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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

1−9=92

作者: terurun






 小学生の頃。

 僕が好きだった女の子が男子達に悪口を言われて泣いていたので、その男子達の顔を殴った。

 全員の顔面を、真っ赤になるまで痛めつけた。

 すると先生は、僕にのみ咎めた。

 男子達は憐れな被害者なのだと。

 こっ酷く叱られた。

 あの男子どもはあの子に悪口を言っていたと言っても、先生は聞かなかった。

 そしてその女の子は、僕を避ける様になった。

 僕を見るなり、逃げて行った。


 僕の何が悪かったのだろうか。


 女の子を助けたら、仇で返された。

 不条理だ。


 少し大きくなって、因果応報という言葉を知った。

 何と自己中心的な、都合の良い言葉なのだろうと思った。

 それと同時に、応報は自然的なもので無いといけないのかと訝った。

 それが人為だと悪者扱いされるのだ。

 実に不思議だ。

 だがその例外が一つある。

 それが、人為が法であった時。

 これは社会から正当化される。

 可笑しいと思った。

 自分は何もしていない。

 ただ社会では名誉毀損罪と言われる物の執行を代理したまで。

 それで咎められるのは不当だ。


 それを母に言うと、こう言われた。


「例えば消しゴムを盗られたからその人を滅多打ちにした、ということがあったとする。どう思う?」

「正当的だと思う」

「社会ではこれは過剰だと言われる。1でやられたものを9で返すと、8つ分、第三者から制裁を受ける」

「理不尽だ」

「確かに少し理不尽と感じるかもしれない。でもそこが、人の生き様で、浅はかさよ」


 全く、小学生にする話なのか悩ましい内容だ。

 だが正論ではある。

 だが、どうも僕は納得がいかなかった。


「僕って、変?」

「そうね、変ね」


 普通母親がそんな事言うか?


「でも、それで良いんじゃ無い?」

「何で」

「思わない? 世論にばっかり流されてる馬鹿を見て、憐れだなーって」

「ちょっとは思うけど…………」

「流行りに乗ってる若者だって、たったの一ヶ月で変わる好きなんて、好きじゃねぇんだよ。好きなんだったらせめて一年位言い続けろよ。好きな曲があるのならCDを買うとか、なんか最近の若者ってつまんないよねー。だから流行りに乗ってるのが正当だと勘違いする。噴飯噴飯」


 母は若者、特に現代の中高生が大嫌いだった。

 いや、中高生の中でも、流行りが流行りがばっかり言っている中高生が、だな。


「だからね、人とは違う信念って、大事なんだよ。だから   も、それで良い。今は多様性が認められる時代だから。それに、」


 母は満面の笑みだった。


「そっちの方が絶対面白いじゃん」


 そんな母が大好きだった。

 誰も、僕の事は認めてくれなかった。

 異物として、仲間外れにした。

 そんな僕を、母は面白いと言ってくれた。

 そんな母が大好きだった。







 そんな母が、次の日死んだ。


 突然車道に飛び出て、何度も何度も車に轢かれて死んだらしい。

 授業中。

 突然教頭先生が教室に飛び入って来て、僕の手を引っ張った。


「   君、落ち着いて聞いてね。今警察から電話があったんだけど………………」


 数日後。

 母の葬儀で初めてその遺体を見た。

 納棺師の方やその他色んな人が遺体を整えてくれてはいたが、それでもその体が歪だった。

 腕はあらぬ方向へ曲がり、胸板も紙の様に薄い。

 頭も少し凹んでいて、少し前の母とは変貌していた。

 そりゃ何台もの車に何度も何度も轢かれたのだ。

 歪で無い方が可笑しい。


 枕経があげられる中、僕はただ、問い続けた。


 ――――何故。


 何千回も。

 

 ――――何故。

 

 何万回も。


 ――――そんな事をしたんだ?


