第3話 基礎練習これなら1人でできそうだ
「たのもー!!」
なんとなくそんな声が聞こえた気がしたが幻聴だった。タケ○に挑戦するサト○の気分がする扉だった。
訓練場は城の外なのか王城の外壁まで開けていた。
ここの扉が開くのは普通なのか、中の人達は特に誰もこちらに注目せずに訓練を続けていた。
「えーと、金髪のお兄さんはどこだ?」
「でぇぇぇぇい!!」
ものすごい掛け声とともに風圧がこちらまで来た。
向こうまで50mはあるぞ。魔法なんだろうか。
「アレじゃないかしら。」
玲子さんが指差す先には先程の大声を上げた男が木刀を手に仁王立ちしていた。その男は綺麗な逆三角形の上半身に輝くような金髪を靡かせていた。彼の前には何人もの男が倒れ伏していて、さながら映画のワンシーンのようだった。
「とりあえず行ってみよう。」
俺と玲子さんが声を掛けられるくらいまで近付くと向こうも気付いたのか声を掛けてきた。
「挑戦者か?!騎士団入団希望者か?!」
その尋常ではないボリュームに思わず耳を塞ぎたくなった。玲子さんは思いっきり耳をおさえていた。
「あー、いえ。メイド長さんからここに来て金髪の男性に話を聞けと伺って。」
「そうか!君達が新しい勇者か!我が騎士団は君達を歓迎しよう!!」
「ありがとうございます。」
「そうだな、とりあえず着替えるところからか!ついてきたまえ!」
靴を履き替えてすね当てと胴当て、そして太めのベルトのようなものをつけた。
彼はヨルクト騎士団の副団長でフキニグト、フッキ副団長と呼ばれているらしい。
「ふむ、ユーとレーコだな覚えたぞ。」
この世界の人間はユウと発音するのが苦手なのかみんな伸ばすな。別にいいけども。フッキ副団長が話を続ける。
「勇者はみな成長が速い。そのためまずは走る。剣の練習をするにも体力がいるからな。2人は日々走る習慣、それから剣術の経験などはあるか?」
「ないです。」
「私もないわ。」
まぁ、現代日本で生きてきた僕ら高校生は運動部でもなければそんなに運動する習慣はない。剣道くらいは授業でやっていたが多分それはノーカンだろう。そのレベルが通用するとは思えないし。
「そうか。そうしたらまずはこの鞘と木刀を腰に吊るしてくれ。それから走るぞ。」
「「わかりました。」」
木刀を受け取ろうとした俺は慌てて持ち直した。見た目よりもかなり重かったのだ。
「驚いたか?同じ重さで走らないと実際に戦場で走る時に意味がないからな。」
重さは多分1kgより少し重いくらいで片手で持つには気持ち重いくらい。けれどこれを腰に差して走るのはそれなりにキツそうだった。想像してほしい。ぐらぐら揺れる1Lペットボトルを腰に抱えて走るのを。
フッキ副団長は俺たちがど素人なのも構わずにいきなりものすごいペースで走り出した。
「さぁ2人もこのペースで走るのだぞ?早く着いてこい!」
体を動かすと声量が上がるのかほとんど怒鳴る勢いだった。靴は重いし腰の剣は邪魔だしそもそもそんなペースで走ったことないぞ、と思ったがこれが意外と着いていける。
思っていた以上に体が軽いのだ。昨日逃げる時も無我夢中で気付かなかっただけでめちゃくちゃなスピードで走っていたのかもしれない。
「流石勇者だ!これでいきなり息が上がらないとはね!さてこのペースのまま訓練場を10周するぞ!!」
え…訓練場はどう見ても野球場くらいあり、パッと見でも1周3kmくらいはあるように見える。30km…
心は悲鳴を上げても足は一定のリズムを刻んで砂埃を舞わせる。
「おいおい、副団長また勇者様いじめてるぞ…」
「可哀想になぁ…ぶっ倒れちまうぞ勇者様」
風に乗ってひっそりそんな声が聞こえた気がしたが気のせいだと思うことにした。気にしたら先に心が折れる。でもぶっ倒れるまでやらされるのか…
「はっはっは!できれば毎日このペースで走れ!そうしたらすぐに楽勝になる!」
フッキ副団長は底抜けに明るい表情で気持ちよく笑う。それはいいけどハード過ぎませんかね?玲子さんとかもう声もあげられないくらい死にそうな顔してるよ?
