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第70話 十三番目の属性

「さぁ、ファルチェ。あなたの出番よ」


 中野さんが手の中から呼び出したのは、一回戦で活躍したジェノールのファルチェだった。

 あいりのプーちゃんとも戦ったから、使える技もほぼ知られてるのに、よっぽど自信があんのかな。それとも中野さん、実は一匹しかモンスターを持ってないとか……?


『中野選手、一回戦同様ジェノールを使用! あいり選手のティンプルを圧倒し、沈めたジェノールですが、水嶋選手は一体どんなモンスターで対抗するのか?』


 一村が奏くんの方に片手を広げて、モンスターを出すように促した。

 堀江さんのチュピッチとやった一回戦の時は、客席からの声援に驚いたりして、うまく反応できてなかったように見えたけど、この一週間でずいぶんあか抜けたっつうかこなれたっつうか、とにかく自信がついたらしい。

 心なしか背が伸びたようにも見えて、美少年っぷりに磨きがかかったみてえだぜ。でも、相変わらず腕は真っ白で細い。その細い腕をしならせてから手を下に向けて、モンスターを呼び出す。


 中野さんが前回と同じだからか、奏くんまで、またあの変質者を出すんじゃねえかってドキドキするよ。


『出ておいで! 遮那王(しゃなおう)!』


 奏くんが何て言ったのか、名前は聞き取れなかったけど、どうもラッキーじゃないらしい。

 ラッキー以外のモンスターが出てくるってことで、場内はざわついた。

 三台のドローンがいち早くその全貌を捕えようと、ぶんぶん飛び回ってる。


「えっ? 四條さん。あ、あれは……」

「ムスビン……? 属性は、えっ……? 属性はしょ、食品。子どもがちょうど抱きかかえられるくらいの大きさのおむすびに、つぶらな瞳と手足と髪がついています。背面にある髪はほんのり茶色く、三つ編みにされたお下げで、身体を覆う艶やかな海苔は和服のようです」


 ショクヒン。しょ……くひん? 

 俺は、四條さんの声だけが頭ん中でぐるぐる回ってるような感覚の中、ショクヒンて食品てことは、食いもんだよな、なんてやっとのことでつなげた。

 それから、モニターいっぱいに映ったムスビンと、俺が知ってるおにぎりのシルエットを重ね合わせて、どうにか理解して大声で叫んだ。


「食品!? 属性って十二種類じゃねえのかよ!」


 炎、水、植物、昆虫、鳥、ドラゴン、電気、氷、土、魔法、闇、妖精。この十二種類の全属性のにゃんずが存在するって、異世界ヨコハマのモンスターの属性は十二種類だって、そうじゃなかったのかよ。

 そりゃ、あと付けでどうにでもなっちゃうのが異世界かも知んねえけどさ、なんだよ食品て。

 いくら異世界でもふざけすぎだろ!


 紙のモンスター図鑑を買ったときには、絶対ムスビンなんて、いや食品なんて属性はなかった。

 それが平然と追加されてるのを見て、四條さんはタクラマカン砂漠の砂でまだちょっとジャリジャリする、その愛用の図鑑を何度もめくったり裏返したりしながら、頭を抱えて唸ってる。

 そういうものなんだよ。だってここは異世界だもんって、俺は四條さんの肩を叩いた。

 俺よりも四條さんよりもずっと前からここにいるらしいコジたんは、特に驚いた様子は見せないけど、それでもムスビンには興味津々て感じでガン見してる。


「ムスビンですか。なんだかクレーンゲームの景品みたいで可愛いですなぁ」


 コジたん、もしかしてあれ、欲しいの? 


『み、水嶋選手、ムスビンを繰り出しました! 属性が食品のモンスターは、いまだほとんど発見されておりません。その生態はもちろん、使用する技も何もかもが未知数です。これは中野選手、苦戦を強いられることになるのか? 果たして両者の相性はいかに?』


 一村も平静を装ってるようだけど、実はかなり驚いてるらしくてときどき声が裏返ってる。

 そうか、そんなに珍しいモンスターなら、教団はほしいと思うだろうな。

 俺は気になってバトルフィールドに目を移した。そしたら二階堂がイヤな感じで微笑んでる。あいつがなにを思ってんのかはわかんねえけど、念のために教団側の動きには気をつけといた方がいいな。


『かわいいモンスターねぇ』


 短い腕をぐるぐる回して、ムスビンはウォーミングアップに余念がない。そんなおにぎりくんの様子を見て、中野さんは目を細めながら言った。

 挑発的とか嫌味とかじゃなくて、初めて見るムスビンを本当にかわいいと思ってる感じだ。それから、戦う相手に対する敬意だな。


『はい! ありがとうございます。もうじき出会ってから一年の記念日なんです。だから絶対勝たせてやりたいんです』


 奏くんは中野さんの言葉を素直に受け止めて、嬉しそうに答えた。でも、言葉の最後の方は真剣な顔になって、対戦相手の中野さんとファルチェをじっと見据えた。

 ファルチェもムスビンの実力をはかるみてえにじっと睨みつけて、鼻をひくひく動かしてる。

 中野さんの隣に立ってるファルチェは、バトルを見た俺たちが実力を知ってるせいもあってか、すごく賢そうでかっこいい。

 けどおにぎりくん……じゃなくてムスビンは、外見が微妙っていうかビミョーすぎる……言い方を変えればマスコット的で、とてもじゃねえが強いモンスターとは思えない。

 けど一村も言ってたように、何もかもが未知数のムスビン。もしかしたらとんでもねえ実力を秘めてるかもしれないよな。


 みゅうは興奮気味に跳ねて、ムスビンの写真を撮りまくりながらデータを記録してる。

 モンスター図鑑にもみゅうの中にも、ムスビンがどんな技を使えんのかは、まだ出てない。


『さあ、おそらく誰もが初めて見るであろう、水嶋選手のムスビン。大注目のムスビンがどんな技を繰り出すのか。そして、その強さはすでに実証済みの中野選手のジェノール。両者の戦いはどちらに軍配が上がるのか。二回戦第一試合、中野千代子選手vs水嶋奏選手、はじめ!』




