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第58話 テイク・ザ・フロア

 大写しになった羽を見て、観客はみんな、うおぉーっと声をあげてチルチルのファイトを称えた。

 こんなすげえ試合でさ、青い小鳥のチュピッチがあんなに健闘したんだぜ。どっちが勝っても負けても不思議じゃねぇ。「がんばれ!がんばれ!」って場内は大合唱だ。


 けどチルチルの羽は、何度も鞭で打たれたからボロボロになってる。身体を起こしかけたけど、自分の体重を支えるだけの力は残ってなかった。悔しそうに目を閉じて、また地面に崩れちまった。

 そして一村がテンをカウントしようと息を吸い込んだその時、ゆらりと起き上がったラッキーが、カメラに向かってファイティングポーズを取った。


『なんと! カウントテンぎりぎりでパグッグが立ち上がりました! すばらしいファイトです! そして、起き上がるかと思われたチュピッチは戦闘不能! よって一回戦第二試合、水嶋奏選手とパグッグのチームの勝利です!』


 場内はスタンディングオベーション。二人の死闘に感動して泣いてる人多数。俺もそのひとり。拍手と歓声がごうごう巻き起こってるようですげえ。

 戦い合ったチルチルとラッキーの名前を、たくさんの人が叫んでた。


『ラッキー!』

『チルチル!』


 奏くんと堀江さん。ふたりのガーディアンがそれぞれのパートナーの名前を呼びながら走り出した。


 奏くんはフィールドに膝をついてラッキーを抱きしめる。その瞬間、ラッキーは緊張の糸が切れたみてぇにぐったりと奏くんに身体を預けた。でも、顔は笑ってて嬉しそうだ。

 どうしようもなくブサイクなパグッグだけど、人と信頼関係で結ばれたモンスターは、どんな姿かたちをしてようと、文句なくかわいい。それは絶対だ。


 堀江さんは、まだ気を失ったままのチルチルを手のひらに載せて、何か声をかけてた。モニターにアップになった口の動きを読んでみると、それはたぶん「お疲れさま」だと思う。

 チルチルの身体に堀江さんの涙がこぼれると、チルチルは薄く目を開けて小さく鳴いてた。パートナーの無事を確認して、堀江さんはますます泣いて、俺を含めた客席の人たちは、もう超もらい泣きだぜ。


「ラッキー、やったな!」

「奏くん、おめでとう~!」


 さまざまな声援が飛び交う中、奏くんと堀江さんは、ガーディアン同士の硬い握手を交わしてる。そして一回戦第二試合が終了。


 奏くんはたぶん、自分が美少年だっていう自覚がないんだろうな。自分への声援には戸惑った様子を見せて、それでも客席に手を振ってくれた。

 女性客を中心に、もう試合は終わったってのに場内はさらなる熱気に包まれる。堀江さんとチルチルには、スタンディングでの拍手が鳴りやまなかった。


 フィールドラインの外側に出た奏くんと堀江さんは、それぞれ傷薬を取り出してパートナーを回復させてる。

 本当は客席の拍手に応えるより、一分一秒でも早くこうやってパグッグとチルチルを介抱してあげたかったんだろう。

 薬を使ってもらうと、数秒後には二匹とも元気な姿に戻って、チルチルは堀江さんの周りを飛んだり、腕にとまってくちばしでつついたりして、ご機嫌で甘えてる。

 反社っぽい外見の堀江さんだけど、チルチルのことが本当に大好きなんだってわかるその様子に、俺はじーんとしたよ。本当によかった……。


 ラッキーはというと、薬で回復したら急にきょろきょろし出して、さっき脱いで畳んであったタイツを急いで手に取った。

 そしてなんと! それをまた穿いた。そこにダンシングなんちゃらで鞭みてぇにして使ってた黄色い部分がしゅるっと巻き付いていって、デフォルトのパグッグに戻った。

 なんか、試合が終わっても最後の最後までやっぱ変質者っぽい。

 いや、さっき脱いだそばからその下に黄色いボーダーが復活してたし、素人目には何の変化もないんだけどさ、こだわりっつうか、たぶんラッキーにはそれがあるんだと思うよ。



「宮本和真さんですね、探しましたよ。どうして選手控え席ではなく、観客席にいるんですか」


 一回戦第二試合。いい試合だったとすっかり見入ってたら、怖い顔したスタッフがすぐそばに立ってて、そう言われた。俺、教団に殺されるかも知れない……?


「あ、すいません。一緒にきた友だちと並んで見たかったんで」


 へらっと謝罪プラス言い訳をしたら、怒り顔のスタッフは通路の方にあごをしゃくって、「ついて来い」と言わんばかりの高圧的な態度。

 えっ、と、ナニこの人。怖いんですけど……。


「じ、じゃあ四條さん、コジたん、みゅう。行ってきます」

「カズマくん、必ず勝ってください」


 応援してくれるのはありがたいし嬉しいけど、四條さんいきなりプレッシャーかけないで。


「カズマさん、応援してます!」


 コジたんが両方の拳を握って、ぐっと自分の方に引く。俺の目を真剣な顔で見つめてるコジたんは、くりんとしたかわいい目をしてて、今まで気づかなかったけど、すげえ純粋な少年みてぇだ。


 そうこうしてる間も、迎えに来たスタッフの男は立ったまんま貧乏ゆすりなんかしやがって、なんかえれぇムカつく。試合前でナーバスになってるんだからさ、もうちょっと気遣いがあったってよさそうなもんじゃねぇ?


