表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/77

第72話 ごはんを吐くのは苦しい

 ナチュライフの会を探る目的でセミナーに参加したのに、どういうわけか二階堂のパートナーらしい、あのプランシャとのバトルを賭けたトーナメントが始まった。

 セミナーのあとが一回戦になったわけだけど、あれから一週間たった今日、二月十九日までの短いあいだにも、色んなことがあったんだよ。


 コジたんとボイスコミックを創ろうって計画はさらに盛り上がって、四條さんとユイにも声優として出てもらうように説得した。まだここには他に出演してくれそうな友人知人なんていねえもん。

 俺だって本当はやんなきゃいけないんだけど、俺にできんのは漫画を描くことだけで、演技の才能は全くない。それでもやってみろって、ユイから脅迫みてえに命令されてやってみた。

 試しに主人公の仲間のセリフを読んでみたところ、案の定三人からの評価はボロクソよ。だから言ったじゃん! 俺には無理だって。

 ……あっ、ひとりだけいた! 知人っていうか頼めそうな人が。カモ~イのおっちゃんはどうだろ? ……やっぱいらねえよな。


 コジたんはカモ~イに何度も来てくれて、俺は楽しみながら漫画を描いてる。

 一昨日なんか「前金です」って、十万円を渡してくれたんだぜ。リアルマネートレードで臨時収入があったんだって、肩身の狭そうな様子ではにかみながら言ってたよ。


 俺が生きてた世界で、真帆が憎しみを込めて俺の骨を投げ捨てたのと同日同時刻、やっと探し当てたタクラマカン砂漠に到着した。

 俺らは、大型鳥なのに名前はチイワシなんていうモンスターに飛ばされそうになったり、俊敏で防御力が高いっていわれるミミズルズ(これは、ミミズバーの進化したやつね)を何匹も倒したり、ハンターと鉢合わせていらねえバトルに巻き込まれたりって、けっこう大変な目に遭った。

 そもそもの目的だった「雪風の特訓」は充分に達成できたと自信を持っていえるけど、もうあの砂漠には行きたくねえな、マジで。


 コジたんから前金を十万円もらったからといって、現実の俺の家族が潤うわけはねえけど、この一週間は借金取りの襲来には遭ってないみたい。

 きっと運気が良くなってるはずだよ。占いやスピリチュアル系統に興味なんかねえけど、MeTubeで見たタロット占いじゃ、かに座はそろそろ活躍するらしいぜ。

 いや、俺、生き返るのかよ、とツッコみつつ、いいことだけ信じてみてもいいんじゃない。



 そして本日十九日、先週は祝日だったから、鬼瓦パーク内の埠頭会館で開催された異世界ナチュライフの会のセミナー。今日は定例会ってことで、参加者は本部に集められた。


 もちろん表向きには「異世界ナチュライフの会」。実際は人を洗脳してそれぞれのモンスターを搾取する「ヴェルト教団」の建物だ。

 「教祖」のサガラって女がどんな超人なのかは知らねえけど、ミニュルっていうモンスターは、人間の記憶を操作する能力があるらしくて、だから誰に何を見られても、そいつに記憶を消してもらえば安心ってことで、教団は新規の参加者たちにもこの場所を隠す気なんかないらしい。


 午後一時、今日も二十分程度の映像を見せられたあと、トーナメントの二回戦を行うってスケジュールになってた。

 今回は屋内で、客席も最初から用意してあった。着いたとき、「助かった~」と思ったね。だって、先週のあの寒さったらねえよ。観戦しながらガタガタ震えるほどだったもんな。

 

 俺たちの席は三列目に指定されてて、先週よりいい条件で観戦できてる。第一試合が始まる前、最前列右脇の席にしおんがいた。俺を見つけると、右手の親指と人差し指を広げて、銃口に見立てた指先で俺を撃った。口も「バーン」ていう形になってて、俺は何をされたのか混乱したけど、しおんはそのまま前を向いたきりだった。

 そのあとから、なぜか胸がざわざわして落ち着かない。

 リアクションさせてもらえなかったからか? 関西人みてえに胸を押さえて苦しめばよかったのか?

  



 完全に予測不能だ。そもそも「食品」なんて属性が存在すること自体がおかしいだろ。なんでモンスターが「食品」なんだよ。

 でも奏くんは、遮那王と出会ってからもうじき一年だって言ってた。一年前から存在してたなら、紙のモンスター図鑑に載ってたってよさそうなもんだろ。また「異世界だから」で済ませる気か? それか、図鑑も把握できてなかったってことか?


『遮那王、強制嘔吐!』


 奏くんの顔がモニターいっぱいに広がって、客席から悲鳴みたいな歓声が上がる。自信に満ちた凛々しいお顔で、いまなんつった? それってまたも技の名前?


「四條さん、いま……」

「俺には『強制嘔吐』と聞こえましたが」

「で、ですよね」


 新しい技を指示された遮那王がモニターに映る。すると、賞味期限をやめたその身体は一瞬で元の様子に戻った。

 で、今度はなんだよ? 小さくてかわいい遮那王が、「はあぁぁーっ」って両腕に力をみなぎらせて、背中をちょっと丸めてる。そんで、海苔の生え際のあたりがボコボコっていくつもいくつも膨らんで、そのミニミニおにぎりがファルチェの口めがけていっせいに発射された。

 何個かは外れてたけど、たぶんさくらんぼくらいの大きさの、たくさんのミニミニおにぎりを無理矢理飲み込まされて、ファルチェは苦しそうだ。


『水嶋選手のムスビン、またも誰も見たことのない技を発動させました。どうやら大量の米飯を丸飲みさせられた中野選手のジェノール、とても苦しそうです。水分を補給させてあげたいところですが、今は試合中。それも敵いません!』

