私の気持ち
季節は冬。
今年一年間を締めくくる最後の月であり、老若男女問わず楽しいイベントが盛りだくさんの十二月。
特に、二十四日のクリスマスイブでは、大切なイベントでもあり、家族や友人、恋人らがそれぞれの楽しい思い出を作るには最高の日だと思う。
小さな子供がいる家庭では、クリスマスパーティーを楽しんで両親からのプレゼントに喜ぶ子供。
彼氏や彼女がいない人たちは、親しい友人と一緒にクリスマスパーティーを楽しみ泣いて呑んでの大はしゃぎ。
恋人同士では、一年に一度の特別な日に思いで作りのクリスマスデートを楽しんでいるかもしれない。中には、プロポーズをして恋人の枠を超えて将来を共に歩む夫婦になる可能性だってあるし、意中の人に告白をして恋人同士になる可能性だってある。
結婚するには年齢制限があるけれど、恋人同士になるのには年齢は関係ないのだから。
誰かにとって特別な日。
それが、十二月二十四日。
東京都内に在住で、地元の中学校に通っている櫻木坂中学校三年生の吉川茜は、八歳の頃から片思いをしている幼馴染でもあり同級生の男子、一ノ瀬翔流に告白することを決めていた。
十二月二十四日の、特別な日に。
茜と翔流の父親同士が高校時代からの腐れ縁で、親友とも呼べるほど仲が良く、結婚のタイミングも子供を授かったタイミングも一緒で、出産の時期も同日だった。
母親同士も仲が良く、困ったときはお互い様の精神で共に助け合い、協力しながら日常生活を過ごしていた。
お互いの家も近かったため、吉川家と一ノ瀬家は家族ぐるみの付き合いをずっとしてきた。
だから、茜と翔流はお互いが常に一緒にいるのが当たり前のような存在になっていき、次第に二人は、幼馴染でありながら双子の兄妹みたいな関係になっていった。
だけど、いつしか茜は翔流に恋心を抱くようになる。
きっかけは、小学校二年生の夏休み。
茜の母親、吉川柚葉と一緒に、一ノ瀬家の手伝いに行った時だった。
一ノ瀬家では自宅を定食屋にして、「一ノ瀬食堂」を営んでいるが従業員はおらず、夫婦だけで営業をしている小さな食堂だ。
夫の一ノ瀬茂が厨房に立ち鍋を振るい、妻の一ノ瀬希はお客からの注文を取りに行く。
お店が忙しくて手が回らない時は、吉川柚葉に連絡をして、もし可能であれば手伝いに来てもらっていた。
地域住民からは、早い、安い、美味いの三拍子で有名。
常連客も多く、お昼どきや夕方になると大勢のお客で賑わいを見せており、食べログを読んで遠くから足を運んだ人もいるほどだ。
翔流はその環境下で両親の背中を見て育ったためか、自然と料理をするようになる。
最初に包丁を握ったのは五歳の頃。
父、一ノ瀬茂の指導の元、包丁の扱い方、火加減、料理の手順などを教わる。最初の頃は全くダメだったが、八歳になる頃には一応料理が作れるようになる。が、どれも及第点以下。
翔流が作った料理を、吉川家に持っていき味見をしてもらったりもした。
「隼人おじさん、柚葉おばちゃん。今日は餃子定食を作ってみたから食べてみて! あ、茜はおまけな」
「お、餃子か。おじさん、餃子好きだから楽しみだな」
「翔流君。いつもありがとね。さて、今日のお味はどうかしら」
「ちょっと、翔流! 何で茜はおまけなのよ!」
こういった日では、一ノ瀬家と吉川家の一風変わった家族団らんの二世帯住宅での夕食である。
「こんばんは、柚葉さん。お邪魔します」
「やっほー、柚葉。お邪魔するね」
「あら、隼人さんに希。こんばんは。ゆっくりしていってね」
柚葉、希、翔流、茜の四人は夕食の準備をしようとして食器棚からお皿を取り出すと、リビングにあるテーブルまで運んでいく。
準備が終わると全員は席に座り、賑やかな夕食が始まった。
茜の両親からは、「美味しいよ。頑張って作ったね」等と褒められたが、茜からは「あんまり美味しくない」とハッキリ断言され続けた。
だけど、正直な感想を言ってくれたことが、翔流にとってはすごく嬉しかった。彼はより一層、茜を初めとする、色んな人から美味しいと言ってもらえるような料理を作れるようになりたいと思うようになり、本格的に父の元で教育を受ける。
学校から帰宅すると、準備を済ませて厨房に立ち、父の指導を受ける。
他にも、春休み、夏休み、冬休みと学校が休みの日は、朝から晩まで両親の仕事を手伝いながら料理を教わる。
そんな時の小学校二年生の夏休み期間中に、一ノ瀬希が吉川柚葉にお店を手伝って欲しいと連絡をする。
「柚葉、いつも急に呼び出してごめんね。いつもありがとう」
「いいの、いいの、気にしないで。丁度暇してたとこだし、茜も来たがってたから」
「あら、今日は茜ちゃんも一緒なんだ。こんにちは」
「こんにちは! 茜にもできることがあったら何でも言って!」
