第64話 魔法少女とビースト
いやいやいやいや、マジか!
このままじゃアンディの首がポロンだぜ。
あんなに高速でスピンしながら飛んでくるギアを、しかも三個! どうすんだよアンディ! しおん!
麻痺っていつ終わるんだ? なぁ、なぁみゅう!
『これはアンディさん、ピンチですね。麻痺がいつ消えるかは、個々のモンスターの基礎体力や日々の鍛錬によってみんな違います。ギアゲルギのハイリスクギアのように一分間などと決まっているわけではありません。アンディは、この攻撃を避けきれるのかどうか……』
そんな悠長なこと言ってたら、アンディは三つのギアに切り刻まれちまうんじゃねえのかよ!
あの周囲のギザギザがどれだけ鋭利になってるのかわかんねぇけど、もし、もしだよ、あれがチェーンソーみてえだったら、アンディに勝ち目ねぇじゃん!
そう思ってる間に、三つに分かれたギアゲルギは三方向からアンディに襲いかかろうとしてる。
うぎゃーっ、目を開けてるのが怖いぜ。
ブシャッ……って嫌な音がした。
やっぱりあのギザギザは刃物状になってて、モンスターの身体を切断するだけの威力があるらしい。
三つに分かれたギアゲルギを、当たる直前にスレスレで掴んだアンディは、そのまま回転を続けてたギアによって、右手の指二本を失った。
『アンディーーーッ!』
しおんが自分の頬に両手を当てながら叫んだ。そりゃそうだよな。自信満々だったしおんだって、大事なパートナーが大怪我すりゃ焦るに決まってる。
けど、アンディは自分の手の中でやっと回転を止めた三つのギアを投げ捨てて、しおんの元に駆け寄った。
『アンディ、アンディ、ごめんね。痛い?』
泣きながらアンディの手を取るしおんに、右手をグー、パーって握っては開いて見せて、心配するな、って言ってるようだ。
「うぉーっ、オトコマエじゃん、アンディ。惚れてまうわ」
会場からは怒涛のような声援が飛ぶ。
「み、みゅう、アンディの指って元に戻んの? 傷薬を飲ませたら治るレベルを超えてると思うんだけど、また生えてくんの?」
『ええ、アンディが異世界のモンスターなら、どれだけ肉体の損傷が激しくても、命さえ残っていれば修復可能です。未発見の新種なのか、それとも別の次元からやって来たのか……。その場合にも適用されるかどうかは、ぼくにもわかりません』
みゅうが「お手上げです」っていうように肩のあたりをすくめた。
みゅう本体の画面には、絶えず検索してるらしくアンディの画像がいくつも表示されてる。
あれだけの数のドローンが飛んでるんだから、きっと『異世界ナチュライフの会』公式ミーチューブでライブ中継でもしてんだろう。そのスクショを元に画像検索かけてるからか、ヒットすんのはいまこの場で試合を観戦してる人たちのSNSへの投稿ばっかで、俺らが欲しい新たな情報は見つからねぇらしい。
『決まりました! トリプルギアインパクトーッ! なんと、しおん選手のアンディは指を二本切断されてしまいました。相当なダメージだと思われますが、当のアンディは試合続行の意思を見せています。アンディの血液がフィールドに滴り落ちていますが、これは大丈夫なんでしょうか? 牧内選手、タオルを投入しますか?』
実況の最後、一村はややトーンを落とした声でしおんに言った。
足元のタオルを拾い上げ、しおんはそれを胸の位置で握ったまま俯いて泣いてる。
そうだよ、誰だって自分のモンスターがかわいくて大好きで、大事な存在なんだ。
もとはといえばプランシャとのバトルに立候補して、誰か一人が選ばれるはずだった。じゃんけんとかくじ引きで決めればよかっただろ。そこに辿り着くまでにパートナーが傷ついたり、苦しんだりするのを黙って見ていられるガーディアンなんかいねぇって。
会場中が怪我を負ったアンディと、決断を迫られたしおんに注目する中、しおんはアンディを見上げながら、切なげなバラードを歌う。
この曲、俺知ってるわ。確かしおんのソロ曲じゃねぇか? きっと秋葉ならどのアルバムに入ってるか知ってんだろうな。
しおんは人間だからさ、歌声そのものにアンディを回復させる力なんてねぇけど、アンディは目を閉じて幸せそうに聴いてる。
うん、充分効果はあったらしい。
『いえ、このまま戦います』
握ってたタオルを投げ捨てて、しおんが寄ってきたドローンを睨みながら言った。
さっきから「寒い、寒い」って震えてた客席は一気に盛り上がって、歓声が巻き起こった。
俺と四條さんは力いっぱい拍手して、コジたんは両手を握って拳を突き上げてもらい泣きしてる。
これで早く決着をつけたいのは、アンディも同じになったな。けど、会場の雰囲気的に、秋葉はますます不利な情況だ。
『アンディ、ドラゴンビームを連射して!』
『ガウゥ……!』
アンディがしおんに背中を向けながら、臨戦態勢をとってるギアゲルギに挑む。
顔があるところと、ギアだけのやつ×2の三つに分裂したままのギアゲルギだけど、くらったまんまの『獄炎の誓い』は甘くねぇぜ。それぞれのギアにしっかりくっついて、変わらずに体力を奪い続けてる。
『デスミュージカル!』
また秋葉がデスミュージカルを指示した。
アンディが万全の体調だったら、さっきまでと同様にボディビルダーで相殺してたはずだけど、大怪我した状態じゃ厳しいらしい。
アンディはまずウルフズロックで生み出した岩石の塊をビームで破壊して、その破片ごと三つのギアゲルギに投げつけた。
鉄とか鉛でできてる? のか? とにかく金属に違いないギアゲルギにはあまり効果的じゃないだろうが、少しはダメージを与えてるようだ。
回転しながら飛んでくるギアを警戒するしおんは、腕ずもうの指示はもう出さねぇだろう。
接近戦が得意そうなアンディにとって、これは吉と出るか凶と出るのか。
同時に、分裂してるギアゲルギはデッドロブスターを使えない。次に使いたいのは、やっぱり……!
