最低だ。
蓮が美希を誘ったことを悠真が知ったのは夏休みに入って1週間が過ぎた時だった。
明日香が部活で忙しく、悠真と美希の接点もなかったため、知る機会がなかった。
「よう、悪いな。」
蓮が悠真を近くの喫茶店に呼び出した。
「いや、いいですけど、蓮先輩から呼ばれるのって久しぶりっすよね。」
昔は何かあるたびに蓮は悠真を呼び出していた。それでもそれは高校までの話である。
「あぁ、受験勉強の気晴らしとちょっと聞きたいことあってな。お前さ、花火大会とか行くの?」
美希を誘った時もそうだったが蓮は回りくどいことが嫌いだ。
「花火大会?行きたいなぁとは思ってるんですけどね。まだ誘えてないですよ。」
悠真はこの一週間もどかしい気持ちで過ごしていた。明日香には電話出来るのだが、美希に掛けようとするとどうしても指が固まってしまう。
「オレは誘ったぞ。」
「えっ、誰を?」
蓮は遠くを見ながら淡々と話を進める。
「お前がいっつも言ってた子。」
悠真の動きが止まる。当たり前だ。蓮には去年から散々言ってきた相手だ。悠真にとっては青天の霹靂である。まさか蓮が誘うなんて微塵も思っていなかった。
「まぁ返事はまだもらって無いんだけどさ。」
しどろもどろする悠真と違い蓮は表情を変えずに話を続けた。
「不思議か?まぁそうだろうな。でもほら、散々愚痴聞いてたから。あんだけ聞いてたら相手がどんな子なんだろうって思うだろ。それで気が付いたら誘ってた。」
「なんで、俺まだ誘ってないのに。」
「誘ったらいいじゃねぇか。」
悠真の心情は複雑だ。言葉にしようとするが上手く声に出すことが出来ない。
「要件はこんだけ。一応報告だけしとこうと思って。」
そう言うと蓮は席を立った。悠真は下を向いたまま、何も言うことが出来ずにいる。蓮はそのまま会計を済ますと店を出た。
☆
店を出た蓮はその足で学校に向かった。明日香にも話しておこう、そう思ったからだ。
「先輩!」
少し歩いたところで不意に呼び止められた。悠真だ。
「なんだ?」
呼び止めたはいいが悠真はまた声が出ない。まぁあと一歩、その勇気があればもっと早くに誘えただろうが。
「えっと、その。」
そんな悠真を見ても蓮は表情を変えない。こんな悠真をずっと見てきたからだ。勇気が出ずにいる悠真を待つのが蓮なりの優しさなのだ。
「言いたいこと、あんだよな?」
「はい。」
「花火大会のことだよな?」
「はい。」
少し間が空いてようやく悠真が重い口を開いた。
「先輩、美希に花火大会、俺と行ってくれるように言ってくれませんか!?」
蓮の表情が変わった。
「本気?」
「えっと、その。」
「がっかりした。くそ雑魚だなお前。」
その先の言葉を聞かないまま蓮は来た方向を戻っていった。
―――蓮vision―――
あの時のあいつを見ていたら腹が立つ。もしあのまま話していたら手を出してしまいそうなくらい。あとから割り込んだのは俺だ。なら、なんで怒らない。あんなこと本心じゃねぇのに。
「くそっ。」
あの子に興味を持ったのは事実だ。散々良さを語られて、高城の応援で実際に思い知らされて。
もっと知りたくなった。でも方法が分からなかった。別に花火大会じゃなくてもよかった。ただあの日の朝に悠真に聞いて、ただ思い付いて誘いに行って。
悠真に言うまではすっごく後悔してた。謝っても許されないって分かってた。なのにあいつは。
もういい。俺はもう好きにする。
胸がズキっと痛んだ。
「いってぇな。」
――――――――――――――――――
花火大会まであと20日。