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冷淡な『氷姫』と呼ばれた悪役令嬢の姉は、一家断罪の未来を回避すべく奮闘する  作者: 春樹凜
《イベント3 生徒会の勧誘》

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没落ルートを回避したいオリヴィアの作戦②

 

 マリアがいい子だっていうことは、彼と直接接してみて私もよく分かっている。 

 私だって彼がヒロインでなければ、諸手を挙げて生徒会入りに賛成したかったけど、そういう訳にはいかない。


 今日の私のミッションは、彼と会い、ゲーム通りに進行しないよう邪魔をするために、生徒会入りをそれとなく彼が断わる方向に話をもっていくことである。

 そうなればラインハルトとの縁はほぼ無くなるだろうし、私やレティシアが処刑される未来は、完全に潰えたと言ってもいい。


 まあ、もし入りたいということなら、その時は処刑が一歩近づくから、また何か考えないといけないんだけど。


 そんなことを思いながら、私はマリアがいると教えてもらったあたりまで来たのだが。


「お前庶民上がりのくせに生意気なんだよ!! しかもそんな女みたいな顔で、本当に男なのか!? 証拠みせてみろよ、お嬢ちゃんがよぉ!」


 廊下の先の方から、だみ声の男子生徒の声が聞こえる。何かトラブルかと急いでそちらまで足を進めると、問題児として名前の良く挙がる二年の生徒が、誰かに詰め寄っているところだった。


「何をしているの!?」


 人気のない場所で、身分を笠に着て虐めていると即座に判断した私は、声を上げる。


 すると振り向いた男はやはり思っていた通り、ザンバル伯爵家の嫡男のサーモスだった。

 相手の姿は彼に隠れて見えないが、人一倍体の大きい彼は騎士志望で、身分が下の人間をいたぶっていると度々報告を受けていた。


 ゲームでも問題を起こして、彼を捕らえたり諫めたりするイベントがあったので、よく覚えている。


「あん? ……誰かと思えば氷姫──おおっと、副会長様じゃないですか。今日も相変わらずお美しいですね。その冷たい視線がたまりませんよ」


 彼は手を離すと、私に向かって舌なめずりしながそんな言葉を述べる。


 この程度でいちいち傷付かない。冷たい目で見てるのは事実だから。

 弁明を求める私の瞳から目を逸らし、サーモスは頭を掻きながら、


「いや何、ちょこーっと意見の相違があって、ちょーっとだけ口喧嘩? 的なことに発展しちゃっただけなんで、見逃してくださいよぉ」


「口喧嘩という割には、あなたが一方的にそちらの生徒に暴言を吐いて締め上げていたように見えたわ」


「いやいや本当に軽いやり取りなんでぇ、副会長様が気にするようなことじゃないんですよ。んじゃあ俺はこれで失礼します」


「ちょっと……!」


 けれど私が止める間もなく、サーモスは行ってしまった。

 あとで彼のことは副会長として報告しておかないとと思いながら、私は置き去りにされた生徒に声をかける。


「ねえ、あなた、大丈夫? 怪我はない……」


 そう言って壁に押し付けられていた相手の生徒を見て、そこでようやく私はその正体に気付いた。


「あ、フォルダン様! お久しぶりです」


 あっけらかんと普通に挨拶され、私の動きが思わず止まる。


 ピンクのふわふわの髪の毛には、今日は寝癖はついていない。相変わらず女の子顔負けの顔面偏差値を誇るヒロイン枠のマリアは、にこりと屈託なく笑った。


「あ、その、大丈夫? 絡まれていたようだけど、怪我とかはしていない?」


 思わず見惚れてしまった私は慌てて頭を軽く振って雑念を払うと、もう一度尋ねる。


「全然大丈夫ですよ! フォルダン様に助けてもらえてよかったです。この前喧嘩を吹っかけられても手を出すのはよくないって言われたんですけど、あまりにもしつこくて、手じゃなくて足ならいいかなってことでもう少しで蹴り上げちゃうところでしたから。あの先輩相手なら勝てそうでしたし」


「……そうね、正当防衛にはなるかもしれないけれど、そういう問題じゃないわね」


 ゲームのマリアも、乙女ゲームのヒロインなのになぜかそこそこ強いって描写があったけど、おそらくこっちのマリアの方が更に手練れっぽい気がする。


「彼のことは私も先生に報告して厳重に注意してもらうから。それでも何か言われるようなら遠慮なく言ってね」


「分かりました」


と、私はマリアを探しに来た目的を思い出す。


「ところで、あなたに少し話があるのだけど。いいかしら?」


 そう切り出すと彼からは大丈夫です、という返事をもらったが、さすがにこんな廊下で話すわけにもいかないので、近くの空き教室に入ることにした。


「そういえば、俺最近、クロとちょこっとだけ仲良くなった気がするんですよね。最近毎朝獲れたて新鮮を貢いでいたら、意外に喜んでもらえて。朝から頑張った甲斐がありました!」


