第75話 二回戦第一試合・決着
え、まだ試合開始から二十分しか経ってねえのかよ!
それなのに二匹ともこんなに疲れまくってて、技を出し合った数も半端じゃねえ。もうそろそろ決着つけねえと、どっちか死ぬんじゃねえかって心配になるよ。
ファルチェのピカピカボイスを無防備な背中にくらった遮那王は、うつ伏せに倒れたまんまだ。その直前まで、勝負のゆくえは遮那王優勢だと思ってたけど、やっぱ中野さんとファルチェの何十年かの絆は相当なもんだな。
『ムスビンダウーン! 動きません! これはジェノールのピカピカボイスが決まったか?』
一村が遮那王に走り寄ってカウントを取り始めた。
『ワン、ツー、スリー……』
背中に受けた電撃は強烈なものだったけど、それでも遮那王は立ち上がって拳を握った。ド根性おにぎりだな、あいつ。
ファルチェは警戒して自陣のラインぎりぎりまで下がったけど、まだ完全には吐き気が治まらないらしい。
なんてしつけえ技なんだよ、強制嘔吐! 喉を引きつらせるように動かして、気持ち悪そうでファルチェがかわいそうだ。
『ジェノールの五つ目の技・ピカピカボイスがムスビンを襲いましたーっ! なんとカウントセブンで起き上がったムスビンですが、電撃で抉れた背中のダメージは大きく、バランスを取りづらそうにしています。ここまで見てきた限りでは、ご飯粒は無限に再生するようですが、果たして今回は再生までにどれだけの時間を要するのか? それが勝敗を分ける鍵になるかもしれません!』
ドローンが一村に寄ると、興奮しながら大口を開けている喉の奥までモニターに映し出されて、俺はなんかちょっと萎えた。
場内の熱気はさらに上がって、みんな口を大きく開けながら手を挙げて声援を送ってる。
でも、俺はとてもじゃねえけどそんな気になれないよ。だって、また強制嘔吐がファルチェを襲ったらどうするよ?
大量のご飯粒を吐いた経験があるヤツだったら、あの苦しさって一生忘れないと思うんだよね。まさにトラウマよ。だから俺は、今でもおにぎりを食う時はたまにためらっちまう。一拍置いて食うことはできるよ、出来るけどさ、あの恐怖は死ぬまで……あ、そっか。もう死ねなくなった関係上、永遠に続くってことだ。うーわ、背筋が凍る思いだぜ。
『遮那王、おにぎらない!』
『むぅんっ!』
ピカピカボイスで抉られた、遮那王の背中の穴はまだ再生してない。それなのに奏くんは遮那王におにぎらないを命じた。
まっすぐファルチェに向かって降り注ぐコメマシンガン。
ファルチェは左右に跳んでそれを避けるけど、やっぱ体力はかなり消耗してるはずだから、絶対的なスピードも落ちてる。そのうちのいつくかは食らってしまった。
ダークラヴィーネのデブリなら、確実に遮那王に当てることができるけど、それじゃ決定打とは言えない。遮那王の動きを確実に封じてディノニクスをお見舞いするには、ピカピカボイスの使いどころが重要だろうな。
『ファルチェ、連続でピカピカボイス』
俺が思ってたら、中野さんがファルチェにそう指示した。ピカピカボイスを何度か放つファルチェ。今度は正面からそれを食らった遮那王は、やっぱダメージが蓄積されてるからか、仰向けにフィールドに倒れた。
『中野選手のジェノール、連続でピカピカボイスです! これは水嶋選手のムスビン、立ち上がれるか!』
一村が叫んでる声をイケボが遮った。
「ピカピカボイスは、相手に聞かせただけで防御を下げる追加効果があります。中野さんは、最後の一撃に賭けているのかもしれませんね」
言い終わった四條さんは、眼鏡をクイっと上げながらモニターじゃなくて直接フィールド上の二体を見た。反対を向いたら、コジたんも同意するようにウンウンと頷いてる。
モニターにアップで映し出された遮那王を見たら、ファルチェの攻撃で減ってたご飯粒が、やっと元通りになってきたらしい。つやつや炊き立てのほかほかご飯のおにぎりは、なんだか元気そうに見える。いや、ダメージは相当あるはずだけどさ。
それに引き換え、ファルチェの顔はやつれて、心なしか身体も痩せたように見えた。
でもその分、精悍さが増したみてえでかっこいい。その瞳には闘志が溢れてて、まだ勝つ気満々でそこに立ってるんだってことに、俺は震えたね。
ファルチェ、すげえかっけーよ。俺は両手をぎゅっと握って、目をきつく閉じて祈った。どうか、ファルチェがこれ以上苦しい思いをせずに勝ちますように。
そして遮那王にだって、傷ついてほしいわけじゃない。みんなそれぞれのガーディアンの大切なパートナーなんだからさ。
『遮那王、だいじょうぶ? まだいける?』
後ろから奏くんが声をかけると、遮那王は右腕を上げてジャンプしてそれに応えた。次に奏くんはどの技を指示するんだろ。それによって、遮那王の、いや、遮那王だけじゃなくてファルチェと遮那王、二匹の運命が分かれるんだ。賞味期限か、強制嘔吐か。それとも……あれ?
