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警戒するオリヴィアとヒロイン(?)の初対面②

 

 正直、あの場をどうやって切り抜けたか記憶がない。ただ、誰にも何も咎められなかったから、私は特に粗相もなく、うまくできたのだろう。

 気付けば既に解散しており、私はラインハルト、レイリー、ダリアンと一緒に生徒会室にいた。座り心地の良いいつものソファに腰掛けていて、そんな私の向かいに三人が座っている形だ。


「……おい、どうしたオリヴィア。先ほどから上の空だが」


「兄上がずっとレティシアへの重すぎる愛の言葉を垂れ流してるから、胸焼けでもしたんじゃない?」


「そういう時はひと汗かくとすっきりするぞ! どうだ、私と一緒に今から筋トレでもしないか?」


 ラインハルトの後に続いた、外見天使中身腹黒王子と、見た目も中身も脳筋褐色イケメンの言葉に、私はようやく夢うつつ状態から抜け出した。


 正直、ラインハルトのあの反応はショックだった。まだ何か始まったわけではない。けれど何かが始まる予感は感じさせられた。


 でもここで魂を飛ばしている場合ではない。確認しなければならないことがある。

 私は覚悟を決めると、単刀直入に攻略対象者たる目の前の二人に尋ねた。


「レイリー殿下、ダリアン。先ほど途中から入場した者についてどう思われますか?」


 私の顔を見た二人は、少し戸惑ったような表情を見せた。

 自覚している、今の私はおそらくとんでもない形相だろう。正直平静をよそえないし何事かと思われているだろうが、そんなのを気にしてる場合じゃない。


 だけど何か事情があるんだろうと察してくれたらしく、二人ともそれを尋ねることなく簡潔に私の質問に答えてくれた。


「遅刻とかありえないし、というかあんなふうに入ってくる感じとか普通に座っちゃう辺りとか全部ありえないんだけど、でも、なんか面白そうな子だなーとは思ったよ」


「あれが騎士団であれば即座に厳しいノルマを言い渡されていただろう。今度会ったら、私が直々にその根性を叩き直してやる!」


「…………そう、ですか」


 確定だ。ヒロインはやはりヒロインなのだ。私がどんなにあがいたところで、所詮未来は変わらないのだ。


 二人の感想は、ゲーム内で彼らが放っていたのと全く同じだった。


 はじめは新しく手に入った毛色の違ったおもちゃ、いわゆる面白れぇ女枠としてヒロインを見ていたのに、いつのまにかそれ以上の存在になって戸惑いを隠せなくなるレイリー。


 女の子相手に容赦なく肉体的スパルタ指導をかまそうとする脳筋だが、素直にそれに従うヒロインと接するうちに、恋をしてしまうダリアン。


 その片鱗が既に芽吹いてしまった。


 これから私はどうすればいいのか。

 ラインハルトがレティシアを捨て、ヒロインを選ぶ未来がゼロではなくなってしまったのだ。けれども、絶対にそうなるとも言い切れない。

 ヒロインはそれ以外の二人を選ぶかもしれないし、そのうちやってくる転入生の隣国王子とラブロマンスする可能性もある。

 人生が終わったと悲観するのはまだ早いと分かってはいるのだが。

 いざゲームと同じ場面に直面すると、想像以上にダメージが大きかった。


 私はこれ以上何を言っていいか分からず、大きなため息を一つ吐く。明らかに三人は私の様子を不審に思っている……というより心配しているように見えた。


「ふむ。オリヴィア、もしも困ったことがあるなら、私は君の力になるぞ。何かあるなら遠慮なく吐き出してくれて構わない」


 いつも明朗快活に会話に切り込んでくる彼にしては珍しく、少し間をおいて気遣う様子を見せながらラインハルトが私に声をかける。


「勿論ここにいる二人も同じ気持ちだろう。私達が揃えば大抵のことは解決できるからな」


 ラインハルトらしい言葉に私の唇から思わず笑みが漏れた。


 確かにそうだ。彼らはまだ若いとはいえ国の中枢を担う者であり、今ですら既に国家を揺るがせるほどの権力を持っている。そして私が頼めば、彼らは容易にその力を振るうだろう。


