N.内紛
私とウルティムスの合間には静寂と沈黙があった。
先刻まで、私にとって妙なる調べとして機能していた、時計の秒針が動く音は、戦闘に集中している為か、疾うに聞こえなくなっていた。
今聴こえるのは、自分の心臓の鼓動と呼吸音だけだ。
私は彼の一挙手一投足を見据える。
私と彼は互いに、刀身が1m程度の剣を両手で持てるように改良されたものを使用している。
その中で、グリップを各々1番馴染む形にした。
本来であれば、相手を力で叩き切るために、腕力に物を言わせ攻撃するのだが、恐らく、彼と私の腕力は互角で、打ち合った所で共倒れが関の山なのだろう。
技量面でも、引けを取らない自負がある。
彼もそれを分かっているが故に、安易に踏み込んで来ない。
また、彼には仲間を殺すということに躊躇が無い。
それは先刻、同僚3人を切り殺したことで証明している。
そして、それは彼の技量の高さを証明するものでもあるのだが。
相手に気取られまいと、呼吸のタイミングに気を遣う。
息を吐き切り、短い時間で息を吸う。
これを繰り返す。
呼吸が乱れるということは、相手に付け入る隙を与えるということ。
それ即ち「死」を意味する。
その瞬間を両者、喜々として待つ。
集中力が途切れ、呼吸が散漫になってから相手の首筋に一太刀入れる。
じりじりと相手は近づいてくる。
王の間である為、地面にはカーペットが敷いてある。
なので、「カサカサ」と靴がカーペットに擦れる音がする。
恐らく威圧をかけて、精神を消耗させようとの魂胆なのあろう。
だが、これは悪手じゃないか?
床とは違い、動きにくい。
となれば、切りかかってきたとき、一瞬の遅延が発生するのではないか?
であれば、相手が攻めてくる以上私は「待つ」ことにより勝利が確約される。
相手が切りかかってきたとき、私の「勝ち」となる寸法だ。
今までもこういった場面は何度も経験してきた。
なので善戦することが可能だ、と決定づけることよりも、私には考えなければならないことがある。
それは、今まであれだけの魔王族と魔族を自分の手で屠っておいて、今更負けることが私に許されているのだろうかということだ。
特に子供と女性。
「魔族を必要以上に殺すな」と甘いことを言っていると、自分の命まで取られかねない。
だが、子供と女性まで殺す必要はなかったんじゃないか。
死者と無限回繰り返した問答が始まる。
「なぜ、私を殺したのにお前はのうのうと生きているの?」
「すまない、戦争だったんだ」
「でも私達子供は助けることだって出来たよね?しかもお母さんも殺したよね?なんで?」
「その時は子供に爆弾を巻き付けて敵軍に特攻させるというテロが流行っていて...」
「私の何処に爆弾が巻き付けられているように見えたの?確認すれば良かっただけじゃない?」
「確かにそうだが...恐怖心から...」
「そんなので子供を殺せるの?で、お母さんは私が殺されたのを見て兵士の死体から剣を盗んで攻撃したんだよね?」
「あぁ...」
「なんでお母さんも殺したの?」
「余りにも狂気じみていて...」
「それも恐怖心から...?」
「...すまない」
「それで許される筈がないよね?」
「すまない...すまない...」
(私が今立っているのは決して王の間のカーペットの上ではない。幾重にも折り重ねられて踏みにじられてきた骸の上である。)
「後、あのウルティムスって男、本当に殺せるの?」
「勿論だ。あの男は現状分かってるだけで3人ものクィーンクェクラスの騎士を殺してる」
「でも、仲間なんでしょ?」
「だが殺さなきゃならない。野放しにすると皆殺しにされてしまう。」
「本当にできるのかなぁ...?仲間殺しなんて」
唐突に「コン」とノック音が鳴った。
「サササッ」彼は私の方に駆け寄った。
「くっ...!」
私は咄嗟に剣を相手の首筋に入れるように振った。
だが、その剣は予測されており、私から見て左後方へと逸れた。
「スルリ」と彼の剣は私の右腕の関節に入る。
結果、私の右腕は空へと放り出された。
「あぁぁぁぁぁ」
右腕の断面から血が止まらない...。
止血しなければ確実に死ぬ...。
私は左腕で右腕を庇いながら蹲った。
「ふっ...ふふふふ。遂に勇者一行の1人に勝ったぞ!後は薬中男と姦淫女のみ!俺の復讐計画は順調だ!」
わざとらしく、血の付いた刀身を布巾で拭う。
「コンコンコン」と続けて3回。
「ティグリス・ペルペトゥス様、お掃除の時間でございます。入室してもよろしいでしょうか」
「あぁ...いいぞ」
「こ...これは...?」
「見て分からないのか、俺がノービリス様を破ったのだよ!」
「な...なぜ?ノービリス様は勇者一行であるにも関わらず、親身にして下さったお方なのに!」
瞳が雫で一杯になる。
「今から死人になるお前に言ったところで何らかの意味を持つのか?」
「え...?」
ウルティムスは掃除担当の「ドルミーレ」の下に走り寄った。
ウルティムスが剣を振りかぶったその時。
(さっさと私みたいに殺しなよ。さっき殺せるって言ったよね?)
「パァン」
発砲音が霧散する。
「...?」
突然、体重が支えきれなくなり、バタリと倒れた。
違和感があった背中を摩ってみると手に血が付いた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
確認後、耐え難い痛みが襲い掛かってきた。
肉と骨が抉られ、背中から出血が止まらない。
「これだけは避けたかったのだが」
銃を空へ放った。
「ガコッ」と現在地を考えると余りにも不釣り合いな下品な音を立てた。
左腕で剣を持ち、ウルティムスの頸部に一太刀。
「さよなら」
(あぁ...愛しのアウラダ...。今すぐ、そっちに行くぞ。ウェスペルの掟において。)
猛烈な鮮血は「瀉血」のように放出され、カーペットは血を喰らった。
「ゴクゴク」と、飲みきれなくなったら染み出すことで他の部分へと。
だが、それでも余りにも鮮血の量が多いようで、血溜まりができていた。
「うっ...」
右腕の痛みと眩暈と頭痛の三重奏が奏でられており、私は倒れこんだ。
(子供を殺し、女性を殺し、仲間を殺した。遂に私が床に接吻する番になっただけのこと...。因果応報、この世界はよく出来ている。今更無意味であることは私が一番分かっている。だが言う「すまなかった」)
「ノービリス様ぁぁぁぁぁぁぁ!」
「バサバサ」と鳥が大空へと飛び立っていった。
あの鳥は、正しく人の終焉を告げる鳥となった。