第63話 機械とゴリラ
リアル「手に汗握る」バトルだぜ。俺も四條さんもコジたんも、フィールドに釘付けだ。
って、いまはっと気づいたけど、奏くんのバトルとしおんのバトルに挟まれた俺とひのまるって、超かわいそうじゃん!
……まぁ、しょうがないけどな、終わっちまったもんは。
そんな過ぎたことをグダグダ考えてる余裕なんかほんとはねぇのよ。
しおんのアンディが出した『獄炎の誓い』によって、ギアゲルギは少しずつ体力を削られ続けてる。つってもギアゲルギは見た目がアレだから、まったく機械だからさ、体力っていうのか微妙なところなんだけど、弱ってることは確かだと思う。
秋葉は早く形勢逆転したいだろうが、アンディの強さとしおんのみごとな戦略に翻弄されて、誰が見ても秋葉が不利だ。
勝ったらなんかいいことがあるんだろ? しおんと約束してんだろ? 秋葉ぁ! もうちょっと頑張れよ!
『アンディがボディビルダーを覚えてさえいなければ、ギアゲルギはデスミュージカルを何度も使って、アンディの防御をどんどん下げて有利な試合運びができていたはずです。相手の防御を下げたそばから、ボディビルダーで筋肉を増強・強化されるんですから、その繰り返しでは永遠に決着がつきません。身体の大きいモンスターは、往々にしてすばやさが低いのですが、さすがアンディはよく鍛えられていますし、しおんさんはバトル慣れしているように感じます。あとは技をかわしているだけでも、アンディの勝利は間違いないと思われます』
みゅうが得意げに胸? を張りながら分析する。三人並んでそれを聞きながら、俺は急に寒気っていうか寒さを感じて、両腕を小刻みにさすった。
『秋葉選手のギアゲルギ、牧内選手の種類不明モンスターのアンディに対してなす術もないのか! それにしても、アンディのなんという筋肉! まさに機械と筋肉の頂上決戦といえる戦いです』
一村がまたワケわかんねぇ実況してるけど、ギアゲルギに不利な状態が続いてることは確かだ。
「うぉっ、寒みぃ!」
第一試合が始まった頃は、まだ陽射しがあってぽかぽかした小春日和だったけど、そういえば今って二月じゃん。夕方になったら急に寒くなってきたじゃん。
あいりと中野さんの試合の時は夢中で見てたら暑くなって、コジたんが買ってきてくれた冷たいミネラルウォーターをごくごく飲んでたほどだったのに、そんなの思い出しただけでブルブルしちゃうぜ。
これさ、準決勝、決勝、そんでプランシャとのバトルまでここでやんのに、外の席って寒すぎじゃね?
「へっ、くちっ!」
俺がズルッて鼻水をすすった矢先、近くにいた参加者が席を立った。会場入口のスタッフに声をかけて、何言ってんのかはもちろん全然聞こえなかったんだけど、たぶん「建物の中で見たい」って言ったんだろうな。言われたスタッフが道を開けて、セミナー会場の方にその人を誘導してった。
それに気づいた他の何人かの人も、ぞろぞろと会場内に移っていく。
まぁ、こんだけ白熱したバトルだもんな、ほとんどの人は首をすぼめたり背中を丸めたりして防寒の姿勢をとりながらも、フィールドに釘付けだ。
俺はこれから風が出てきたらたまんねぇな、と思って、マフラーを出してぎゅっと首に巻いた。
夢中でアンディとギアゲルギを見てる四條さんとコジたんにも、「あったかくしてね」って耳元に囁いてやった。
相手を瞬時に炎の中に閉じ込めて、少しずつ体力を削っていく『獄炎の誓い』。奏くんのラッキーがくらった『氷結の誓い』とセットっぽい技だよな。
ひのまるにも憶えてほしいな、獄炎の誓い。そんで雪風には氷結の誓いだよな、やっぱ。
だけどさ、そういう技をくらってもギアゲルギはずっと空中に浮いてるから、そのままスコーンと高く上昇しちまえば難なく抜け出せるんだと思ったけど、そんな甘いもんじゃねぇんだな。
そうだよな、「誓い」っていうくらいだから、そう簡単に抜けられるわけねぇよ。
秋葉のギアゲルギは炎を振り払うように動き回ってるが、アメーバみてぇにまとわりついてる炎って、なんか、ギアゲルギのあの歯車の中にまで入り込んでんじゃないかって思うくらい、しつこく絡みついてる感じ。
もしかしたらだよ、あれって実は、俺らが一般的に認識してる炎とは別の、実態がある炎っていうか、粘着力があったりするんじゃねえのかな? なぁ、みゅう、それって当たってる?
