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第9話 絵描きとイケボ

 俺が死んでから目覚めた場所は、自宅の近くだった。そして待ち伏せしてたようなユイと出会ったのが、その近くにある空き地。そこで一昨日の午後三時、三人で会議をした。


 ま、会議っつっても三人だし、議題は今日のメシ代のことだし、そんな大したもんじゃないんだけど、けっこう神妙な表情で顔を寄せ合って、いったいなんの集まりだよっていう、客観的に見たらちょっとキモかったかもしれないな。


 時折りピューって音をさせながら風が吹いて、枯れ葉がカサカサ舞ってた。そうか、もう真冬なんだなって、俺はクリスマスや正月や、バレンタインなんかのきらびやかで美味しい食べ物を思い浮かべて、目に涙が浮かんじまったよ。


「もうバトルだけしててもしょうがないわ。こんなに賞金が集まらないなんて信じらんない。どうにかして他の手段で稼がないと、モンスターたちのごはんも買えない。てっとり早くバイトでも始めるとかさ」


 ユイがユイらしく言う。「ユイらしく」っていうのは、まだ出会ってから数日しか知らない俺でも把握できるような、こいつの個性。


 なぜかいつもちょっと偉そうで、ちょっとアグレッシブで、自分のことは置いてるくせに、俺と四條さんになんとかしろって暗に指図してるっていうか、まあ要するにプチ女王様的な個性だ。でもモンスターにはやさしいっていう可愛さも持ってる。そんでいざという時には頼りになる。だいたいこんな感じだよな。まぁ、チームのメンバーとしては悪くないとは思う。妹だったらちっと辛いかもだけど。


「ていうかさ、そもそもこの世界の仕組みってどうなってんのよ? 街の見た目はほとんど同じだけど、ちらほら『生きてない』感じの人間もいる。で、全員が自殺者じゃない。じゃあそれ以外の人は? 初めからここで生まれ育った人もいるっていうことか? 国の概念ってあんの? 自治体とか政治とか、カネの動き、雇用と給料……。わかんねえことだらけだし、でも腹は減るし、ヒトもモンスターも怪我はするし、ここでの過ごし方次第では現実世界の家族が苦しむって言われちゃあなぁ……」


 先輩であるユイが、なにをどの程度知ってるのかもよくわからん。ユイだって、外見通りならまだガキだ。あんまり質問責めにするのも可哀想だとは思うけど、三人の中でいちばんこの世界のことを理解してんのはユイだ。


「あたしがなにもかも知ってるわけないじゃない。誰だと思ってんのよ。そんなに期待されたって困る。たしかにあたしはジサツしてここに来た転生者じゃない。でも、だからってカズマ専用のナビゲーターじゃないんだから。そもそも異世界に意味を求める方が間違ってんのよ」

「だってさ、仕様が複雑なんだよ。それが創作と異世界の現実か……」


 いやいや、ちょっと待て。異世界の「現実」ってなんだよ。


 数日前まで普通に生きてきた「現実」に氾濫してた漫画や小説の中の異世界は、ご都合主義のわかりやすい設定ばっかだったろ。主人公はとにかくラクしながらその世界の素晴らしさを謳歌して、「たまたま」とか「ひょんな」とかワケわかんねえタイミングで手に入れたチートなスキルで武装して、いい気になったり、ダメだった頃の自分を見捨てた仲間を見下したりってさ。俺だって、自分がここでそんなふうに暮らしたいとは思ってねえけど、ここで「生きる」以上、まあ、よくあるファンタジーに近い設定の方がありがたかったかな、とは思うな。


 って、いま気づいたけど、俺って異世界ファンタジーけっこう詳しくねえか? なんだ、本当は好きだったのかよ、ってちょっといま自己嫌悪っつーか誰からも話しかけられたくない気持ちになってる。


「食料やアイテムを準備してからじゃないと、洞窟には行かれない。現実世界だって、観光地として人を呼べる洞窟は明るくて安全に整ってるけど、自然に出来たまんまの洞窟は暗くて危険でしょ? この世界に時々出現する洞窟だって暗いし、中が入り組んでて、とても一日で用を済ませられる場所じゃないのよ。そして、水晶はおおよそ一番奥の小部屋に積んであって、そこをドラゴン属性のモンスターが守ってる。その水晶を持ち出すのはそうとう厳しいの」


 ユイはきっと、その洞窟に行った誰かから話を聞いたのかもしれない。俺より前にも、ユイとチームを組んで、一緒に旅した人たちがいたんだろうか。その人はどこへいったんだ? なんか、訊いちゃいけないような気がして、俺はその疑問を呑み込んだ。


「じゃあつまり、順序としてはどうにかして金を稼ぐ。それを使って買い物をする。そんで、いざ洞窟へゴー! って感じか」

「そう。それには実入りの少ないバトルをしてたって埒が明かない。もっと確実に稼げる方法を考えないと、がんばって戦ってくれてるひのまるたちも可哀想よ」


 自分の名前が出て、ひのまるはユイを見上げてきゅうんと鳴いた。ひのまるは今のところ負けなし。バトルが好きなのか、強さにどんどん磨きがかかってるけど、いつ強力なモンスターを使う相手とバトルすることになるかわかんねえし、俺たちの生活のためだけに戦わせてるような現状には、俺もそろそろ耐えられそうにない。


「で、どうやって稼ぐ?」

「カズマ、あんた何か得意なことない? 四條さんも」


 いやユイ、お前はよ?


