第52話 股間のゆくえ
なんだよあれ、マジか! どうなってんだよ!
「えっ、モザ……?」
あまりに衝撃的な光景に、観客席は一瞬しーんと静まりかえった。
誰も何も言えなくて固まってる。そりゃそうだよな、リアクションしづれぇことこの上ないっつうか、驚いたことは確かなんだけど、想像の斜め上過ぎて受け止めきれねぇ。
「カズマくん、あれってセミナー側がエフェクトをかけたわけじゃないですよね?」
四條さんは、イマイチ事態を呑み込めないって感じで声を震わせた。
「いや、どう見たってモザだけど、あれがティンプルのデフォなんじゃないすか?」
「僕もこんな光景は初めて見ましたよ……」
コジたんは、目の上に小手をかざしながら身を乗り出して、モニターに映ったティンプルの股間を覆うモザに見入ってる。
パイプ椅子の上で体育座りをしてた四條さんは、脚をおろして背筋を伸ばし、図鑑を取り出してティンプルのページを開いた。
「図鑑にも、ティンプルの股間についての記述はありませんねぇ」
小さい人間そのものみてぇな形のティンプルだけど、その股間に性器はなく、ゲームや漫画の中の「人型のキャラクター」みてぇにツルっとなんにもない状態でもなく、いや、そのどっちとも取れるようなモザイクがかかってる。
肌色やモノトーンの濃淡、それから思わせぶりなちょっと赤っぽい部分とか、そのモザイクは細かくなったり大きくなったりを繰り返して、細かい時はけっこう見えそで見えねぇギリな感じで、そんな時はちんこがあるように思えなくもなくて、女性客はとってつけたように「キャーッ!」なんて悲鳴をあげちゃって、いや、これこの後どうなんの?
『あいり選手のティンプル、絶体絶命のピンチと思われましたが、ここで予想外の事態です! 場内の誰もがティンプルの股間に釘付けになっています。ここへきて股間を強調することに意味はあるのか? 新たな攻撃へとつながるのか? 注目のシーンです』
一村が今さらのようにマイクに叫んだ。カメラは引いてティンプルの全身からジェノール込みの対戦映像になる。
そうしてるうちに、どこからともなくさっきの破れた腰巻とは別の布が空から降りてきて、ふたたびティンプルの腰回りを覆った。
客席からは「あぁ~」なんてテンション下がる声が残念そうに聞こえてきたけど、きっとティンプルってモンスターは、腰巻「込み」の見た目で完成されたモンスターなんだよな。
そのわずか数秒間に、ジェノールに隙がうまれた。
『プーちゃん、インセクトブラッド!』
それまで泣きべそをかいてたあいりが、急に自身満々の顔で言う。次の瞬間、磔にされてたティンプルの手のひらに開いた穴から、勢いよく鮮血が噴き出してジェノールの視界を奪った。
『ファルチェ!』
中野さんがジェノールの名前を叫ぶ。ジェノールはぶんぶんと首を振って、前脚でティンプルの鮮血を拭おうとする。
けど、粘度の高い昆虫の血液はジェノールの目の周りに絡みついて、白い毛を真っ赤に染めながら固まっていった。視界が悪くなったジェノールは、ティンプルとの距離をうまくつかめなくて悔しそうに唸る。
『ティンプルのインセクトブラッドが炸裂しました。ここまで圧倒的優勢で試合を進めてきたジェノール・中野チーム。ついにティンプルの技を正面から食らいました。目が見えなくては、得意のディノニクスも繰り出せない。ティンプルの反撃がはじまるのか、それともジェノールに策はあるのか!』
遅れて一村の解説が入った。
ジェノールが冷静さを失くしてるからか、ワンダーシャドーで作られた十字架も崩れた。
ティンプルは影の拘束から逃れて自由になったけど、これまでに受けたダメージはけっこうキツそうだ。
あいりが『プーちゃん、プーちゃん』ってラインの外から心配そうにティンプルを見つめる。
今度はもう片方の手のひらの穴から強力なインセクトブラッドを放つが、ジェノールは高くジャンプしてそれを回避した。
『プラネタリウム』
いつからジェノールと一緒にいるのかは知らねぇけど、中野さんは優れたガーディアンだと思う。
焦らず取り乱すことなく、またジェノールの回避率を上げる指示を出した。
星空の暗いカーテンの中に引っ込んだ、すばやさの高いジェノールは……つうか中野さんのファルチェは、ティンプルの動きを見ながらでも二回連続で技を出せるくらいの賢くて強いモンスターだ。
このコンビはプライドも高そうだし、一筋縄じゃいかねぇよな。それこそ、中野さんとJSのあいりじゃ、七十年の人生経験の差があるんだ。自分のモンスターがレベルの違いすぎる相手にボコられるなんて初めてだろうし、可哀想だけどあいりにとっては試練だな。
『プーちゃん、花の楽園!』
またあいりが新しい技の指示をした。その直後、この野外会場を包む空気のすべてが、花のいい香りを漂わせた。
その香り、つうか花のオーラ、植物の生命パワーそのものがティンプルのところに集まって、ティンプルは両手を上げる。
開いた腕の中には花たちの生命エネルギーが集まって、みるみるうちにそれはデカくなっていった。異世界ヨコハマ版「元気玉」みてぇなもんか。
『ファルチェ、デスミュージカル』
芳しく色とりどりな花の香りと気配を蹴散らすように、ジェノールの爆音コンサートが降ってきた。
ティンプルの花の楽園は、いつの間にか見るからにこのバトルフィールドの上空を覆うほどのデカさにまでなってる。
あれを投げつけられたら回避不可能だろ、って思われるジェノールは、デスミュージカルでまたティンプルの防御力を下げた。どのタイミングで技を当てる気だ?