 次期公爵家当主としての才を求められていた私は、同じ年頃のご令嬢よりも、彼らと過ごす時間の方が圧倒的に多かった。

 私達は将来国を担う立場だ。おいそれと周囲に不安を吐露することもできないし、レティシアの前ではちゃんとした姉でいたかったから、あの子の前でも私は常に完璧な自分を演じていた。


 けれどそんな中、唯一弱音を吐けたのがこの三人だ。

 背負う重圧も、勉強の辛さもその他同性の友人には言えない愚痴も互いに言い合ってきた仲間であり、友人だ。


 けれど、私が前世持ちで、実はここがゲームの世界で、あなた達がもしかしたらヒロインに篭絡されてしまうんです──なんてことを言えるわけがない。無論伝えるつもりもない。


 これは私が解決すべき問題だ。彼らに要らぬ心配をかけるわけにはいかない。

 それに、ラインハルト以外と相思相愛になるのは、別に困ったことではないのだ。ようは彼さえヒロインに篭絡されなければいいわけで。

 そう考えると、少しだけ気持ちが軽くなった。


「ごめんなさい、心配をかけてしまいました。ではもしそのような事態になったら、遠慮なくその力、お借りしますね」


 そう言うと、みんな頼もしく笑って返してくれた。

 そうだ、まだ未来が確定したわけじゃない。私がこの変態的にまでレティシアに猛進している義弟の愛情を信じなくてどうする。


 私は少しだけ冗談めかして、けれども本心でラインハルトに向かって言った。


「それからラインハルト殿下。今年の新入生も皆可愛い盛りのご令嬢ばかりですけど、くれぐれもレティシア以外に目を向けないでくださいね。たとえば入学式の話題をかっさらったあのマリアという生徒、とか」


 するとさもありなんという表情で、鼻息荒く──しかしイケメンはそんな行為をしてもイケメンときてる──私に非難めいた口調で抗議する。


「何を当たり前のことを言っているんだ。私がレティシア以外の人間を目にかけるなど、未来永劫ありえん。私はレティシアが何度生まれ変わろうと、何に生まれ変わろうと、必ず彼女を探し出す。もしも彼女が諸悪の根源たる魔王に生まれ変わるのなら、私がこの手で人間どもを全て根絶やしにするくらいには愛している」


「わぉ、兄上気持ち悪い、生まれ変わっても追いかけるとか執念深すぎるよ。怖いー」


「うるさい。……とにかく私はそれだけレティシアのことしか見えていない。まして、いくらあの新入生が可愛らしい顔立ちをしていようと、男になどいくわけがなかろう。たとえを出すにしてももっとましな人間をあげるべきだ」


 正直ラインハルトの愛は、レイリーの言う通り執念すら感じられて怖いが、今の私には逆に心強い。それだけの愛情があったら、ヒロインに目移りする心配なんてやっぱりないんじゃ────。


 あれ。


 今、彼は何と言った???


 可愛らしい顔立ちの新入生。

 やはり彼も可愛いと思ったのか……というのはいったんおいておこう。

 それよりも、


「お、おお、男!?!?」


 聞き間違いじゃないのか。いやいやいやいや、でも確かに言った、男って言った……!?


 すると三人は顔を見合わせ、怪訝そうに私を見る。


「え、講堂から帰ってくるときに廊下で話していたこと、聞いてなかったの? ちょっと前に子爵家に引き取られたマリアって名前の新入生が、実は男の子だって話。それがさっきの子だったんだねーって」


 レイリーが目をぱちぱちさせながら首を傾げると、隣のダリアンもうんうんと頷き、


「実際に目にすると、確かに女性と間違ってもおかしくない風貌だったな。私も彼がスラックスを履いてなければ分からなかったぞ!」


「教会で名付けの儀式を終えた後で、男の子だと気付いたらしいぞ。だが、我が国の法では、洗礼の儀式の後に名前は変えられないとあるからな。しかしそういった特殊な事情があれば名前変更の許可に対応する法を追加してもいいかもしれん。父上に進言してみるか」


「でも普通は気付くけどねー。一体どんだけおっちょこちょいだったのやら」


 そんな彼らの会話を聞きながら、私は頭をフル回転させて状況を自分自身に理解させる。


 つまり、マリアという人物は男だったと???


