第61話 データなし、です
なんか、肩こった……。
ひのまるの凛々しい後ろ姿を見ながら臨んだ、俺たちの初舞台。いや、観客がいる中での、初めてのバトル。
俺もひのまるも、やる気満々で出てったっていうのになんだこれ。無駄に疲れたって、こういうこと言うんだよな。
はいはい、俺が勝手に先走って張り切りすぎたんです。あの弱すぎるミミズバーのせいじゃないっすよ。つまんねえもん見せてすんませんでした!
未練がましく溜め息つきながら、バトルフィールドを振り返った。ひのまるぅ、俺らだって、奏くんたちみてぇに熱いバトルをしたかったよ。
まぁ、いいか! 二回戦に出られるんだもんな。ウジウジしてる顔なんか、四條さんたちに見せられねぇ。
選手控えの席の前を通ったら、そこにしおんはもういなかった。当たり前か。第三試合が終わった直後に選手入場口に移動させられるんだった。応援してくれたお礼を言おうかと迷ってたから、いま顔合わせなくて済んだのはラッキーだったかもな。
結果的にひのまるが瞬殺しちゃったけど、俺もしおんを応援するべきなのかな?
「カズマさん、おかえりなさい!」
「カズマくん、二回戦進出おめでとうございます」
コジたんと四條さんは、あんな試合だったのに喜んで迎えてくれた。
俺はへらっと笑いながらコジたんの前を通って、四條さんとの間の席に座った。
ああー、パイプ椅子だけど落ち着くわぁ。ぐったりしてる俺を見て意外そうな顔をしてるコジたんに、俺はもう一回へらって笑った。
「コジたん、四條さん、みゅう、ありがとう……」
気持ちを込めるだけの元気もねえ。こんな返事しかできなくて情けないとは思うけど、コジたんと四條さんは、両側からなぐさめてくれた。
応援してくれる仲間の気持ちも裏切ることになった一回戦第三試合。べつに草野さんのミミズバーが特別に弱いってわけでもねぇんだろうな。
バトルが好きで負けず嫌いのひのまる。ずっと特訓してきたもんな、俺たちが自覚してるよりも強くなってんのかも。
あん時ヨコハマ洞窟で、まだただのギュレーシィだったディアっちに歯が立ないっていう経験をした。負ける悔しさを味わって、きっとひのまるは強くなったんだ。
もし今、ディアっちとひのまるがやったら、互角まではいかなくても、少しは手応えのあるバトルが出来るようになってるかもしれない。
そうだ、これが終わったら四條さんに申し込んでみるか……。
『ちなみにミミズバーは、進化するとミミズルズになり、体長は約一メートルと縮みます。コンパクトになった分、瞬発力とパワーが上がり、属性も土と水、双方の苦手をカバーできる優秀なモンスターになるんです。まぁ、見た目はミミズバーの縮小版ですし、全然かわいくはないんですが、かなり強いモンスターに成長するので、勝ちにこだわるガーディアンの中には、好んで育成する人もいるようです』
みゅうが補足するように説明してくれた。画面にミミズバーとミミズルズの写真を並べて出してくれたんだけど、どっちも画面いっぱいに映ってて、大きさの比較ができねぇじゃん。これじゃどっちもミミズバーに見えるよ。
「『好んで育成』ってさ、こんな巨大ミミズ、どこに棲息してんのよ?」
『この近所ですと、タクラマカン砂漠ですかね』
みゅうは、なんでもねぇことのようにさらっと答えたけど、砂漠? 砂漠ってあの砂漠か?
いやいや、ちょっと待て。そういえば最近、タクラマカン砂漠って聞いた気がするぞ……。いつ、どこでだっけ……?
「四條さん、マルゲリータちゃんも体長が六メートルくらいみたいですが、マルゲリータちゃんとはどこで出会ったんです?」
あぁ、コジたんやめて。いま俺、思い出しそうだったのに、タクラマカン砂漠。
でも四條さんとマルゲの話も聞きたい。
「ええっとですね……」
今じゃ家族同様に一緒に暮らしてる四條さんとマルゲの出逢い、俺もまだ聞いてなかったじゃん。聞くっきゃないでしょう。
よっこらしょっとパイプ椅子から身体を起こして、少年のようにキラッキラの瞳で四條さんの答えを待ってるコジたんと並んで、俺も四條さんを見つめた。
四條さんは当時のことを思い出すように目を閉じて、そんで、その目が開いたと思ったら、ダーッと涙が溢れてきた。
「うわーっ、四條さん! なんで!」
「す、すみません。あの時、マルゲリータが私の前に現れなかったらと思うと……」
四條さんて、本当に感性が豊かで繊細なんだよな。こんな人を騙した女は、やっぱ悪いやつだよ。
しゃくりあげてる四條さんの背中をよしよしして、やっと落ち着いてきた頃、またバトルフィールドに七色の光が回り始めた。BGMが切り替わって、いよいよ一回戦最終試合が始まる。
話の続きを聞きたかったけど、どうせなら四條さんの気が済むまで、じっくり聞いてあげたい。
俺は仕方なく前を向いて、次の対戦相手が決まる瞬間を見ることにした。しおんか、相手の大学生か、どっちだ……。
『大変お待たせいたしました。ただいまより、一回戦第四試合を始めます。二回戦へと進めるのは、どちらかひとりです。熱戦を勝ち抜くのは秋葉洋一選手か、それとも牧内しおん選手か?』
一村のアナウンスの途中から、秋葉としおんが入場してきた。
秋葉は俺も含めた他の選手と同じ、ラフな格好で手ぶらだけど、おいおいマジかよ。
しおんの奴、すでに自分のモンスターを出してるっつうか乗ってんじゃん! なにアレ? あのキングコングみてえなモンスターって、マジで色違いのキングコング? そいつの肩に腰かけて、客席や関係者席にまで笑顔でお手振り、投げチューまで! アイドル気取りかっつうの!