暗視モードになったカメラを載せたドローンが、星空の下に潜んだジェノールの顔を捉えた。モニターに映し出されたその勇敢な顔は、少し眼球が傷ついたのか、左目をぱちぱちと瞬かせているが、自分が負けるなんてこれっぼっちも思ってなさそうだ。やっぱジェノールかっけぇな。
ティンプルの新しい腰巻がぱたぱた揺れて、たまに強く吹いた風でそれがめくれると、やっぱ股間にはモザがかかってた。
そんなティンプルは大きく振りかぶって、めちゃくちゃ溜めてから花のエネルギーを集めたデカい球体を、ジェノールに向かって放った。
『いけ~っ! プーちゃん!』
あいりはジャンプしながらノリノリで叫んでる。ジェノールがいる場所は中野さんにも見えねぇだろうが、確実にジェノールに大ダメージを食らわせたはずだ。
ティンプルの大技、花の楽園が徐々に薄れて空気に溶ける。その名残がすっかり空に消えると、カメラはジェノールの姿を探した。
映したされたジェノールは、さっき受けたインセクトブラッドのダメージをまだ引きずってた。
左目はティンプルの鮮血で毛皮ごとべったりと固まって、完全に塞がってる。見える方の右目を残して、ジェノールは固まった自分の毛皮ごとインセクトブラッドをはぎ取った。そして顔面の毛皮の一部が剥がれた凄惨な様子のまま、空気を震わせるように大きく咆えた。
残りの体力を使って大技に賭けたティンプルは、もう策がないだろう。
『やっ、やだ、花の楽園を受けて立っていられるなんてウソ! プーちゃんの決めワザなのに!』
『ファルチェ、ディノニクスで楽にしておやりなさい』
『ジェルルッ!』
中野さんの指示は、あくまで冷静で的確だ。いまさらだけど、JS相手にちっと大人げねぇなって思わなくもない。
ティンプルはいま、自由に動ける状態だ。さっきみたいに磔にされてるわけでもねぇ。でも、右往左往してどこにも逃げ場がないことを察してるみてぇだ。
あいりはショックだよな。あれで勝ったと思ったんだもんな。そのまま膝から崩れ落ちて、ティンプルの姿を後ろから見つめるだけだ。
逃げるのを諦めたティンプルの顔から戦意が消えた直後、下から抉り込むように飛んできた、ジェノールのディノニクスが決まった。
ティンプルは自陣の真ん中あたりに落ちて、そのまま動けなかった。ジェノールは中野さんの傍までゆったり歩いて戻る。
ティンプルに近づいてカウントを数えた一村は、シックスまでカウントして両腕を大きく振った。
『ティンプル、戦闘不能! よって一回戦第一試合の勝者は、中野千代子選手とジェノールのチームです!』
「うおおおおぉぉぉ!」
俺たちは、三人並んで拳を上に突き上げた。周りの観客も大興奮で、歓声を上げたりジェノールを呼んだりして拍手が巻き起こる。
『ジェノールとティンプルでは、実力の差がありすぎたようですね。それにしては、ティンプルも健闘しましたし、ガーディアンとしての覚悟、そして精神面の強さが、勝敗を分けたのだと思います。中野さんは、いつどんな時も、ジェノールを信頼している。それが伝わってきた、いい試合でした。……って、ぼくのはなし聞いてます?』
「聞いてるって。やっぱりみゅう、一村より実況の才能ありまくりだよ」
俺はみゅうにハイタッチしたくなって、手を掲げた。みゅうはそこに、ちょんと液晶のカーソルを載せて笑った。
ティンプルに傷薬を飲ませたあいりが、ぐったりしたパートナーを抱きしめて声をあげて泣いてる。
なんだかなぁ、かわいそうに。いくらバトルだ試合だって言ったって、何度も思うけど、俺たちが戦うわけじゃねぇし、痛い思いをするわけでもねぇ。
いくらモンスターはバトルが楽しくて好きなんだって言われても、はい、そうすか……って安心するわけにもいかねぇよ。
でもあいりはきっと、これからもっと強くなるだろうな。
次は……あの美少年vs反社さんか。面白くなりそうだな。