「あら、頼もしい。じゃあ、お皿洗いをお願いできるかしら?」
「はーい!」
柚葉はいつも通り、希と一緒に小さな店内を回り、お客からの注文を取っていき、茂が厨房で料理を作る。茜は、お客が食べ終わった食器を片付けて厨房に持っていき食器を洗う。
その隣では、翔流が真剣な眼差しで包丁を握り、茂の指示に従って野菜を切ったり、どの順番で何の料理を作ればいいのかを彼に伝えていた。
お昼時が終わり、店内が少し落ち着くと翔流はすぐさまお店に並んでいるメニューを作り始める。が、これはあくまでも練習で商品としてお客に提供することはできない。
よって、賄いみたいなものだ。
料理が完成すると、翔流はいつも一番最初に茜の所に持っていき、感想を聞くまでその場を離れようとはしなかった。
美味しいときもあれば、そうでない時もある。
その度に茜は、お世辞を言わずに正直な感想を翔流に伝えた。
「今日は、あまり美味しくないなぁ」
「え。自信作だったのに。どこがダメだったの?」
「味付けが濃いし、なんだかお肉が固いし、べちゃべちゃしてる。これ、なんて料理?」
「回鍋肉!」
「え、これホイコーロだったの! 茂おじさんが作ってくれるのと全然違うじゃん!」
「でも、回鍋肉だ!」
「全然違うし、美味しくない!」
「なんだと!」
「なによ!」
あまりにもハッキリ言うもんだから、何度も喧嘩をした。
でも、料理と向き合う姿勢、真剣な表情、厨房に立ち料理をしている姿が茜にはとてもカッコよく映り、一番最初に出来立てほやほやの手料理を食べさせてくれる。
いつしか茜は、幼馴染としてではなく翔流の事を気になり始めて、暇さえあれば一ノ瀬食堂を手伝いに行く頻度が増えていった。
中学校に進学した茜は部活には入部せずに、授業が終わると翔流と一緒に帰宅して一ノ瀬食堂を手伝うようになっていて、常連客のあいだでは「一ノ瀬食堂の看板娘」の愛称で親しまれるようになった。
翔流もまた部活には入部せずに、茜と一緒に帰宅して準備を整えると厨房に立ち、料理を教わる日々を過ごす。
料理を教わってから約五年。常連客限定ではあるが、お店に出せる商品として提供できるほどに腕を上げた。
得意な料理は、生姜焼き定食、餃子定食、回鍋肉定食の三品で、常連客からの評判はよく、茜からも「腕を上げたね。美味しいよ」と言われるようになっていった。
茜は自分が作った料理をいつも美味しそうに食べてくれるし、思い付きで作った創作料理も味見してくれる。
その都度、正直な感想を言ってくれるし、美味しくなかった時もぶつくさ文句を言いながらも残さず全部食べてくれる。
何より、満面の笑みで美味しそうに頬張る姿が愛おしく思い、時折ドキッとするし、彼女と目が合うと咄嗟に視線を逸らしてしまう。
翔流もまた、茜を幼馴染としてではなく、異性として意識し始める。
学校生活では、クラスは違えど通っている学校は同じなので、茜と翔流はいつも一緒にいた。授業の間の休み時間も、お昼休みの時間も、放課後も、帰宅するときも常に一緒。
そんな学校生活を一年間も続けていると、周りの同級生や先輩と後輩からは、「あの二人、付き合っているのでは?」と噂されるほど。
茜は友達から問い詰められる度に、笑いながら隠そうとするけど動揺は隠せずにいた。
「おーい、あっかねー。今日こそ、正直に言いなさい。あんた、一ノ瀬君と付き合ってるでしょ?」
「つ、付き合ってないし。お、幼馴染だよ!」
「ええ? けど、あんたらいっつも一緒にいるじゃん? それにほら、一ノ瀬君って背が高くて料理が得意だし運動神経も抜群じゃん? 結構、女子に人気あるんよ」
「へぇ。そう、なんだ。知らなかった。料理おたくのアイツが、ねぇ」
「幼馴染だからと言って油断してると、誰かさんに先こされるよ?」
「それは、ダメ」
「ほら、やっぱそうじゃん。告っちゃえって」
「ち、違うってば。もう」
翔流もまた、友達から質問攻めされると自分の気持に素直になれなくて、はぐらかそうとする。
「よう、翔流。今日も愛しの彼女と一緒に帰るのか?」
「なんだ、小林か。って、茜はまだ彼女じゃない。ただの幼馴染だ」
「ほう。俺は、彼女とは言ったが、吉川さんのことだとは一言も言ってないぞ? 意識してるんだろ? 素直になれって。それに、まだ、って何だ? 言ってみろって」
「べ、別に、そんなんじゃねぇよ」
「ならば、これならどうだ? 吉川さんってめっちゃ可愛いだろ? いつも元気で明るくて、あの笑顔は俺たち男子の天使だ。おまけに、成績も常に学年トップときたもんだ」
「で?」
「ん? まだ、分からんのか。容姿端麗、成績優秀。さらに、周囲を和ませるほんわかした雰囲気。神は三物を与えたのだ」
