニポンジンは現在の僕の生活とは比べ物にならない良い生活をしていて、豊かに暮らしていたようだ。

記憶にあるのは、飴玉、チョコレート、ラムネ、クレープ、ショートケーキetc…

この記憶せいで、砂糖をつかった甘ったるいお菓子の数々を知っている。知っているのと知らないのとでは大違い。味を知っていてずっと食べれないなど拷問だ!


コレだけみれば前世の記憶なんてない方が良かったのだが、なかった場合、僕の受けた刑は火炙りではなくギロチンだっただろう。


前世の記憶で『やべえいいように利用されたら犯人として殺される』『なんとかせねば死ぬ』と理解できて、全力で逃れた末がこの結果だった。国外逃亡できたら一番良かったのだが、か弱い一般市民はそんなことできなかった。転生者チートは存在しなかったらしい。


生きているだけセーフだ。


閑話休題。



「あっためたミルクに蜂蜜入れたやつです。この国だと口にするだけでギロチン刑になるブツ。それを二つ組み合わせた、世間体が最高に悪い飲み物ですね」


甘党の僕には聖水だが、この国では禁忌の飲料。それがハニーホットミルク。

それを聞いて巨人はほぉん、と納得したような声を出した。


「この国ァミルクも飲めねえのか。どうりで、ちいこいんだな」


別種族だろう目の前の巨人に言われても困る。ミルクに期待しすぎである。


「いや、それがなくても種族的に貴方ほど大きくはなりませんよ」


訂正を入れれば、巨人は驚いたように呟いた。



「……俺ァ魔族デーモンの中でも小さい方だぞ」



ご先祖が他種族から鎖国状態にした理由がわかった気がした。




「思っていた魔族と違う……」


思わずポツリと呟いてしまった。

せいぜい、人間の形でツノと羽と尻尾があって、肌色が違うくらいの想像だった。

目の前の彼は、筋肉がちむちな身体つきで肌が群青色の巨人だ。体に髪色と同じ濃紫の鱗がちらほらと点在している。長くて立派な尾、頭から歪に生えるツノ。黒の中に丸い金色が一つある目。

人間との見目の共通点なんて、二足歩行することと顔パーツの位置が似てるくらいである。


「何か言ったかァ?」


僕の小さな呟きは聞こえなかったらしい。

僕は首を振って応えた。


「いえ、何も」


今度はちゃんと声を張って喋る。背の高さで会話がしづらいというのは初めてだった。座っていてなおこうだというのだから立ったまま会話をし続けるのは大変だったことだろう。

僕はこの国では平均身長。前世同じく黄色人種の一般市民だ。こんな経験はあまりない。なお、我が国の平均身長はこの世界の人間の間でも小さい方だと聞いたことがある。理由は貧困だったり偏食だったり遺伝子だったり、まあ、よくある話であった。



「鍋ぐつぐつしてるネェ」


「あっ」


考え込んでいたせいで、鍋が沸騰していた。やっと温まったミルク。それを蜂蜜の入ったカップに注いだら、ハニーホットミルクの完成だ。よく掻き回してから飲むと良い。


横に人がいるのに、自分だけ飲むのも気にかかる。しかし、彼用のカップなど国のどこを探しても見当たるまい。

カップに入り切らなかった鍋の中身を見る。彼からすれば雫一滴分くらいのものだろうが、こういうのは心が大事なのだ。心が。


「一緒に飲みます?」


鍋を持って首を傾げれば、彼は目をまん丸にした。金の虹彩がよく見える。


「そりゃあ、禁忌のもんなんだろォ? 流通、少ないんじゃあないかい? それを俺にィ?」


確かに、このミルクは闇商人からもらったものでこの国では珍しいものだ。しかしながら、僕はその闇商人から在庫処分の手伝いと不法入国の無視スルーを条件に受け取っている。ようは、タダである。もったいぶる気はない。