 ゴングが鳴り、ついに試合が始まった。

 客席はすでに相当な盛り上がり方で、大きな歓声とファルチェへの声援が多い。

 これは奏くん、心理的に不利じゃねえか? やっぱりみんな、かっこいいモンスターの方を応援すんのかねえ。俺はムスビンに期待大だけどな。だってあんな外見だぜ。ぜってー強そうじゃねえじゃん。


『ファルチェ、プラネタリウム』


 一回戦と同じく、まずはプラネタリウムで牽制ってとこか。中野さんの戦術は堅実だな。

 せっかくこんなに晴れてんのに、また黒い雲が空に広がってきたよ。なーんかこれ、寒くなるからイヤなんだよな。

 でも、おお、今日の星空もキレイじゃん。星空をプリントしたカーテンみてえな空に時々チカチカ瞬く星が見えて、そっちに気を取られてる間にムスビンがやられちまうぞ、と。

 元々ジェノールの足元はスモッグに隠れてて、手脚の向きや動きも読みづらい。だから思わぬ方向から突然攻撃される危険もあるんだけど、奏くんがプラネタリウム対策をしてないはずはねえ。

 いきなり技を食らわないためか、ムスビンはボクサーみてえに華麗なフットワークで絶えず動いてる。表面に鼻は見当たらないけど、ムスビンに嗅覚ってあんのかな?


『遮那王、おにぎらない!』


 えっ? おにぎらない? なんだそれ、技名か?


「四條さん、ムスビンの名前ってよく聞き取れなかったんですけど、なんて呼ばれてます?」

「ああ、『遮那王』ですね。源義経の幼名です。でもあのおにぎりにその名前は……」


 はは、と語尾は苦笑交じりで答えてくれたけど、四條さんはモニターから目を離さなかった。四條さんも遮那王のことが気に入ったのかもな。


 おにぎらない……。おにぎらずって言えばあれだよな、三角形に握らないおにぎり。おにぎりって、きゅっと握って中の空気を抜いて米粒を引き締めるから、傷みにくくなったりするわけじゃん? ただ米飯に具が挟まってるだけのあれを、俺は認めてねえんだけど、でも、「おにぎらない」って一体……。


 誰もが初めて見るムスビンの「食品技」。しかもその名前から察するに、たぶんムスビン専用の技だよな。

 場内はシーンと静まりかえって、奏くん以外の全員が息を呑む気配でピリピリしてる。


『おにぎらないとは、一体どんな技なのでしょうか? その小さな身体から放たれるのは、果たして?』


 一村の声は、相変わらず裏返り気味だ。初めて見る技だもんな、瞬き厳禁ってやつだぜ。


 ほとんど一瞬だったはずだけど、数秒間はあるみてえに感じた。

 奏くんが指示した直後、遮那王は相手の陣地に走り込みながら、内側から爆発するみてえにバラバラに弾けた。


「ギャアアァァァァ! なにアレ自爆? いいの? あれっていいの?」


 びっくりした俺は、四條さんの腕を掴んでぐらぐら揺らした。

 場内のあちこちから悲鳴みたいな声が聞こえて、俺と同じように遮那王……死? って思った人が一定数いるんだってわかった。

 けど、そんなはずがねえ。一発目の技から自爆してどうすんだよ、それじゃ試合にならねえじゃん。


 そしたらごはん粒単位でバラバラになった遮那王は、四方八方にマシンガンを撃つみてえに、その一粒一粒を弾丸みたいにして飛ばしてた。

 プラネタリウムで星空の下に隠れたファルチェだったけど、何発かはコメマシンガンをくらったらしく、低く呻きながら姿をあらわした。

 さすがに全方位に攻撃されたら、回避できなくなるのは当たり前だ。


『中野選手のジェノール、星空の下から戻ってきました。ムスビンの攻撃を受けたのか、呻き声が聴こえたような気がしましたが、ダメージはいかほどでしょうか!』


『ダークラヴィーネ!』


 中野さんは少し怯みながらも、長くパートナーでいるファルチェへの、信頼が感じられる声で指示を出す。

 ダークラヴィーネは、きっと前回の対戦相手のティンプルの属性が妖精だったから使えなかった闇技だ。

 絶対に避けられねえデブリが遮那王に降り注いで、遮那王は急いで身体を集めておむすび型に戻る。そんで土下座みてえな姿勢になって、背中の三つ編みでデブリを弾こうとしながら耐えてる。

 がんばれ、遮那王。俺はパンよりご飯派だからな!


 よーし、プラネタリウムが切れて青空が見えてきたぜ。青空の下でおむすび。舞台は揃ったんじゃねえの? 

 どっちも頑張れって、俺はフィールドで向かい合う二匹を見つめながら、特訓した雪風を想ってた。


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