第57話 死闘を制したのは……
今はかろうじて空中で羽ばたいてるけど、一度地面に叩きつけられたチュピッチのダメージはデカいだろうな。
でもラッキーは氷結の誓いや羽毛布団ていう全身で受けるタイプの大技を二度も食らってる。
その上でダンシングなんちゃらなんて踊りながらの技を連続で振るうラッキーの、体力的な強さは相当なもんだよ。サンダーバードの追加効果でくる麻痺だって、まだしつこく残ってるみてぇだし、体力の消耗は二匹ともパねぇだろな。
見た目だけで考えれば、物理的に小さいチュピッチの方が絶対的に不利だと思う。あんな小さくて可愛らしい身体で、よくも薄気味悪い変質者みてぇなパグッグからの鞭攻撃に耐えたよ。
どっちも限界に近いだろう。堀江さんも奏くんも、そろそろ決着をつけたいはずだ。
「氷結の誓いと羽毛布団は、もう何度やってもすぐに破られてしまうでしょう。それでもパグッグは相当なダメージを負うとは思いますが。しかし、そうなるとチュピッチはかみなりビームを連続で打つしかなくなる。防御系の補助技を覚えさせておけば、長期戦にも対応できたかもしれませんが、堀江さんの技構成は単純でしたね」
この戦いも、もうすぐ決着がつくだろう。四條さんが感慨深い感じで言うと、コジたんもみゅうも頷いた。
俺は四條さんのその言葉を聞いて、ひのまると出会ったばっかの頃を思い出した。
バトル初心者の俺は、強そうな炎技だけ選んでたよな。補助系なんてダッセーと思ってた。
今考えると恥ずかしいわ。ガンガンに攻めてくだけじゃ勝てないときだってある。
そんな時にモンスターに負担を掛け過ぎないためには、補助技を使っていくのも勝ち方なんだって、こうやって他人の実戦を見るとよくわかるよ。
ディアっちとのバトルの時、他の属性の技を入れとくといいって教えてくれたのも四條さんだ。あれからまだ一ヶ月も経ってないなんてウソみてぇだけど、ひのまると特訓して技のことだって図鑑見ながら勉強したし、俺だってそれなりのガーディアンにはなってるはずだと思いたいよ。
で、気づいたら第二試合が終了間近ってことは、次は俺の出番じゃん!
ラッキーとチュピッチの試合はこの席でみんなと一緒に最後まで観たいけど、それから準備でも間に合うよな。あぁ、なんか緊張してきたぜ。
「かみなりビームは、何度撃っても避けられてしまいますね。とすると、次に堀江さんが選択するのは……」
『いかずちの舞で電気技の威力を上げ、最後の最後にサンダーバード、でしょうね』
得意げに言うみゅうを腕でつついてからかってやった。
さっきみゅうは、堀江さんを小馬鹿にしたようなこと言ってたからな。
「みゅう~、チルチルはサンダーバード覚えてたじゃねぇか」
『そうですね、意外でした。堀江さんはチルチルを可愛がっている分、強くしてあげたいのでしょう。それはカズマさんにも通ずるところがありますね』
素直に自分の間違いを認めたみゅうは、堀江さんに寄り添うような発言をする。なんだよ、かわいいとこあんじゃん……。俺は、調子に乗ってよく知らない人のことをバカにするような言い方をしたみゅうが、ちゃんと反省してるようなことを言うんでちょっと泣きそうになった。
そんなことを思ってたら、いま俺たちが話してた通りの、いや奏くんが想像した展開が始まった。
『チルチル、かみなりビーム!』
堀江さんが叫ぶ。
『無駄ですよ』
堀江さんとは対照的に、静かに返す奏くん。奏くんにつきっきりで追う一台のドローンがその声を拾った。
ラッキーは、またジャンピング土下座からの前転でそれをかわし、右手に持つ黄色い鞭を振る。
小さな身体で飛び回っているチュピッチに鞭を当てるのは難しいだろうに、ラッキーはチュピッチが飛ぶ方向を読んで、その軌道上を狙うように空中の高い場所に鞭の先を飛ばした。
もう奏くんがダンシングなんちゃらって指示しなくても、ラッキーは自分の判断で体勢や鞭の振り方を変えてる。こりゃ誰の目から見ても、ラッキーの形勢逆転は明らかだ。
『ラッキー、シャイニームーン!』
何度もそう指示したのに、チュピッチに阻まれたシャイニームーン。チュピッチが放ったかみなりビームと空中で当って爆発した。それは結構な衝撃で、客席にいる俺たちにも空気がビリビリ震える感じが伝わって、微かな爆風も受けた。
ラッキーが手の中で作ったその武器はもう月の形になってはいなかった。それほど消耗してるんだろう。
チュピッチだってそうだ。体力は限界を超えてるはずだ。
空中で爆発したシャイニームーンの破片が、ぱらぱらと落ちてきて二人の上に同時に降りかかる。
そこからは、数え切れないほどのかみなりビームとシャイニームーンの打ち合いが始まった。お互いにかわして、ひとつ相手に当てて、また攻撃してはかわされるって、その繰り返しだ。
こんなすげぇ展開になるなんて思ってなかったぜ。ここまで来たならどっちもがんばれ!