 空いている椅子に適当に座り、キラキラした瞳でそう語るマリア。

 私も彼の向かいに腰を下ろすと、ここ最近のクロの姿を思い浮かべる。


「だからなのね。この前あの子が魚の骨をくわえていたから。料理人の人もあの子に魚をあげる時は身をほぐしたものをあげていたから、珍しいと思ってたのよ」


 骨を咥えてうろうろしていた愛らしい姿を思い出して思わずくすっと笑うと、じっと見つめるマリアと目が合った。


「何かしら」


 すると彼は目を細め、柔らかく微笑んだ。


「いえ、やっぱりフォルダン様は可愛いなって思って」


「な、ちょ……」


 あれだけ気を付けないとって思っていたのに、正面から不意打ち攻撃されてしまう。

 

 思わず動揺して顔を逸らしてしまったけど、やっぱり彼といるといつもの私らしくない。

 けれどここは淑女らしくさらっとお礼を言ってこの話は終わらせようと、なんとか気持ちを切り替えると、マリアの方に向き直る。

 

「誉め言葉はありがたく受け取っておくわね」


 私は適当にお礼を言うと、これ以上何か言われる前に早速本題へと入る。


「────そういう訳で、私たちはあなたに是非生徒会に入ってほしいと思っているわ」


 いつの間にかマリアは真面目な表情で私の話に耳を傾けているようだった。けれど、どこかその顔には、困惑の文字が張り付いている。


 ゲームでは、入る、か、入らない、の選択肢を選ぶだけだった。

 でも現実、マリアは生徒会入りをものすごく喜んでいるようには見えない。迷っている、といったところか。


 なら、揺さぶりをかければ彼は入らない、を選ぶ可能性もあるのだ。


「確かにあなたはとても優秀な人だわ。貴族として学園に通うため、他の人達が子供の頃から積み上げてきたことを、子爵家に引き取られてからのほんのわずかな時間である程度身に着けて、しかも入学時に上位の成績に食い込むなんて、努力の賜物だと思う。だから私以外の人が来たなら、耳障りのいい言葉を並べて、有無を言わせずあなたに頷かせていたでしょうね」


 だけど、とここで一度言葉を区切る。


「生徒会役員は常に上位の成績を維持しなければならないし、放課後や休日も拘束されることがある。正直に言うと、まだ新しい生活に慣れていないあなたが、これ以上責務を増やして体を壊さないか心配なの。……聞いたわよ、あなたが入学式の日に寝坊したのだって、前日遅くまで勉強していたからなんでしょう?」


 ゲームではマリアの遅刻の理由は寝坊、という単語のみで知らなかったんだけど、実はそういった理由から遅刻したんだとたまたま耳にした。


「それに学校の空き時間や、寮に戻っても勉強をしていて、寮の先輩にも分からないところを聞きに行って、すごく勉強熱心だって」


 これはマリアの情報収集中に、私と同じクラスで、寮ではマリアの隣人に当たる男子生徒から聞いた話だ。


 子爵家には既に後継者もいるから彼に家督が回ってくることはないだろうけど、マリアは拾ってくれたフレイム家に報いようと、見えないところでもそれだけ努力しているのだ。だからこそ、入学時のテストでは好成績を叩き出せたのだろう。


「私はそんなあなたを本当にすごいって思ってる。それでも今ここに生徒会の仕事まで入ってしまったらきっといつか限界が来るわ。だから私は、もしあなたが入らないと選択しても責めないわ」


 私の言ったことは、勿論ヒロインマリアの接触を避けたいっていうのが根底にはあるけど、私自身の本心でもある。 


 だって実際、生徒会に入るのは彼に非常に負荷がかかることは事実だから。

 ゲームでもそれらの時間配分が難しくて、私も苦労したのだ。


「それに、何も今年じゃなくても、来年生徒会に入ることもできるわ。あなたなら絶対にまた声がかかると思うから」


 来年ならラインハルトも卒業しているし、彼がどういう行動を取ろうと、ゲームの時間軸に当たる今年でなければ問題はないのだ。

 加えて、マリアも色々と慣れてきた頃だろうから、時間もうまく配分できるようになるだろう。


「別にすぐに返事をする必要はないわ。考える時間がいると思うから。もし何か質問とかあったら、遠慮なく聞いて」


 初めにマリアの努力と成果を認めたうえで、この数年で目まぐるしく取り巻く環境が変わって大変だろう彼を気遣う言葉を告げた後、貴族としても学園生活にも慣れた来年あたりでの生徒会入りを勧める。

 これなら、マリアが生徒会入りを断っても自然な流れになるんじゃないだろうか。

 

 本当はもっと生徒会入りのデメリットを言ってもいいかなと思ったけど、あんまり言いすぎると、私が個人的に彼を入れたくないって思っていると受け取られかねない。


 するとマリアは、逡巡したのち、ゆっくりと口を開いた。


「……あの、俺を候補に選んでもらったのは、すごくありがたいですし、嬉しいです。けど実際、やらないといけないことが山積みなのは事実です。だから正直、生徒会に入るように命令されれたらどうしようかと思ってました」