『俺は絶対に勝つ! ギアゲルギ、ハイリスクギア!』
秋葉が寒空に向かって咆えた。するとギアゲルギの一部たちは、顔のあるパーツに集まってきて、一度ぐしゃっとフィールドに崩れた。
ダウンかと思った一村が慌ててカウントを取ろうとするが、それを秋葉のドヤ顔が遮った。
ギアゲルギはすぐに体勢を立て直して起きあがり、登場したときと同じ形状に戻ったが、なんかここから見てもゆらゆら揺れて頼りねぇ。
さあどうなんだ? ハイリスクギアってほんとにハイリスクな技で、見てるこっちもヒヤヒヤもんだぜ。二度あることは三度あるのか? 証明して見せろ、秋葉!
『あぁっ、ギアゲルギ!』
これは痛いな。秋葉、痛恨のミスだ。ここでバクチ打つ勇気があんなら、リスクをくらったときの対策も考えてるんだろうな。
『一分でカタをつけるわ!』
『ギアゲルギ、一分間耐えてくれ!』
アンディにとっては、大ピンチの時の貴重な一分だ。ここでしおんのガーディアンとしての能力が問われるだろうな。
このチャンスを活かしてアンディを二回戦に進めるのか、あるいはギアゲルギに敗退すんのか。
『秋葉選手、三度目のハイリスクギアは失敗です! ギアゲルギのすべての能力が、一分間だけさがってしまいます。これは牧内選手チャンスだ! ここで一気に決着をつけるのか!』
秋葉としおん、二人のガーディアンが火花を散らす。アンディは、フィールドに飛び出たままの岩をひょいひょいと登りながら、上からドラゴンビームを放つ。すべての能力が一分間下がってるギアゲルギは、一発でも攻撃をくらえば致命傷だが、動きももちろん鈍くなってるから、アンディに太刀打ちできねぇだろうな。
自分が出したハイリスクギアで、すべての能力が下がったギアゲルギ。この一分間は逃げることに徹したんだろうが、雨のように降ってくるドラゴンビームが顔があるギアの端っこにかすった。
ギアゲルギが体勢を崩したところで、アンディは指を切断された右手をギアゲルギに向かって振って、傷口から飛び散る自分の血で目つぶしをした。
うぉー、けっこうエグイな、アンディ。ヘマトフィリアか? いや、インセクトブラッドか!
視界を奪われたギアゲルギは、獄炎に捕らわれてるのも相まってか、混乱したらしく自分のギア同士を激しくガチャガチャぶつけ合ってる。
『ウルフズロック!』
秋葉が指示を出すとしたら、トリプル以下略だろう。しおんは先手を打って、ウルフズロックでアンディの足場を作った。
ドラゴンビームを背景に、しおんはまた歌いだした。Paletteのヒット曲だな。
タイトルは知らねぇけど、コンビニでよくかかってたから俺だって歌える。さっきから泣きっぱなしのコジたんは、狭い客席なのにいきなりヲタ芸を始めた。「しおん! アンディ!」って泣きながら叫んで、そんで踊ってるんだから、やっぱオタクって器用だわ。
「アンディ、行っけーっ!」
「アンディー!」
「しおんちゃん、かわいい~!」
客席からはしおんちゃん、アンディって声援がすげえ。
ギアゲルギだって頑張ってんのにさ、やっぱ、動物っぽくないモンスターって不人気で損してると思う。
秋葉には申し訳ねぇ気もするけど、俺も「アンディの」応援だよ。
しおんじゃなくてアンディだ。あれ以上懐かれたら困るからな。な!
しおんは生きることから逃げたのかも知れねぇけど、第二の人生で、魔法少女と獣としてカリスマガーディアンになっちゃったりしてな。なぁんて。