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第50話 ティンプルvsジェノール

 女がマイクを口もとに持って行った。すぅっと息を吸い込んでいよいよか! ってドキドキしてたら、そのまま第一声を発するんじゃなくて溜めた。

 をい! ここで溜めんなよ! そう思ったのは俺だけじゃないはず。

 イベントスペースに急遽設置された観客席のところどころから、女と同じタイミングで溜めた息を吐き出す音がきこえた。


 それからざわざわしてた雑音みてぇな声が次第に止んでって、みんなの緊張が高まってんのがわかる。気づくとスペース内は静まり返ってて、自分の呼吸の音が大きく感じるほどだ。

 その直後にリング中央の女が右手を高く上げた時、会場は爆発したような歓声に包まれた。いや、そもそもキャパは百人だから爆発っていうのは大げさか。


『みなさま、大変お待たせいたしました。ただいまより、プランシャとのバトル権を賭けたトーナメントを開始いたします。実況と審判を務めさせていただきます、一村です。よろしくお願いいたします』


 一村って名乗った女は、右手を胸のところに持って行きながら右脚を後ろに引いて、綺麗に深くお辞儀をした。

 隣の会場でビデオが上映されてたのと同じ、でかいスクリーンにトーナメント表が映し出される。試合ごとに、対戦する二人の選手……つってもニンゲンの方な、モンスターは何が出てくるか現時点では公開されてないから、その顔写真と一緒に紹介された。


『一回戦第一試合、あいり選手vs中野千代子選手。第二試合、水嶋奏選手vs堀江修三選手。第三試合、宮本和真選手vs草野崇選手。第四試合、秋葉洋一選手vs牧内しおん選手です。第一試合のあいり選手と中野選手は、実に七十歳の年齢差があります。使用するモンスターについては、こちらも把握しておりません。果たしてふたりはどんなモンスターを出すのか、そしてどんなバトルが繰り広げられるのでしょうか』


 さっきまでは「仕事だから仕方ない」って感じの渋ヅラだった女は、演出上の問題もあるからか、はつらつとした顔でアナウンスをはじめた。

 俺から向かって右側にはあいりちゃんが、左側には中野さんがそれぞれ立ち、自分のモンスターを出現させる。


『中野選手のモンスターはジェノール、あいり選手はティンプルを使用。ジェノールの属性は闇と魔法、対するティンプルは妖精と昆虫です。第一試合から予測不能なバトルになりそうで期待が高まります!』


 うおぉぉぉ、と格闘技の観戦に来てると錯覚しそうな、野太い声援。バトルウオッチャーってやっぱ多いんだな。


 ここで俺は、隣の四條さんを肘で軽くつついた。四條さんは背筋をピンと伸ばしてメガネのブリッジをクイっと上げる。それから、言われるまでもないといったドヤ顔で解説を始めた。


「ジェノール。属性は闇と魔法。シロクマとオオカミを足して割ったような、純白で美しい四つ脚のモンスターです。首の前には漆黒のカマがついており、飛び道具としても使用可能です。鉤爪攻撃と合わせれば一撃で相手のモンスターを倒してしまうこともあります」

「おお~、さすが四條さん」 


 久々に四條さんのイケボでモンスターの解説を聞いた気がする。やっぱいいな。

 ジェノールを見ると、十二にゃんより二回り程度デカいって感じで、にゃんずにも引けをとらないほどかっこいいデザインのモンスターだ。

 脚もとはスモッグに包まれてるみてぇに霞んでて、どの方向に動くのかも読みにくい。つまり相手のガーディアンにとっては、ジェノールが走り出したりするタイミングが計りづらく、やりにくいことこの上ないかも。

 あいりちゃんは恐怖を感じてるかもな、と思ってバトルフィールドを見たら、自分のパートナーが宙に浮かんでる後ろで、生意気な顔でふんぞり返ってた。で、あのモンスター……つうかあれってモンスターなの?


「ティンプル。属性は妖精と昆虫。二十代なかばk……」

『二十代半ばくらいの裸の成人男性に、昆虫の翅がついたような外見で、身長は六十センチ程度。澄んだ緑色の腰巻をつけています。両方の目尻に赤い×のステッチが施されており、黒い目の下には深い隈が刻まれています。まあ、ひと言で表すとヤンデレ風ですね。森の湖の近くに棲息しているようです』

「みゅう! 久しぶりじゃん!」

『セミナー中でしたからね。カズマさんがバトルに立候補したおかげで、バッグの中で大人しくしているほかありませんでした』


 俺とコジたんがみゅうを囲んで盛り上がってたら、いいとこで横からみゅうにかっさらわれた四條さんが、パイプ椅子の上でも体育座りをしそうな感じでブツブツと口の中で呟いてた。この人、まだこうなんや……ってちょっと気になったけど、いまは機嫌を取ってる暇はねぇから、気になりながらもティンプルを見る。


