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第56話 変質者の奇行

 その間もチュピッチはパグッグに噛みつかれたままなわけで、身体が小さいモンスターがパグッグの牙で噛まれるのはかなりのダメージだと思う。

 でも堀江さんがタオルを投げる様子はない。そう感じ取った奏くんは、一旦チュピッチから離れたパグッグの背中を見つめてる。 

 モニターが奏くんの視線の先を映したら、あぁ、そっか。氷でバッキバキに固まってたんだもんな。

 短けぇとはいえパグッグだって毛皮だから、絡めとられる。さっき勢いよく氷柱を背負い投げしたときに剥がれたのか。

 中野さんのジェノールみたいに酷くはないけど、背中の毛皮の一部が剥がれてうっすら血が滲んでるよ。痛そ……。


『ラッキー、シャイニームーン!』


 さっきは出しそこなったシャイニームーンか。今度こそ決めてくれよ。

 パグッグが三日月形の武器を生成してるその途中で、堀江さんはチュピッチに指示を出す。


『チルチル、羽毛布団!』

『ピッ!』


 ラッキーに噛まれたところが痛てぇのか、空中でゆらゆらしてたチュピッチは、翼をピシッと広げ直してばさばさと羽ばたいた。

 それによって抜けた羽根が地面に何本か集まって、それがどんどん増殖して厚みと高さを増してって、とうとうフィールドの中にそびえる巨大な壁になった。


『羽毛布団は、鳥属性のみが使える補助系の技です』


 それだけ言ったみゅうは、四條さんに寄っていってカーソルでスーツの肩をクリックした。

 そしたら四條さんはぱあっと顔を明るくしてから、「んんっ」と喉の調子を整えるみてぇに咳ばらいをして、俺とコジたんの顔を嬉しそうに見てから解説を始めた。

 

「自身の羽毛の一部を抜き、それを増殖させて一枚の布団のように創りあげ、それで相手を包み込んで密着して圧迫します。もしくは攻撃技として打撃にも使えますが、その場合は出来上がった羽毛布団を丸めて振り回すので、チュピッチは身体が小さいですから前者として使用するとみて間違いないでしょう」


 ここぞとばかりにイケボを決めた四條さんは、言い終わるときにニカッと笑って白い歯を見せた。

 その歯に照明が反射して、キラッと輝いたのが偶然なのか演出なのか俺には判断できねぇけど、まあとにかく今の四條さん、「俺いま、輝いてる!」って思ったはずだ。


「堀江さんは、とにかくチュピッチがラッキーに捕まらないようにしてるっぽいですね。ラッキーの強さをヤバいって感じてるから、相手の動きを封じて大技を決めたい。でも奏くんは、バッチバチの真っ向勝負を望んでるような……」


 俺がしゃべってるうちに、ラッキーはふたたび、今度は羽毛布団に拘束された。

 これでチュピッチが使える技は全部出し切ったわけだな。ということは、つまり奏くんは堀江さんの手の内を知り尽くしたってことか。

 けど、羽毛で拘束された状態のラッキーが、さらに氷結の誓いを出されたら、今度は命に係わるダメージを受けるかもしれねぇ。奏くんは降参せざるを得なくなるな……。


『パグッグ、チュピッチの羽毛布団に捕えられてしまいました! これは上からの映像です。先ほどの氷結の誓い同様、ほとんど身動きが取れず、ダメージは蓄積されるばかりです。サンダーバードを喰らったことによる麻痺もまだ残っている! 真綿でジワジワと首を絞められるようなこの羽毛布団! おおっと! 背中側の布団には血が滲んでいます! これは毛皮が剥がれたパグッグの背中からの出血でしょうか! 血染めの羽毛布団と化したチュピッチの技です。パグッグは抜け出せるのか! 反撃のチャンスはあるのか! チュピッチの勝利目前か!』


 一村がモニターに映された映像と、羽毛布団にくるまれたラッキーを交互に見ながら声を張る。

 苦しそうなラッキーだが、全身に電気を行き渡らせ、そのまま高速で対象にぶつかっていくサンダーバードは、ラッキーが外に出ていなければ衝撃は布団に吸収されるだけだ。

 いや、待てよ……。

 いま見た上からの映像じゃ、ラッキーの頭は見えてたし、顔の表情も少しわかった。

 つうことはだよ、堀江さんが真上からラッキーの頭頂部にサンダーバードを撃てって指示したら、ラッキーは相当なダメージ食らうはずだよな。下手したら負けるかも。

 それに堀江さんが気づくか気づかないか。あぁ、すげえドキドキする! けどチュピッチはまだ、少し距離をとって八の字を描きながら飛んでる。

 堀江さん、惜しいよ! そこに奏くんの声が響いた。


『ラッキー、チュピッチの羽毛布団を噛み千切ってダンシングウィップ!』


 はっ! ラッキーの新しい技だ! 

