潜入騎士 65話おまけSS【トリズが水をぶっかけた話】
65話↓
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レヴェイユが苔色アジトに加わって、初めての朝のことだ。もっと言えば、トリズとクロルが二階のベッドルーム、レヴェイユがリビングで寝ていた日の朝のこと。
ジリリリリ~♪
起床時間、目覚まし時計を止めたトリズは、う~んと一つ伸びをして着替えをした。
昨日、レヴェイユから着替えを貸して欲しいと言われたトリズ。『クロルから借りないのかな?』とも思ったが、何も言わずに貸してあげた。
トリズは二十九歳。彼と彼女の熱を帯びた冷ややかな関係について、どうこう言うつもりはないからだ。
そうして爽やかな朝。トントンと軽快に階段を下りて、リビングに足を踏み入れ、絶句した。
トリズは男性にしては小柄な方で、レヴェイユは女性にしては身長が高い方だ。パジャマの余分はなかったし、一夜のことだからと、テキトーな服を上下で貸してしまった。
きっと寝心地が悪かったのだろう。レヴェイユは寝ている途中でズボンを脱ぎ捨てていた。ここはリビングなのに……。無謀なほどに無防備だ。
「なるほど~」
騎士団本部にあるレヴェイユの部屋の鍵。あれをクロルが持ちたがらない理由……もっとちゃんと言えば、持ちたがらないくせに渡したがらない理由を、トリズは深く理解してしまった。こんな姿を毎朝見せられたなら、精神がいかれてしまうだろう。
とは言え、トリズはドジ彼女にしか興味を持てない二十九歳男性だ。まるで娘に接するような、というと聞こえはいいが、そこらへんの石ころに接するような平常心で、薄いブランケットをかけ直してあげる。ふぅ、特殊性癖で助かった。
「ソワールちゃん。朝だよ~! ……うわぁ、全然起きる気配な~い」
レヴェイユの寝起きが悪いことは聞きかじっているので、『これが例の』とじわじわと面白さが湧き上がる。『これがあのソワール』と思うと、更に面白くなる。
トリズはクスクス笑いながら、コップに水を注ぎはじめる。
ここで忘れてはならない事実を二つ並べよう。
一つ、トリズは全方位型のサド気質であるという点。
二つ、トリズの愛しのドジ彼女がソワールの大ファンであり、ソワール捕縛によって、別れを切り出された上に、平手打ちまでかまされているという点。
というわけで、トクトクと注がれたコップの水は、レヴェイユの顔面にバシャーッとぶっかけられた。滝みたいな勢いで。
「きゃあ!」
「あ、さすがに一発で起きるんだね~」
「ゲホゲホ、トリズさん!?」
「おはよ~」
「ゲホゲホ、おはようございます」
すると、タタタタ……と階段を下りてくる音が聞こえてくる。
「なに今の叫び声? エタンスの奇襲?」
リビングに入るなり、少し警戒する様子で問いただす美形男。顔から髪、首元までびしょびしょに濡れているレヴェイユを見て、真顔でトリズに視線を向けてきた。
「……水攻め」
クロルはそれだけ呟いて、「レヴェイユ、シャワーでも浴びてきたら?」とうながす。
彼女は「うん、そうする~」とのん気に言って、ブランケットを巻いて浴室に入っていった。ブランケットの隙間からゆる~くモロモロ見えている、もっと隠して生きろ。
「クロル。毎朝、大変だね~」
「……ははは」
「ところで、僕のおでこには、記憶消去のボタンがあるんだよね~。どうする? 押してみる?」
トリズが心底楽しそうに額を指差すと、クロルは不機嫌そうにデコピン一発。「うるせぇよ」と言って、寝室に戻っていった。
熱を帯びた、冷ややかな関係。
熱か冷か、どちらが勝つのか。
「メンタル強いな~」
忘れん坊のトリズは、何故だか突然痛くなったおでこをさすりさすり、熱いお湯を沸かして朝の珈琲を淹れた。
大抵、おまけSSの主人公は本編よりもデレ度が高い