第2話 王城の廊下で遂に立ち往生
どこをどうして寝たのかも覚えていなかった。
まぶしい光に目が覚め、起き上がると知らない天井だった。
そうだ、思い出した。昨日はエリックが…
それでも寝て少し落ち着いたのか吐き気は込み上げてこなかった。
コンコンと誰かがドアをノックしている。
「起きてる?入るよ。」
ドアを開けてフェレチルが入ってくる。
「おはようございます。フェレチルさん。」
「おはよう。結局昨日はなにも食べなかったでしょ?お腹空いてる?朝ごはんあるわよ。」
「食べます。」
体は元気なのか空腹を訴えるお腹をさすりながらベッドから降りる。
「そう、じゃあ着替えここに置いておくから着替えたらおいでね。」
「ありがとうございます!」
フェレチルさんが部屋を出たあと俺は置いていってくれた着替えを手に取る。
ごわごわとしていて肌触りは決してよくないがパジャマでうろうろするよりはましだと着替える。
上下麻の服に蔦のようなものを編んで作ったベルトだった。
部屋を出ると大きな机とその上に朝食が乗っていた。
先にフェレチルさんと和糸さんが椅子に座って食事をしていた。フェレチルさんは鎧を外して、2人とも俺と同じような格好だった。
軽く挨拶を交わすと席について食事を摂る。
箸があったのが驚きだったが昨日、日本人もいると聞いていたのでそういうものかと思った。
全体的に素朴だが結構美味しいな、と食べているとフェレチルさんが話し出した。
「昨日の今日で2人には申し訳ないんだけど、今日は王城に来てもらうわ。召喚されたことについての陛下、ここの王様ね。陛下との顔合わせ、それから諸々の説明ね。構わないかしら?」
「俺は大丈夫です。」
「私も大丈夫よ。」
「そう。ありがとう。」
結局業務連絡のような話だけしてあとは黙って3人で食事をした。
落ち着いたからか気付いたがフェレチルさんは昨日とは別人のように暗くなってしまっていた。
本来俺もそのくらいでもおかしくないが、逆に現実味が湧かないのかもしれない。
食事を終えるとフェレチルさんの後ろについて俺たちは街を歩き出した。
正面の奥に立派な城が見えた。あれが王城だろう。
城の周りにはぐるり高い石の壁が建っており、更にはその周りに水の満たされた堀がある。その上には立派な跳ね橋がかかっていた。
3人は跳ね橋を渡り、城門の前に辿り着く。
フェレチルさんが門番に声をかけた。
「お疲れ様です。」
「フェレチルか、任務ご苦労。エリックのことは残念だったな。そちらの2人が勇者様だな?陛下に失礼のないようにな。」
「はい、それでは。」
大きさのわりに軋むようなこともなくすっと門が開いた。
すぐに建物の中かと思いきや真っ直ぐに道が続いている。
緑豊かな中に、リアリティある謎生物の石像や彫刻が並び立ち、鮮やかな深紅の花が咲き誇る美しい庭園が広がっていた。
「ねぇ増田君、あの石像今動かなかった?」
言われて慌てて目をこすってよく見るが特に動いている気配はしない。
「え?いやわかんなかったです。あと悠でいいですよ和糸さん。」
「わかったわ、悠くん。その代わり私のことも玲子でいいわよ。それと悠くん普段その話し方じゃないでしょ?普通でいいわよ。」
「わかったよ、玲子さん。」
玲子さんは見た目お堅そうだったが案外話しやすくて少し緊張の糸がほぐれた。
「2人ともそろそろお城に入るかは私語は禁止ね。」
フェレチルさんの言うように目の前にはまた大きな扉が立ちはだかっていた。高さは優に3メートルはあるだろうか。
お城の中は豪奢なタイルが敷き詰められ、シミひとつない真っ白な壁が俺たちを迎えていた。
これ維持費だけでもやばそうだな…
そして階段を上がり長い廊下を歩き、城の最上部の大部屋の前に来る。
真っ赤な絨毯が敷かれたその先に繋がるドアは閉まっており、その両側には全身鎧に身を包んだ兵士が2人左右に並び立っている。
片方の兵士が兜でくぐもった声をかけてくる。
「勇者様方もくれぐれも陛下の前で粗相がないように。」
「わかりました。」
正直色々高級そうすぎて緊張しているから本当に気を付けないといけない。
すると、フェレチルさんが振り向いて
「じゃあ私はここで待ってるからね。いってらっしゃい。」
「え?フェレチルさんは一緒じゃないんですか?」
和糸さんがすぐさま聞くが俺も同じ気持ちだった。
てことは、俺か玲子さんが王様と話さなきゃいけないのか!?