『あー、カズマさん、目の付け所は良かったんですが、まったく見当違いですね。「獄炎の誓い」の炎は、温度こそ通常何かを燃やして発生する炎よりもずっと高温ですが、それ自体は純粋に炎です。ケミカルな要素とか、そういうものはありません。ただ、ガーディアンとモンスターの結びつきや信頼関係が深く濃密だと、その効果は底知れないものとなります。はっきり言って、ギアゲルギはこのままだと死にます。フフフ……』
「えっ! 死っ?」
さらっと怖えぇことを言うみゅうに、俺はひゅう~って胸の中を冷たい風が通りすぎるような気がした。しかも「フフフ」って。
「死って……。ギアゲルギって、そもそも生きてんの?」
『そりゃ生きてますよ、モンスターですからね』
俺とみゅうの会話を聞いて、四條さんとコジたんが身を乗り出した。
「えっ、まさか死ぬまで続けませんよね?」
コジたんの顔色が心なしか蒼ざめてる。実際に寒いっていうのもあるだろうけど、かわいいかわいいマリリンのことが心配になったんだろな。
『そんな心配はいりませんよ。コジたんさんのマリリンは参加してないじゃないですか』
コジたんはほっとしたように頷いて、四條さんはマルゲとディアっちが入ってる手を大事そうに包んだ。
ギアゲルギが強力な技をいくつも繰り出すが、アンディはしおんに指示されるまでもなく、それを軽快に避けて、なおかつ自分の判断で攻撃まで出してる。
しおんが異世界に来てから、つまり元の世界での人生を自分で終わらせてからは、四ヶ月くらいだ。
みゅうのデータにもない未知のモンスター・アンディとどこで出会って、こんなに信頼関係を築いたのかはわかんねぇけど、ガーディアンとそのパートナーとしてはかなりいいセンいってると思うぜ。
『ギアゲルギ、デッドロブスター!』
炎の中で苦しみながらも、ギアゲルギがアンディに飛びかかる。
直前に出されたトリプルなんちゃらが命中してダメージをくらったアンディはすぐには動けず、ギアゲルギが自分の身体の一部をトランスフォームして造った伊勢海老のハサミみてぇなのに捕えられた。
『ドラゴンビーム!』
『ついにギアゲルギの反撃が始まりました! 今まで優勢のまま試合を進めてきたアンディですが、ギアゲルギのデッドロブスターにつかまって逃げられない! おおっと、しかしアンディがそこに至近距離からのドラゴンビーム! 直撃をくらったギアゲルギは、変わらず獄炎に炙られながらもだえ苦しむ!』
たぶん新種か突然変異で種の名前がないモンスターを、一村は「アンディ」って呼ぶしかねえよな。
アンディは身体をよじって巨大なハサミから抜け出そうとしてるけど、そのたびに逆にきつく締まってるらしくて、すげえ苦しそう。
しおんはさぞ心配してるだろうと思いきや、アンディが負けるとはこれっぼっちも思ってないらしく、口元はうっすら笑ってるんですけど!
『アンディ、ボディビルダーに腕ずもう!』
ギアゲルギがドラゴンビームに怯んでる隙に、連続で技の指示を出すしおん。
ボディビルダーで強化したあと、速攻でデスミュージカルを出されさえしなきゃ、アンディの防御はデッドロブスターにかかってる今、一時的にでもアップする。
防御と同時に筋力も上がったアンディが、ようやくギアゲルギのハサミ攻撃を跳ね飛ばした。
腕ずもうって技で強烈な平手打ちを受けたギアゲルギは、噛み合わさってたギアが少しズレたみてぇな見た目になって、すげえ音を立てながらバトルフィールドに落ちた。
『ギアゲルギ、ダウンです! ワン、ツー、スリー……』
一村がフィールドに滑り込むように駆け寄って、プロレスのレフェリーみてえにカウントを取り始めた。
ギアゲルギは、一村がスリーって言い終わらないうちに全身を起こして、上げる手がない代わりに、デカい方のギアについてる顔を真っ赤に険しくして震わせ、やる気満々ってアピールしてる。
『そろそろ決まるかと思いましたが、根性見せますね』
ヒュウ、とみゅうが口笛を吹いたような音を出した。
けどな、根性があったって、それだけじゃ勝てねぇもんなんだぜ。このまま続けてても、ギアゲルギが力尽きるのは時間の問題だ。戦ってるギアゲルギ本人より、それは秋葉の方がわかってるだろうし、だから焦ってるはずだ。
「ギアゲルギはもう五種類の技を出し切ったよな? その中で、デスミュージカルはボディビルダーと相殺されるから事実上使えない。さっき当たったなんとかギア……」
「ハイリスクギア。半分の確率で一分間、自分のHP、攻撃、防御、素早さが上がるか下がるかという補助系の技です。もちろん成功すれば一発逆転も可能ですが、運が悪ければ逆に自分から負けを呼んでしまう危険な技でもあります」
「四條さん、解説グッジョブです。で、そのハイリスクギアのボーナスタイムはもう終わってる。元に戻ったステータスで、ギアゲルギはいまだ余裕がありそうなアンディを戦闘不能にまで追い込めるのか? 無理じゃね?」
試合開始から、もう三十分近く経過してんだぜ。技を相手に見せつくしたのはしおんも同じだろうが、アンディはたびたび自分の意思で攻撃してくれるから、秋葉にはなにが来るか読み切れないんだろうな。
でも秋葉には、負けられない理由があるらしいじゃん。しおんと交わしたっていう「約束」が何なのか、秋葉が負けたらそれは叶えられないことになっちまうじゃん。
『ギアゲルギ、トリプルギアインパクト!』
『無駄よ、アンディ、ウルフズロック!』
思わず片手で目を覆って、「あああ……」って嘆いた。
さっきもウルフズロックで弾かれたのに、もう秋葉には勝つチャンスはねぇのかよ? って俺まで心臓がぎゅっと縮む気がしたけど、そしたらだよ、ギアゲルギがなんか変則的に動いてその歯車がぱあって回転しながら離れて、三方向から同時にアンディを襲ったのよ。
それと同時に、おや? アンディの様子が……。
酔っぱらったみたいに身体をぐらぐらさせて、なんか気持ち悪そう?
これってあれか? さっき受けたあの、なんかディズニーランドっぽい技名の、なんだっけ、みゅう?
『エレクトリカルブレインです!』
そうそう、そのなんちゃらブレインの追加効果の麻痺が出たらしく、アンディはぎゅっと目を閉じて、がくっとフィールドに膝をついた。
そんで、別のギアが高速で激しく回転しながら後ろからアンディの首を狙う!
イヤーッ! 斬首はカンベンよ!