 そういえば、昔やってたゲームにも「人型」のモンスターはいた。でもそれはヒトと同じ体つきっていうか、全体のバランスが人と似通ってて、そんで二本脚で立ってるっていうだけで、ここまで「人間です!」って主張してるんじゃなかった。

 つまり、「人間に似た何か」っていうことは明らかだったわけで、全裸でいても全く違和感はなかった。

 人型のモンスターって、アニメやゲームじゃ股間に性器ってねぇよな? ツルっとなんにも付いてないのが普通だよな? でもこのティンプルって、腰に布を巻いてんだよ。磔刑のキリストみてぇな感じの。そうするとさ、思うじゃん。こいつってもしかして腰巻の下にちんこあんのか? で、それを幼女が持ってていいのか? って。


『おばあちゃん、残念だったね。あいりと当たるなんて』


 くすくすっ、とあいりちゃんが笑って、その顔が画面いっぱいに映し出された。

 中野さんは黙ったまま、何も言い返さない。

 画面が半分になって、あいりちゃんと中野さんの顔がそれぞれ大アップになる。不敵に笑うJSと、僅かに口角を上げる高齢女性。

 相手を煽るようなあいりちゃんとは対照的に、格の違いを滲ませるような中野さん。お互いのモンスターの外見も相まって、誰が見ても中野さんとジェノールのコンビが勝つと予想しそうなもんだけど……果たして。


『位置についてください。どちらかが戦闘不能になるか、ガーディアンがタオルを投げた時点で試合終了とします。または、ラインから外に出ると負けです』


 一村は首を左右に動かして中野さんとあいりちゃんに言った。ラインの外側まで出てから礼をして、バトルフィールドから離れる。

 中野さんはジェノールを、あいりちゃんはティンプルを撫でてから、それぞれのモンスターをラインの内側に立たせた。


 さあ、いよいよだな。俺もドキドキしてきたぜ。


『第一試合、あいり選手vs中野選手、はじめ!』


 カーン! とゴングが鳴る。

 二匹はじりじりと距離をつめ、近くで睨み合ってから一旦後ろに引いた。ジェノールはティンプルを威嚇してるみてぇだけど、ティンプルはまったく人間みてぇな顔でニヤニヤ笑いながら、攪乱するように飛び回ってる。

 しっかしティンプルの顔だけが画面に映ると、マジで人間だな。イケメンていうよりは、けっこうな美青年て感じ。それが六十センチくらいしかないんだから、なんかちょっと不思議でほんとに妖精さんみてぇだ。


『先に行くよっ! プーちゃん、アロマシャワー!』


 あいりちゃんが人差し指を立ててかわいい声で指示を出した。「プーちゃん」と呼ばれたティンプルは、甘くいい香りを俺たちのところまで届かせて、ジェノールの素早さをさげる。

 これってヨコハマ洞窟で、石ころ軍団にリンリンが放ってくれた技だ。補助系の技はしばしば一匹じゃなくて、たくさんいる敵の動きを鈍らせたり、攻撃力をさげたりしてくれる。


 ジェノールが不快そうに首を振って、何度かくしゃみをした。それから低くジャンプしてバトルフィールドを踏み直し、綺麗な声で吠えた。中野さんに指示を出せっていう意味だろう。


『ファルチェ、プラネタリウム』


 これも知ってる技だ。ディアっちとマルゲのバトルの時、四條さんが最初に使ってた。

 あの狭い洞窟の中で身体の大きいマルゲに使わせても、あまり意味はなかったけど、ジェノールなら充分姿を隠せるはずだ。

 バトルフィールド上空に星空のカーテンが現れて、ジェノールはその中に潜り込むように身を隠した。


『続けてプラネタリウム』


 ティンプルより素早さの高いジェノールは、もう一度プラネタリウムを使った。ティンプルからジェノールが一切見えなくなって、ジェノールは星空の中で気配を絶った。


『技は当たらなければ無効と同じなのよ、お嬢ちゃん』


 中野さんがニヤッと笑う。妖精技をくらったら大ダメージのジェノール、属性としては劣勢だとしても、中野さんとの長い年月で培われたバトルセンスで圧勝なのか? それともJSあいりに何か秘策が? 


 こういう形で他人のバトルを見るのなんか初めてだから、俺の頭も混乱しそうよ。

 属性とか相性とかバトル経験とか、もう色んな要素が絡み合って、それでも試合は最後までわかんねぇ。

 JSあいり! 早くティンプルに指示をだすんだ!

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