「私には謁見の権利ないわよ。陛下にお目見えできるのは勇者様だけよ?くれぐれも勝手に喋ったりしないようにね。」
急激に緊張してきた。すると、扉の向こうから低くも耳に残るような声が聞こえてきた。
「入れ」
パタン
静かな音と共に背後の扉が閉まる。
俺たちの目の前には立派に蓄えた髭のイケメンなおじさんが金ピカの椅子に座っていた。いや、おじさんなんて言ってはいけない。恐らくこの人がこの国の王様なのだろう。
王様の右手には大臣なのか偉そうな白髪混じりのおっさんが立っていた。
「そなたらが勇者殿か。よくぞ参られた。ワシはこの国の王、ゲニーカだ。そなたらの名前も教えてはくれんか?」
王様が口を開くと一瞬、尋常ではない存在感というか威圧感に襲われた。それはすぐに止んだが隣にいた玲子さんも身震いをしていたから気の所為ではなかったのだろう。
その姿は並々ならぬ気品に溢れていた。
どこの誰かもわからない俺たち相手に、にこやかで丁寧な口調なのはさすが王様と言うべきなのか。
「俺は増田悠です。」
「私は和糸玲子です。」
「そうか、増田殿に和糸殿か。まだなにがなにやらだとは思うが、この国で手伝えることはできる限り手を尽くす。この国でしっかりと準備をしていってくれ。詳しいことは大臣に説明をしてもらう。それではまた相見えることを願っている。では頼んだぞ大臣。」
「はっ、承知致しました。では勇者様方、私についてきてくだされ。」
大臣の案内で俺たちは王宮から退室した。自己紹介にもならないほどしか話しなかったが緊張と王様の威圧感で手のひらには汗がにじんでいた。
大臣についていくと会議室のような少し大きめの部屋に通された。
「では、こちらへお掛けください。」
1番前の席に玲子さんと2人隣合って座ると大臣はその向かいの教卓のような場所に立つ。目の前には黒板のような大きさのホワイトボードのようなものが置いてあった。
「それではまず自己紹介からさせていただきます。私は防衛大臣のエンデフセと申します。さて、早速ですが勇者様方が召喚された理由についてからご説明しようかと思いますがよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします。エンデフセさん。」
俺の返事で少しエンデフセさんもキリッとし、玲子さんも姿勢を正している。先程には劣るが少し緊張してきた。
「はい。まずは簡単に、この世界は危機に陥っています。それは魔王という存在に人類が脅かされているからです。そのため対抗出来る存在としての勇者の召喚を行いました。それがお二人です。ちなみに実は勇者様方はお二人だけでなくまだ何人もいらっしゃいます。それだけピンチということです。そして勇者様方には是非とも力をつけて魔王を倒し我々人類の窮地を救って欲しいのです。」
なるほど、簡単に言えば俺たちで魔王ってやつを倒せってことか。いや無理じゃね?そもそも俺は自転車で蛇轢いて殺しちゃっても、後悔で1日気が沈むんだぞ?魔王とか意思もあるだろ?抵抗する相手を倒すなんて無理だぞ。話とか聞いてくれるんかな、世界から手をひけ!みたいな?無理そう…
なんだっけ…
「これから細かく説明に入らせて頂きますが、なにか質問などはございますか?」
エンデフセさんが俺たちに尋ねてくる。俺は手を挙げて質問した。
「その…召喚されといてこんなこと言うのもアレかもなんですけど、俺喧嘩とかもすごい弱いんですけど…やっぱダメとかって元の世界にクーリングオ…いや、返品とかってされないんですかね?あとその場合って無事に帰れるんですか?」
クーリングオフって多分伝わらないよな、エリックの感じで行くと。
「その点についてはご心配不要です。召喚に応じて魔力の付与が行われています。要するに勇者様方はこの世界で屈指の実力者になれる可能性を秘めています。勿論ある程度修行はして頂かないといけませんが。それと元の世界への帰還についてですが、勇者召喚陣の逆魔法を用いることで帰還は出来ます。ただし逆召喚には尋常ではない魔力が必要なため現在では出来ません。魔王を倒すことで世界に魔力が溢れるのでそれを利用して召喚陣を起動させることで帰還出来るようになります。過去にはそれで帰還なさられた勇者様もいたと伝承に残っております。」
結局戦わないといけないのか。魔王かぁ…口喧嘩くらいで許してくれねえかなぁ…
「勇者様方にはこれも説明しないといけませんね。魔力とはこの世界に満ちているエネルギーになります。私たちの体内にもありまして、これを利用することで魔法を使うことが出来ます。召喚された段階で魔力が備わりますので勇者様方も魔法を使うことが出来ます。」