 何億回も、何兆回も。


 ――――何で。


 頭の中で問い続けた。


 ――――何で自死した。


 納得ができなかった。


 だがそれよりも、心に穴が空いた様だった。


 途轍もない喪失感と脱力感に、何時間も苛まれた。






 家に帰ると、僕の目に、一冊のノートが写った。

 テレビ台の横。

 沢山のdvdが山積みになっているその最下層に挟まっていたノート。

 今まで一切気が付かなかったが、環境が変われば、今まで見えなかったものも見えてくるのだ。

 特に、静かになった時には。


 床の軋む音と、自分の息遣いと心音のみが、この誰もいない家で響いた。

 つい数日前まで二人賑やかだったのだが、もう一人になってしまった。


 dvdの山を避け、そのノートを手に取った。


 僕も使っている普通の勉強ノートだ。

 表紙にはただ、『日記』とだけ書かれていた。

 裏表紙には何も書いていない。

 少し埃っぽかったので手で払い、表紙を捲った。


『   が今日、飛蝗(ばった)を食べていた蟷螂(かまきり)を飛蝗諸共踏みつけにした。理由を訊くと、飛蝗さんを殺してはいけないからだそう。この子は少し可笑しいのかもしれない。

    が今日、クラスの女子に悪口を言った男子数人の顔面が真っ赤になるまで殴ったらしい。先生に呼び出されて、私もお叱りを受けた。何とかこの子をまともにしないと。

 いざまともにすると言ってもどうすれば良いのか解らない。兎に角、他人と同じ価値観を身に付けて貰おう。

 取り敢えず色んな本を読ませてみた。これで常識が理解できると思った。だが   はその内容に疑問を抱くばかりで、自分の価値観に疑問を持つ事は無かった。

    がまたクラスメイトを殴ったらしい。消しゴムを借りパクして居た子をまた殴ったらしい。また私も学校に呼び出されてお叱りを受けた。これで学校に呼び出されて頭を下げるのも八回目だ。疲れた

 何をやっても聞いてくれない。そう思って居た時、誤って   の茶碗を割ってしまった。そのせいで   に殴られた。実の母親でも、   は殴った。殴られたのは二度。顔が少し腫れてしまった。その時の   の正義感溢れる顔を見るだけで吐き気がしてくる。

 どうやら本人はそれが普通と思っているらしく、その法典に則り罰を下す。家族であろうが関係ない。私は   に愛されているのだろうか。ちゃんとお母さんとして見てくれているのだろうか。今はそれが不安で仕方がない。

 ちゃんと母親として見て欲しい。赤の他人でなく。クラスメイトと同等でなく、   にとって特別な存在で在れているのかな。嫌だ、想像しただけで吐き気がする。気持ち悪い。今日は早く寝よう』


 それから暫く空白ページが続き、28ページ目。


『   に常識を身に付けて貰おうとしてよねんが過ぎた。もう、つかれてしまった。もう、なにもかもかどうでもいい。母性などとうの昔になくなってしまった。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。もういきるのがつらい。   と顔を合わせるのもつらい。もう何もしたくない。わたしはじゅうぶんがんばった。もう、いいよね』



 これを最後に、ノートは終わっていた。

 僕はこのノートを床にストンと落とした。

 握力が無くなった。

 その後膝から崩れた。

 何とか踏ん張ろうとしたが踏ん張れず、そのまま床に寝転んでしまった。

 涙も流れない。

 喪失感と脱力感と、罪悪感。



 母は僕の所為(せい)で死んだ。



 僕がちゃんとしていなかったから。

 僕が非常識だったから。

 僕の価値観が可笑しかったから。

 僕が周りと違うから。

 僕がもっとちゃんとしていれば。

 僕が常識人だったら。

 僕の価値観が平凡だったら。

 僕が周りと同じだったら。


 母は死ななかった。


「う、ぅぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僕は静かに、静かに、一人でに慟哭した。








 僕は因果応報という言葉を知った。

 それは人為ではなし得ない。

 ただ日常的に、自然的に起こりうる物なのである。


 僕は、1を9で返した。

 だから8つ分咎められた。


 その8つ分がが、100になって帰って来た。

 何の罪もない母を殺して、僕の因果を応報した。


 じゃぁこの92は。




 誰に応報すればいいの?













 

最後までお読み頂きありがとうございます!

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[良い点] 因果応報という原理原則を小説の中で書き下ろされた事に驚いています。 [気になる点] 主人公のサイコパス的な人格を感じました。一般常識の範疇を越えた言動、行動を鑑みれば発達障害を持たれている…
[一言] 救いがない……そう思いつつも、読みながら心を強く打つものがありました。 母親の本心は別のところにあったとしても、母親が主人公に伝えた言葉は、精一杯の愛情だったと思います。母親は日記が発見され…
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