「レーコ!大丈夫か!?大丈夫だな!!よしほらあと8周だ!!」
鬼畜か?ナチュラルに無理させまくってて逆に吹き出してしまった。玲子さんがジト目で睨んでくる。
「ユーは余裕ありそうだな!レーコはそのペースで走れ!ユーは私についてこい!ペースを更に上げるぞ!!」
「そんな…」
もう体の作りが全然違うのか、今までの帰宅部運動神経はどこ行ったのか、陸上部もかくやと言わんばかりのスピードで走る。
結局2時間近く延々と走らされた。正直もうとっくに景色には飽きてきたし、そもそも後半は体が悲鳴を上げていて景色を楽しむどころではなかった。だがフッキ副団長はその姿の俺を見て寧ろ笑みを深めてペースを下げることを許さない。終わった時には足がパンパンになっていた。
「初回からこのペースで走れるのはなかなかやるな!今回の勇者には期待が持てそうだ!私の訓練相手的にな!はっはっは!」
「ありがとう…ございます…」
俺は息も絶え絶えに答える。正直全然ありがたくない…日本に帰りたくなってきた…
「勇者様にプレゼント。これは筋肉疲労回復用の薬液だ。足に当てておけ、ナイスガッツ!」
通りすがりの騎士様に緑色の保冷剤みたいなものを渡された。足に当てるとあ〜効く〜
暑い日の熱冷まシートのようにじんわりと足に効いてくる。
「99…100…ほらレーコ!もう少しだ頑張れ!」
隣でフッキ副団長が声を張り上げながら素振りしていた。ハンパねぇ…
玲子さんも含めて少し休憩した後は剣の訓練となった。
「お、握り方は大丈夫そうだな!どこかで習ったのか?」
「まぁ素人程度に、ですけど。」
「よし!じゃあまずは素振りだな!」
どこまでも元気よくフッキ副団長は叫び続ける。
「勇者は伸び代は非常に高く伸びるのも尋常ではない速さだ。その分正しい練習方法を取らないとあっという間に変な自己流の型が体に染み付いてしまう。だから丁寧な基礎練習が必要なのだ。」
なるほど〜と思いながら素振りを繰り返す。
「355…356…366…367」
あれ?今何回だっけ?
「ユー!数を誤魔化すな!360からやり直せ!」
「はい!…360…361…」
隣で玲子さんがクスクス笑っている。楽しんでくれたならよかったよ…くそう…
結局素振りだけで30分くらい、1000回数えて終わった。
玲子さんは
「腕とか足とかすごい太くなりそうで死にたい…」
と落ち込んでいた。気持ちはわかる…マッチョは皆が好きってわけじゃないんだぞ!女の子は特に自分がなるのはな…可哀想に…
最初の方こそ素人感丸出しの素振りだった。しかし500を超えたあたりから少し振りにキレが出てきた。これも勇者補正なのかもしれない。
そして、今日の訓練最後は模擬戦だった。とは言ってもまだいきなり騎士団の人とはできないのでフッキ副団長に手加減してもらって相手をしてもらう。木でできた兜とプロテクターを付けて練習する。想定より重くこれが実際に鉄の兜や鎧だとして動けるのかと不安になる。
カラカラとプロテクターを揺らしながら素振りを何度かする。
動きを確認すると、木刀を構えたフッキ副団長が声をかけてくる。
「よし、いつでもかかってこい!」
とにかく胸を借りるつもりで練習通りに行く。1歩踏み込んで上段からの振り下ろし。
「うむ、いい軌道だ。だが力が入りすぎだな。」
余裕の表情で躱される。力の行き場をなくした俺はつんのめってよろよろと前に出るとそのまま胴を軽く叩かれる。
「よし、次はレーコだ!」
俺の呆気ない終わりを見ていた玲子さんが前に出る。
フッキ副団長と模擬戦をし、玲子さんが試合してるのを眺めるのを何度も繰り返した。なんとなく動き方が分かってきたところで本日の訓練は終了。
