魔法教師SS 飴色頭の父息子
本編でカットしたロイズの父親のエピソードをSSにしました。
ユアたちが五学年になったばかりの、四月頃の話だ。
月に一度の魔力補充のために、ロイズは実家訪問中だった。たまにはゆっくりしようと、この日は連泊の予定を立てていた。
国一番の魔法使いは、なにかと忙しい。連泊なんて珍しいこともあるものだと、父親は酒を片手に息子を誘う。
同じ酒好き。飴色頭の親子二人で晩酌をすることに。
「魔法学園の先生はどんな感じだ? もう四年になるか」
「そうだね、もう慣れたかな~。あ、でも今年の五学年は面白い子が多いよ。毎年、岩壁チャレンジって名付けて、生徒に穴をあけさせるんだけどさ。今年初めて壁に穴が空いたんだよ。こんな大きな丸~」
ロイズは指先に魔力を込めて、空中に円を描く。それを見た父親は、パワフルな子だなぁとゴリラみたいな男子生徒を想像してみる。穴をあけたのはゴリラではなく将来の嫁だ。
「なんにせよ、ちゃんと社会人をやっているんだから父親として誇らしいよ」
「……あのさぁ……ずっと気になってたんだけど、父さんって何の仕事してたの?」
「ははは! なに言ってんだ。ロイズも知ってるだろう? しがない郵便屋だよ」
「それって、俺が生まれる前から?」
「ああ、お前が生まれる前からだ。なんでそんなことを聞くんだ?」
「ん~、なんとなく?」
「ははは、なんとなくか」
父親はふわりと笑って、そう言えばと話題を変える。ロビン親子は尽きない話で笑い合い、結局そのまま雑魚寝。
翌朝、母親に叩き起こされて親子二人で怒られた。
一見、影の薄いロイズ・ロビンの父親であるが、実は彼にもドラマがある。
父親は、人間都市の隅々まで知り尽くしている郵便屋。昔からどこへ行ってもロビンさんと声をかけられているし、とても顔が広い。
ロイズはそれを郵便屋という職業だからだと思っているが、真実は異なる。
昔、ロイズが生まれる少し前。人間と魔法使いは、そこまでギスギスした関係ではなかった。
もちろん、時代によってはそういうときもあっただろう。しかし、ロイズが生まれる直前は、加害をされたり抵抗したり恐怖したり……というような、憎しみあうような関係ではなく、個々の種族として深く干渉し合わないドライな関係だった。
それは、ロイズの父親がいたからだ。
当然といえば当然なのだが、人間都市にもリーダー的存在がいた。もちろん、魔法省は人間都市に自治権を持たせることはしなかったため、それは公に認められた役割ではない。
レジスタンスリーダーというと少し過激だが、水面下で魔法使いと交渉をするようなブレーンというべきか。それがロイズの父親だった。
なにもリーダーになりたいと手を挙げるような、熱意溢れるタイプだったわけではない。彼は頭脳明晰で、そして誰に対しても温和で平等だった。そのせいか何かと頼られることが多く、気付けばそういう役割を担っていたというのが実態だ。
しかし、その能力は確かに魔法使いとの力の差を埋めるのに適していた。
時に荒々しい魔法使いもいたが、ロイズの父親が上手いこと言いくるめて大人しくさせたり、逆に下手に出て人間側にあえて利益を与えたり、水面下で活躍していたことは間違いない。
なのに、今はただの郵便屋。一体、何があったのかと不思議に思うことだろう。
理由は簡単だ。ロイズ・ロビンが生まれたから。
人間都市は魔法都市に比べて居住面積が狭いと言われているが、実際には町外れだったり、山奥、森深くに住んでいる人間もいる。
その中でも、ロビン家は人間都市の真ん中付近に住んでおり、まあまあ都会っこ。人口密度はかなり高い地域だ。
それでも、人間から魔法使いが生まれたなんて聞いたこともなかった。母親同様に、父親も青紫色の血液を見て驚いたの何の。賢い頭が爆発するかと思った。
改めて調べてみると、人間から魔法使いが生まれている事実は、国の出生記録にも記載があった。
しかし、それは町外れの田舎の方だったり、魔法都市の端っこだったり、人口が極端に少ない地域で起こった登録間違い。そういう眉唾なデータだとされていた。
そんなイレギュラーなことが、ロビン家に起きたのだ。これまでと同じ生活ではいられないと、父親はすぐに頭を切り替えた。
一番はじめにやったことは、リーダー役を降りること。
人間都市生まれの魔法使いだなんて、戦争でいえば火縄銃とかダイナマイトみたいな存在だ。近い将来、何かしらの火種になるはずだと、父親は瞬時に理解をした。
人間だって魔法使いだって、みんな等しく『人』である。ロイズの父親は、賢いが故に心からそう思っていた。であれば、人間にも欲深さはあるはずだ。
もしこのままリーダー役を続けていくならば、魔法使いへの対抗手段として『息子を兵器にしろ』という声が上がらないとも限らない。
息子を使って、魔法都市を奪い取れ。そんな声が大きくなってしまえば、ロイズを歪ませ苦しめることになる。
その未来を潰すために、父親はリーダー役を降り、ただの郵便屋に転職をした。それが二十三年前。
しかし、彼は本当に有能だった。後任の人材は何人もいたが、ロイズの父親が抜けた穴を埋めることは難しく、上手いこと均衡を保っていた魔法使いと人間のバランスは、少しずつ傾いていくことになる。
そうして数年経ち、バランスが狂いきった結果が、人間たちへの加害という悲劇に繋がる。
皮肉なことに、ロイズの誕生は魔法使いが人間への加害を強める一因になっているということだ。
だから、父親は秘匿する。人間側のリーダーであった事実をロイズに知られないように根回しをして、街全体で温かく見守り受け入れてもらえるように、その頭脳をフル回転させた。
幼少期からロイズ・ロビンが人間都市に受け入れられてきた背景には、こんな事情があったりする。
ロイズの父親は、自分の決断が正しかったのかと自問自答してばかりの人生だっただろう。
魔法使いによって傷ついた人々を見るたびに、心がえぐられるような苦しみを味わっていたかもしれない。
でも……彼はロイズ・ロビンの父親だ。後悔するのではなく、息子を信じて待った。人に使われるような道具としてではなく、自分の意志を武器にして立ち向かう未来を信じて、待ち続けた。
そうして、二十三年。
あの日、人間都市の上空でロイズたちが戦い、大きな炎を食い止めたとき。その上昇気流で、父親の心がどれだけ軽くなったか。どれだけ息子が誇らしかったか。
「ははは! ……大きく育ったもんだなぁ」
人間都市生まれの魔法使い。そんなイレギュラーな存在を守り、自由で真っ直ぐな心を育てたのは、この人だ。
重圧、迷い、不安。それでも息子を信じ抜いた、大きな愛情。
天才魔法使いを息子に持つ父親。
彼が歩んできた道、その距離23年。
ロイズの父親は『41話 ロイズ・ロビンの昔の話』に出てます。
https://ncode.syosetu.com/n8767hv/41
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