「一定の資金を持つ国民は内緒で買ってます。病気になったら飲むんですよ。だから手に入らないってほどじゃないんです」



人前で飲むものではないってだけの話だ。コレを教会で飲もうものなら、大問題だが。



「そぉかい、そーかい」


納得したのか、なんなのかぼやりとした肯定をしながら彼は僕から鍋を受け取った。彼からすればミニチュアに近いものだろうに、壊さないようそっと持っている。そのまま逆さにして中身を口に放り込む姿が面白い。

ごくんと喉を鳴らすこともなく、彼には涙ほどだろうミルクがソレに吸い込まれていった。

それを余すことなく見つめ終えた後、自分の分に口をつける。

幸せの甘さに浸る。蜂蜜は控えめでトロトロで、そのまま口にするのも素敵だ。しかしミルクに混ぜるとまた違った幸せをくれる。


ただ、欲張りで前世を知る僕には物足りなさが襲ってくる。


砂糖を山のように入れた甘々ホットミルクにできたらもっと美味しいのだろうな。なんだったら、白くてイチゴの乗ったケーキが食べたい。茶色いチョコケーキでも良い。


悶々と前世の甘いお菓子について考えていると、鍋を丁重に元の場所に戻した巨人が僕に話しかけてきた。


「イイコな人間ちゃん。甘いものが好きなのかい?」


それはやけに甘ったるい声音だった。

間髪入れずに僕は頷いて答える。


「大好きですよ! 甘味のためなら法を犯せるくらい」


とんでもねえセリフだが、実際行動に起こしているあたり事実でしかない。前世の記憶がなくたって、きっと僕は同じ行動をしていたはずだ。


巨人は僕にもわかるほどにんまりと笑った。



「人間ちゃんサァ、外の菓子に興味ある?」



「外の?」


彼は見目から分かる通り、この国の外から来たのだろう。つまり、外の菓子というのは国外の菓子のことのはずだ。

この国の菓子といえば、砂糖がないため天然由来だ。うっすら甘い樹液と豆を煮詰めたアンコモドキだったり、吊るして乾かした果物だったりする。甘さ控えめダイエット食みたいなもんである。


国外では砂糖は普及している。多種多様な文化の中で多くの甘味が生まれていることだろう。想像しただけでニヤけてしまいそう。


「すっごく、興味があります」


至極正直に伝えれば、満足げに巨人が頷いた。

外の美味しいもの自慢だろうか。それとも何か持っていて分けてくれちゃったり、食べさせてくれちゃうなんて素敵な展開でも待ち構えていたりするのだろうか。


なんでそんなことを聞いたのかと、彼を見上げた瞬間。



僕の体は宙を浮いていた。


いや、正確には持ち上げられていた。

大きな片手で腹から掬うように持ち上げられる。足や手が宙を泳ぐ。それはものすごく恐ろしいが、原因がわかれば驚くほどのことでもなかった。


巨人は僕をゆっくりと自身の肩に乗せた。日常で感じることのできない高さだ。彼は未だしゃがんでいるのに、なんて高いのだろうか。内臓がスッと抜けるような感覚に足がすくむ。僕を支える腕に張り付いてしまうが、ムキムキな腕はびくともしなかった。

彼は僕の心情も知らずにこちらを見る。


「ど、どうかしたんですか? 急に持ち上げるなんて」


大きな貴方からすればなんてことなくても、僕からすればとんでもない。せめて一声かけてくれと訴えれば、全く心のこもっていない声で謝罪された。


「うん、うん、いやぁ。あんまし可愛いもんだから、持って帰っちゃおうってね」


「か、かわいい……?」


僕の見目は、前世基準なら人目を引く見目だ。しかし、今世では特筆できないほどありふれた見目でもある。それに加えて、左半分火傷痕付き。

大きさに関しては彼からすれば「ニンゲン、ミナ、カワイイ」だろうけども、それ以外はなんてことないよくいる生き物。


僕を可愛いなんて呼んだのは、幼い頃に構ってくれた酔っ払いくらいのものだった。その言葉の衝撃で動けなくなっている隙に、彼は細々と僕の所有物をそそくさと片付け、バッグに放り込む。そして、僕に渡した。僕はそれを肩から下げる。