『続けて賞味期限!』


 げっ、まただ! またあの悪臭地獄。

 けど、ファルチェにとってはそれどころじゃねえよな。


『あのムスビンというモンスターは、本当に得体がしれませんね。水嶋奏くんがどこであれと出会ったのかも興味深いですが、使える技もみんなエグイです。食品という身近すぎるものに、様々な危険が潜んでいることを改めて感じます』


 このひでえ悪臭の中、存在感アピールか、いきなりみゅうが何か言った。そうか、みゅうにはこの臭いがわかんねえんだよな、鼻がなくて羨ましいぜ。


 ファルチェは激しく首を振って、遮那王から離れようと必死だ。けど、賞味期限のねばねばに手脚を絡め取られて、地面に固定されたように動けない。

 これはキツイな……。胃が苦しい上に悪臭と拘束だろ、三つの攻撃を同時に受けてるみてえなもんじゃん。奏くん、きれいな顔して容赦ねえな。


『ファルチェ!』


 中野さんの悲痛な声が場内に響いた。遮那王の賞味期限は、今回はどろどろに溶ける前で止まってる。じっと動かない遮那王。

 逃れようと身じろぎするファルチェは、ここからでもわかるくらい激しい怒りを身体中から放ってる。すげえ殺気だ。


『ムスビン、強制嘔吐に加えてふたたびの賞味期限です! 苦しい上に動きを封じられたジェノール、ここは耐えるしかないのか! 中野選手はどう対抗するのでしょうか……はあーっ』


 一村は鼻をつまみながらこもった声で言った。そんで言い終わるとぷはぁーって感じで大きく息をついた。場内はしんと静まりかえってた。たぶん何秒間かくらいの短い時間だったと思う。でも、ファルチェと中野さんにとっては長くてつらい時間だよな。


 しばらくして、かぽっ、かぽっ、っていう音を喉からさせて、ファルチェが苦しそうに背中を丸めた。「強制嘔吐」ってまさか、さっきのを吐かせる……ってコト?


『ぐえっ、ぐはっ』 


 とうとうファルチェが大量のご飯粒を吐きはじめた。

 けっこうな量が詰め込まれたはずだから、まだまだ出るだろう。鼻からも米粒が出てるし、目から涙が溢れちゃってて本当に苦しそうだ。

 いや、あれマジで可哀想だよ。俺にも経験あるもん。たくさんご飯を食ったあとに吐くのはマジでつらいって。

 ヨコハマ洞窟で遭難した真世さんと出会ったとき、渡したおにぎりにかぶりついて咳き込んだのを見て、ひえ~って思ったもん。人間ならまだ口をすすいだりできるけど、動物やモンスターは、ただ吐き気が収まってくれるのを待つしかないし、まして今はバトルの真っ最中。ファルチェの体力は相当奪われるはずだ。

 で、辛いのはガーディアンも同じ。このまま自分の大切なファルチェを悪魔のようなムスビンと戦わせて本当にいいのか、中野さんも考えてるだろうな。


 かわいそうにファルチェは、美しい白い毛皮が自分の吐いたもので汚れたのも嫌だろうな。

 前脚はスモッグで隠れてるけど、ドローンで映されたそこにはねばねばの糸がきつく巻き付いて、うっすら血が滲んでるようにも見える。


『グウゥゥゥッ、ジェルッ』


 けど、やっぱファルチェはかっこいい。全然あきらめてない顔で中野さんを振り向いて、早く指示を出せって唸ってる。

 プライドが高くて、高貴なイメージのジェノール。ファルチェは遮那王に押されて、こんな姿をさらしてる屈辱に耐えるのはきついだろう。

 すべては中野さんと勝利を掴むため。ファルチェの根性に感動して、客席からはファルチェと遮那王の両方に大きな声援がかかっている。


「ジェノール、がんばれーっ!」


 俺も思わず叫んでた。


「ムスビーン!」


 えっ! コジたん、こんな状況見てもやっぱムスビン推しなんだ……。リアルキモヲタって感じで遮那王をめっちゃ応援してる。ペンライトをいくつも持って鉢巻きつけて、オタ芸しながら、腹から声出してるドルヲタのイメージ。反対の隣にいる四條さんは、腕を組んでモニターを真剣に見つめてる。あれはきっと、自分のマルゲがあんなの喰らったらどうしようって、想像して泣きそうになってる顔だぜ。


『ファルチェ、ムスビンに噛みつきながらフォトンブリザード』

『そうはいきませんよ! 遮那王、おにぎらない!』


 指示を出されてから賞味期限を解除するまでに数秒かかったことで、遮那王はおにぎられなかった。

 ファルチェの口から白い息と一緒に現れた氷の粒が、遮那王の身体を貫くように命中した。

 発動しかかったおにぎらないで、一部はバラバラになったご飯粒も、一粒一粒が凍ってる。やっと身動きがとれるようになったファルチェだが、相当体力を奪われてるのは間違いねえ。だって、ご飯粒を吐くのは本当に苦しいんだよ。俺はあの時、いっそ殺してくれって思ったもん。



『やっとのことで賞味期限の拘束から逃れたジェノールですが、かなり消耗している様子です。対するムスビンは至近距離からフォトンブリザードを受け、大きなダメージを負った模様。それぞれのガーディアンはこの後どんな指示を出すのか? 激しい一戦となった二回戦第一試合ですが、そろそろ決着がつきそうです。果たして決勝戦に駒を進めるのは中野選手のジェノールか、はたまた水嶋選手のムスビンか?』


 このままファルチェの反撃が炸裂すんのか、それとも奏くんにまだ秘策があるのか。勝敗はまだまだわかんねえぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