「俺は……絵が描けるけど」


 ちょっと気まずかったけど、俺は俺のできることを言った。そうだよ、俺は絵や漫画が描ける。死ぬ前の日まで諦めもせずに漫画を描いて、絶望して、そして首をくくったわけだけど、漫画を描けるっていう俺のスキルそのものは、なくなってないよな?


 足元に落ちてる小石を拾って、俺は試しに地面にユイとリンリンを描いた。くっそ、風で砂利がすぐに崩れて見えねえじゃんか! 


「へぇ、上手いの?」

「うーん、十年以上漫画家を目指してたくらいには」

「十年前ってカズマ九歳じゃない! そんなの普通カウントするぅ?」


 ぐっ……。ユイ、お前って、人が何か言うたびに一旦はけなさねえとダメなわけ? たまにはさ、「わぁ、カズマすごーい!」とか言えねえのかよ。


 そのとき、またモニターが出現した。肩を寄せ合った俺たち三人に見えるような位置に来て、俺の部屋の机周りを写す。漫画原稿用紙と、太さや先の形状がそれぞれ違う何種類かのペン、定規と消しゴム。椅子の脇にあるラックには、過去に『週刊少年ゼクス』にも投稿した短編漫画や、動物を模写したラフなど。


 四條さんはそれらを食い入るように見て、それから俺の方を見て言った。


「すごいじょうずじゃないですか! いやぁ……、私には特技なんか何も」

「ありがとうございます。これでもプロになる気満々だったんですが、流行りを受け入れられなかったのと、借金が膨れ上がっちゃって、そんで……」


 俺は「現実は厳しかったっす」って続けようと思ったけど、現実じゃないここだって十二分に厳しいぜ。


「カズマくんの才能は、もっと認められるべきだ。今からでも遅くはない」


 四條さんは、俺が描いた原稿をモニター越しにめっちゃ読んでる。誰かが俺の描いた漫画で楽しんでくれるって、やっぱいいもんだな。


「うん! カズマはそうね……、似顔絵かきでもしてみたら? それから四條さんは、そのイケボを活かせるバイトを見つけましょうよ」


 ユイはてきぱきと指示を出す敏腕マネージャーのように、俺と四條さんの仕事を決めにかかる。似顔絵描きねぇ……。面と向かってその人の顔を描くなんて、俺に出来んのかね。


「えぇっ? イケボ……ですか? 私が?」


 俺の肩に回してた腕を解いて立ち上がった四條さんは、困惑したように口を開けて顔を左右に振ってって、すっげえベッタベタな反応なんだけど、なんかかわいい。そうだな、こうやって目をつむって聴いてみると、なるほどかなりのイケボだわ。これは甘い王子様系も、真面目な執事系も、ドS上司系も、男っぽいアニキ系も、ついでにセクシー系も、なんでもいけそうだ。なんだよ、四條さん高スキルじゃんか!


 俺とユイはそんな四條さんが自信を持てるように、両側から四條さんの腕をさすって励ました。


「このモニター、今はおまかせモードになってると思う。好きな時に呼び出して使える設定に変えておくと便利よ」


 「設定は個々のユーザーしかできないから」って、ユイが使い方を教えてくれた。何か名前をつけろと言うので、俺はしばらく考えてから、よんちゃんの鳴き声を思い出して「みゅう」って名前をつけた。


 設定終了後、「Hey、みゅう」って呼んだら、画面が反応して検索やアプリの追加なんかができるようになってた。なんか知らねえけどネットにも繋がってて、俺が横浜駅周辺の求人情報をみると、そこに「執事喫茶 アルバイト募集」っていうのがタイムリーに出てて、なんかチート臭せぇな、と思いながらも嬉しくて、四條さんとユイに見せた。


「日払いOKですって! 執事喫茶なんて、四條さんにぴったり」


 四條さんは、まだオロオロしてる。自分が接客業をするなんて考えたこともなかったんだろうな。似顔絵描きを任命された俺は、画材を買うための資金をゲットしようと、まだ何度かはひのまるに戦ってもらわなきゃならない。耳をピンと立ててやる気MAXのひのまるの頭を撫でて、対戦相手を探すために俺も歩き出した。


「じゃあ、夜にまたここで」


 俺たちは手を振り合い、それぞれの持ち場に向かう。ユイは何をするつもりか知らねえが、なんか考えがあるらしく駅とは逆の方向へ消えて行った。




 似顔絵描きを一週間続けたら、毎日の食費には困らなくなった。


 四條さんも執事業に慣れてきたのか、イケボの出し方も板について、身のこなしもそれなりにアニメちっくな感じでかっこよくなってきた。


 ユイも毎日、一万円は稼いで来てる。ヒトの食料、モンスター専用フード、傷薬、戦闘用のアイテム、それを入れるリュックなどを買って、俺たちはついに洞窟の入り口に立った。


「ところでユイ、ドラゴンのモンスターはどの属性に弱いんだ?」

「ドラゴンはファンタジーの花形よ。弱点はナシ!」


 げ。弱点ナシっていうことは、俺たちの勝ち目も限りなくナシに近くなるっつうことじゃねえの? 


 いや、でもここまで頑張ってきたんだ。ひのまるはぜってー勝つ!


 さあ、みんなでこの暗がりの中へ飛び込もうぜ!

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