 彼女──いや、彼の制服を見ようとは考えもしなかった。端からあれはヒロインだと決めつけていたし、ピンク毛も容貌もゆるふわ美少女そのものだったから。


 だけど、確かに違和感はあった。


 彼の発した声。ゲーム内ではヒロインに声はあてられていなかったからそもそも彼女の声がどんなのなのか私は想像するしかできなかったけど、見た目の割には妙に低かった。

 それに髪も、ゲームでは腰までの長さの髪をツインテールにしていたが、ショーヘアだった。よくよく考えれば、この国の女性にしてはあまりにも短すぎる長さだ。


 いやでも私が受けた報告では確かに女の子だって────。


「フレイム子爵も、あの見た目からはじめは女の子だと思って引き取ったらしいな。数日は令嬢として扱われていたと聞いたぞ」


 私の内なる疑問に、ラインハルトが意図したわけだはないだろうが答えをくれた。


 そうか、じゃあやっぱりマリアは……。


 そして私は、自分の存在がゲーム内とは性別が違っていたということを今更ながら思い出した。


 本来なら公爵家子息だったはずの私と、ヒロインだったはずのマリア。

 つまりこれは、私たちの性別が入れ替わってしまったということなのでは?

 むしろそれが一番しっくりくる。


 けれど本当に、今日会ったマリアが、ゲームと同じマリアなのか。

 私はここまで聞いても確信が持てなかった。

 だってもしかしてもしかしたら、マリアが何らかの理由で男装している可能性だって否めないんじゃなかろうか。

 あとは私と同じ前世の記憶持ちで、それを使ってなにかやらかすなんて可能性もゼロじゃない。


 こうしちゃいられない。私は勢いよくその場から立ち上がる。


「すみません、私今日はここで失礼しますね」


「だがこれからレティシアとお茶をする約束ではなかったか? 彼女も楽しみにしているはずだぞ」


 けれどこんなもやもやした思いを抱えたままお茶会なんてできるはずがない。


「私の分までレティシアを楽しませてください。というより私がいない分、二人で存分にいちゃついててください。お願いします」


 愛情を際限なく垂れ流しているラインハルトにこれ以上を求めるなんて、それを受ける側のレティシアが大変なことになりそうだが、二人は両思いなので問題ない。レティシアには頑張って重すぎる愛を受け止めてほしい。

 そうすることでヒロインが入り込む隙がより一層なくなればいい。


「そうか。君がそこまで言うんだ、この私が存分にレティシアを愛で尽くして、彼女に私の愛の大きさを改めて刻み付けることとしよう」


 うん、まじでごめんレティ。愛の過剰摂取で倒れるかもしれない妹に心の中で手を合わせながら、私は一年生の教室へと急ぎ足で向かっている途中、ちょうどそのレティシアとすれ違う。


「お姉様!」


 私を見た途端、レティシアは花も綻ぶような笑顔を浮かべる。


 ゲームでは、傲慢な性格だった為か、容姿はいいが意地が悪そうできつい顔立ちに見えており、友人もほとんどいなかった。


 けれど今のレティシアは違う。

 完璧な立ち居振る舞いなのに、愛嬌があって、誰にでも優しく、今ではみんなの憧れの令嬢だ。

 顔は同じなのに中身が変わるだけでこうも与える印象が違うのかと、成長したレティシアを見て思ったものだ。


 そして、あんなに幼い頃に厳しく接した私のことも、姉として慕ってくれている。

 ラインハルトの言葉じゃないけど、レティシアは私にとって天使のように清らかで可愛い妹だ。


 私は笑顔のレティシアへ近付くと、そっと頭を撫でる。


「レティシア、入学式での挨拶は素晴らしかったわ。姉としてあなたのことを誇りに思うわ」


「お姉様とラインハルト殿下にいいところを見せようと頑張りましたの」


 レティシアは嬉しそうに声を弾ませる。


 けれど私が予定があってお茶会に行けないと告げると、今度は心配そうな声音になる。


「一緒にお茶ができないのは残念ですけど、気にしないでくださいませ。……それより何かありましたの? 少し顔色が悪いですわ」


「そうではないの。心配かけてごめんなさい。ただ急ぎの用を思い出しただけで」


「それならいいのですけど。ですがお姉様はいつも頑張りすぎですわ。何かあったらいつでも私を頼ってくださいませ! 私はお姉様のたった一人の妹なのですから」


「ええ、ありがとう」


 私は守らなければいけない。

 このレティシアの笑顔と、私たちフォルダン家の未来を。


 その為に、私は今からマリアに会いに行くのだから。

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