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第54話 ふたたびの変質者

「し、四條さん、あれってアレだよね?」

「ええ、そのようですね。なんだかユイちゃんのとはずいぶん雰囲気が違いますが……」


 全身がピンク色で、下半身はピンクと黄色のボーダー。

 全身タイツを着てるみてぇに短すぎる毛は、ジェノールの豪華な毛皮と比べたらあまりにも貧相で気の毒なくらいで、本来は四つ脚で立つはずの犬型のくせに、短けぇ後ろ足でしっかり立ってて、顔は……やっぱ形容しがたいほどのブサイクさだ。でも、「ファニーフェイス」っていうのは人気があるらしい。不思議なことに。


「出やがったな! ピンクの変質者!」


 ついデカい声で叫んじゃった俺は、悪寒が走って口を結び、両手で自分の頭を守るように覆った。

 ユイのげんこつが飛んできそうな気がしたんだよ! 

 けど、いまユイはバイトに出てるから俺の横にはいない。右隣は四條さん、左隣にはコジたんがいて、男三人わりとのんきな空気が漂ってると思う。

 ユイがいたらきっと、「ハッピーは人間に傷つけられてきたんだから、その傷をほじくり返すようなことはしないで!」って怒られるだろうな。

 モンスターの外見……それはもう美醜の問題じゃなくて個性だし、その外見ならではの技だってある。やっぱ、ユイは俺なんかよりもずっとモンスターたちを大切に思ってるんだよな。

 まいにち顔を合わせてんのに、ここにユイがいないことに急に心細いような寂しさを感じた。なんだかんだ言っても、異世界(ここ)でいちばん頼りになるのは、俺自身よりも四條さんよりもユイだもんな、と思いつつ、もう一度美少年・水嶋奏が出したモンスターを映したモニターを見た。


 ユイのハッピーは、怒ってるような機嫌が悪りぃような、とにかくムカつくようなブサイクさで、それなのに怯えた表情をしてた。

 それに比べて、奏くんのパグッグはどうだ。

 美しさは、まぁパグッグだからそりゃ全然ねぇけど、美少年と並んでも引けを取らない風格がある。自信に満ちた表情で堂々と立ってて、奏くんと拳を突き合わせる仕草もサマになってる。

 そんで奏くんと頷きあってから、ゆったりした足取りでバトルフィールドの真ん中に進んだ。

 きっと、奏くんと一緒にいくつもの戦いを制してきたんだよ、そうに決まってる。このパグッグは。


 俺はそんなパグッグを見て、ぞわっと鳥肌が立つのを抑えられなかった。このピンクの変質者は強い。強い変質者なんてもう、無敵じゃねぇか! って確信させるだけのオーラがふたりを包んでて、一回戦の股間がモザくんみてぇに、ほとんど一方的にあの可愛い鳥が痛めつけられるんじゃねぇかって心配になってきたぜ。


『かわいいモンスター持ってるねぇ、ぼく』

『あなたこそ』


 ふふっ、と奏くんが微笑みながら言うと、近くから女の溜め息が聴こえた。さっきの腐女子か。

 確かにガーディアンの見た目じゃ、反社みてぇなおっさんを応援する人なんかいねぇだろなって思う。

 けどモンスター単体で言ったら、ブサイクな犬より断然青い鳥だろ。人はそれだけ見た目で判断するんだって思い知らされるよなぁ。


『水嶋奏選手はパグッグ、堀江修三選手はチュピッチを使用。属性の相性によるアドバンテージはありません。両選手のモンスターが覚えている技の構成にもご注目ください!』


 男たちは「うおおおぉぉぉぉ!」女たちは「キャーーーッ!」と歓声を上げて、それが合わさって場内は第一試合開始前より断然盛り上がってる。

 ハッピーと同じ種のモンスターとはすでに思えねぇ奏くんのパグッグ、それがどんなコンビネーションを見せてくれんのか注目しようと思った。

 だって、もしかしたらさ、それがハッピーのトラウマ克服にも繋がって、ひのまるたちみてぇに外に出て、生き生きと毎日を楽しめるようになるかも知れねぇじゃん。

 あのヨコハマ洞窟で見たユイのハッピーには、ユイと出会う前にいい思い出なんかなかったんだろうな、って思うと、すげぇ不憫で可哀想だ。けど、パートナーとしてガーディアンと一緒に行動してぇなら、自分がユイを守ってやろうって、そんくらいの気持ちがなけりゃダメだと思うんだよ。

