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新年の挨拶はご放念ください

作者: Rj

「ありえない……」


 新年の挨拶にくる男性達のために用意した飲み物や軽食が、まったく手をつけられず用意したままの形で残っているのを目の前にしたエリーズ・ベルナールは怒りでいっぱいになった。


「大きらいよ、この国。くだらない嫌がらせをして。


 新参者が気に入らないなら完全に無視すればよいのに、わざわざ新年の挨拶の習慣について教えて、こちらに用意をさせておきながら訪問せずに知らんふりをするなど底意地が悪すぎです。


 何も知らないだろうから教えてやると人を下にみた態度で気分が悪かったのに……」


 エリーズは怒りのあまりじっとしていられず、応接間をぐるぐると歩き回っていた。


 エリーズは夫の仕事のために母国から海をへだてた反対側にある新興国のフレリー国へきた。


 大国であるタデシオン国の王都で貿易商をいとなんでいる夫の実家は、フレリー国との取引を拡大するためエリーズの夫を送りこむことにした。


 エリーズはフレリー国にまったく興味はなく来たくなかったが、夫の仕事だけでなく、実家の伯爵家の利益にもつながるので嫌々ついてきた。


 船がフレリー国最大の都市、マキシに近づき、その小ささと素朴さを目の当たりにし、「来るのではなかった」そのままタデシオン国に引き返したかった。


 しかし帰るわけにいかないので気持ちを切りかえ、マキシで人脈をつくるため社交に励み、上流階級の女性をたばねるスデイトル夫人と知り合った。


 スデイトル夫人はマキシの上流階級だけでおこなわれる新年の習慣について説明し、エリーゼにくれぐれも粗相がないよう準備するようにいった。


「わざわざ訪問して新年の挨拶をするなんて、どれだけ小さな村なのといいたいわよ! それも1月1日の当日だけでよ。


 マキシはフレリー国で一番大きな町なはずよ。それなのに一日で知り合いの女性全員の家に訪問して挨拶するなんて、なぜ田舎の小さな村みたいなことをしているの?


 母国のタデシオンではありえない。


 知り合い全員にわざわざ訪問して挨拶をしたら一か月でも足りないわよ」


 エリーズが怒りを爆発させる。


 マキシでは上流階級の男性が1月1日に知り合いの女性宅を新年の挨拶に訪問する習慣がある。


 付き合いが親密ではない家の男性からの訪問は、玄関先で新年のご挨拶カードを使用人が受け取るだけだが、家同士が親しく付き合っている男性が訪問した時は女主人が挨拶をうけもてなす。


 女性は挨拶をうけるために着飾り、訪問した男性のために温かい飲み物や軽食を用意する。


 この国へきて半年とまだ日が浅いとはいえ、夫婦は精力的に上流階級の人達と交流し親しい関係をきずいてきたつもりだった。


 朝早くから用意をし訪問客を待っていたが、ベルナール家を訪問したのはスデイトル夫人の夫のみで、新年のご挨拶カードをおいていっただけだった。


「どうしてくれよう……」


「お母様、年の初めからやめましょうよ。くやしいですが、それでも私達は家で待っているだけでよかったでしょう?


 お父様やお兄様達は寒いなか訪問しても、どの家でも温かいお茶の一杯もふるまっていただけずに帰ってきたのですよ。まずはお父様達をいたわってください」


 娘の言う通りだった。


 1月1日に上流階級の女性を町で見かけることはないといわれるように、女性は一日中家で訪問客と新年の挨拶をするため外に出ることはない。


「まあ、これから人を馬鹿にしたツケを払ってもらおう」


 夫がにやりとした。


 夫は目がたれているせいか優しげに見え、人は夫を御しやすそうだとあなどることが多い。


 しかし夫はしたたかに計算し、下手にでながら相手に食らいつき自分が望むものを手に入れる。


 夫は新年の挨拶で自分たちに嫌がらせをした相手に、目に見えない形で締め上げていくだろう。


「どうせならこの馬鹿げた習慣をこわしましょう、お父様。これほど時間と労力を無駄にする習慣はないでしょう?


 タデシオン国のような大国の習慣をフレリーの皆様に教えて差し上げては?」


 どうやら娘もとても怒っているようだ。


 夫と二人の息子達が娘の言葉に大きくうなずいている。


「よし。方針は決まった。商人らしいやり方でこの国の習慣を五年、いや三年で変える。もちろんがっぽりもうけさせてもらう。


 ちょっと小耳にはさんだ話があって、ここの習慣だけでなく本国の習慣も変えて大いにもうけさせてもらうよ」


 夫が晴れ晴れした笑顔をみせた。






 ―― 三年後 ――



「エリーズ、12月31日にお宅でとても素敵な舞踏会があったと聞きましたわ。手違いがあったようで私への招待状が届かず残念です」


 夜会に出席したエリーズはスデイトル夫人に会うなり、いやみな口調で話しかけられた。


「その舞踏会は母国タデシオンの習慣で、この国に来ている母国人のためにひらいたものなのでお招きできなかったのです。


 異国での生活は何かと大変ですので、同国人同士で集まりタデシオンの食べ物を楽しみ、タデシオンの音楽で踊り、タデシオンの習慣にしたがうことが気晴らしとなるのです。そのための舞踏会でしたの」


