モブに転生したとある令嬢ミラの目撃①
「やっば! これってもしかしてもしかしなくとも、二人の出逢いイベントじゃない!? マジでゲーム通りじゃん!」
私は興奮して叫び出したい衝動を何とか理性で押しとどめ、木の影で目の前の光景を逃さないとばかりにしっかり焼き付けた。
『今日から恋を始めます~貴公子たちとのドキドキ学園生活~』通称こいドキという名の乙女ゲームの世界に転生した、モブ令嬢こと私、ミラ・リズール。
家は子爵位を賜った、ごくごく一般的な貴族の娘だ。
小さい頃に頭を打ったことで前世とか諸々思い出して、ここが昔やったゲームの世界だと気付いた。しかも私はヒロインと同時期に入学することになった。
ということは、ゲームで見たあれやこれやのイベントをリアルでこの目で拝めるということだ。
私は別に攻略方法を知ってるからと言って自分がヒロインにとって代わるつもりはない。第一リアルであんなイケメンとお近づきでもしたら、鼻血出して倒れる自信しかない。
そんな訳で、覗き見しまくるぞーっと決意を秘め、ワクワク気分でこの学園へとやってきた。
けれど、ちょっとずつゲームと違った点を目の当たりにする。
例えば、噂で聞こえてくるレティシア様が、お馬鹿メーター振り切った悪役令嬢……どころか、誰が見ても一目で分かる淑女らしいとか。
そんな婚約者であるレティシア様を、盲目的なほどにラインハルト殿下が愛しているらしいとか。
だけど最も違っていた部分は、オリヴァー様(男)が、オリヴィア様(女)になっていたことだ。
性格とか以前に、性別が違う。
元々このオリヴァー様は攻略対象じゃなかった。だけどちら見せ程度の露出しかなかったにも関わらず、彼を攻略したいという意見がファンから殺到した為、彼の攻略を盛り込んだ追加ディスクが後になって発売されたほどだ。
そういった経緯で登場したオリヴァー様は、悪役令嬢レティシア様の兄って情報しかなかった時から一変し、非常に美味しいキャラとなっていた。
もっと早く本気出して欲しかったよ、公式。
で、攻略対象者として生まれ変わったオリヴァー様は私の一番の推しだったので、見られないことはちょっと残念だ。だけど噂では、レティシア様の教育の一端を担っていたのが実はオリヴィア様だったらしいから、もしかしたら彼女も私と同じ、ゲームを知っている転生者なのかもしれないと予想もしている。
だったら、レティシア様がゲームと違ってても納得できる。
妹を何とかしないと、下手したら死ぬからね。そりゃ私がその立場でも必死に妹を正しい方向に導くよ。
彼女が本当に転生者なら、ゲームの話とか前世の話とかしたいけど、まだ不確かな話だし、それに身分が違う。
学園は身分の差を超えて学園生活を皆で送ろうという校風なので、別に普通に話しかけられないことはないけど、やっぱりたかだか子爵令嬢の私にとったら、オリヴィア様はレベルが違いすぎる。しかも、最推しの女性バージョンってのもあって、話しかけるとか緊張して倒れそうだ。
まあ、もしも、もしも機会があったら話せたらいいな、くらいの気持ちである。
オリヴィア様と友情を築くことはこの際横に置いておいて、私にとって最も大事なのは、このゲームと同じ舞台をいかに満喫できるか、ということである。
オリヴァー様はいないので、彼のシナリオを拝めないのは残念だけど、ということは、ヒロインのマリアちゃんは、あの腹黒か脳筋か、はたまた隣国王子の誰かとくっつくのかなと、それはそれで楽しみだと入学式に臨んだわけだけど。
まさかのヒロインのマリア(女)が、マリア(男)だったっていう………。
だけど登場のタイミングはまさにゲーム通り。性別さえ気にしなければ、あれは確かに、間違いなくヒロインだ。
ただここで、マリアが残り三人を攻略するルートは潰えた。
男の子だもんなぁ。ジャンル、乙女ゲームだしなぁ。まあ、ないよな。せっかくリアル乙女ゲームを見られる! 転生最高! 神様ありがとう! って思ってたのに……と考えていたところで、ふと気付く。
ヒロインのはずのマリア(女)はマリア(男)に。
攻略対象者だったはずのオリヴァー様(男)はオリヴィア様(女)に。
……これ、もしかしてもしかすると、ありえるんじゃね?
そうしてダッシュでイベントが起こる予定の裏庭の木の影にスタンバって待っていると。
まさしく、ゲーム通りに二人が現れ、大体ゲーム通りの展開を繰り広げてるではないか!
あと、可愛いと言われて赤くなってあたふたしているオリヴィア様、激かわだった。
ゲームでも、マリア(女)に同じようなことを言われ、オリヴァー様は裏表のない素直な言葉に軽く赤面してたっけ。そんな場面を見ながら、画面越しに転生前の私はちょろいけど可愛い、萌え──って叫んでたんだけど……。
こっちのオリヴィア様も、ちょろ可愛すぎる!!
オリヴァー様は、風でさらっと流れる紫がかったシルバーアッシュのストレートの髪と、深みを帯びた緑の切れ長な瞳で、妹よりも更に美人系で、なんなら綺麗すぎて人形めいた美貌だった。
ゲームでは、彼は『氷王子』と呼ばれていた。
クールな綺麗系な顔立ちな上に、本人は公爵家の跡取りとしてきちんとしないとっていう責務も気負っていたり、感情を出すのが少し苦手だったり、二人のクソみたいな元婚約者達から受けた仕打ちのせいで心に傷を負い、それが更に彼の心を固くする原因となっていた。
けど、自然体でグイグイ来るマリア(女)と接していくことで、オリヴァー様は彼女の前ではもろに感情を覗かせるようになる──って展開だった。
で。
見た目だけで言えばまさしく目の前のオリヴィア様は、それの女性バージョンなわけですよ。そんな美人系のお姉さまが無邪気に笑っている顔は、確かに激かわだけども!
ついでに赤らめてそっぽ向くとか、女の私でも可愛すぎて鼻血吹き出そうだけどもさ。
いやぁ、改めてリアルで見ると、素で初対面の公爵令嬢に可愛いって言えちゃうとか、ある意味メンタルすげぇわ。
にしても、オリヴィア様のあの感じ、オリヴァー様ルートと同じだって気付いていないっぽかった。知ってたらそもそもここには来ていないだろうし。
もしくは、追加ディスクの発売って本編の何年も後だったから、知らなかったとしても不思議じゃない。
あと、マリアが転生者の可能性はどうなのかななんていうのも若干気になる。
なにせここに、既に二人転生者がいるんだし。
それも、その内見ていたら分かるかな。
「でもま、この感じだと、オリヴァー様改めオリヴィア様ルートで進んでいきそうな感じだよね。年下可愛い系男子×美人系年上お嬢様のカップリングとか、最高じゃん」
二人がいなくなったあと、興奮冷めやらずその場にまだとどまっていた私はぽそりと呟く。
ならば私は、私の全てを賭けて二人の恋の行方を見守ろうではないか。
オリヴァー様ルートは、正直難易度がラインハルト様並にえげつなく高かったけど、あの二人ならきっと、ハッピーエンドを見せてくれるだろう。ええ、勿論見せてくれるよね!?
私は鼻息荒くも期待を胸に、次のイベント発生時にどこに潜んで臨むかを真剣に悩むのだった。