「やはり勇者だけあって2人とも伸びが早いな。明日にはもう新米騎士と模擬戦にしよう。」
道具一式を返却した時にフッキ副団長からそう言われた。
「1日で見習い騎士レベルってことかぁ…すごいな…」
「いや、ユー。寧ろとりあえず見習い騎士とやっても死なないレベルに目や体が慣れたってだけだ。実力がそこまで伸びたわけじゃない。」
「たしかにそんな簡単に追いつかれたら何年も訓練を積むよりも才能になっちゃうのか。」
「これは勘違いしちゃいけないんだが、勇者は伸びは早い。だがそれは身体能力の話で例えば剣を受けた回数ってのは結局体の慣れで才能だけじゃ中々伸びない。例えば勇者になって1年の訓練を積んだ者は、騎士を10年やっている者と打ち合うと勝てないこともある。なぜかわかるか?」
「わからないです。勝てないんですか?」
「あぁ、それは結局駆け引きの回数だ。いくら剣の振りが早くても全て見切られていたらそう簡単には当たらないし、逆に上手いやつのフェイントには引っかかってしまう。」
「なるほど。」
「つまり知識や駆け引きの経験値は勇者の才能だけじゃ埋められないってことね。」
「そういうことだレーコ。もっと言えば彼我の実力差の見極めとか大局的な物の見方は才能だけじゃなんともならない部分もある。だから伸びは早くとも慢心はするなよ、ユー。」
「わかりました!」
なるほどな。そう簡単には行かないよな。
「あー、それと。ここでの訓練は3日間だけだ。」
「そうなんですか?」
「あぁ、当たり前だが練習は基礎として大事だが練習の仕方も含めて覚えるのが早く勇者として育つコツだ。実戦を積む方が当然伸びは早いし、命のやり取りは練習じゃ中々身につかない。目標としてはこのペースなら3日後、遅くとも1週間以内には1度実戦に出るぞ。」
「3日後にはもう実戦かぁ…」
「よし、話は終わりだ。飯にするぞユー、レーコ!野郎ども飯に行くぞ!!」
「「「おー!!」」」
フッキ副団長が声を掛けると騎士の人達がみんな返事をする。練習してる時の掛け声よりもこっちの方が大きいくらいだ。ご飯大事。
先に食事の済んだフッキ副団長達は席を立って自室に戻った。戦場で食事をすることもあるからそれなりに早く食べる癖がついているらしい。
「しかし、私たちやっぱ別世界に来ちゃったのね。高校生の時は長距離走すっごい嫌いだったのに…今なら学年でもかなり上に行けそうだわ。」
「あー、わかる。俺も嫌いだったな長距離走。しかしそうすると1年も訓練するとどうなっちゃうんだろうなぁ。」
「というか元の世界に戻る時は訓練した分はどうなるのかしらね。」
「それも気になるなぁ。そういや帰る時は荷物とかどうなるんだろうな。」
「残念ながら私の手製の人形はお持ち帰り頂けませんね。」
「そっかー、残念だな。割と可愛いなぁと思ってたんだけど。…ってメイド長!?いつからそこに!?」
すごくナチュラルに会話に入ってきたので気付かなかったがメイド長が俺のすぐ後ろに立っていた。
「ふふふ、悠くん気付いてなかったんだ。まぁ私はメイド長が悠くんの後ろに立ってるの知ってたけどね。」
「黙ってたのかよ!やられた…」
「まぁいつ気付くか気になっていたのですが、私の人形もお持ち帰りしたいと熱烈にご希望頂きましたので残念ながらと回答させて頂きました。」
相変わらずの無表情で淡々と言葉を紡ぐメイド長。だが昼間より確実に踏み込んできていた。やっぱ可愛いものが好きなのは合ってたんだなぁ。
別に熱烈にアピールなんてしてないしな、いやまぁそりゃちょっとほんの少しだけ結構まぁ気のせいなくらい気持ち程度に可愛いなぁとは思ったけど?
