俺詐欺SS 信じ込ませるように、じっと見る
本編で時々出てくる『信じ込ませるように、目をじっと見る』的な文言の裏設定です。
夕食後、ワンスが私室に戻ろうとすると、侍従のハチに呼び止められた。
「ワンスさまー。例のレストランの件なんですけどー、あれって本当にやっちゃって大丈夫なんですか?」
「何か問題あったか?」
「問題っていうか、赤字になりそうだなって思ってます。責任を追及されて、オレの給金をカットされるんじゃないかと戦々恐々としてます」
ハチは相当不安なのだろう。顔を青くしている。
「へー、俺に意見するなんてハチにしては生意気だな」
「ひい! ミスったら減給だとか言って、いつもプレッシャーかけてくるからじゃないっすか!」
「まぁ、言いたいことは理解した」
ワンスはハチの肩をポンと叩き、目をじっと見る。信じ込ませるように、じっと。
「大丈夫。赤字にはならないし、給金もカットにならない」
ワンスがじっと見ていると、ハチは青い顔を少しずつ戻していき、こくりと頷く。
「は、はい。わかりました! 指示通りにやってみます」
「おー、よろしく」
ハチが片付いたので、そのまま私室に戻る。
しばらく仕事をしていると、ひょこっとフォーリアが顔を出してきた。彼女はティーセットとお菓子を用意していたので、すぐに仕事の手を止める。これはフォーリア流の『おしゃべりしませんか』というお誘いだからだ。
「私、ワンスさまのクセを一つ発見したんです!」
「うん?」
ココアクッキーを食べながら返事をすると、なにやら彼女はじーっと見てくる。キス待ちかなとも思ったが、そういう雰囲気でもなさそう。
「なに?」
「ふふっ、これがワンスさまのクセです。時々、相手の目をじっと見てますよね。さっきのハチさんとのやり取りもそうでした」
「あー……あれか」
ワンスは時折、相手の目をじっと見て話をする。これはクセではなく、そういう技だ。詐欺師としての技術である。
過去の悪行について、なるべく話したくないワンスだが、最近はそれを彼女に伝えることが増えてしまった。贖罪作業を進めるにあたり、ワンスだけでは判断しにくい場面があったからだ。
金を返すだけなら簡単だが、それでは不十分なこともある。そんなときは、どこまでやれば『贖罪した』とカウントできるのか、真っ当人間の彼女の意見を聞く。
ワンスのものさしでは計れないものは、フォーリアのものさしを借りる。それはまるで、二人の品性の差を埋めるような作業だった。
それでも過去の話をしようとすると少しだけ口が渇くから、一度紅茶で潤してから話をする。
「十四歳の頃にさ、人間の信心を利用した詐欺をやってたことがあって」
「信心、ですか?」
「そう。例えばおばけを信じる人に悪霊撃退グッズを売るとか、神の使いのフリをして御布施をもらうとか、そういうこと」
思い出していただきたい。ワンスのベストオブザイヤー受賞犯罪のことを。その十四歳の欄には、霊能詐欺だとか宗教詐欺だとか物騒な文言が書かれている。
「そのときに少しだけ技を学んだんだよ。視線を合わせて、こう……瞳をわずかに揺らして、共振させながら酔わせるっていう技」
「揺らす?」
「あー、要するに軽く催眠術をかけてるってこと」
「催眠術!? すごいです! ワンス様、なんでもできますね!?」
「誉めるところじゃないんだけど」
ワンスの技は、人格を変えるだとか言葉を取り上げるだとか、そういう危なげな効果は一切ない。
どういうときに使うかと言えば、不安になっている相手を安心させたり、半信半疑なものに信憑性を持たせたり。総じて、ライトグレーを白にできるくらいの効果だ。黒を白にするほどの威力はないし、誰にでも効くわけではない。
「どういう相手には効くんですか? 私は効く方かしら、ふふっ」
「うん、全人類で一番効くと思う」
答えに迷いがなさすぎる。失礼だ。
「ちょっと興味がわいてきました。ワンス様の催眠術、受けてみたいです!」
「え」
「お願いします」
実際のところ、フォーリアには何度も使っている。大した威力はないし、改めて受けたいというのならやってやるか。そんな軽い気持ちでフォーリアに向き合う。
「私、少し悩んでいることがあるので、後押しするような感じのやつをお願いします」
「悩みが何なのか気になるけど……まあいいか。よし、やるぞ」
「はい。……わぁ、すごい! 一瞬で悩みがなくなりました!」
「はえーよ。まだ何もやってないんだけど」
「あ、そうなんですね。では、お願いします!」
さぞかし悩みなんてないのだろう。一体、何の悩みを消し去ればいいのかと疑問に思うが、まあいいかと視線を合わせる。
「よし、じゃあいくぞ?」
「はい! カモンです!」
せっかくだからと、いつものさり気なさを捨て去り、かなり強めにやってみる。なにも不安になることはない、何をやっても上手くいく、自分の選択は正しい。そう信じ込ませるように。
「こんな感じ。フォーリア、どう?」
「……私……なんか気分が晴れました! なんでこんなことで悩んでたのかしら。ふふっ、いい気分~。ワンス様、ありがとうございます!」
「そりゃどうも」
年中ごきげんな彼女だ。これでは本当に催眠の効果があるのか判断しにくい。楽しそうにニコニコしていたので、まあいいかとここでもワンスは何も言わなかった。
その後、フォーリアは買い物に行くからとスキップをしながら出掛けていった。
数時間後。窓から差し込む光が弱くなり、ワンスはろうそくを灯す。
そう言えば、紅茶を飲んだきりフォーリアの姿を見ていない。たまにはキッチンの方を手伝うかと私室を出たところで、足が止まった。異世界にでも来てしまったのかと思うくらいに、廊下の風景がいつもと異なるではないか。
「……な、なんだこれ」
殺風景だった廊下に、所狭しと調度品や絵画が並んでいる。調度品に至っては置く場所がなかったらしく、まさかの床に直置きだ。障害物を避けながら歩を進めると、なぜか掃除道具やスカーフまで置かれている。いや、これは飾られているというべきか。
階下で物音が聞こえるので犯人確保のために玄関までいけば、犯人――フォーリアはせっせと荷車を押していた。そこにはきらびやかな銅像が乗せられている。どこに飾る気だ。
「あ、ワンスさま~。これ素敵でしょ? おばあさまのお誕生日にどれを買うか悩んでたんですけど、全部買っちゃえばいいんだって気付いて奮発しちゃいました。解放されて清々しいです! ワンス様のおかげですね!」
「まじでやべぇな」
おばあちゃんの欲しいものはスカーフだとフォーリアに言い聞かせ、他は全部返品させた。悩みや不安というものが彼女の常識を支えていることを知り、強めの催眠技術は闇に葬られたのだった。
本編に載せるか迷いましたが、一旦、SS置き場に置いておきます。
ちなみに、ワンスのベストオブザイヤー受賞犯罪は
https://ncode.syosetu.com/n5798hq/85/
に記載がございます。
お読み頂きありがとうございました!