潜入騎士 94話おまけSS【一度もない、の破壊力】
94話↓のおまけSS
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クロルはトントンと包丁の音を響かせていた。酒を飲みながら、酒のつまみを作っているのだ。
その横で、トリズはウイスキーを飲みながら結婚話をしてくる。婚約指輪だのドレスだの、ぴーちくぱーちく。ちょっとうるさいな、なんて思ったり。
「はぁ、はやく彼女と結婚したいな~」
「結婚願望つよすぎじゃね?」
クロルが軽く笑って言うと、トリズは少し首をかしげる。
「いつも思うんだけどさ~、クロルたちって、そーゆー願望が薄い割には、愛が重たいよね。闇が深そう~」
「言われたくねぇわ」
闇が深いトリズに、闇の深さを指摘されるクロル。どちらも真っ暗闇だ。
トントンとリズミカルな包丁の音に合わせて、クロルはぽつりと話をする。
「……レヴェイユってさ、結婚願望ないらしくて」
「それ、さっきから何回も言ってるよね。なにか引っかかってるんだ?」
「引っかかってるっつーか……あいつ、結婚したいと思ったことが、一度もないんだって」
「へ? 一度も?」
そんな素敵な話題を投下されてしまっては、ほろ酔いトリズは楽しそうに核心をついてしまう。
「じゃあ、あんなにクロルのこと好き好き言ってるのに、結婚したいと思われたことないのか~。なんだ、案外、愛されてないんだね!」
刻んでいた野菜にグサッと包丁が刺さる。危ない危ない、手元がくるったようだ。
「……単純に、結婚に価値を感じてないだけだろ」
「え~? ずっと一緒にいたかったら、結婚するのが一番手っ取り早いのに?」
「効率の問題じゃなくて、結婚には拘束力がないって話。約束やぶるのなんてカンタンでしょって言ってたし」
「あ、なるほど~。結婚したとしても、どこぞの女をたらし込んで浮気するだろうから、意味がないって思われてるのか~。なんだ、案外、信頼されてないんだね!」
ナイフが滑って、パンにドスッと刺さってしまった。切りにくいナイフだな。
「俺は、浮気なんて絶対にしない。信頼もされてるし、文脈的にもそういう意味ではなかった」
「え? ハニトラの名手だって知られてるのに、女関係で信頼されるわけなくない? 案外、夢見ちゃうタイプなんだね! あはは、おもしろ~い」
「……」
そこで、おつまみ完成。
「トリズ。つまみ、できたけど」
「あ、おいしそ~。いただきまっっっずぅう! え……なにこれ。何味? 酸味? 甘味?」
「さぁ? 強いて言うなら、悪趣味?」
「……えへ、ばれた? ちょっと楽しくなっちゃって」
「メンタルにくるからまじでやめて」
「へこんでてもイケメンだね!」
「なんの慰めにもなんねぇよ」
まずいまずいと連呼しながら、二人で食べた。
90話のカーテン越しでの会話。
「一度もない」にショックを受けていたクロル。