当たり前
花火大会当日、朝
悠真は浮かない顔をしていた。諦めたと思っている反面、最後まで諦めきれない気持ちもどこかにあったからだ。そしてその気持ちよりもモヤモヤしてる思い。
『高城がスタートしたらお前は幸せになる。ゴールしたらお前も高城もあの子も幸せになる。』
あの一言はどういう意味だったんだろう、そんな思いが胸の中を巡る。
「悲劇の主人公みたいな顔してるねぇ。」
「なんかめちゃくちゃモヤモヤするんだよなぁ。」
明日香を誘ってとりあえず外に出たのはいいが、行くところもなく結局は近所の公園に来ていた。
「まだ行けると思う?」
それまではどうでもいい話をしていた明日香が花火大会に触れた。
「いいや、それはまぁ行きたいってのはあるけど別のこと。」
「別のこと?」
「先輩とさ、賭けしたんだ。」
「賭け?なんの?」
「明日香がスタートするかとかゴールするかを賭けた。」
それを聞いて明日香が少しムッとした表情を浮かべた。
「人の大会でそんなことしてたんだ。」
「ごめんて!でも先輩から言われたんだから仕方ないだろ。」
悠真が明日香をなだめるように、ただ少し言い訳をするように言った。小さな頃から二人の関係は変わらない。
「喧嘩してたんじゃなかった?」
「喧嘩っていうより俺が勝手に怒らせただけ。」
バツが悪そうに悠真が明日香から視線を逸らす。
「ふーん。まぁそれはまぁいいけど。で、何を賭けたの?」
「3人の幸せ。」
「え?」
「だから、3人の幸せ。」
明日香の動きが止まった。明日香の頭の理解が追いつかない。スタートやゴールすることでなぜそうなるのか。
「なんで?」
「なんでって何が?」
「だから、なんで私の大会のスタートとゴールがそんな賭けになるの?」
「先輩が言い出したんだから知らないよ。」
「聞かなかったの?」
「明日香がゴールしたら、『俺の勝ち』って言ってそのまま帰ってったから聞けなかった。」
「それを悩んでたんだ。」
「悩んでたってかずっと引っかかっててさ。なんでそんな賭けしたのか!とかこれを明日香はともかく美希に言ってもいいのか!とか。」
そう言って悠真がベンチに座った。その目は明日香ではなく遠い空を見ていた。
「絶好の花火日和だよな。」
「雲ひとつ無いもんね。」
悠真の悩みに触れるわけでもなく、明日香も空を見上げた。雲ひとつない青空、どちらかが話さなければ蝉の声だけが聞こえるそんな夏の日。
「でもそのうち雨が降ったり台風来たりするんだよなぁ。」
「なに当たり前なこと言ってんのよ。」
「当たり前だよなぁ。でもさ当たり前ってすごいことだよなぁ。夏はさ、暑いし蝉が鳴くしアイスは美味いし。」
「暑さでおかしくなった?」
「なってねぇよ!」
蝉の声に重ねて2人の笑い声が公園に響いた。
こうやって2人で笑うのはいつぶりだろうか、少ししか経っていないはずなのに明日香は懐かしい気持ちになった。
「少しはすっきりした?」
「した。なんも答え出てないけど。」
「それにしても先輩って不思議な人だよね。」
「だよなぁ。敵わない。」
「敵うと思ってたの?」
「思ってねぇよ!」
二人は声を出して笑った。今度は顔を見合わせて。
二人の当たり前の日常がようやく戻ってきた。
「なぁ明日香?今晩ヒマか?よかったら花火大会行かないか?」
「残念。部活のメンバーで行きます。」
「なんだよ!結局俺だけ1人かよ。」
「また来年、覚えてたらね。」
「長ぇよ。」
「そだねぇ。来年は何してるんだろね。」
明日香がまた空を見上げた。悠真もつられて同じように視線を上げた。