「もしかして奏くん、切り札を残してる……?」
そうだよ。遮那王が使ったのは、「おにぎらない」「賞味期限」「強制嘔吐」「焼きおにぎり」の四つだ。
モンスターが一度に覚えられる技の数は五つまでだから、まだ出してない技を隠し持ってる可能性が高いじゃん。
ラッキーを使ったときもそうだったけど、奏くんは補助系の技に頼らず、ひたすらガンガン攻めて勝利を掴みたいタイプらしいから、もしもまだ使ってない攻撃技があったとしら、こりゃ今のファルチェがそれに耐えられるかはわかんねえぞ。遮那王の未知の攻撃に対抗するだけの体力と術は、ファルチェに残ってんのか?
『遮那王、賞味期限!』
奏くんが指示したのは、あのクソ臭せえ腐敗臭に会場全体が包まれるっていう、悪趣味もたいがいにしてほしいです、って感じの賞味期限だった。
またもひどい悪臭が場内にじわじわ広がって、たちまち客席にも届いてきた。さっきまでの、こんがり香ばしい焼きおにぎりの匂いなんかもう完全に頭から消えたね。
強制嘔吐の吐しゃ物で、鼻が半分詰まってるらしいファルチェは、苦しそうに咳き込んでまたすこし胃液みてえなのを吐いた。
人間と違って、モンスターは腕やタオルなんかで鼻をカバーすることも出来ねえ。
攻撃力だけ見れば、ファルチェの方が強いに決まってるけど、遮那王は食品属性モンスターの中でも、「ムスビン専用技」にかなり救われてるよ。
『遮那王! 強せぃ……』
奏くんが、新たに強制嘔吐を指示しようとした、その時だった。『遮那王!』っていう奏くんのボーイソプラノと同時に、バトルフィールドに白いものが舞った。それはひらひらと翻ってから、ファルチェの足元に踊るように落ちた。
『なーんと! ここで中野千代子選手からタオルが投げ込まれました! ジェノール、降参です。よって勝者、水嶋奏選手とムスビンのチームです!』
自分の横に落ちたタオルが目に入って、言葉はわかんねえだろうけど、おそらく一村が自分たちの負けだって言ってんのを聴いて、ファルチェは中野さんを振り返った。
アップで映ったその顔は、ものすげえ悔しそうで怒ってて、でも中野さんを見る目は、すごくやさしい色をしてた。
最後まで戦う気だった奏くんと遮那王は、目を丸くして固まってる。一瞬のあと、自分たちが勝ったって気づいて、わあーっと駆け寄って抱き合って喜んでる。遮那王の短い腕は、奏くんの背中には回らないけど、それでも二人は嬉しそうにお互いを抱きしめた。
苦渋の選択をした中野さんは、フィールドに立って自分を見つめてるファルチェを見たら、そのまま走り出してファルチェの首に抱き着いて泣きはじめた。
『ごめんね、ごめんね、ファルチェ……』
中野さんが泣きながらファルチェに謝ってる。一緒に戦ったふたりは、悔し涙にくれてても、凛々しくてかっこいいペアだ。
その小さな声をドローンが拾うと、場内からはぱらぱらと拍手が起こって、それはどんどん大きくなって大歓声へと変わった。
「ファルチェーッ!」
「ナイスファイト!」
「中野さーん!」
勝った遮那王にもそりゃもちろん声援はあるけど、大部分は勇敢に戦ったファルチェへのものだった。だってそうだろ? 誰もが初めて見たはずの「食品属性」モンスターの、腐ったり吐かせたりなんて気色悪りぃ技をくらって、それでも正攻法で戦ったファルチェ、かっこいいよな?
ムスビン推しのコジたんも、さすがにムスビンコールを押し込めて、いつになく凛々しい顔して拍手してる。
そして四條さんはというと、やっぱ……やっぱそうだよね。わかってた、俺はわかってたよ。四條さんは案の定、滝のような涙を流してる。
この人は、すぐに自分とマルゲに置き換えて感情移入しすぎるところがあんだよな。はぁ……。
中野さんに背中を撫でてもらったファルチェは、やっとご飯粒を全部吐きおわったらしい。傷薬を飲んで元気な姿に戻ってた。
俺はそんなファルチェを見てホッとしつつも、いくら試合だからって、そう平気で何度もあの悪魔の技「強制嘔吐」を使える水嶋奏っていう少年にぞっとしたよ。キレイな顔してわかんねえもんだなっていうか、そうか! 奏くんはきっとおにぎりを吐いたことがないから、その苦しさ辛さ惨めさがわかんねえんだな……と、結論付けた。
さあて、次はいよいよ二回戦第二試合。俺の雪風ちゃんの相手に、しおんはまだアンディをだしてくんのかね? それとも違うモンスターか。どっちにしても、俺と雪風のペアは負けないけどな!