表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/77

第6話 ジーク・ヴェルト!

 教会の中庭には、子どもから老人まであらゆる世代の人間がいた。その数は数百人に及んでいる。礼拝堂の入り口横に設えられた丸いステージは真っ白い布で覆われ、周囲にさまざまな草花が散りばめられていた。厳かなセレモニーが始まる前の高揚感に誰もが頬を紅潮させ、主役の登場を今か今かと待ちわびている。


「サガラ様」


 襟の立った純白の衣装を身に着けた男が、腰まで伸びた長い髪をなびかせる美しい女の手を取り、ステージへと導く。サガラと呼ばれた女は目を閉じたままステップを上がり、ステージの中央へと進み出た。そのまま両手をゆっくりと伸ばし、天を仰ぐように顔を上げ、深い呼吸を繰り返す。


 サガラの動作を食い入るように見つめる観衆は、その口がひらかれ、自分たちへの言葉が吐かれるときをじっと待つ。握った手のひらは汗でじっとりと湿り、首筋も汗ばんでくる。

 あぁ、やっとこの時がきたのだ。サガラ様のお言葉を聞ける日が来たのだ。我々がサガラ様と家族になれる日が、ついに来たのだ! と。


 観衆が固唾をのんで見守る中、閉じたまぶたをすぅっと上げたサガラは、その場にいるすべての者と視線を合わせるように人波の右も左も、最後列までをも舐めるように見渡すと、大きく息を吸ってから第一声をあげた。


「私の愛し子であるものたちよ。ついにこの時が来た。あなたがたのモンスターは、我がヴェルト教団が家族として迎え、丁重に扱う。もう終わりのない戦いの中に身を置く必要などない。私が居場所になろう。さあ、隣にいる者と手を取り合い、心を解き放ち、家族となった喜びに打ち震えるがよい」


「サガラ様!」

「サガラ様!」


 大歓声を上げながら観衆はサガラの名を呼び、叫ぶ。繋ぎ合った手を掲げ、押し寄せる大波のようなうねりに身を任せ、一体感に酔い痴れる。涙を流し、抱き合い、喜びあう。

 ここには同じ傷を負った仲間が、家族がいる。陶然とする数百人の顔を眺め、サガラは満足げに微笑んでいる。


「ジーク・ヴェルト!」

「ジーク・ヴェルト! ジーク・ヴェルト!」


 規則正しく唱和される声に合わせ、皆が拳を振り上げる。サガラが両手を広げ、すべてをその胸に受け入れる仕草をみせると、観衆は大歓声でそれに応えた。サガラは右半分だけ後ろを振り返り、教団幹部の名を呼んだ。


「はい」


 呼ばれた女が一歩前へと進み、サガラの足元に片膝をつく。あたりはいっそう騒がしくなった。




 異世界よっかめ。みやもとかずま。


 おひるになりました。おれとユイ、それからしじょうのおじさんは、たった一個のコンビニべんとうを分け合って食べています──。


 じゃねえよ! 昨日の夕方から今まで三人合計で五回もバトルしたんだぜ。なのに、戦う相手の貧しさったらねぇっていうか、おまいら、これっぽっちのカネを、よく「賞金」だなんて言って出せるよなぁ! ってこっちの方が呆れた挙句に恥ずかしくなるような微々たる金額。「……えっ? これだけ?」ってそのつど頭真っ白で相手の顔を見返した。

 賞金が少ないなら少ないで、この世界の物価もそれに釣り合うよう安いなら納得できる。だけど、そんなことはない。ひのまるのための常備薬は、俺が現実世界で使ってた軟膏より高い。まあ、飲めば元気いっぱーつ! の効果絶大だからいいけど。


 ユイは、身なりがそこそこセレブっぽいマダムにバトルを申し込んだが、マダムは負けたことが悔しかったのか、千円札を一枚、ひらひらと泳がせるように置いて去っていった。


 俺が小学生からバトルに誘われたときは、実入りが少なそうな一戦にひのまるを出すのは抵抗があったが、薬で回復していたひのまるは、やる気満々で頑張ってくれた。けど、やっぱり小学生は小学生。いや、そんなことねえな。近頃は小学生だってMeTuberとして億を稼ぐ子どもだっているんだ。こいつもひょっとして……と思ったが、結果として、そいつは五百円しかくれなかった。それでもユイの三百円よりマシっちゃマシだけど、つまり三人で焼き魚定食なんて、夢のまた夢だったってわけ。


「あー、もう! こんな小せぇアジフライを三分割って、なに食ってんだかわかんねえよ!」

「文句言うなら、カズマは食べなくていいからー。何食べてるかわかりたいんだったら、ほれほれ、柴漬けならあげるわよ」


 ユイの奴、俺の大切な白いごはんの上に柴漬けをポロポロっと落としやがった。俺はなぁ! ごはんに他のおかずの匂いや汁がつくのはイヤなんだよぅ!