「おいみゅう、あれは……?」
俺はしおんから目を離せなくなって、フィールドを見たまんまでみゅうに訊いた。
みゅうは自分の中のデータと照らし合わせて、そこにあのモンスターの情報がないってわかると、明らかにイライラした声で身体を揺すった。
『データなし、不明なモンスターです。あの女、どこでそんなレアなものを……?』
悔しいのか、みゅうの口が悪くなってることが可笑しくて、俺はみゅうの角をいいこいいこしてやった。
四條さんの方をみると、とっくにモンスター図鑑をめくってた。
「モンスター図鑑にも記載はないようですね……」
『当然です! ここにデータがないモンスターが図鑑に載ってるわけないじゃないですか!』
ぷんぷんと四條さんに八つ当たりするみゅうをなだめつつ、全員で、またしおんのモンスターを見つめた。
赤い毛むくじゃらのキングコングみてえな全身で、身長は二メートル以上、ディアっちに似た尻尾が生えてるとこを見ると、属性はたぶんドラゴンで間違いねえ。全身が筋肉質で、特に胸筋がたくましい。『美女と野獣』みてえだ。
フリフリの甘ロリワンピース姿のしおんのことだから、メルヘンちっくなかわいいモンスターでも持ってんのかと思ってたぜ。
『牧内選手、なんとモンスターと一緒に入場してきました! 肝心のモンスターですが、新種なのでしょうか、我々のデータベースには存在しません。すべてが未知数の相手に、秋葉選手はどんな戦略で攻めるのでしょうか!』
一村はちょっと焦ってるらしい。ヴェルト教団の知らないモンスターが存在して、驚いてるんだろうな。
関係者席の二階堂もちょっと表情を変えた。これは是非とも入手してえってところか。
『ところで牧内選手、いまあなたが乗っているモンスター、そのモンスターで戦うということで間違いありませんね?』
おっと、そうか。一緒に入場したからって、まだそいつに決まったわけじゃねえ。今のはあくまで演出で、しおんがこれから別のモンスターを出すってこともあるわけか。
『はい、私はこの子で戦います』
『牧内選手、正体不明のモンスターを正式エントリーです! 牧内選手のモンスターに対して、秋葉選手はどんなモンスターを出してくるのでしょうか』
一村と打ち合わせでもしてきたみてえに、秋葉がポーズを決めながらモンスターを出現させた。すげえ厨二感ぱねぇ……。
えっ、お前もかよ! またまたなんだこれ……。
秋葉のやつは、モンスターっていうより見るからに巨大な機械だ。ゆっくり回転し続けてる歯車が、いくつも組み合わさったような感じって言えばいいか。
デカい方の歯車には顔があるんだけど、あれってなんなの? 生きてんの?
『秋葉選手はギアゲルギを使用! 直径二メートルほどの大きな身体に、重さはなんと二百キロを超える大型のモンスターです! 現時点ではまったく予想のつかないこの対戦、まさに一回戦を締めくくるにふさわしい大勝負となる予感と期待で場内が包まれています!』
「うおぉぉぉぉ!」
また三人並んで雄叫びをあげた。そうだよ、第三試合が期待外れだったのは俺だって同じだもん。
俺の試合だけつまんなくて恥ずかしいしよぉ、ったくミミズバー勘弁してくれよな。
一村が秋葉としおんに位置につくよう言うと、しおんはコングっつうかサップっつうかの肩から降りて、そのほっぺにキスした! キスした!
なにアレ、人が入ってんじゃねぇの? って疑いたくなるような親密さ。
いや、俺とひのまるには敵わねえけど、図鑑に載ってねぇし、ほんとにモンスターなのかよ!
一村が試合開始を宣言しようと大きく息を吸い込んだ。その時、秋葉がしおんに向かって何か言い出したのをドローンのマイクが拾った。
『ねぇ、約束は守ってくれるんだろ? 俺が勝ったら……忘れないでよ』
約束ぅ? 対戦相手となんの約束するんだよ? 俺は草野さんと約束なんかしなかったぞ。
『うふふ、私は約束は守るわよ。あなたが勝てたら、ね』
しおんは「あなたが勝てたら」って言った。
秋葉のあの巨大歯車が赤いキングコングに勝ったら、何かが起こるんだ。この会場を揺るがすような何かが! って、ヘンに期待しすぎか。
いや、それくらい俺はさっきの試合が消化不良で辛かったんだよ。ひのまるとバトルを楽しもうと思ってたからさ。
『一回戦最終、第四試合です。秋葉洋一選手vs牧内しおん選手、はじめ!』
いくつものドローンが、いっせいに飛び上がった。モニターにはしおん、しおんのモンスター、秋葉、ギアゲルギが順番に映る。
さあ、どうなんの? どうなんの? 俺の相手はどっちだー? って、俺もなんだか異常な興奮状態。
で、しおんのコングだけど、モンスター名がわかってねぇと色々不便じゃねぇか?
一村の実況とか、一村の解説とか……。




