花火大会・序
花火大会、直前
―――美希vision―――
もうちょっとで先輩と花火大会。ドキドキするけど、人混みが苦手な私が一緒に行って、先輩はほんとに楽しめるのかなって不安もある。
いつも悠真くんや明日香と楽しそうに話すところはよく見てた。あの輪の中に入れたらなぁって何回も思ったりもした。だから不安。
(私と2人きりであの笑顔は見れるのかなぁ。)
それにしてもいきなり2人きりで、しかも花火大会なんて。
お母さんに手伝ってもらったお化粧、似合ってるかなぁ。かわいいって言ってくれたりしないかな。
(って、私、何考えてるんだろ!)
頭の中で色んな気持ちが混ざり合う。
それに今日は特別な『勝負服』。
これは明日香が選んでくれた。
インターハイの前日。明日香が私に言ったこと。
『もしさ、私が予選突破したら買い物付き合ってくれる?』
『いいけど、どうしたの?』
『ご褒美あった方が頑張れるから。』
『そんなご褒美ならいくらでも』
『でさ、もし私が準決勝も突破したらそこで私の好きな物1個だけ奢ってもらう。』
『覚悟しとかなきゃね。』
『で、まぁ無理なのは分かってるけどもし万が一私が表彰台に乗れた時には・・・。』
~花火大会1週間前~
大会が終わったあと、明日香に連れられて約束通り買い物に行った。場所は街で唯一のデパート。
『さぁまずは予選突破記念の美希とのデート。着いてきてくれてありがとね。』
『約束したもんね。私も楽しみにしてたんだ。』
『次は準決勝突破記念!好きな物奢って貰わないと!』
明日香はそう言って案内板の前に走っていった。一体何を買わされるんだろう、ドキドキと不安が私の頭を行き来する。
『4階婦人服売り場に参ります!』
明日香が今度はエレベーターの前に走っていった。ほんとにいつも元気だなぁ。私も後ろから着いていく。
『4階着いた!』
明日香の中ではもう決まってたんだろうなぁ。そんなことを思いながら私も後ろを着いていく。
『美希、これ買って!』
足を止めた明日香が指を指す。
『これ?』
明日香が指を指したもの、それは青地に綺麗な花模様の浴衣だった。
『そう、これ。』
心無しか明日香の目が輝いている。よっぽど欲しかったに違いない。
『これがいい!』
まるで子どもが親にねだるみたいに明日香はその浴衣を欲しがった。
『すごく綺麗だけど、高くない?』
ここからじゃちょっと遠くて値段まで見えない。でも、ここはデパートだし安いわけなんて無い。貯めておいたお年玉持ってきたけど絶対予算オーバーになる。そんなことを考えてた。
『帯込みで5000円だってー。』
私が色々考えてるうちに明日香はもう浴衣のところまで行って値段を見ていた。
こんなに綺麗な浴衣が5000円なら安いのかも。そんな錯覚に陥りそうになる。
それにこれなら明日香に似合うだろうし。奢るって言うよりお祝いだし。
『どうせなら2人で色違いのお揃いにしちゃう?』
『それは無理だよ!今日は明日香のお祝いなんだから奮発するけど2人分は無理だよ。』
『そっかぁー。お揃いはまた来年以降に持ち越しって言うことで、とりあえずこの浴衣に決めた!』
明日香はいつもすぐに物事を決められる。それは私には無い魅力的なところだった。私はすぐに悩んで、答えが出る頃にはもう遅いってことがよくある。すぐに決めていれば後悔すること無かったのにってことばかりだ。いつかは明日香ほどじゃないにしても決断出来るようになろう。
『じゃあ次は...』
満面の笑みで明日香がこっちを見た。
『まだあるの?』
『ここからが本番なの!』
明日香が私の手を取る。
『お金もう無いんだからね。』
『大丈夫だって!』
そして...
花火大会当日を迎えた。
―――蓮vision―――
もうすぐあの子と花火大会だ。色々あったけど妙に落ち着いている。でも本当に俺と2人で行って楽しめるんだろうか。
悠真の話を聞くうちに、明日香と話すとこを見ているうちに、自然と心奪われていた。いつかは自然に話せるのかなんて柄にも無いことを考えたりもした。だから不安だ。
(俺と2人でちゃんと楽しんでくれるんだろうか。)
それにしてもいきなり2人きりで、しかも花火大会なんて。
本当に勇気というよりも無謀だ。
髪型こんなんでいいんだろうか。服、派手過ぎないだろうか。ちょっとくらいはかっこいいとか思ってくれるだろうか。
(って、俺は何考えてんだよ!)
それに今日は後輩2人の想いの上に成り立っている。つまらないことしてあいつらを悲しませるようなことはしたくない。
頭の中で色んな思いが重なり合う。
『私、夏休みが終わるまでにアメリカに行くことになっているんです。』
昨日の夜に突然高城に打ち明けられた。突然過ぎてびっくりした。
『両親の仕事で仕方ないんですけどね。最初はおじいちゃんとおばあちゃんがいるからこっちに残るって選択肢もあったんですけど。』
選択肢はあった。どうしてそれを選ばなかったのか。
『インターハイで全国2位だから向こうの高校で指導受けたら数年後には日本一も夢じゃないって口説き落とされました。』
走ることが大好きな高城。負けず嫌いで負けた相手には絶対勝ちたい、走ることと同じくらい周りの人が大好きでみんなが応援してくれるから勝ちたい、そんな性格だが、がむしゃらに結果を求めるタイプじゃないことくらいは知っている。
『走るのは高校までって決めてたんですけどね。』
ズキっと少し胸が痛む。俺は知っていたんだ。こいつの気持ちを。
『先輩は美希のこと好きですか?』
多分、まだ好きじゃない。好きじゃないけど気にはなっている。
『その気持ち、ちゃんと大事に育ててくださいよ。明日の花火大会誘ったみたいに勢いで告白したとか聞いたら私怒りますからね!』
こいつはいつだって俺に本気で向き合ってくれる。小さな頃からずっとずっと。それが俺のためじゃないと知ったのは3年前のことだ。理由は俺の事を兄のように慕う大好きな人のため。悠真が俺の真似をして道を踏み外さないように、先回りをして俺の事を正し続けた。
今回はきっと大切な親友のため。あの子が悲しまないように釘を刺している。
そう、この子はいつだって他人のために真剣だ。
『お前は伝えなくてもいいのか?』
思わず口から出てしまった。
『結果知ってて残酷なこと言うんですね。』
笑ってはいたが受話器越しにも自嘲気味なのが伝わってくる。
『もう10年も一緒にいるんですよ。先輩だって私の大切な人ですから!大切な先輩と親友が幸せになって欲しいっていうのが私からの置き土産です。』
本当にこいつは人の心を見透かしているかのように。でも嬉しかったな。ずっと悠真のおまけだと思ってたけどちゃんと見てくれてたんだと思えたから。
高城は本当に人を大切に考えられる。それは俺には無い魅力的なところだった。俺はいつも短絡的に考えていつの間にか人を傷付けている。言わなければよかった、しなければよかったと後悔することもある。いつか高城のように人のことを大切に出来るような人間になろう。
そんなことを思いながら待ち合わせ場所に着いた。そして。
「永瀬先輩!」
そこには綺麗な花模様の青い浴衣を着た美希がいた。