なるほど…
体感で1時間くらいだろうか、質問も交えながら、エンデフセさんにはこの世界について説明を受けた。
魔法には色々種類があり、適性があるらしいのだがそれはまた後日やるらしい。少し楽しみだ。
これからはお昼を食べて午後は戦闘訓練らしい。
まずは城内でそこそこ戦えるようになるまで訓練してから魔物との実戦ということだった。まぁいきなり来て昨日のゴブリンみたいなのと戦えって言われても無理だよな…
勇者に比べるとこの世界の住人、現地人は成長速度が遅い人が多いらしい。そのため戦死した人たちに補充が追いつかないらしい。
後天的な魔力の付与でも引き継がれるらしく、勇者の子供は人類の中ではかなり強くなれるらしいので、防衛大臣としてはゆくゆくは勇者にも沢山子供を産んで欲しいとか。
俺はなるほどなとは思ったが、玲子さんは露骨に嫌な顔をしていた。女の子は嫌だわなこういう話は。
俺と玲子さんは食堂に向かって2人歩いていた。エンデフセさんはお昼も自室で仕事しながら摂るらしい。食堂への道だけ聞いてエンデフセさんと別れを告げた。大臣は大変そうだ…
玲子さんは正直午後の戦闘訓練が憂鬱なのか少し暗い表情で口を開いた。
「正直昨日の今日で戦闘訓練はハードよね。というか女の子だけでも戦闘はなしとかにならないかしら。」
「まぁ話聞いた感じじゃ戦える人は全員戦わないといけなそうだしね。郷に入っては郷に従えってことなのかな。ちょっと常識が違いすぎるよね」
「本当にそうよね。」
「ていうか女の子だけ戦闘なしって俺にだけ戦わせて玲子さん後ろで眺めてるってこと!?」
「ふふふ、それは楽そうでいいわね、悠くん頑張ってね。私は後ろでまったりと本でも読んでるわ。」
「そりゃひどいよ!」
2人でひとしきり笑って少し気持ちが軽くなる。そうこうしてるうちに食堂に辿り着く。王城は広すぎてあちこち行ってるだけで足が鍛えられそうだ。迷子になるのもセットで。
お昼ご飯。全体的に薄味ではあるが、母さんが作ったご飯よりもだいぶ美味しいものが食べられたのでかなり満足した。こんなこと言うと母さんに怒られるかな。
「ご馳走様でした。」
「ご馳走様でした。そういえばエンデフセさんが食事が終わったら背の高めなキリッとしたメガネのメイドさん、メイド長さんに話を聞けって言ってたよね。メガネのメイドさんは…と、あ、玲子さんあそこじゃない?」
食堂でキビキビと動き回るメガネのメイドさんを発見した。
「すみません。メイド長さんですか?」
「はい。私がメイド長ですが、新人の勇者様方ですか?」
「あー、多分そうです。エンデフセさんからメイド長さんに話を聞けって言われてましたので声掛けさせてもらいました。」
「わかりました。話は伺っております。訓練場へ向かいますのでどうぞ着いてきてください。」
すっごいお堅そうな人で表情が全く動かない。
しかも歩いてるあいだも全く僕らに話しかける気がないみたいだ。それともメイドさんてこういうものなのかな。
歩いていると玲子さんがこっそりと僕に話しかけてきた。
「ねぇ悠くん。メイド長さんてなんか可愛いものとか好きそうじゃないかしら?」
「え?」
当人を目の前にしているのとギャップでイメージがつかないのとで僕は完全に思考が固まった。けれど玲子さんは気にせずに話を続けた。
「想像してみてちょうだい。今あなたの目の前にいるのは、無表情でメガネくいってしながらもう片手にファンシーなお人形さんとか持ってるメイド長さんよ?」
「やばい、めっちゃ似合うかもしれない。」
「でしょでしょ?よく見ると表情キリッとしてるけど微妙に口角とか上がってるのよ。」
「めちゃくちゃイメージできるな!」
俺たちがひそひそとそんなことで盛り上がってると急にメイド長さんが立ち止まった。やばい、聞かれてたかな…
「着きました。こちらが訓練場です。」
右手にやたら大きい扉が仁王立ちしていた。ところどころに凹みがあったり引っ掻き傷があったりして年季を感じる扉だった。
「こちらの中に金髪のやたら声の大きい暑苦しい男性がいます。その人が本日勇者様方の訓練にお付き合いして頂ける騎士団の副団長様です。勇者様方手をお出し頂けますか?」
「はい?」
俺と玲子さんが揃って手を出すとメイド長さんはポケットから何かを取り出して俺たちの手のひらに乗せる。
「またなにかありましたらお声掛けください。それでは私はこれで失礼します。」
そのままメイド長さんは来た道を戻って行った。
俺と玲子さんの手のひらにはキーホルダーサイズの可愛らしい立体人形が乗っかっていた。
「話聞かれてたのかしらね。」
俺もそう思う。
そして俺たちは訓練場の扉を押し開いた。






