第69話 でかくても「チイ」
うわっ、なになになに? なんだよ、この強烈な風!
マルゲの攻撃を受けたモンスターのでかい影が動いて、バッサバッサっていう音とすげえ向かい風。
四條さんはマルゲの首に抱きつくように見えたけど、それはきっとマルゲを風から守ろうとしたんだ。俺は慌ててコジたんにつかまって、ユイは俺につかまって、それぞれ誰かに掴まってなきゃ立っていられねえほどの強風で吹き飛ばされそうだ。
タクラマカン砂漠のサラサラしたきれいな砂が舞い上がって、俺は思わず腕で顔を覆う。で、そーっと目を開けたら、バサッ、バサッとまた羽ばたく音がして、そいつは鳥属性のでかいモンスターだとわかった。
いままで知ってた鳥のモンスターはシマリとチュピッチで、どっちも小鳥ちゃんで、だからこんなでかい鳥がいるなんて想定外だった。
「チイワシ。属性は鳥と水ですね。翼幅は四メートル以上と、タカ目タカ科のオオワシよりも大きく、強靱な脚力と爪で獲物を掴んだら離しません。顔の毛はシルクのように艶があり真っ白で、オレンジがかった黄色いくちばしを持ち、漆黒の翼をしならせて優雅に飛び回ります。外見に似合わず人に馴れやすいので、初心者のガーディアンでも戦わせやすいモンスターです」
四條さんが下を向いてモンスター図鑑をめくりながら解説してくれるんだけど、こんな砂嵐みてえな状況で紙の本を開いてたら、中がざらざらになっちゃうじゃん。みゅうに頼ればいいのに。
「四條さん、チイワシの『チイ』ってなんですかね?」
『小さいの「チイ」ですよ。ですが進化すると「ナガワシ」という名前になり、カズマさんが生きていた現実の「オオワシ」とは区別しているようです。「ナガワシ」の「ナガ」は長いをあらわしています』
「え、現実との区別って。モンスターの種類名って誰が決めてんの?」
俺は図鑑を読んでくれた四條さんに訊いたのに、またいつものようにみゅうがしゃしゃり出てきた。いや、モンスターの名前って一体誰が……。すげえ疑問じゃん。でも、あれっ? ていうことは……。
「鳥と水、ふたつの属性か。じゃあマルゲの攻撃はあんまり有効じゃないってことですよね?」
気づいた俺と、ユイとコジたん。三人で一斉に視線を送ったら、四條さんはひゅる~って音が聴こえるみてえな動きでモンスター図鑑をスーツの内ポケットにしまって、ビミョーな顔でフッ、と笑った。
可哀想にマルゲが困ったように頭を揺らして、四條さんの様子を気にしてる。
そこそこの厚みがあるはずのモンスター図鑑だけど、四條さんのポケットの辺りが膨らんでる感じはしねえ。四條さんのスーツ、いつの間に異世界仕様になったんだ?
そんで、進化すると「ナガワシ」になるのに、なんで目の前のこいつは「ミジワシ」じゃねえんだろう。
「ええ、砂漠には、土属性のモンスターしかいないと思ったもので……」
イケボで喋ってるんだけど、語尾がだんだん小さくなってく四條さんは、心配そうに見下ろしてるマルゲの首に寄りかかるようにして、ずるずると腰を落として体育座りを始めた。
俺とユイは、もう出会ったころから四條さんの体育座りには慣れっこで、むしろ懐かしくて、また見られたことが嬉しいくらいだけど、コジたんは四條さんのこの姿を見るのは初めてだからか、「えっ? えっ?」ときょろきょろして、なにが起きてんのかわかんないらしい。
安心して、コジたん。ヘンな儀式が始まるわけじゃねえから。
そんな四條さんを囲んでる俺たちの前に、初めて見たチイワシはバッサバッサとデカい羽音を立てながら堂々と舞い降りた。
攻撃してくるのか! って一瞬緊張が走ったけど、どうもそんなつもりはないらしい。じゃあ、誰かゲットする? って、みんなに言おうと思ったその時。
いきなり大きく飛びあがったチイワシは、俺目がけて突っ込んできた!
えぇぇぇぇーっ! ひのまる、行ってくれ! って叫ぼうとしたら、俺のすぐ後ろの砂からにょきにょきって出てきたあいつ! あいつだよあいつ! の動きを、でかくて鋭い爪で封じた。
ぐちょっ、と嫌な音がした位置をおそるおそる見たら、うわーっ、うわーっ、キモいんだけど!
「イヤアァァァァ! ミミズバー出た────っ!」
俺は気が狂いそうになりながら叫んだ。だって、気持ち悪りいんだもん!