「でも、ワイズ夫人やデュランテ令嬢が参加されたと――」


 エリーズの言葉に勢いよく反応するスデイトル夫人に、エリーズの笑みが深くなる。


「それは私共がご招待したのではなく、ご招待したタデシオン人のどなたかが同行者としてお連れになっただけです」


 スデイトル夫人の目元がぴくりとうごき、笑顔はくずさなかったが不快に思っているのがありありとしていた。


 今年は母国から政治的な理由と経済交流のため、タデシオン国の貴族や高官、大商人が二か月滞在中で、ベルナール邸でおこなわれた舞踏会に彼らの多くが参加した。


 彼らと縁をつなぎたい人は多いだけに、スデイトル夫人は自分が招かれなかったことにどうしても文句をいいたかったのだろう。


 この三年、エリーズの夫はこの国で商売を拡大しただけでなく、マキシの上流階級での地位をかためた。その足固めにエリーズも大いに貢献した。


 フレリー国に住むタデシオン人の間での地位や扱いは、本国と同じで爵位や権力、財力で決まった。


 エリーズの夫は男爵だが、エリーズは伯爵家の出であるため同国人の間ではその出身にふさわしい扱いをされた。


 フレリー国に来た当初はフレリー国にとけこむため、母国人以外に貴族であることはいわず、母国の話しもなるべくせずにフレリー国のやり方や習慣を知ることに力を入れた。


 しかし三年前の嫌がらせから態度をかえた。


 フレリー国には王侯貴族といった身分制度がなく自由で新しい気風を大切にし、大国を古いと馬鹿にしがちだった。


 しかし上流階級では先祖が大国出身であったり、大国の爵位持ちであったという出自を自慢する傾向がある。


 エリーズは自分達の出自をかくすのをやめた。


 そしてエリーズの夫はこれまでの商売だけでなく、新しい習慣をつくりだし利益をえることに成功した。


 フレリー国とタデシオン国は同じ宗教を信仰しており、一年を無事に過ごせたことへの感謝を神に捧げる年末行事があった。


 夫はその年末の宗教行事に、フレリー国の隣国でおこなわれている年末にお世話になった人へプレゼントを贈る習慣を組み合わせた。


 年末の宗教行事は親族で集まりお互いの無事をよろこびあうことから、集まった時にお互いへの感謝をプレゼントを交換することで伝えることを提案した。


 年末の宗教行事で売り上げをふやせるので、新しい習慣への商人達の反応は上々でこれから大きく広がっていくだろう。


 母国でもプレゼント交換の習慣を広めるため夫とエリーズの実家が動いていた。


 それと同時に宗教行事を利用することを快く思わない宗教関係者への根回しとして、エリーズは多くの人が教会へ寄付をするように動いた。


 母国では年末の宗教行事の時期に、孤児など恵まれない人達に必要な衣服や食料など必需品をおくったり、救済活動をしている教会に寄付金をおくる。


 とくに王侯貴族は寄付金の額で見栄をはった。


 フレリー国でも寄付はおこなわれていたが規模が小さく、上流階級であっても寄付金の額はしれていた。


 エリーズは母国なみに寄付が当たり前となるよう、「タデシオン国だけでなく他の大国でも上流階級が積極的に恵まれない人達へ寄付するのは常識です」いやみになるほど「大国」を強調し、新興国の意地や見栄をあおった。


 おかげで教会への寄付金が大幅にふえた。


 そしてベルナール家は嫌がらせをされた翌年から、新年の挨拶を自分たちに都合のよい形に変えた。


 12月31日にタデシオン人だけで集まる夜通しの舞踏会をひらき、「大変勝手ながら我が家への新年の挨拶はご放念ください。十分なおもてなしができるとは思えませんので」挨拶をうけない宣言をした。


 夫と息子達も「大変失礼ながら1月1日に新年のご挨拶にうかがえませんのでタデシオン流でご挨拶します」と宣言し、12月後半の二週間のあいだに新年のご挨拶カードを使用人に届けさせた。


 エリーズ達をまね新年の挨拶をやめる人がふえているので、この習慣がなくなるのも時間の問題だろう。


 スデイトル夫人が挨拶にきた男性と話しているのをみながら、エリーズは次にすべきことを考える。


「我が家はすっかり傲慢なタデシオン人として有名になったので、今後はその印象を良くしなくては。


 それとこの国は娯楽が少ないので改善が必要ね。しばらくこの国で暮らすのだから快適に暮らせるようにしないと」


 エリーズが忙しくなりそうだと笑みをうかべると、マキシ市長と話している夫と目が合い、夫がエリーズにウインクをした。


 夫はすでに次の目的のために動いている。エリーズは夫にウインクをかえし健闘をいのった。

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