 やっぱ、モンスターとガーディアンはどっちかが上とか下じゃなくて、対等に相手を尊重し合う関係が理想だと思う。俺はね。

 ユイはどう思ってるかわかんねぇけどさ。


『どちらかが戦闘不能になるか、ガーディアンがタオルを投げ入れた時点で試合終了とします。また、モンスターがラインの外に出ると負けです。それでは水嶋選手、堀江選手、位置についてください』


 一村が第一試合の時と同じ説明をする。美少年・奏くんはパグッグに話しかけ、ラインから出ないように教えてるようだ。

 反社・堀江さんは甘えてくるチュピッチに手を振って、何度も振り向きながらやっとラインの外側に立った。


『チュピッチ。属性は鳥と電気。鳥属性のモンスターの中でも身体が小さく、小回りが利くので、大きなモンスター相手でも充分にやり合うことが可能です。専用技の「サンダーバード」は、苦手な土属性のモンスターにも大ダメージを与えます』


 さすがに体育座りになる様子はねぇけど、四條さんは「解説」っていう活躍の場を失くして、みゅうを羨ましそうに見てる。

 みゅうはへへん、と自信満々で、俺とコジたんの頭の辺りで機嫌よく跳ねてるけど、なんか微妙にイジメっぽくて心が痛むぜ。小学校低学年の、目立ちたがりで声のデカいガキ大将みてぇだ。

 俺は本当は、四條さんのイケボで解説が聞きたいけど、そう言葉にしたら今度はみゅうがいじけそうだしな。せめてみゅうがたまには四條さんに譲ってあげてくれたらな。

 つうか、なんで俺がそんなことで気を遣わなきゃなんねぇんだ? 


『あの様子じゃあ、サンダーバードは覚えさせてなさそうですね』


 みゅうがモニターに映し出された堀江さんを見て、呆れたような声で言った。たしかに、堀江さんはチュピッチをめちゃくちゃ可愛がってる。それは誰もが思うだろう。

 でも、だったらなんであの強いプランシャとのバトルに立候補したんだってことになる。

 チュピッチがなす術もなく痛めつけられるのに、堀江さんが耐え切れるはずがないって印象なんだよな。


「いや、人は見かけによらないかも知れねぇぞ」

「ですね。まずそれぞれが持っているモンスターが予想外だったじゃないですか」


 うーん、と腕を組んでコジたんが唸る。俺も四條さんもそれに倣って腕を組んで、コアな格闘技ファンのオフ会みてえになってる。


『一回戦第二試合、水嶋奏選手vs堀江修三選手、はじめ!』


 ついに試合が始まった。パグッグの攻撃を警戒してか、チュピッチはかなり上空を飛んでる。やる気満々でジャブを繰り出すパグッグ。そこに奏くんの声がかかる。


『ラッキー、ダークラヴィーネ!』


 いま、ラッキーって言ったか? それって「奏くんの」パグッグの名前だよな? ユイのがハッピー……。

 ハッピーとラッキーって、お前らコンビかよ! って俺はつい関西人みてぇにツッコミのアクションを四條さんにかました。


『水嶋選手、いきなりダークラヴィーネの指示です。比較的大きなモンスターに対して使われることが多い技ですが、チュピッチにはどれだけ有効なのか?』


 一発目からの大技に、一村も驚いたらしい。

 ダークラヴィーネは、ディアっちも持ってる技だ。バトルフィールド上空にブラックホールが出現して、そこから無数のデブリが落ちてくる。で、そのデブリは、そう、絶対に避けられねぇ。