やっと、ラッキーのシャイニームーンがチュピッチを正面から捉えたんだけど、ラッキーの消耗が激しいからか、形成できた月は最初の四分の一にもならないような小さいものだった。
それで決着がつくのかよ、大丈夫かよ、ラッキー……って、ハラハラしてたら、次の瞬間、さっきから降り注いでた破片で傷つけたのか、ラッキーは目を覆いながらがくっと膝をついた。
あ、でも腕が短すぎて覆うところまで目に届いてない……?
格闘技のルールじゃないから、膝をついただけでダウンを取られるわけじゃねぇ。そもそも膝っていえる部位がないモンスターだっているもんな。
でも奏くんは不安そうに表情を曇らせて唇を震わせた。
麻痺が残る身体で、あんなに動いて技を出し続けてって、ラッキーの根性は大したもんだと思う。
もちろんボロボロになりながら飛んでるチュピッチだって。
で、膝をついたラッキーは悔しそうに俯いたまんま、何かに耐えてるみてぇに背中を震わせてる。少しずつ体力を奪われて、毛皮が剥がれたむき出しの傷からうっすら滲んでた血は、ラッキーが消耗するのと同時にじわじわ溢れて、ゆっくりしたたるほどに量を増やした。
ラッキーに寄ってったドローンが、フィールドに血が落ちるぽとり、っていう音を拾うと、奏くんは顔を真っ青にして握ってた拳を震わせた。
足元に置いた水色のタオルを掴もうと屈みかけたとき、ラッキーがゆっくり立ち上がる。
うおぉ、すげえラッキー! 俺、トリハダ半端ねぇ!
『チルチル、いかずちの舞!』
『ラッキー、フラワーテール!』
だけど奏くん、ここは焦って技の選択を誤ったか。つらそうに何度か瞬きを繰り返してから、ラッキーはフラワーテールでチュピッチをはたき落とそうとしたが、上空に逃げられた。
堀江さんはもう、奏くんに戦術を読まれてるのがわかってて、それを気にしてないようだ。一度はタオルに手を伸ばしたけど、拳をぎゅっと握って、振り向いたチルチルと視線を交わして頷き合ってる。
うおぉ! こっちもすげぇ! チュピッチ、かっけぇぞ!
どっちもがんばってほしい、負けないでほしいけど、ガーディアンも、実際に戦ってるモンスター同士も、決着がつくまで戦う気らしい。
周囲では、いろんな声援が飛び交ってる。チルチルとラッキーの名前を呼ぶ声はもちろんだけど、女性参加者は奏くんに、男たちは堀江さんを応援する声が集まってるような気がする。
俺は、ユイのハッピーとコンビみてぇな名前で、ハッピーとは比べ物にならないくらい自信に満ちたラッキーの名前を叫んだ。
「いっけぇ~! ラッキー!」
『ラッキー、パステルアタック!』
『サンダーバード!』
二人とも最後の指示のつもりか、声の限りにって感じで叫んだ。
その声には、あったかさとか信頼とか、負けられねぇ想いとか愛情とか、色んなものが込められてるような気がして、俺も思わずひのまると雪風が入ってる手をぎゅっと握った。
『出ましたサンダーバード! パグッグはパステルアタックで応戦するようです! 互いに実力以上を出し尽くした一回戦第二試合、いよいよ決着の時がやってきました! 勝つのは専用技サンダーバードでとどめを刺したいチュピッチか、それともパグッグがパステルアタックで跳ね返すのか! 場内一同、心して見届けましょう!』
それぞれの想いを載せた声が、バトルフィールドを包む空に溶けていく。
傷だらけでも電気を全身にまとい、ビビることなくラッキーに突っ込んでいくチルチル。
そして奏くん秘策の最後の技はというと、ラッキーが忍者みてぇに素早く前後左右に動きながらチルチルに近づき、短い腕で、強烈なジャンピングラリアットを食らわせるっていうものだった。
ピンクと黄色のボーダーっていう下半身の配色自体がすでにアレなのに、それが高速で動くもんだから、ラッキーの身体が下品な電飾みてぇにチカチカして、チルチルは視界が悪そうだ。
チルチルの飛んでる高さまで短い脚で強烈にジャンプしてラリアットをかませるっていう、プロレス技みてぇに強引なこの技といい、いや、それ言ったらラッキーがパートナーってこと自体がアレだけど、奏くんって面白い子だよな。
パステルアタックとサンダーバード、強力な技がまたもぶつかり合って、チルチルもラッキーも重力に逆らってるみてぇに苦しそうな顔をしてる。俺も四條さんもコジたんも、いつの間にか両手を組んで祈ってた。がんばれ、どっちかが負けるとしても、諦めな、戦え!
『グハッ……!』
ラッキーの呻き声が響き渡って、ふたりは弾きあったようにそれぞれの自陣に倒れた。一村が急いでその中間くらいの位置に走ってって、カウントを取り始めた。ワン、ツー、……エイトになっても、どっちも倒れたままだったが、ナインの直前にチルチルの羽がわずかに動いた。




