第53話 コジたんのジョブは……
傷薬を飲んだティンプルは、あいりの腕の中でゆっくり動いた。それからふわっと浮かび上がって、あいりを見下ろすくらいの高さで空中に留まると、まるで泣いてる妹をなぐさめるように頭を撫でてやってる。
あいりはそんなティンプルに甘えるように抱き付いて、「プーちゃん、プーちゃん」って何度も名前を呼んだ。
中野さんの方はというと、同じように傷薬を飲んだジェノールは、自分で剥ぎ取った毛皮の痕も痛々しい顔を誇らしげに上げてた。
薬の効き目ってすげえな。ほんとに、飲んで一分もしないうちに毛皮が再生されて、あっという間に元のかっこいいジェノールの姿に戻ってった。
お互いのモンスターを回復させた中野さんとあいりは、バトルフィールドの真ん中まで歩み寄って握手を交わす。感動的な光景だ。
この次の次の試合後は、俺だってあんな風に堂々と握手をするんだなって、想像してゾクゾクしてきた。
きっと中野さんは、二回戦もジェノールで戦うんだろう。その相手は美少年か反社か、どっちにしてもジェノールが勝っちまうのかもな。
『ただ今よりバトルフィールドの清掃及び調整に入ります。十五分のインターバルの間に、どうぞお手洗いなどをお済ませください』
一村の案内をバックに、握手する中野さんとあいりの姿が大きく映し出された。
きっといままで、たくさんの苦労をしてきた中野さんのしわしわの手。その手があいりのオモチャみてぇに小さくて可愛い手をそっと包み込んでる。
花の楽園ていう大技で逆転勝ちを確信してたはずのあいりは、さぞブータレてんじゃねぇかって思ったけど、意外にも満面の笑顔で中野さんと向き合ってる。
へぇ、こりゃ驚いたな。もしかしたらあいりは、強くたくましいガーディアンになるのかもな。なーんて、俺の心にちょっと希望の芽みたいなのができたところで、一回戦第一試合終了だ。
第二試合の美少年と反社はそろそろ動くかな、と、選手席として用意された客席の最前列を見たら、ちょうどスタッフに連れられて移動するところだった。
それにしても、三次元に存在してていいのかよって戸惑うほどの美少年だ。いや、作りものだってあんなに綺麗じゃねぇよってくらい。たぶん中学生だろうな。この世界で学校に通ってんのかはわかんねぇけど、その美少年がなんで「異世界ナチュライフの会」のセミナーに参加してんのかって、疑問は増えるばっかだ。
美少年だけじゃねぇ、反社もJSも元アイドルも、到底洗脳されやすいとは思えねぇ。ま、他人のことはわかんねえけどさ、プランシャとのバトルに立候補した人たちには、何か別の目的があったりしてな、俺たちみてぇにさ……なんて思うとソワソワするなぁ。みんなの言動には注目するっきゃねぇよ。
「いや、ジェノールかっこよかったな!」
「ジェノールってどこでゲット出来るんだっけ?」
近くの客同士が話す声が聞こえる。
あちこちでみんなが話題にしてんのは、ほとんどがジェノールのことだ。二列後ろの二人連れの女は、腐女子なのかティンプルの股間について熱く考察を繰り広げてるらしい。
「カズマさん、四條さん、これどうぞ」
トイレに行くって席を立ってたコジたんが、俺たちの分までミネラルウオーターを買って戻ってきた。客席内では水分のみOKらしい。
「おぉ、ありがとう、コジたん!」
「お代はいりませんよ」
バッグの中から財布を出そうとしたら、コジたんがドヤ顔で俺の手を押さえた。四條さんのことも制してから自分の席に着くと、コジたんはマリリンみてぇな色合いのかわいいタオルハンカチを出して、額や目の下の汗を拭いた。
えっ、そんなとこからも汗って出るんだ……って、ちょっとびっくり。
二月中旬に差し掛かったばかりっていう、今は超真冬。そんな中、トーナメントとさらにプランシャとのバトルは、屋外に急遽用意されたバトルフィールドでやることになった。
風はないけど、最初に入ったセミナー会場から出た時は充分寒くて震えた。
それがどうよ。一回戦第一試合が終わった時点で、コジたんだけじゃなく俺も四條さんも、冷たいミネラルウオーターをごくごく飲めるほど身体が熱くなってる。
第二試合も白熱のバトルが繰り広げられるんだろうな、って予感と期待で、会場全体がむんむん暑いぜ。
「そういえばコジたんさ、仕事ってなにしてんの?」
ずっと気になってたことを思い出して、いきなり訊いてみた。
