第51話 磔刑の美青年
『さぁ、アロマシャワーを受けたジェノールですが、到底そんなふうには見えません。すばやさはまったく下がらず、連続でプラネタリウムを放ちました! 上をご覧ください。私たちにもジェノールの姿を見ることはできません』
一村って女のキンキン耳障りな実況がこだました。ちょっとボリューム下げてほしいぜ。
さっきまで余裕で飛び回ってたJSあいりのティンプルが、さすがに不安そうな顔できょろきょろし出した。
敵がどこから襲ってくるかわかんねぇ状況って、マジでイヤだよな。って同情的な気持ちでいたら、ティンプルの左側になんか黒い光が動いた。一瞬光みてぇに見えたのは、ジェノールの首のとこについてる鎌で、それはしゅるっとティンプルの左の脇腹をかすめて、そんでジェノールのところに戻ってった。
『プーちゃん!』
ティンプルは咄嗟に避けたけど、わき腹に浅い傷を負ったらしくて、すっと線を引いたみてぇな赤い筋が……。
あ、あれって血か? モンスターの血も赤いの? 何か、中途半端にスモールライトを当てられた人間なんじゃねぇかって気がしてきたよ。ちょっとヤバくねぇか? ミーチューブだったら削除案件かアカBANだろ。
『プ、プーちゃん、むしめがね!』
あいりが叫んだ。ティンプルが気を集中させて、攻撃力を上げようとしてんのがわかった。
いまティンプルに攻撃技を出せって言っても、ジェノールがどこにいるのかわかんねぇ以上、狙いようがねぇんだから、意味がないって思ったんだろうな。けど、あいりのその判断は果たしてこの場で有効だったのか。
『ファルチェ、デスミュージカル』
おぉ、初めて聞く技だ。デスミュージカル、かっけぇじゃん。
で、肝心のジェノールはどこにいるんだ? って、俺と四條さんは暗くなった空に目を凝らした。そしたら星空のカーテンが僅かに動いて、次の瞬間、会場が揺れてるんじゃねぇかって思うほどの爆音で、ヘヴィメタ的なノイズとギターが鳴り響いた。
うぉぉ、やめてくれぇって、俺は耳を塞いだけど、コジたんは握った拳を突き上げてノリノリだ。
マジか! コジたんってこういうの好きなんだ! アニソンだけじゃないんだ!
ヘヴィな技をくらったティンプルは、金縛りにあったように動けない。左の脇腹からうっすら血を滲ませたまんまで固まってる。つうか感電したみてぇにビリビリしてるって感じかな。
反撃しようにも受けたダメージがデカすぎんのかもしれない。
『デスミュージカルは、相手の防御ががくっと下がる補助系の技です。ジェノールはすばやさを下げられたものの、二度のプラネタリウムで回避率が大幅にアップしています。それにひきかえティンプルは、ジェノールの気配すら追うことができません。あいり選手がティンプルにどんな技を覚えさせているかにもよりますが、相打ちを覚悟してでも技が当たれば、あるいは逆転の可能性は無きにしもあらずですが……』
みゅうが的確な解説をする。実況の一村よりもわかりやすい。
「みゅう、お前、実況席に行った方がいいんじゃねぇの?」
一村のいるあたりを指差して言ったら、みゅうは身体を左右に揺らしてイヤがった。まぁ、ヴェルト教団が念入りに準備してたイベントだから、何者かもわかんねぇタブレットに実況を任せるはずはねぇわな。けど、観客全員に向けてわかりやすい実況ができんのは、一村より断然みゅうだろ。だって一村、黙ったまんまだぜ。
それから、そうだよ。四條さんにも解説させてあげなきゃ、また無言のぐずりモードになっちまう。さっきだって体育座りしそうな勢いだったからな。
で、肝心の二階堂はどこだ? って場内を探したら、バトルフィールドの奥にいた。
長い脚を優雅に組んで、横にはプランシャが静かな殺気を放ちながらいらっしゃるじゃないの。特等席でご観戦とは、いい御身分だこと。
『プーちゃん、首を回しながらフェアリービーム!』
開始前は自信満々って態度だったのに、やっぱ子どもの戦いか。ジェノールが見えないなら、数打ちゃ当たる作戦に出たんだな。
ディアっちとマルゲのバトルの時、ディアっちもいまのティンプルと同じように首を動かしてドラゴンビームを放ってたな。
けどあん時はヨコハマ洞窟の中で、身体のデカい二体のバトルだったからこそ有効だったんだよ。狭い場所で相手がデカけりゃ、当たる確率は高いもん。
ここでジェノールに当たるってことはないと思うよ。
星空がゆっくり薄くなってきたけど、ティンプルはまだジェノールの姿をとらえられない。
「ジェノールのすばやさの能力値は、全モンスターの中でもトップクラスです」
ぐすっと洟をすすりながら四條さんが言った。
ジェノールは軽々とフェアリービームをかわして、するどい鎌でティンプルの肉を斬った。
『おおっと、あいり選手のティンプル、ジェノールの技によって深手を負ったようです。闇属性に効果の高いフェアリービームも当てることができない! 対してジェノールはいまだ無傷! 完封試合の予感もして参りました』
一村の芝居っぽい実況に煽られて、場内は一気に白熱した。
誰が見ても「小さな人間」って見た目のティンプルが、残虐に痛めつけられる様子が見てぇのかよ? それともなんだ、ジェノールの圧倒的な強さに反応してんのか?
