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透明な世代

作者: 雉白書屋

 もしも自分が透明人間になったら……と、誰もが一度は想像するだろう。そして実際に透明になったら本能から来る欲望をそのまま行使するに違いない。特に、それが男なら。

 根拠はある。最初の透明人間がそうだった。とある研究の最中、透明人間となったその男は衣服から始まり、常識、倫理、法、自分を縛る何もかもを脱ぎ捨て、原始時代あるいはそれ以上前に先祖返りしたとでもいうのか、悪意を剥き出しにし殺し、犯し殺し犯し殺し殺し犯し犯し……と、一度も捕まることなく数年間、犯行を続けたとされる。

 その犯行の発覚が遅れたのは人々が透明人間などあり得ないという常識に引っ張られたからで、いや、そもそもその発想に至るまでが遠すぎたのだ。ある時、街の監視カメラに映った犯行の瞬間。宙に浮かぶナイフが被害者の喉を掻っ切るその映像を目にし、浮上したのが霊や悪魔の存在。そして警察が何かトリックがあると、それすら認めたがらなかったのが障壁となった。

 ではなぜ透明人間の仕業だとわかったのか。そして一度も捕まらなかったのになぜそれが男だとわかったのか。

 それは、透明な赤子の誕生である。

 身に覚えのない妊娠に女たちは当惑した。一瞬、そう言えばあの晩……いや、あれは夢。だってあの場には誰もいなかった。じゃあ……と、まさか神の子などとは思わない。現実とのすり合わせの結果、交際していた男との間の子などと自身を納得させ、出産。そして悲鳴。父親似の透明な赤ん坊たちは同時期に続々と生まれた。そして人知れず便器の中に産み落とされた者以外は全て一箇所に、研究施設に集められ育てられることになった。

 透明人間の存在が知れ渡ると人々は戦慄した。疑心暗鬼。風が吹き、物が動けばビクリと体を硬直させ、耳を澄ませ目を見開き周りを凝視する。擦り減っていく神経。受けたそのストレスは純粋無垢な子供たちへ向けられた。

 ――あれは悪魔の子だ。殺してしまえ

 そう世論が傾いたのだ。

 その子供たちの父親はというと、当然だが名乗り出ることもなく、いつまで経ってもその存在は掴めず、そしてある時期にピッタリと犯行が止んだことから死んだのでは、と噂された。さすがに全裸による凍死などという馬鹿な死に方はないだろうが、病気かそれとも車に轢かれ、また轢かれ轢かれ、と轢かれ続け最終的に人知れず鳥や虫の餌になったか何にせよ、怒りの矛先は姿は見えずとも存在感のある次の世代に向けられたのだ。


『殺せ!』『殺すべきだ』『いや、彼らに罪はない。閉じ込めるのをやめ、普通の学校で教育を受けさせるべきだ』『殺せ!』『殺せ殺せ!』


 過激派と人権団体の衝突。目には見えない者たちへの目の前にいない者たちからの悪意は彼ら、透明な子供たちとそれを畏怖する者たち双方の心を蝕み、やがて大きな事件へと発展する。

 過激派による施設への放火である。しかし、それは彼らにとって自由への狼煙となった。

 ちょうど思春期を過ぎた頃合いにその火事から逃げ延びた、いや、世に解き放たれた彼らは自分たちが強者だとそう、自己肯定感に酔いしれた。殺し犯し盗み……とその存在を認識すらしたことがなかった父親に似たというよりは誰からも、母からも愛されずにいたせいか。飢えた心を満たそうと躍起になっていた。ただ人数が人数だ。被害者は日を経るごとに増えていく。

 だが、警察も手をこまねいていたわけではない。彼らの親。最初の透明人間を追い続けていたのだ。

 すぐに透明人間対策特別班が設立され、体温を可視化するサーマルゴーグル等を装備、彼らの発見、捕縛に全力を尽くした。

 しかし、ようやくその多くを捕らえた、あるいは始末した頃にはまた次の世代が誕生した。人類がこの星の頂点に立った理由の一つであるその繁殖力、年中発情期なのが祟ったとでもいうのだろうか。それも膨大な数の。

 

 前の襲撃事件もある。彼らを閉じ込め、全て監視するのは難しいと考えた。おまけに人権団体の圧力も健在であった。ゆえに彼らの身体にはチップが埋め込まれ、そして人前や自宅などプライベート空間以外では国より支給された薄い皮膜のような首から上を覆うマスクと手袋の着用が義務付けられた。

 これで一安心、というわけでもない。割を食うのは大抵一般市民だ。

 透明人間たちは一般の学校へ通うことを許されたが、気味が悪いといじめられるのは半ば必然。

 やがて、透明人間同士でつるみ、衣服を脱ぎ捨てチップを体内から取り出し犯罪に走る者や、犯罪組織が密かに繁殖させ、利用。また外国では軍事利用。透明人間の人身売買の横行など問題は消えなかった。そしてそれがニュースになる度に大人しくしている透明人間たちへの風当たりは強くなった。

 透明人間たちを巡る社会問題。一向に解決の目途が経たず、溜まりゆくフラストレーション。

 それでも彼らを受け入れなければ。彼らを。彼ら。自分たちとは違っても。そう違う。違う種。透明人間は新たな種として確立されつつあり、そしてそれを人々の意識に決定づける事件が起こった。


「どこだ!」「どこへ行きやがった!」「そこだ! 車の屋根に上ったぞ!」「路地に入ったか!」「いや、そのまま真っ直ぐだ! ははは! おれには見えてるぞ! ゴーグルを買っておいてよかったろ!」「そこ! 空き缶を蹴ったな!」「いや、踏んだんだ! 転んだぞ!」「ここか!」「ここだ!」


 ある時、盗みを働いた透明人間を市民が追いかけ、捕まえた。そして……

「足を押さえろ!」「腕はどこだ!?」「頭があったぞ! ここだ!」「首はここか!」「押さえろ!」「踏め!」「潰せ!」


 その透明人間はまだ子供だった。しかし、殺害した市民側が非難されることはなかった。誰かがボソッと言った一言に共感したのだ。


「あれは透明な獣だ」


 それが契機だったのかもしれない。溜まりに溜まった鬱憤は徐々に人々を透明人間狩りへと走らせた。

 誰も彼もがサーマルゴーグルを携え、やがて政府もまた世論に迎合し、街中には彼ら透明人間を識別する監視カメラが取り付けられた。彼らの命を守るためという建前であったが元々、暗殺など政治家は誰よりも透明人間たちを恐れていたのだ。好都合だったのだろう。やがて、透明人間たちへの締め付けはより厳しく、堂々と捕獲対象となり、これまで以上にその存在そのものが規制対象に。

 都会を離れ、田舎であってもそれらしき事件が起こればすぐに対策班が向かい、大規模な捜索が行われた。

 指紋や足跡は透明ではない。流した血は透明であれど、血痕は隠せない。

 新たに産み落とされても病院からすぐに回収。自宅出産により隠し守り育てることもできなかった。その存在までは透明ではないのだ。

 これが続くこと数十年。世界は前と変わらぬそれなりの平和を取り戻した。

 サーマルゴーグルを携えるのもやめた。持ちたくとも透明人間の恐怖を思い出すからと他の人間に疎まれるからだ。

 それでも時々「透明人間……」その言葉を聞くと人々は目を見開き、周囲を凝視する。


「……透明、か」

 

 ……透明人間の母からこの世に産み落とされ、マスクとウィッグ、サングラスで自分の姿を隠し生きる私には、彼らの奥底に秘めた悪意、本能が透けて見えてならない。

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