 まあ、けどやっぱ正直こわいんで、俺は椅子から立ち上がってみゅうの言葉を待った。みゅうの個性的な励ましを受けてからじゃないと、どうにも緊張が解けなくてしょうがねぇ。

 

『こっちのことは任せてください。がんばって』

「みゅう……」


 ひのまると雪風が入ってる左手をみゅうに向かって突き出して、俺はきゅっと口を結んで通路に出た。

 みゅうと、四條さんとコジたん。頼りになる仲間たちを背中に感じながら、さっさと先に行くスタッフやろうのあとについて歩き出した。

 ……この野郎、後ろから突き飛ばしてやろうか。なんて冗談で一瞬思ったけど、もしかしたら教団側に心を読めるモンスターがいて、試合の最中に流れ弾が当たってガーディアン(俺)が死……なんていう「事故」が起きちゃったらシャレにならねぇから、慌てて打ち消した。三秒ルールを適用してくれ! 頼む!


「ぜってぇ勝つ!」


 振り向いて仲間たち一人ひとりと目を合わせてから、俺はずんずん歩いた。

 トーナメント戦序盤の二試合の観戦を楽しんで若干忘れかけてたけど、そもそもこのトーナメントは、プランシャとのバトル権をかけて行われてるんだ。

 トーナメントに優勝したとして、プランシャに勝てるかっていうとかなり微妙だけど、勝ち負けよりも重要なのは、つまり教団側の奴らに印象づけることだ。目的はそれ。強いモンスターがパートナーな俺。しかもそれはプランシャと同じ十二にゃん。

 それだけで俺は充分に目立つはずだ。捕まってるモンスターたちを今回だけで助け出せねぇのは心苦しいけど、特殊能力も持ってねぇ俺らが怪しまれずに作戦を決行するには、徐々に近づくしか手はねぇ。

 いや、特殊能力……? ここって異世界だよな。もしかしたら俺たちだって何らかの特殊能力を使えるってことはねぇのかな? あとで、この試合が終わったらみゅうに訊いてみるか。

 


『ただ今より、バトルフィールドの清掃及び調整に入ります。一回戦第三試合は、十五分のインターバルのあとに開催されます』


 スピーカーから一村の声がして、揃ってた拍手の音がパラパラし始め、そして止まった。

 緊迫した感じのBGMから一転、ネット上にあるフリー音楽素材みてぇな和やかな音楽が流れる。


 まず一歩。一回戦第三試合を制するのは俺だ! ドキドキしながら選手入場口に着くと、相手のイケボのおじさんは、もう待機してた。


 俺って、なぜかイケボに縁があるよな。四條さんはイケメンのイケボだし、コジたんもかなりなイケボ。そんでこのおっさんか。

 そういえば、俺がまだ生きてた頃……、あ、自分で言っといて悲しくなってきた。そうだよな、今の俺はもう生きてないんだ。

 元の世界的には死人なんだけど、ここではパキッと生きてるピッチピチの若者だよ。

 で、生きてた頃はさ、俺の漫画がアニメ化されたら……ってよく妄想してて、キャラのCVは誰がいいとか恭平と裕介と三人で盛り上がったよな。

 けど三人ともリアルタイムで活躍中の声優には疎くて、候補に挙がんのは十年以上のキャリアがある人ばっか。

 アニメ化なんて、連載さえしたことねぇのに、夢のまた夢だったけどさ、あいつらと話すのは楽しかった。

 俺がいまこんなことしてるって知ったら、あいつらどんな顔するんだろうな。


 イケボのおじさんの横顔をぼーっと眺めながら浸ってたら、おじさんが視線に気づいてこっちを向いた。


「カズマくんだっけ。草野崇です、よろしく。今のはいい試合だったね。久しぶりに見ていて興奮したよ。僕たちも、お互い楽しみましょう」

「ええ、どっちもすごいファイトでしたね。はい、よろしくお願いします」


 終わったあとなら感動的だけど、バトル開始前から友好のしるし的な握手を交わす俺と草野さん。俺は心臓がバクバクしてんのが、手から伝わっちまわねぇかと焦った。

 草野さんか。フレンドリーで紳士的な人だな。どんなモンスター持ってんだろうな。すげえ強いのだったら、ひのまるもやり甲斐があって楽しいかもしれない。


『フィールドの準備が整いました。席を離れている方は、速やかにお戻りください。なお、客席への飲食物の持ち込みは、ミネラルウオーター以外は禁止とさせていただきます』



 っしゃあ! いよいよ俺とひのまるの出番だぜ!


「草野選手はこちらへ。宮本選手はこちらの通路からフィールドにむかってください」


 スタッフの誘導に従って、俺と草野さんは左右に分かれて歩き出した。狭い通路を進んだ先に、フィールドに繋がる出口がある。


「いくぜ、ひのまる」


 俺は左手をきゅっきゅとさすりながら、七色のピンスポットが動き回ってるステージへと歩き出した。

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