「可愛いものには素直に可愛いって言えばいいのに。男の子は素直じゃなくて嫌になっちゃうわね。ねぇメイド長さん?」
「ほんとですよね。私の人形はこの世界でも1番の可愛さを誇るのですからそれを口にすることになんの躊躇いもいりませんよ。男の子というのは面倒くさい生き物だと昔から決まっておりますので仕方ありませんね。」
「ぐっ…顔で考えてることを読むなよ、好き放題言いやがって。まぁいいや、で結局メイド長さんはなんの用事だったんだ?まさか俺らと戯れに来たわけじゃないだろ?」
「そのことですね。ちなみにユーさんは本日休む場所はどちらのご予定でしょうか?」
「そうか、寝室とかまだ知らなかったな。てか俺に対して当たり強くない?気のせい?」
「さぁ?気のせいでございましょう?ではどうぞ着いてきてください。」
「メイド長さんってみんなにそんな感じなの?」
歩きながら玲子さんが尋ねる。
「そんなこともありませんよ?寧ろほとんどは業務的な話だけです。歩いている時の会話が聞こえたのは大きいです。とはいえなんとなくおふたりはガードが緩そうに見えましたのでそこはありますね。特にユーさんの方は。」
なるほどなぁ。まぁいい意味だと思っておこう。てかほんとにメイド長さん俺にだけやたら辛辣じゃない?玲子さんもくすくす笑ってないで止めてよ、そろそろ泣くよ?
そういえば
「メイド長さんはなんで俺たちの名前を?自己紹介とか特にしてないよね?」
「2人を担当するのに名前を伺ってないわけがありませんよ。」
「そりゃあそうか。」
「さて、着きましたよ。」
廊下の真ん中で止まるメイド長さん。目の前の扉は1個しかない。もしや玲子さんと部屋一緒なのだろうか?流石にそれはまずくないか?
「扉を開けていただくと共同スペースがございまして、中に更にドアが3つに分かれております。それぞれが個室となりますのでお好きにお分けしてお使いください。ちなみにちゃんと内鍵がついておりますのでご安心を。それではなにかありましたら共同スペースに呼び鈴がございますのでそちらをご利用ください。失礼します。」
「なるほど、そうなってるのね。そういえば体を洗いたいのだけれど、それはどうしたらいいのかしら?」
「はい。共同スペースと個人の部屋とにそれぞれ着替えがございますのでそちらをお持ちください。廊下をこのまままっすぐ行きますと、奥の階段を降りてすぐのところに大浴場がございますのでそちらをご利用ください。」
メイド長さんが手をやる先を見ると確かに階段があった。
「わかったわ。ありがとうメイド長さん。また明日ねおやすみなさい。」
「メイド長さんおやすみ、明日は優しくしてくれよ?」
「はい、おやすみなさい。あと優しくするのはちょっとご遠慮しますね。」
「なんでだよぉ…」
そしてお手本のような綺麗な一礼をしてからメイド長さんは背中を向けた。
「じゃあ私たちも部屋に入りましょ?早くお風呂入りたいわ。」
「てかこの世界にもお風呂とかあるんだな。」
ドアを回そうとすると鍵が掛かっている。
「「あれ?」」
2人で交互にガチャガチャして押したり引いたりノックしたりする。
「はーい。」
「「え?」」
ノックすると中から間延びした男の声が聞こえてきた。
戸惑って2人で顔を見合せているうちにドアが開く。
「どちら様で「ぷげっ」」
丁度ドアの前にいた俺は鼻っ面を開いたドアに思いっきり叩かれた。外開きなのかこのドア…
「あれっ、日本人?」
玲子さんの驚いた声が耳に入る。いや、少しは俺の方も心配してくれよ…いてて…
「あっごめんなさい。大丈夫?」
「あー大丈夫です。」
「ちょっとまってね。アクアヒール!」
男の言葉と同時にきらきらと輝く水が俺の鼻を包む。
数秒ですーっと水が消えると、
「あれ?痛くない。」
「よかった、大丈夫そうだね。ここじゃなんだし中に入って2人とも。」
「あ、はい。」
勢いのままに中に入る俺たち。