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第55話 恐怖の顔

 ドローンのカメラが奏くんの手元に寄った。

 タオルを掴んだら、それがフィールドに投げ込まれる決定的瞬間を逃がしたくないからだろうけど、観客はそのカットを見ただけで、ある程度パグッグの敗北を予測出来ちゃったのか、「あぁ~」ってトーンの低い声を洩らす。

 でも奏くんがタオルに手を伸ばす様子は全然ない。きっと、奏くんはパグッグがそこから抜け出せる方法を知ってるとみたね、俺は。


『ラッキー、フラワーテールと牙を使ってそこから抜け出せ!』


 アニメだと、こういう絶世の美少年のCVは女性声優が担当してることが多いけど、奏くんの高い声は、変声期直前の澄んだ声の名残を惜しむみてぇで、なんか刹那的でいいな、って俺はちょっとにやけた。……じゃねぇだろ! 

 パグッグは奏くんの指示通り、硬質化させた尻尾で氷柱を内側から削り始める。

 けどチュピッチの『氷結の誓い』はかなり硬度が高い氷らしくて、力いっぱい尻尾を動かそうとするパグッグは、思うようにいかなくて目から血を噴きそうなほど恐ろしい顔になってる。


『ラッキー、牙も使うんだ!』


 そんで、いや、あー、あれは見たくねぇ。うん、分厚い上唇がかぶさったみてえになってる口を開けて、短めの牙でシャクシャクシャクシャク、氷を食べながら削ってった。

 なんか尻尾よりも牙の方が氷に対しては有力らしくて、尻尾と牙の二段攻撃は、せっかくチュピッチが出した大技も、みるみるうちに崩されていく。

 そうか! いくら尻尾を強く振ったって、それで削ったカスが消えるわけじゃねぇ。細かくなった氷は徐々に溶けていくだろうけど、そのスピードとパグッグの体力が無くなるのとどっちが早いかっていうことになる。

 牙で削った氷を食べれば、その分動ける空間は大きくなる。いや、それだって食った分、パグッグの体温は確実に下がるんだろうけど。

 だから急げ、パグッグ! 早く尻尾と牙で氷を削るんだ! 


 削りながら上へ上へと進んだパグッグは、やっとのことでその氷柱から抜け出した。けどその頂上からフィールドに飛び降りると、やっぱかなりのダメージを負ってるらしくて、血走った眼とダラダラ流れるよだれもお構いなしに、肩で大きく息をしてる。


『チルチル、かみなりビーム!』


 そこへ畳みかけるように、チュピッチが低空飛行しながらビームを放った。パグッグはジャンピング土下座するみてぇに前転してそれをかわしたが、堀江さんの狙いはその先だった。


『ラッキー!』


 高さ二メートルの氷柱は、再びパグッグを襲った。

 チュピッチのかみなりビームが当たって折れた氷の下敷きになったパグッグは、そのままバトルフィールドに倒れて、ゴフッと口から血を吐いた。


「マズいですね、内臓が傷ついたんでしょうか……。大丈夫かな」


 コジたんが心配そうに呟いた。辛そうな顔がアップになって、俺もちょっと心配になる。


『チュピッチの氷結の誓いとかみなりビームが炸裂しました! 氷柱からは脱出したものの、倒れたそれの下敷きになったパグッグ、動けません! このまま戦闘不能となってしまうのでしょうか! ワン、ツー、……』

 

 一村が解説のあとにカウントをとり始めた。

 いまさらだけど、実況とレフェリーが同じ人って無理があるよな。なんでもう一人投入しなかったんだろ? 


 スリー、フォー、と観客も一緒にカウントしながら、パグッグが立ち上がるようにって祈ってる。

 そしてカウントエイトで、パグッグはやっと右手を動かした。短い腕を一村の方に上げて立ち上がり、氷柱を背負ったままファイティングポーズをとる。

 客席は「うおぉーっ!」とパグッグの闘志に声援と拍手を送った。


『水嶋選手のパグッグ、氷の柱を背中に張り付つけたままで立ち上がりました! しかし、とにかくそれを剥がさないことには、そろそろ低体温が心配です。水嶋選手に秘策はあるのか!』


 パグッグは両腕を張って、氷柱を後ろへ投げ飛ばそうとしてるみてぇだけど、毛皮にしっかりくっついててなかなか剥がれないらしい。

 俺も経験あるよ。デカい氷の塊を素手で持った時、一体化したみてぇに取れなくて焦った焦った。


 またも手に汗握る展開だ。早くしないと、パグッグの背中が凍傷になるか、下手すりゃ氷と一緒に毛皮がベリッと取れそうで心配だよ。奏くんも気が気じゃねぇだろう。それなのに、堀江さんはまた新しい指示を出した。