「ていうか四條さん、いつまで一緒にいるんすか」


 厚みが七ミリにも満たない玉子焼きを口に入れようとしていた四條さんは、はっとしたように動きを止めて俺を見つめた。割りばしで挟んでた玉子焼きがぽろとこぼれて、四條さんの食器代わりになってた透明のフタの上に落下した。


「……そうだ、いつまでも子どもと一緒に行動していていいのか? いいわけがない。たが、金も自信もない俺が、マルゲリータを傷つけずにやっていけるのだろうか。現に、カズマくんとのバトルにボロ負けしたじゃないか。俺にはもう後がない。俺は本番に弱い。バトルを申し込むのがこわい……」


 あー、うぜえ。またブツブツ唱えながら泣き出しちゃったよ。どうすんだ、このおっさん……。弁当のフタを持ったまま、器用に体育座りになる四條さんを見下ろしながら、俺はユイに目で訊ね……ようとした。けど、そんな四條さんの「個性」にはもう慣れちまったのか、ユイは弁当を食うのに夢中で、俺にチラっと目線を送りながら「カズマに任せた」って顔をした。 

 あー、はいはい。面倒臭せぇことは俺に丸投げっつうことだな。わかったよ……。


「わかりましたよ! せっかく縁があったんです。俺はとにかく賞金を稼ぎまくって、遺してきた母親と妹をカネの苦労から解放してやりたいんです。あと、生き返る方法があるならそれを見つけたい。四條さんの目的はなんですか?」

「目的……? そうですね。ここへ来てから考えたこともありませんでした。そもそもカズマくんと出会うまで、死んだ者が、死んでまで『戦う』『頑張る』なんてことがあるのかと、戸惑ってばかりでしたから」


 四條さんは、曇ったメガネの奥で目をぱちぱちさせながら答える。だよな。ジサツして、なんだかわかんねえ場所に放り出されて、それで何をしていくかなんて、俺だってユイと出会わなかったらどうしていいのか、きっとわかんなかった。そっか。出会った「仲間」は大切にして、一緒に行動しながらそれぞれの道を考えていくしかねえわ。


「四條さん、俺は四條さんのことを、まだ全然知りません。でも、今までに聞いた話から想像するに、女性に気に入られることや、周囲からどう見られているか、そればっかり気にしてたんじゃないですか? なんで死んだあとにだよって思うかも知れませんけど、これからは自分のために生きましょうよ。生きてんだか死んでんだかって感じですが……。パートナーや仲間もできたんだし」


 俺は握手のつもりで、四條さんに右手を差し出した。そしたらぶわっと涙をあふれさせた四條さんは、メガネを外して涙を拭いながら俺の手を握った。

 弁当のフタを身体の脇に置いて、両手で俺の手を握って、それに縋るようにして泣いた。

 あーあー、いいおっさんがこんなんでいいのかよ、って思ったけど、俺は四條さんの本気の涙に刺激されて、ここに来てから今までに感じた不安や怖れや後悔なんかを一気に意識して、つられてっていうよりはため込んでた感情が爆発するみたいに泣いた。

 隣にいるユイが呆気にとられるほど、いいおっさんとちょっとイケメてる俺が声を出して泣いた。でもユイ、なんでそんなシラーっと見てられんの?


「あっ、ありがとう……、カズマくん。ユイちゃん。旅の目的は、道中考えることにします」


 そんな俺たちの様子をじっと見てたひのまるが、四條さんに近づいて脚にスリスリした。そうか、ひのまる。お前も四條さんを仲間だって認めてくれたんだな。


「そうだユイ、元気になったのに、ひのまるが手の中に入らないんだ」


 やさしいひのまるの頭を撫でながら、俺はユイに言ってみた。


「さっき、モンスターを連れて歩いてる人を見たでしょ? たまにいるのよね、外に出たまま、パートナーと一緒に行動したがる子。いいじゃない、いつも顔が見えてた方がかわいいし、ひのまるだって楽しいでしょ」


 ユイにも頭を撫でられて、ひのまるは嬉しそうに鼻を鳴らした。そのユイの手に鼻先で軽く触れると、そのままジャンプして俺の肩に飛び乗る。


「ひのまる、重いよ! さすがに二十キロはキツイって!」 

「では、わたしもマルゲリータを……」


 四條さんは、手のひらを上に向けて全長六メートルもあるマルゲを呼び出そうとしたが、ユイに一喝された。


「連れて歩けるわけないでしょうが!」


 ユイがリンリンを呼び出す。バトルが始まるのかと思ったリンリンは、きょろきょろと敵を探すように辺りを見回したけど、ユイが両手を広げて「おいで!」って言ったら、嬉しそうにそこに飛び込んでいった。いいな、パートナーっていいもんだな。


「……はぁ……」


 重い溜め息が聞こえて、四條さんの方を見た。羨ましそうで恨めしそうな顔をした四條さんは、自分だけパートナーを出せない寂しさのせいか、しゅんと肩を落としてる。いちいち面倒臭せぇなぁ、もう……。だけど、このまま別れるのも気になるし、面倒臭ぇけど悪い人じゃないし、やっぱ何かの縁だからな……。


『ピコンッ!』


 俺たちの前途を想ってたところに、突然電子音が鳴ってモニターが飛び出した。


『ニュースの時間です!』


 ニュース? この世界のニュースってなんだ? 胡散臭せぇなぁって思いながら、何が映るのかあんまり期待しないで見てた俺は、口に含んだお茶をブーって噴き出した。

 テロップには『宮本紀之(43)四日ぶりに帰宅』って黄色い文字ででかでかと書かれてて、うちの玄関を開けようとしてるクソ親父の横顔が映ってた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