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警戒するオリヴィアとヒロイン(?)の初対面③


 結果的にマリアは教室にいなかった。というか既に下校している生徒も多く、今日は諦めるしかないかな……と沈んだ気持ちで廊下を歩きながらふと外に目をやると、中庭の隅の方でピンク色の何かが動くのが確かに見えた。


 私は淑女としての佇まいを崩さないまま、できるだけ早足で進んで目的の場所を目指す。


 コの字に建てられた校舎の内側の部分には中庭があって、校舎近くに高くそびえ立つ巨木と、小さな泉、それを中心としたいくつかの東屋やベンチが点在する場所だった。

 ここは反対側の校舎の外に広がるもう一つの園庭に比べて植えられている植物も少なく、人気がない。

 だから私は一人で考え事をするときにはむしろ積極的に訪れていた。しかも東屋の辺りはあまり日当たりが良くなく、逆に日焼けを気にせず勉強したりできるので、お気に入りの場所でもあった。

 

 あともう一つ、ここへ出向く理由がある。今日は何も持っていないので出てきてくれるかは分からないが。


 歩き慣れた道を進むこと数分。ようやく私は目当ての場所まで辿り着いた。


 遠目に見えるのはピンク色の誰かの頭。あんな髪色をした人間など、全校生徒、教師合わせてもたった一人しかいない。


 なぜだかその人物はその場にしゃがみ込んでいて、足元にいる黒っぽい何かに手を伸ばしているところだった。あれはもしかして────。


「クロ!?」


 思わず飛び出した声に、黒く真ん丸な物体がぱっと顔を上げてこちらに視線を向けた。


 満月を彷彿とさせる瞳を持った黒い猫は、私が誰だか分かったのだろう、すぐさまこちらに駆け寄ってきた。


「ごめんねクロ、今日は何も持ってきていないの」


 そう言って撫でれば、クロは残念そうに喉を鳴らすと私から離れ、あっという間に近くの茂みに入って姿を消した。


 あの猫は去年の終わりごろからここに住み着いている。

 学園に報告すると処分されるかもしれないので、私は密かにクロと名付け、餌付けしている。けれど、どうやら私以外にも学食のシェフがこっそりお世話しているらしく、日に日に色艶が良くなっている。


「あの猫、クロって名前なんですか?」


 今度はちゃんとあの子が喜ぶものを持ってきてあげようと思って仔猫の去った方を見つめていると、少女にしては低く、青年にしては高めの声が私の耳を攫う。

 視線を移せば、私が探し求めていた人間がこちらへ近付いてくる。


 風に揺れる髪はまだ少しだけ寝坊のあとが残っており、クロと同じで真ん丸でつぶらな瞳の人物が着ているのは、確かにこの学園の男子生徒が着用する制服だ。 

 

 身長は私よりも少し高いくらいだろうか。

 だが、開け放ったシャツから覗く咽喉も、まくった袖から見える腕も、骨ばった掌も、明らかに女性のものではない。

 とりあえず、マリアが男装しているという線は消えた。

 何の手違いかは分かないが、やっぱり私とマリアの性別だけが入れ替わっている。


「あなたは新入生のマリア・フレイムさん、よね?」


 念のためにと確認すると、目の前の少年は嬉しそうに頷いた。


「俺みたいな一生徒の名前を、副会長のフォルダン様に覚えていてもらえているなんて光栄です! ええと、改めまして、マリア・フレイムです。よろしくお願いします!」


「学園の生徒のことは、勿論全員把握しているわ。特にあなたは目立っていたもの、今朝の件も含めてね」


「俺もまさか寝坊するとは思いませんでした。やっぱり夜更かしはダメですね。先生にさっきまでみっちり叱られてました。だけどフォルダン様の壇上での挨拶に間に合ってよかったです!」


 学園内は一応身分の差はなく、生徒は平等の立場だと言われているが、やっぱり私やラインハルト達の前ではみんな身分を気にして一歩引いた立場を取る人間がほとんどだ。しかも私は氷姫だし。