『いかずちの舞!』


『いかずちの舞は、電気属性の技の威力を高める補助系の技です。モンスターの属性そのものは電気でなくても、次に使う技が電気であれば効果が発揮されます』


 さっきは四條さんを指名して訊いたからか、みゅうが先に話し出した。


「……ということは、堀江さんはこの後に賭けてるってことでしょうね」


 みゅうの説明に、四條さんは誰にともなく問いかける。顔はモニターの方に固定したままだ。


『ラッキー、がんばれ! 氷を背中で跳ね返してシャイニームーン!』

『ぼくぅ、そろそろ降参しないと、その子かわいそうだよ』


 堀江さんが反社らしい表情で反社らしいセリフを吐いた。カメラを載せたドローンはそれをばっちりとらえて、アップで映し出す。

 奏くんは数秒目を閉じて黙ってた。長いまつ毛が風で揺れて、サラサラした前髪と重なる。


「サンダーバードで決めるつもりでしょうか」


 隣で四條さんがぼそっと言った。

 パグッグが氷柱を攻略して反撃してくるかもしれないのに、チュピッチが攻撃力を高める「いかずちの舞」を使ったってことは、次に大技がくるってことだよな。

 反社って総じて単純なんだと思わざるを得ねぇわかりやすさだけど、奏くんだってみすみすやられるような美少年じゃねぇと、俺は予感してる。


「ラッキー、がんばれ!」

「……がんばれーっ!」


 俺が拳をあげて応援したら、コジたんもつられて叫んだ。そしたら四條さん、みゅう、周りの観客たちにも伝染して、だんだんデカい声援になった。

 その間も、ラッキーは相変わらずホラーな容貌で氷の冷たさと重さに苦しんでたけど、それでも目は死んでねぇ。心は折れてねぇぞ。


『パグッ、パグ、パグ!』


 苦しそうに呻きながら、しつこく張り付いてる氷と格闘してるパグッグ。

 堀江さんはまだ次の技の指示をしない。チュピッチは、いつでも攻撃ができるよう、ラッキーのそばを八の字を描きながら飛んでる。


 いよいよラッキーの体力も限界に近づいて、また氷の下敷きになるかと思った、その時だった。

 ラッキーは、変質者が対象に襲いかかる時みてぇに薄気味悪さ全開の顔で、硬質化させたピンクの尻尾を超高速で動かしていった。


『ラッキー!』


 シャイニームーンは出せなかったけど、ガーディアンの指示じゃなく自分の意思で窮地から抜け出そうと頑張るラッキーに、奏くんはめっちゃ嬉しそうだ。

 その顔、その声。まさに天使だ! あぁ……、尊いって、こういうことなんだ……。


『仕方ないねぇ、チルチル、サンダーバード!』


『出ました! サンダーバードです! チュピッチ専用の大技で、身体に電気をまといながら相手に突っ込み、打撃はもちろん、麻痺を負わせます。果たしてパグッグは逃れられるのか? チュピッチの勝利か? ここは瞬き厳禁です!』


 画面が半分に仕切られたモニターには、チュピッチとパグッグの様子がリアルタイムで映ってる。

 一度抜け出した時みてぇに、尻尾で氷を削ってるパグッグ。

 相手の身体の自由が利かないうちに、サンダーバードで決めたいチュピッチ。


 チュピッチはバレエダンサーみてぇに羽を美しく上下にしならせて、全身に電気を行き渡らせる。

 電気の固まりみてぇになったうっすら黄色く光る身体で、そのまま文字通り目にも止まらぬスピードでパグッグに体当たりした。

 まだ氷を背負ったまま、サンダーバードを避けきれずに食らったパグッグは、多少よろけたものの、ついに氷柱を背負い投げした。

 硬質化した尻尾を氷に突き刺して、後ろに全体重をかけたんだ。あの氷柱を押し倒せるほどの体重があいつにあるワケはねぇが、自分よりデカい相手の体重を利用した護身術みてぇな感じに見えた。

 異世界(ここ)のモンスターは、人間の常識には当てはまらない力を発揮するんだな。


『バウッ!』

『チュピッ、チュピピッ!』


 飛び回るチュピッチの、一瞬の隙をついて噛みついたパグッグ。これも奏くんからの指示じゃない。

 「かわす」「噛みつく」「平手打ち」なんかは覚えさせられる五つの技の中には入らない。モンスターが自分で考えて自分で出すんだ。

 ひのまるだって自分の判断で火を吐いたりする。優れたガーディアンとモンスターっていうのは、つまりそういうことなんだろうな。


『もちろんまだやりますよね?』


 あぁ、尊い。ボーイソプラノを出す奏くんが不敵に笑いながら堀江さんを挑発する。

 パグッグだって、まだ見せてない技があるはずだ。どんな技を出してくんのか、俺は、ホラーにハマった奴がもっと怖いシーンを求めるのに似た気持ちで、パグッグの顔がどんな変化を見せてくれんのかと、またワクワクしてきたぜ。

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