コジたんとの出会いは一月五日、俺が山下公園で似顔絵描きをしてた時だ。それから何度か二次元キャラの似顔絵を依頼してくれて親しくなって、まぁそういうなんやかやで、コジたんはヴェルト教団からモンスターたちを救う会の仲間(通称『ヴェル救』ね)になったけど、今だって俺の絵のお客さんでもあるんだぜ。
最初は一枚絵だったけど、最近じゃコジたん原作の漫画の作画も依頼してくれちゃって、それの相談だってそろそろ進めなきゃだよな。
コジたんっていつも気前がよくて、前に「カモ~イ」に来たときだって、デパ地下の高級惣菜なんかをいっぱい持ってきてくれたし、俺の報酬だってけっこう高く設定してくれてるほど、お金に余裕がある感じなんだよ。
「え~っと……、あまり自慢できるようなことじゃないんですけどね」
『そろそろ第二試合が始まりますよ』
コジたんが話しはじめたのに、みゅうが暗に早くしろと言わんばかりに割り込んだ。
……こいつ、さっきの四條さんの時といい、自分以外の誰かが目立つのがイヤなんじゃねぇだろうな。なんでそんな人間臭いんだよ。
そんなみゅうのモニターをなんとなくよしよしして、俺はコジたんに先を促すように目線を送る。いや、送るっていうか隣にいるんだけど。そんで四條さんも俺越しにコジたんを覗きこんで注目する。ついでにみゅうも。
「僕はリアルマネートレードで生計を立てているんです」
「リアルマネートレード?」
って言葉を聞いたことはあったけど、俺は全然詳しくねぇから聞き返した。
コジたんの説明によると、ゲームのアイテムやキャラクター、それからアカウントそのものなんかのデータを、異世界のお金でやりとりすることらしい。
コジたんがタブレットを取り出してリアルマネートレードのサイトを見せてくれた。
コジたんの取引件数は、その他詐欺まがいと思われるアカウントと比べてダントツに多くて、評価は全部星五つの最高だった。
「はぁ~、こんな世界もあるんだなぁ」
「売れそうなゲームには必ず手を出す業者も多いですが、僕は自分がプレイしていておもしろいか、好きなゲームのデータしか扱っていません」
ふんふん。それほど長い付き合いでもないけど、コジたんが不正とかごまかしとか、そういうことをするようなヤツじゃないっていうのはわかる。だってそうだろ、そんなヤツだったらヴェル救に混ざるワケねぇじゃん。
「確かにグレーゾーンではありますが、経済の基本は需要と供給です。私は小島さんを応援しますよ」
四條さんに言われて、コジたんは照れたみたいに下を向いてタブレットをしまった。それと同時に、またバトルフィールドの真ん中に七色の光が集まり出して、BGMが変わる。
あのさ、そういう演出したいのはわかるけど、まだ明るくて七色の光を見つけるのも大変なのよ。それってプランシャとのバトルの時だけでよくね?
で、チラっと視線を外してた隙に、俺たちから向かって右側に美少年、左側に反社がすでにリングインしてた。
『大変お待たせいたしました。ただいまより、一回戦第二試合を始めます。水嶋奏選手、堀江修三選手、パートナーのモンスターを出してください』
一村に言われたふたりは、それぞれのモンスターを呼び出す。
反社が使うモンスターって、闇や土属性のデカくてごつくて凶悪そうなやつかと思ってたけど、いやいやいや、ちょっとそれ反則じゃん? って思っちゃうような、小さめのかわいい鳥だった。
全体に白っぽくて、水色の縞々が入ってるような柄で、くちばしが赤い。まん丸の黒い目がすげぇかわいい。
その鳥モンスター、反社が両手をお椀型に丸く合わせたらそこにふわっと飛んできて、羽やくちばしで指に触れてる。反社はそんな鳥にやさしい笑顔を見せて、なんか突然立ち姿が綺麗になって、右手から左手へと鳥を遊ばせたりして、まるで美少年に似合う仕草じゃねぇかよ! って、俺がいきり立つようなことでもねぇんだけど、やっぱ反社でも自分のモンスターはかわいいってことだよな。
そして美少年が出したモンスターはというと……。
ぅえっ!? なんだよアレ! あいつじゃんあいつ!
あのさ、きみって「美少年」っていう自覚ないの?
「この世のものとは思えない」美少年だぜ? だったらさ、十二にゃんの誰かとかジェノールみてぇな美しい四つ脚か、または人型の騎士とかさ、そういうシリーズだと思うじゃん!
少なくとも俺は、そう思ってたよ。それがなんだよアレ、マジか……。
おいお前ら、二人してイメージと違いすぎなんだよ!