『チルチル!』


 堀江さんが叫ぶ。こっちは「チルチルミチル」か。

 頭の上に雪崩れるように落ちてきたデブリをかぶったチュピッチは、相当なダメージを食らったとみえて、上空からひらひら落ちてきては、パグッグの身長の倍くらいの高さでようやく止まった。

 頭を振って、バサッと翼を広げて精いっぱいパグッグを威嚇してるらしい。

 モニターにアップで映ったチュピッチは目を少しつり上げて、赤い嘴を今までよりも鋭利に尖らせてる。臨戦態勢をとっててかわいい。チュピッチの最初の技は、何を出してくんのか。


『チルチル、氷結の誓い!』


 おぉー、いきなり凄そうな技名だ。

 堀江さんが叫んだら、チュピッチは高速でパグッグの周囲を飛び回って、口から透明な水色っぽい何かを吐き出してる。

 技の名前そのまんまの、あれは氷だ。

 チュピッチが吐き出した氷の粒子は、一瞬で氷柱になった。パグッグは高さにして二メートルくらいの氷柱に閉じ込められて、身動きできねぇどころか息を吸うことさえ、いや、全身がカチカチに凍ってるらしい。客席のここまで冷気が這ってくるくらいの寒さだ。


『水嶋選手のパグッグ、チュピッチの氷柱に閉じ込められました! 空気も通さない氷の柱です。急激に体温を奪い、体力を消耗させる危険な大技です。ガーディアンの判断が遅れると、モンスターが命を落とすことさえ珍しくはありません。炎の使い手ではないパグッグ、ここはどうやって切り抜けるのか!』


 おっ、一村、第一試合の時と違って実況が上手くなったじゃん。そうだよ、それくらい説明しねぇと、バトル観戦に慣れてない人には解んねぇからな。


 奏くんのパグッグは、チュピッチの攻撃から逃れようと走り出したところを襲われた。スピードはチュピッチの方が上、か。


「ねぇ四條さん、あの変質者って、熱を出す技ってなにか使えるのかな?」


 ただ疑問を呟いただけじゃ、またみゅうが出しゃばるのは目に見えてる。俺はあえて四條さんを指名して訊いた。


「え、と。そうですね。……いえ、パグッグは炎や熱を使える技は持っていないはずです。水嶋君が、特別に覚えさせていれば別ですが」

「『電気ストーブ』っていうのもありますよ。持たせておく道具みたいですね」


 コジたんが、技名じゃなくてモンスターがあらかじめ装備しておける道具の名前を教えてくれた。


「電気ストーブか……」

「いや、待ってください。パグッグの属性は妖精です。電気の道具を持っていてもあまり有効的に使えないかもしれません」


 四條さんが活き活きと説明してくれた。図鑑に書いてあることを言うだけじゃなくて、自分の考えを述べるっていうことで、少し自信を取り戻したらしい。


「うーむ、じゃあどうやってあの氷から脱出するんでしょうね。さっき実況で言われていた通り、奏くんが判断ミスをしたら致命傷になりかねません」


 コジたんと四條さんの会話は、なんつうかマニアックな匂いがして聞いてて楽しい。


 モニターを見ると、氷柱の中のパグッグは息ができなくて苦しそうだ。顔は真っ赤で目も充血してて、かなりホラー要素が高めのシーンになってる。


『水嶋選手のパグッグ、苦しそうです! これは脱出不可能なのか! 果たしてタオルが投げ込まれるのでしょうか?』


 観客はみんなモニターを食い入るように見てて、前のめりになってる。パグッグの苦しそうな顔は悪夢にうなされそうなほど怖くて、その意味でも早く脱出するかギブアップするかしてくれないと、マジでトラウマになりそうだ。


 どうする奏くん? どうすんの?

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