第68話 いざ、砂の国へ
体育館入口の扉は、俺たちを拒むみてえに固く閉ざされてた。
でかい南京錠にはご丁寧にチェーンまでかかってやがる。まあ、良からぬ考えを持った大人──変質者が夜の間に忍び込んで、体育館内の倉庫にじっと潜んでたりしたら、朝練をしにきた児童に魔の手が迫っちゃうから当然だわな。
児童も教師もとっくに帰ったであろうこの時刻。警備員がいるのかどうか知らねえけど、「体育館地下のタクラマカン砂漠入口を通らせてください」なんて言ったって、「ええ、どうぞ」って応えてくれるわけはねえ。
だからこうして四人でコソコソ侵入を試みてるんだが、この扉の鍵はどこで入手すればいいんだよ。
「みゅう、ここの鍵って開けられるか?」
『ぼくを万能便利道具のように考えるのはやめてください。もちろんモンスター図鑑、通訳、検索等、ある程度の事柄には優秀に対応可能ですが、持ってもいない鍵を開けられるわけないじゃないですか』
ふんっ、と鼻息的な音を洩らして、みゅうは自分の能力がいかに高いかをアピールしつつ、それでもできないことはあるんだと、否定した。
たしかにそうだ。異世界に転生してきた誰もが、何ものかによって等しく与えられるタブレットを使って何でもできちゃうなら、悪いこともし放題ってことになる。
今でさえヴェルト教団がひっそりと悪事を進めつつあるんだ。
このままいったら、いつ自分のモンスターがやつらにさらわれるのか気が気じゃないと、モンスターだってガーディアンだって、安心して暮らすことができなくなる。
それなのに、おそらく次々にやってくる転生者の多くが悪事を働きはじめたら、それぞれ自分の身を守ることだって大変だ。
俺たちだって、自分だけで守れるものは限られてる。仲間と、大切なモンスターたちだ。いや、なんかの危険が迫った場合は、自分のモンスターに命を救われることの方が現実的か……あれ、転生者は二度と死ねないんだっけ。じゃあ、転生してないユイは、どうなるんだろう。
「……なに?」
「あ、いや」
思わず横にいるユイの顔をじっと見たら、視線に気づいたらしく睨まれた。そんな、あからさまに不快そうな顔しなくたっていいだろうがよ。
確かにこのところ、四條さんとコジたん、男三人で過ごす時間が長かったけどさ、ユイと四條さんはほとんど同時期に出会ったんだぜ。もっと言えば、コジたんだってそれから十日も経ってない頃に知り合ったんだから、みんな同じようなもんだ。
最近は男三人で色んな相談をしてきて、それぞれお互いのことがわかってきたと思う。でもユイは自分のことをあんまり話さないし、ヴェルト教団の名前を出すとすげえ嫌そうで、関わりたくないオーラがぱねえから、「ナチュライフの会」のことも言ってない。けど俺は、ユイにもやつらの手からモンスターたちを救いだすプロジェクトの仲間になって欲しい。
ユイと四條さんはさ、こっちでの俺の、かけがえのない家族だと思ってる。だからこれから行くタクラマカン砂漠では、もっとユイと話がしてえんだよ。
あー、俺ってやっぱ「繊細さん」じゃん。ヴェルト教団のことを訊いて、ユイに拒絶された時の記憶がまーだ引っかかってるみてえ。
あれ以来、ユイの顔をうまく見ることができねえし、教団の話題を出すのも正直怖い。でも、このままでもしょうがねえよな。
「あっ、ここにポストがありますよ!」
コジたんの声がしてそっちを見たら、体育館の入口から少し離れた大きな樹の下に、白いポストがぽつんと立ってた。なんか、いかにも怪しいポストだ。
すでに辺りは真っ暗になってて、街灯のあかりを遮ってる鬱蒼とした樹の下に、取って付けたようなポスト。白っていっても、ペンキは剥げてるし埃はかぶってるしで、ほとんど濃いグレー。
それの取っ手をコジたんが持ち上げたら、あ~ら、ご都合主義的展開ねぇ、って誰かに言われそうな、三十個くらい鍵のついた束が入ってた。いや、三十あったって体育館の鍵があるとは限らねえけどさ!
俺たちは四人で顔を見合わせて、それぞれが唾を飲み込んだ。無言で頷き合う。コジたんが震える手でポストの中からそれを取り出して、ゆっくりと俺の方に突き出した。
いや、え? 俺?
って、俺はユイと四條さんの顔も見たけど、三人は頷くばかりで、やっぱ俺か。そうだよなって納得して俺が受け取った。
『カズマさん、くじ運はいい方じゃありませんよね』
「やめてよみゅう、俺だって焦ってんだよ。この中になかったら、今までの時間ももったいねえじゃん」
そりゃ俺だってね、まさか一本目で開くとは思ってなかったけど、すでにこれで二十二本目。本当にこの中に体育館の鍵があるのか、ものすごく不安になってんのよ。ちょっとは励ましてくれたっていいんじゃねえの?