 けれどマリアはその線を軽く飛び越え、今も私がフォルダン家の者だと知っていても、妙にへりくだることもなく屈託ない笑顔をこちらへ向け、普通に接している。


 これはゲームヒロインのマリアと共通する部分だ。

 そして、そんなマリアだからこそ、攻略対象者たちは自然体で振舞うマリアに心を許すようになる。


 やっぱりマリアが男の子だからといって油断は禁物だ。

 そう思いながら私は、もう少し観察を続けるべく彼との会話を続行する。


「……それで、あの猫のことなんだけど。実のところ分からないの。ただ私が勝手にクロって名前で呼んでいるだけで」


 我ながら安直なネーミングセンスだけど、そう言うとマリアはすぐさま否定した。


「いいじゃないですか。分かりやすいですし、すぐ名前に反応してたから絶対に気に入ってるはずですよ。だから今度会ったら俺もクロって呼んでもいいですか?」


「別に構わないわよ」


「やった」


 無邪気に喜んでいたマリアだったけど、すぐに顔を曇らせる。

 

「ところでクロは何を持っていったら喜びますか? やたら毛並みが良かったし、もしかしたら高級なものしか受け入れられないんじゃ……。俺自由に使えるお金があんまりないんで、できたとして寮の裏の川で魚釣ってくるくらいしかできないんですよね……」


「あの子は何でも食べるわ。この前は学食のシェフが余り物の小魚をあげていたけれど喜んで食べてるのを見かけたわ」


「そもそもここの学食ってものすごい良い食材使ってるって噂じゃないですか!? じゃあ俺がその辺で手に入れた魚なんて絶対に口にしてくれませんって!!」


 ここは海まで出て大物を釣り上げる作戦を遂行すべきか、いっそのこと遠洋に出て巨大魚の一本釣りに挑戦すべきかと呟きながら悩むマリアを、猫一匹のごはんの為に、彼はどれだけ大冒険をするつもりなのだろうかと、その真剣すぎる眼差しに、私はたまらず吹き出してしまった。


 私の笑い声に、マリアははたと思考を止めて私に目を向ける。

 しまった、彼は真剣だったのに失礼なことをしてしまった。


「馬鹿にして笑ったわけじゃないの。気分を害してしまったなら謝るわ」


 けれど彼の反応は、私が思っていたものではなかった。

 マリアは言葉を否定するように首を振ると、少し照れたように笑いながら、私に媚を売る風でもなく、あまりにも当たり前のようにさらりと言った。


「すみません、笑った顔があまりにも可愛くて見惚れていました」


「そう……」


 …………。

 

 待って、普通に流したけど、今彼、何て言った?


 もう一度先ほどのマリアの言葉を脳内で再生し、そして自分が可愛いと言われたのだということに気付き、じわりと頬が熱くなる。


 綺麗とか美しいとか、お世辞としてそういった類の言葉を言われることはある。

 だけど可愛いと、しかも面と向かってこんなにはっきりと言われたことはなかった。


 だからなのか、いつもなら私の容姿を褒める言葉には何の感慨もなく返せるのに、無性に恥ずかしくなりつつも、普段通りに返そうと何とか口を開く。


「あ、ありがとう。可愛いなんてあまり言われたことがなかったから意外だったけれど」


 するとマリアは驚いたように大きな瞳を大きく見開き、更に予想外のことを口にする。


「え、本当ですか? こんなにフォルダン様の笑顔は可愛いのに……。きっとみんな、俺と同じで見惚れちゃって可愛いって言うタイミングを逃しただけだと思いますよ! 自信持ってください。フォルダン様はすごく可愛いです! あ、勿論入学式で見た時のフォルダン様は、凛々しくて綺麗だなって思っていましたけど……」


「ま、待って、分かったわ、分かったから……!」


 そんな至極大真面目な顔で、何度も可愛いと連呼しないでほしい!


 なに、この子、なんなのこの子!!

 言っている本人はすごく真面目に力説してくるし、というか言われる私の方が普通に恥ずかしすぎる!

 もしかしてこれがヒロインの破壊力なの!?

同性と言えども、これは王子達も絶対安全とは言い切れないんじゃ……。


 腹黒と脳筋はこの際いい。だが、ラインハルトとの関係が進むのは阻止しなければ。

 私は未だひかない頬の赤みを隠すようにマリアから目を逸らしながら、これからのことについて必死に考えを巡らせていた。

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