俺だって最初は見た目がかっこいいジェノールを応援してたけどな、JSあいりの気持ちも考えてやってくれよ。なんかもう見てらんねぇよ……。
あいりの大事なパートナーのモンスター・ティンプルが、このままなすすべもなくフルボッコにされて倒れたら、どんなに悲しいか。
そりゃもちろん、バトルに出たいって立候補したのはあいりだけどな。親と一緒に来てんのか知らねぇし、試合後には傷薬でソッコー回復させてやるんだろうけど、それでもさ、バトルで技をくらえばモンスターだって痛てぇんだぞ。モンスターにだって五感はあるんだよ。
俺とひのまるに置き換えて考えたら、つらくてしょうがねぇよ。
あいり、早く次の技を出せよ。ティンプルがちょっとでも反撃できるように指示してやれ。頼むから。
『あいり選手、ティンプルに指示を出せません! 優勢技でもジェノールには歯が立たないのか。ティンプルのダメージは深刻です』
最初からふわふわ浮いてた妖精さんみてぇなティンプルは、ついに力尽きたのか、傷口を手で押さえながらフィールド内に落下した。けど、あいつにだって闘志はある。スリーカウントで起き上がって、小さい腕でファイティングポーズを取った。
『ふふふ、私と当たって残念だったわね、お嬢ちゃん』
中野さんがいじわるばあさんに見えてきた。あんな子ども相手にマジにならなくたっていいだろうがよ、って、俺も大甘なのかもな。だってこの理屈だったら、優勝すんのはあいりっていうことになる。フェアなルールで戦ってんだ。ガーディアンがしっかりしなくてどうするよ。
「厳しいお婆さんですね。でも、バトルとはそういうものです。案外ガーディアンよりもモンスターの方が平気だったりします」
コジたんが、自分に言い聞かせるように言う。やっぱコジたんだって、マリリンがあんな一方的にやられたら泣いちゃうだろ? そうだよな?
『いやぁ~っ、プーちゃん!』
『ファルチェ、ワンダーシャドーとディノニクス』
気づいたら手汗がすげえ。ぎゅっと力いっぱい握ってたせいで、俺の手のひらには爪が食い込んで、そこから血が滲んでた。
そんで、えっ、技って二つ同時に出せるんだ! って思ってたら、やっと、星空のカーテンの隙間からゆらっとジェノールが姿を見せた。で、ぼろぼろになったティンプルに近づいて、口からなんか出した。それはティンプルと同じ形の影になって、後ろから本体を覆う。そしたらティンプルは拘束着を着せられたみてぇに動きを封じられて、ジェノールはそんなティンプルの手のひらに、鋭すぎるかぎ爪を容赦なく貫通させた。
『ティン、プーッ!』
悲鳴をあげるティンプル。痛そうに首を振って弱々しく翅を動かしてる。
『プーちゃん!』
ジェノールが放った、形を自在に変える影は、みるみるうちに十字架の形になっていく。俺がさっき思った通り、まさに磔刑のキリストだ。
手のひらに開けられた穴は、十字架型の影にティンプルの身体を固定する。
磔にされたティンプルは、首をだらんと下げて戦意喪失状態だ。もう体力が残ってるようには見えねぇ。ジェノールの、次の一撃で決まりか。
『き、決まりました。ジェノールのワンダーシャドーとディノニクス。ティンプルは文字通り虫の息です。属性の相性が有利だったにも関わらず、ティンプルはもう反撃できないのでしょうか? このまま試合終了となってしまうのか! あいり選手の次の指示に注目が集まります』
モニターには、一村、あいり、中野さんと順番に顔が大きく映し出された。そしてジェノールの全身から顔、次にティンプルの足もとから舐めてって、顔までパンアップして寄る。
美青年ティンプルのその顔は、瀕死のようなんかじゃかった。瞳はギラギラ光ってて、まだ諦めてないことを物語ってる。JSあいり、頑張れ。ここでどんな技を出すかで決まるぞ!
『ジェノール、ディノニクスよ』
『ジェルルルル!』
ジェノールが唸りを上げながら、ティンプルにゆっくり迫っていく。
最後の一撃と思われるディノニクスを放とうと、真っ白くてモフモフの腕をきれいな弧を描くように上げて、シュッと振り下ろした。
黒い影でできた十字架を背負うティンプルは、その瞬間、顔を上げてジェノールを見つめてた。するどいディノニクスが放たれ、ティンプル絶体絶命! と誰もが思ったそのとき、ティンプルの腰に巻き付いてた緑色の布が破れた!
モニターにドアップで映るティンプルの股間! いやっ、うそだろ? そんなまさか!