 俺はその技名の響きにもなんかワクワクして、両側の四條さんとコジたんと一緒に身を乗り出した。

 さっきの氷結の誓いみてぇに、急激に体温を奪われてピンチになるとか、そういう危険性がないなら、奏くんとラッキーのペアの方が強かった。

 ラッキーは牙で布団をみるみる引き裂いて、できた白い穴の中からそのピンクの顔を出す。目玉がギョロギョロしてて怖えぇ。


「うぎゃあ~っ、すげえブサイクできしょい!」


 どこかで子どもらしい声が聞こえた。ま、確かにな。でもラッキーは尻尾も使ってガンガン羽毛布団を切り裂いていって、とうとう脱出だ。高くジャンプして自陣のラインすれすれに着地した。あぶねぇ~。


『くっ、かみなりビーム!』


 羽毛布団を破ったラッキーに、堀江さんは明らかに焦り出した。

 ラッキーがなんとかっていう新技を出す前に、チュピッチに急いで指示をだす。


「ラッキー、早くしろ!」


 俺は両手の拳を握って叫んだ。コジたんも「早く! 早く!」って胸の前で手を組んでる。

 で、次の瞬間に俺たちが目にしたものはね、きっと奏くん以外の誰もが予想だにしてなかったと思うんだよ、うん。


「えっ……?」


 ラッキーは、黄色いボーダーが入ったピンクのタイツを脱いだ。


「いや、アレって繋がってんじゃねぇの? 下だけ脱げんの?」


 ラッキーのお着替えの様子を映したモニターを指差して、俺はやや震える声で誰にでもなく言った。

 ラッキーは脱いだタイツから黄色い部分だけを巻き取っていき、長い紐状になった黄色部分の端を手に巻き付けた。

 これはきっと、堀江さんサイドにしたらまたとない攻撃のチャンスだ。でもチュピッチは、ラッキーの奇行に見入っちゃってかみなりビームを出すことに集中できない。

 堀江さんとチュピッチの理解が追い付かないその隙を狙って、見せ場を演出するラッキーは、それをビュンビュン振り回し、鋭い鞭としてチュピッチのかみなりビームを払う。


 短い脚で軽快なステップを踏み、同じく短い右手に鞭を握る。それを両側に八の字を描いて振り回しながら少しずつチュピッチの間合いに入っていく。


 あれっ? タイツを脱いだんなら、もしかしてこいつも股間がモザなんじゃねぇの? と思ってラッキーの股間に目を遣ったら、主催者側も同じことを思ったらしくて、ラッキーの股間がモニターにアップになった。


 そこにモザはなかったけど、それまでのパグッグと同じ、すでにピンクと黄色のボーダーがあった。

 えっ、ちょっと待てよ。遠くてわかりづれぇけど、奏くん側のバトルフィールドのラインの端を見たら、ピンク地だけのふわもこなタイツがきちんと畳んだ状態で置かれてるーっ! 

 そんでラッキーの手には、美しく凶悪な黄色い鞭が。

 これって、脱いでも脱いでも瞬時にその下からタイツが現れる……ってコト? 

 ダンシングなんちゃらを覚えさせるだけで、パグッグは初めから武器をひとつ身に着けてるようなもんなんじゃん!


『ピピ~ッ!』

『チルチル!』


 ラッキーの鞭さばきは鮮やかで、攻撃は何度もチュピッチに当たる。

 ビシッ、バシッ、と音がして、かわいいチュピッチが痛そうで苦しそうで涙が出そうだぜ。

 堀江さんは本当に泣き出しちゃってる。

 何度目かでグチャッ、といやな音がして、チュピッチが地面に叩きつけられたまま動かなくなった。一村が走り寄ってきて、カウントをとり始める。


『ワン、ツー、スリー、フォー……』


 翼を地面に着けて力を入れ、腕で突っ張るようにして、チュピッチがぐぐっと身体を持ち上げて飛んだ。試合続行だ。


『かみなりビーム!』

『……ふふ、やはりそうでしたか』


 奏くんに寄っていた三台のドローンに搭載されたカメラが、そのつぶやきみてぇに小さい声を拾った。

 チュピッチは口を開いて、かみなりビームの発射準備をしてる。

 だがラッキーの瞬発力をなんとかしなければ、もう攻撃は当たらない。


『サンダーバードは消耗が激しく、何度も使えないのでしょう?』


 奏くんの話し方は、大人の男に嫌われるタイプだよな~。先生や父親や、近所のおっさんなんかにも嫌われてんじゃねぇかな? まぁ、本人のせいじゃないかもしれねぇけどさ。


「キャーーーッ!」


 俺はびくっとした。なんで突然そんな盛り上がんのよ、あんたら? 

 奏くんがまぶたを伏せて話す様子に、また二列後ろの女性客が沸いてるよ。心臓に悪りぃじゃねぇかよ! 

 サンダーバード云々を奏くんに訊かれたけど、堀江さんがそれに返事をする前にチュピッチはかみなりビームを放った。それをあっさりかわして、下から強烈な鞭打ち攻撃をするラッキー。

 技構成と堀江さんの指示の傾向を把握した奏くん。ピンクの変質者ラッキーとのコンビは強ぇな。こりゃ奏くんの勝利確定かもな!

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