 これは、ラインハルトじゃなくて本当に良かった。

 彼は別に命令して無理やり入れるつもりはないだろうけど、彼は一国の王子だ。彼の口からお願いされたら、それは命じられているのと心情的には変わらないだろう。


 これは、折角ですがお断りさせてください……っていう流れに乗ったんじゃないだろうか。

 内心のドキドキを抑えつつ、何食わぬ顔で私はマリアの言葉の続きを待つ。


「だけど、フォルダン様は俺のことを認めてくれてるけど、ちゃんと大変な側面も教えてくれて、逃げ道も与えてくれました。無理強いもせず、俺の身体が心配だって気遣ってくれました」


 そしてマリアはどこか照れたように目尻を下げると、少し頬を染めながら、視線を逸らす。


「俺、こんな見た目だけど腕っぷしはあるし、物覚えもいいし、体も頑丈だから一度も熱出たことないしで、これまで孤児院でも人に頼られたことはあっても、心配されたことってほとんどないんです。だから、フォルダン様が俺の為に色々言ってくれて、嬉しかったんですよね」


 そういえば、ゲームでのヒロイン同様、彼は孤児院の中でもみんなのお世話係だったって言っていた。

 

 孤児院で小さい子の面倒を見て、誰かが怪我したり病気したら面倒を率先して看病して、シスターの手伝いで全員のご飯を作ったり、家事もこなしていて。

 

 どんな時も笑顔で、太陽のような明るさで引っ張っていく存在で、だからこそマリアの周りには自然と人が集まるし、いつも頼られていた。

 記憶力も良くて器用な面もあるから、子爵家に引き取られた後もそれをいかんなく発揮してすぐに色んなことを吸収していって、本当は入学も一年遅らせる予定だったけど、マリアが優秀だったから早めたそうだ。


「マリアなら大丈夫」

「マリアは何でもできるから」

「マリアは頼りになるね」


 そう言われて、そして本人がそれをこなせてしまうから、それがみんな当たり前だと思ってしまう。

 目の前の彼も、そんなヒロインと同じだったのだろう。


 そして一呼吸をおいて再び私に視線を合わせたマリアの瞳は、なぜか宝石のように一際輝いていた。

 断りを入れるのになんでそんな曇りのない眼で見られているんだろうと思っていたけど、彼の口から出てきたのは全く違う言葉だった。


「だからこの話、受けさせてください」


「え?」


 どうしてそんな展開になったの。

 確かに言ったよ? 心配だって。

 だってゲームでもヒロインが生徒会をこなしながら勉強に時間を割くのって、かなり大変だったから。

 あのスケジュールをこなすとか、どう考えても現実的じゃないって思えたし。


 それで、なぜ、前向きに考えることになるんだろう。

 しかし戸惑っている私をよそに、マリアは更にキラキラした笑顔でずいっと私に詰め寄ると、


「俺、フォルダン様のことが好きです! だからフォルダン様が学園にいる残り一年、必ずあなたのお役に立てるように頑張るので、一緒に働かせてください!」


「な、にを言って……!?」


 思わずその場で立ち上がる。

 待って、ちょっと待って、彼、何て言った?

 私が好きって……好きって言った!?


 ようやく脳が働いて、彼の先ほどの台詞を改めて解析し、そして理解した瞬間、私の顔は間違いなく教室に差し込みつつある夕日よりも真っ赤になった。


 しかしそんな私に構うことなく、マリアは尚も熱く私への想いを語っている。

 それを聞く限り、決して恋愛的な意味ではないのは分かったんだけど……。


 自分の価値は把握している。

 慕っている、好きです……フォルダン家の跡取りであるオリヴィアに対してのそんな単語は、嫌というほど聞いてきた。

 彼らに恭しく手を取られ愛を囁かれても、私の心はこれっぽちも動かなかったのに。


 なのにどうしてこんなに体が熱いのか。しかもそういう恋愛的な意味じゃないって分かっているのに!

 やっぱりこれが俗に言う、ヒロイン効果ってやつなの!?

 

「っていうかあなた、心配されたくらいで好きになったとか、ちょろすぎるわ! こんな言葉、社交辞令でもよく使われるものなのだから! 簡単に、しかも異性に対してそんな言葉を使うんじゃありません!」


「あはは、気付いたら口が勝手に滑ってたんですよね。思ってることをいつも素直に口に出し過ぎだと、フィン兄さんにもよく言われてたんですけどね」


「なら今度から気をつけなさい! それに、私の役に立つためにっていう理由でだけ生徒会入りすると、本当に苦労するわよ!?」


「フォルダン様に、仕事ができてなんて頼れる後輩なの! って思ってもらいたいですし、ちゃんと勉強との両立もします。成績も落としません。粉骨砕身の覚悟で働きますから!」


「なんなのあなた、もしかして私をからかってる!?」


 するとマリアは、静かに首を横に振る。

 そして、澄んだ水色の瞳で、どこまでもまっすぐに私の目を見て言った。


「冗談なんて言ってません。俺は本気です」


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