土地の売却話。
その言葉に母さんは、小さく「はい」と呟いた。
倉田武彦……その名前は俺も知っている。
10歳の時に、母さんから死んだと聞かされていた父親だ!!!
「倉田さんがね。借金の返済に、この土地の権利書を渡してきたらしいんですよ。私の知人に……」
五井は、母さんに土地の権利書を見せている。
覗き込むと確かに隣の土地の権利書である事は、間違いなかった。
「知人は、高値で売却出来ると思っていたようなんですがね。こんなに、人里離れた場所でしょ?価格でいうと、二束三文だったわけですよ」
「そうですか」
「家を建てさせていただけないと言うなら、倉田武彦の借金3000万と慰謝料2000万。耳を揃えて払っていただけますか?」
「無理です。そんなお金……。とてもじゃないけれど払えません」
「でしたら、家を建てる事に反対しませんよね?」
「はい」
「よかったです。話がわかる人で。買い手が決まっているのに、今さらごねられたら、こちらも困りますからね」
五井は、母さんと俺を見ながら嬉しそうに笑う。
「土地建物込みで、1500万ですよ。知人も売れるだけマシだと言っていましたけどね。かなりの損失です」
「父は、どこにいるんですか?」
「倉田武彦さん?彼は、彼女と海外に引っ越しましたよ」
「引っ越した……」
「最低な人間ですよね。残された人の事は、全く考えない。それじゃあ、失礼します」
五井は、足をずらして去っていく。
母さんは、何も言わずに黙っていた。
俺は、怒りがフツフツと沸き上がるのを感じる。
倉田武彦が、土地の権利書を盗んだのは……きっと五年前だ。
じいちゃんの葬儀で、親戚達が駆けつけてバタバタしていたあの日。
じいちゃんは、友達も多い人だったから、紛れ込む事が出来たのだろう。
「凛太郎……仕方ないわね」
「母さん」
「落ち込んでても仕方ないわよね。幸いな事におじいちゃんが残してくれたこの家も、まだ残りの土地もあるし。保険金の2000万や貯金のお陰で、働かずに住んでいるわけだから。感謝しなくちゃね」
「あの土地は、離れや増設する為に置いていたって聞いたよ」
「そう。母さんと父さんが結婚した日に……。おじいちゃんがね。知り合いに頼んで、建物を建てる為に地盤をちゃんと作ってくれてたのよ。でもね、凛太郎が産まれてすぐにあの人が出て行ったから……。結局、家を建てる事はなかったの」
母さんの目から、ポロポロと涙が零れ落ちていく。
俺が想像もつかないほど、嫌な思いをしてきたのだろう。
だから、死んだと言ったのがわかる。
「文句言っても仕方ない事だから、昼ご飯でも食べて忘れましょう」
「うん」
こうして、母さんと二人だったこの土地の一部は見知らぬ誰かのものになった。
隣に来る人は、きっといい人だ。
そう思わなくちゃ、この怒りを静められなかった。
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何もなかったこの場所に、たった三ヶ月で建物が建った。