「それを言うなら、天は二物を与えず、だろ。食うことしか取り柄がないぞ、茜は」
「そういうな。お前が気づいてないだけだ。でも、それだけ鈍感なら誰にでもチャンスがありそうだな」
「その誰かって誰だよ?」
「さぁ? 誰でしょう。いい加減、自分の気持ちを伝えろって。待ってると思うぞ? そうでないと、吉川さんの隣をお前以外の誰かが歩くことになるぞ?」
「それは絶対に嫌だ」
「お、ハッキリと否定したな! まったく、世話が焼けるやつだ」
「コイツ」
それから一年の月日が流れて、茜と翔流は中学三年生になった。
この頃になると、一人前とまでは行かないが父親と一緒に料理を作り、お店に商品としてお客に提供できるまでに成長した。
料理の腕に自信がついた翔流は両親と相談をして、将来料理人になることを決意。調理師免許を取得するために専門学校へ進学する道を選んだ。
中学校生活に終わりが見え始め、進路を決める時期に差し掛かった十二月。
三者面談の時、翔流は自分の進路を担任の先生に伝えた。
それから数日後の帰宅途中、翔流は自分の将来のことを茜に伝えた。
「なぁ、茜。俺、将来料理人になりたいから、専門校に行くよ」
すると茜は。
「そ、そっか。翔流なら最高の料理人になれるよ。ずっと側で見て来た私が保証する!」
「あ、ありがとう。茜はどうするんだ?」
「私は、地元の高校に通うよ」
「そっか。高校は別々になるけど、作った料理、持っていくな」
「当然でしょ。真っ先に私のところに持ってきてね。味見、してあげるから」
いつもだったら、雑談をしながら楽しく帰宅するのだが、この日だけはお互い歯切れの悪い会話が続いていた。
「ねね。卒業したら、さ。茂おじさんのお店を継ぐの?」
「んー。どうだろう。まだ、そこまで考えてないか、な。でも、父さんから料理のイロハを教わったし先生でもあるからな。けど、」
「けど、何?」
「今は父さんから教わった定食と、我流の創作料理しか知らない。だから、もっと幅広く料理に関する知識と技術を手に入れたい、とも思ってる」
「わ、私はね。高校生になったら、翔流のところでバイトすることに決めたんだ。パパとママには了解もらったし、茂おじさんにも、希おばさんからも助かるよ。って、言ってもらったんだよ」
「へぇ。いつの間にか、そんな話になってたんだ。ありがとな、茜」
「これでも一応、一ノ瀬食堂の看板娘、なんだからね」
「なら安心だ。多分、寮生活になると思うから頻繁に帰ってくることができないだろうしな。それに、茜ならウチのことをよく分かってくれてるから大丈夫だ」
茜の足並みが乱れる。
「え? 寮生活?」
翔流は後ろを振り向いて。
「どうした?」
「今まで通りじゃ、ダメなの?」
「うん。常に料理と向き合いたいから」
「あ、でも、しげ――ううん。何でもない。翔流にはやりたいことがあるんだもんね! 私、応援するよ!」
「ありがとう。めっちゃ元気出る。――あ、茜。あのさ、今年の、」
「ん? 今年の? 何?」
「いや。帰ろうっか」
「あ、待って。おいてかないで」
二人は再び歩き始めるが、お互いに会話がなく無言のまま。
あと少しで、一ノ瀬食堂にたどり着こうとした時、茜が沈黙を破った。
「ねぇ、翔流。さっき、何を言いかけたの?」
「あ、ああ。今年は茜の家でやる番だろ。クリスマスパーティーってこと」
茜は翔流の目をじっと見つめて。
「ホントに、それだけ? 他に、ない? 話したい事とか」
「い、いや。うん」
「じゃあ、当日、昔よく遊んでいた公園に来て。午後一時に」
「わかった」
「絶対だよ。約束だからね」
翌日の朝。
茜と翔流はいつもと変わらず一緒に登校するも、会話という会話がなく、あるとすれば挨拶ぐらいだった。
だけど、二人は常に一緒にいた。授業の合間、お昼休み、放課後に帰宅をする時も。二人にとっては、いつもと変わらない日常だった。でも、いつも以上に二人でいる時間が長く感じていた。
櫻木坂中学校に通う生徒の間では、吉川茜と一ノ瀬翔流は付き合っている、と言う認識があった。例え、本人が否定していても。
そんな二人がここ数日の学校生活において、弾んだ会話がなければ笑顔もなく、笑う時はあっても、その表情は硬くて何ともぎこちない。
それを見かねた茜の友達は、心配して声をかけるも茜は、「私は大丈夫だから」と伝えてぎごちない笑顔でその場を和ませる。
翔流もまた男友達から心配されて声をかけられるが、「自分の気持ちを伝えるよ」と言葉を返す。すると、「お、ついに決心したか」とか、「やっと公認カップルになるな」などと茶化されたりもした。
お互いに気持ちの整理をつけ、友人たちから見守られながら日常生活を送っていると、あっという間にやってきた。
約束の日。
十二月二十四日が。