「アレも人間ちゃんのかい?」


彼は少し離れたところに倒れた機械を指差す。

僕の相棒の自転車だ。近所の変わり者の爺ちゃんがつくってくれた僕の足。この世に二つとない一級品にして、前世でも見たことがある便利道具。


「あっ、はい。僕のです! 僕の自転車!」


「ジテンシャ?」


「乗り物ですよ。近所の爺ちゃんが発明した乗り物。砂利道雪道なんのその、魔法でちょっと浮いてどこでも行ける便利道具です」


「こんなちっこいのが乗り物なのカァ」


彼は僕の自転車を丁重に僕に渡した。折りたたみ式だったそれを受け取る。すでに折りたたんだまま放ってあったのが幸いだった。彼の肩から落ちないように受け取るのは恐ろしかった。

受け取ったそれをなんとか背中にくくりつける。


巨人の一挙一動にワタワタとしていた僕は、彼の持って帰るという発言を聞き逃したまま荷物をまとめられてしまった。


「ところであの変なバケモノの像はなんだ? ずっと気になっていたんダァ」


巨人は僕と僕の荷物を全て抱えたまま、不思議そうに聞いた。

いまさらな質問だった。




「アレはあまりの趣味の悪さに魔物すら近づかないオッサン像です」


気にしていないか、目に入っていないのだろうと思っていたが、巨人の彼はしっかりと気にしていたらしい。


「ヘェ、バケモノの側で平然とピクニックしている君はとても異様だったヨォ」


一瞬幻覚かと思ったと感想を言われる。その姿が面白そうだから声をかけたとも言われた。


「慣れればただの背景です」


僕はもう既に背景として見えるようになってしまった。

像ならば動きもしない害のないモノだ。


彼はそんな雑談をしながらドスドスと地面を踏み荒らして進んでいく。ナチュラルに誘拐されていると気がついたが、抵抗する気はない。体格差もあるし、能力差もあるし、暴れることにメリットはない。変に怒らせればそれこそ、ぬいぐるみのように首がもがれてもおかしくないのだ。


そもそも僕はこの国から逃げ出したかったのだから、どこかへ連れて行ってくれるというのは利でしかない。


あわよくば甘くて美味しいものが食べられる国で、のんびり一般人として暮らせる場所に連れて行って欲しいモノだ。



「ところでコレ、どこに向かっているんですか?」


巨人の足は木々を跨いで進んでいく。

この国の木々は前世通りの大きさだが、国外の木々は魔族やら亜人やらの大きさに合わせて巨大化しているのだろうか。


ぼんやり考えてみる。

木が大きいなら、他のものも大きいのだろう。

建物も、動物も、魔物も、虫も……。

アリに踏み潰されて死ぬ未来が見える。


「聖王国の外だぁ、聖王国の西側のずっといったところに俺の家がある。馬車乗ってェ、幾つか国跨いでいったところだなぁ」


「巨人の国の馬車……僕、馬に潰されそう」


「なんか言ったかァ?」


「いえ、なにも」


心配事は多々あるが、見えないように蓋をする。心配ごとなど意識しなければそのうち忘れる。

それよりも先に、喜びを享受するべきだ。

今日の僕は尋常ではないほどに、運が良い。願ってもみなかった国外逃亡ができるのだ。


「じゃあ、着くまでイイコにしててなァ」


「はぁい、楽しみにしてますね」


人間が巨人の手を借り逃げ出した。

逃げた先で、甘いものを文字通りたらふく食べた。巨人に幸運を貰って、幸せに生きた。


後に、人間は馬鹿げた御伽話ような人生だった、と語ったという。


甘いものは人を狂わせる力があると思います。


久々に書いた短編です。

息抜きのおやつ的な小説になっていると嬉しいです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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