マルゲと同じ、っていうとマルゲに申し訳ないような気がするけど、おおよそ六メートルっていう体長があるミミズバー。
この前のトーナメントで当った草野さんの……、そうだ、ぐねぐねってやつ、名前まできめえ。あいつよりはマシかもしれないけど、やっぱミミズバーってモンスターは愚鈍だよ。
そこからは、モザかけなきゃヤバいって感じのグロさで、チイワシがミミズバーを捕食してった。
鷲の食料って、俺はなぜか魚だと思ってた。いや、ウミネコじゃねえし、って。
しかしでかいミミズがこんなにグロいとは。みんなもそれぞれ精神的ダメージを受けたらしくて、口を開けて固まってる。
「……誰か、ゲットする?」
「え、ミミズバーをですか?」
砂の下にまだうにょうにょいるらしいミミズバーを指して、コジたんが言う。
そんなわけねえじゃん! こんなのいらねえよ!
チイワシが食べ残したミミズバーの残骸を見ないようにしながら、俺は三人の顔を順番に見た。
やっと体育座りから立ち上がった四條さんが、一番先に首を振った。ユイとコジたんもいらない、とそれに倣う。
食事を終えたチイワシは、また砂嵐を巻き上げながら飛び去っていった。その勇壮な姿を見たら、俺はゲットしとけばよかったかも、ってちょっと後悔したけど、お腹の中にミミズバーが入ったばっかのチイワシを、手の中に入れる勇気はなかった。
さようなら、ミミズバーを喰ったチイワシ……。
パンパン、と軽快な音で手を叩きながら、ユイが仕切り直すように言う。
「ほら、みんななにぼーっとしてんのよ。新しい場所に来たら、まず知識を深めましょ」
言いながらユイは自分のタブレットを取り出して、この場所をスキャンするように言った。
ヨコハマ洞窟に水晶を採りに行ったとき、ユイのタブレットを見たことはあった。でもそこでは声を聴く機会はなかった。ユイの声と話し方は、いわゆる「アニメ声」っぽい。だからタブレットの声もそんな感じを想像してたんだけど、なんだか大人っぽくて妙に色っぽい「いい女」っていう感じの声だ。ユイに似合うかどうかっていえば、実に微妙だな。
いつもはキンキン声で喋ってるユイが、もうちょっと大人になって落ち着いたら、こんな声になるのかもしれないけど。
あ、でも俺とみゅうの声なんてまったく無関係だもんな。ま、こんなこと考えてるなんてユイに知られたら、また怒られるのは目に見えてるけど。
ユイのタブレットをガン見してたからか、またヤキモチ焼いてでしゃばってきたみゅうが、急いで砂漠の分析を始めた。
砂漠がどこにあるのか、それはさすがのタブレットくんたちにも解明できなかったけど、中に入っちまえばあとは簡単。
出現モンスターの種類や出現頻度、割合と傾向、この砂漠の広さはどれくらいかなど、みゅうの手に掛かればすぐに割り出せるはずだ。
『タクラマカン砂漠、広さは約十キロメートル四方。四隅に飲み物やモンスターの回復系アイテムの自販機あり』
『出現モンスターはイシグラー、イワグラー、ミミズバー、ミミズルズ、チイワシ、イノッキ。シャーザブルの生態反応もありますが、遭遇確率はかなり低そうです』
俺たちがうんうんと頷く中、ユイのタブレットに続いて、みゅうが早口で言った。
ちょっと待て。俺の記憶が確かならば……、いまコレ、ユイのタブレットが「四隅」って言ったような。四人で目を合わせてから、コジたんが遠慮がちに手を挙げた。
『はい、コジマさん』
みゅうが先生みたいにコジたんを指名する。お前ってホント、仕切り屋だよな。
「ええっと、四隅、とは……?」
『言葉のままですよ。お察しの通りと言うか当然と言うか、ここは本物のタクラマカン砂漠ではありません。それはみなさんも理解されていることでしょう。ヨコハマ洞窟同様、異世界にランダムに現れる観光地のようなものです。その全体図は大きな箱ととらえてください。途中にドラッグストア等もないので、遭難者を出さないために、自動販売機を設置しているようです』
またもや「誰が」とは考えちゃいけないことが出た。だってそれはたぶん……『異世界研究所』だ。
俺たちはみゅうたちが教えてくれた情報と、この目で見たものを信じて進むべきなんだ。
不安が頭をかすめるけど、一人じゃねえ。仲間がいるからな。俺は、むしろここに来てからの方がやりたいことだらけだ。生きてた時よりずっと、俺は「生きたい」と思ってるよ。マジで。
「ひのまる! 雪風!」
みゅうの機嫌が悪くなると面倒なので、シャーザブルの生態反応を追ってくれるよう頼んだ。なんだかんだで頼られるのが好きなタブレット、みゅう。
俺はベージュの砂の上を歩きながら雪風を出して、一緒に歩いた。ひのまるはマルゲと歩けて嬉しそうだ。
そしたらユイもリンリンを、最後にコジたんがドヤ顔でマリリンを出した。
もちろんシャーザブルはほしいけど、ここに来ようと思った一番の目的は、雪風の特訓だ。
今週末にあるトーナメント二回戦で、俺はしおんと当たる。しおんが二回戦でもアンディを出してくるかはわからねえけど、ひのまるじゃちょっと分が悪いかもしれない。
だから今までは、バトルのための特訓らしいことなんかしてこなかった雪風を、もっともっと強くするんだ!
俺たちの冒険──四角い砂漠だけどな──は続くぜ!