「あっ、開いた!」
すでに諦めかけてたみんなを振り返って、俺はひとりでガッツポーズをした。そんでみんなでハイタッチ。ここが開いたからって、まだ何も始まらねえのに、まったく楽しい仲間だぜ。
でも、そこからは「カズマくん、今までの苦労おつかれさま」ステージみたいに、異世界ファンタジー的にコトが進んだ。
体育館のステージ袖を覗いたら、地下室に通じる梯子が見つかった。そうだ、どこの国から来たのか、国籍不明のコンビニ店員の話によれば、「タクラマカン砂漠は小学校の地下」だった。
ビクビクしながら梯子をおりて真っ暗な空間を少し歩くと、あのヨコハマ洞窟を彷彿とさせる、いかにも異次元空間への入口って感じの、虹色の円状のものが浮かんでて、微かに音がきこえた。
それはパソコンや家電のノイズのようでもあり、モンスターの啼き声って言われても納得できそうな、なんだか物悲しいとも思えるような音だった。
ユイが四條さんを肘でつつく。最年長ってことで四條さんがおそるおそる円の中に首を入れて中を覗いた。
「えぇっ?」
ここにいるとは思えないような距離感で、四條さんが声を出した。まるで向こう側から誰かに引っ張られたみてえに円に吸い込まれて、俺は慌ててその足首を掴んだ。
そしたら、「えぇっ?」って驚くしかねえ。俺もそのままグイグイ引っ張られて、ユイが俺の腰を掴んだ。で、うしろでユイも「えぇっ?」って声を出して、たぶんコジたんがユイの腕をつかんで、四人連なって、はい、タクラマカン砂漠にご到着。
見渡す限りの砂の世界。自然が作りだした広大な砂の地……かと思いきや、なんかハリボテ感が満載でぜんぜん自然ぽくねえ。
じっと目を凝らしてみると、数キロ先に壁みてえな感じのものがあるっぽい。例えていうなら、巨大な部屋の中に砂を敷き詰め、いかにも砂漠に見えるように取り繕ったっていうか、スタジオに砂漠のセットを作ったみてえな。
誰がなんのためにって考えるのはよそう。ここは異世界だ。不明なものは不明。それっきゃねえ。そもそもここは異世界ヨコハマ。それを忘れたら俺は狂う。
「みなさん、大丈夫ですか?」
四條さんが申し訳なさそうに肩をすくめるから、俺とコジたんは四條さんのせいじゃないよって、その背中をやさしく叩いた。
ユイも制服についた砂を神経質そうにパタパタ払ってから、四條さんに笑顔を向けた。機嫌は悪くなさそうだ。なんでユイの機嫌にいちいちビビってるのか自分でも不思議だけど、俺は一歩近づいて、思い切ってユイに声をかけた。
「なあユイ、ユイはここでどうしたい?」
「あたしはね、シャーザブルをゲットするのよ」
「マジか」
思いもよらねえ言葉が返ってきて、俺は文字通り目を丸くした。
コジたんと話してて、俺がタクラマカン砂漠のことを思い出したのが昨日だぜ。ちょうど帰ってきた四條さんと三人で行く計画を練ってたら、しばらくしてユイもトリミングサロンから帰って来た。
ヴェルト教団のことを調べ始めてから、ユイとはなんかギクシャクしてて、心の距離ってもんを俺は感じてたわけよ。だから今回も男三人で行動するつもりだったけど、「あたしが行かなくてどうすんのよ」って、ユイの方から言い出した。
やっぱりユイは異世界に詳しい。タクラマカン砂漠だって例外じゃないだろう。ユイがいれば心強いって、俺は四條さんやコジたんと顔を見合わせて喜んだけど、ユイだってみゅうと同じく、具体的な場所を知ってたわけじゃなかった。話には聞いたことがあるって程度の知識だと、きょう出発するときになって初めて聞いたんだ。
「シャーザブルか……」
「なっ、シャーザブルちゃんをゲット出来るんです?」
顔より身体より、その鼻息でフン―ッって割り込むようにコジたんが言った。大の猫好き、そして12にゃん好きのコジたんが食いつかないはずはねえ。そこに控えめながら四條さんも入ってきて、俺たちは四人それぞれシャーザブルをゲットしようと拳をつき合わせた。
ヨコハマ洞窟の中でたくさん見たイシグラーが砂にまぎれながらころころ転がってる。石にマジックで書かれたみてえに単純な線の目は、にっこり笑ってるようだ。こうして見ると、イシグラーもかわいいな。
「出ておいで! マルゲリータ!」
四條さんがいきなりイケボを張り上げて、マルゲを呼び出した。全長約六メートルと身体のでかいマルゲは、普段から外に出て一緒に生活することができない。
だから四條さんはいつも寂しい想いをしてるんだろう。上半身を起こしたマルゲの首っぽい部分に抱き付くようにして、そこに頬ずりしながら感動に打ち震えてるらしい。出たよ、めんどくさいおっさんが。ってやや生温かい横目でその様子を眺めてたら、次の瞬間、四條さんは凛々しい顔でイシグラーの大群を見て、その後ろを横切った何かを指差しながら、マルゲに指示を出した。
「マルゲリータ、レインボースクリュー!」
「リルリルリルッ」
四條さんが指差した方向をめがけて、マルゲがレインボースクリューを発射した。バシュッと鋭い水の音がして、なにかが現れた。
え、そのモンスターは?
 




