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第5話 ユキナリくんが死んだわけ

「マルゲリータ!」


 四條さんが焦って叫びながら走ってくる。マルゲの顔部分が地面に着いてしまう直前に、その頭を抱きとめる。瀕死状態のマルゲに何かを与えてダメージを回復させると、マルゲはちょっと嬉しそうな顔をしながら、四條さんの手のひらに吸い込まれていった。


 えっ? あれナニ? なにアレ? 俺も欲しいんだけど! 俺だってひのまるが痛い思いをした時には速やかに苦痛を取り除いてやりたいよ。


「ユイ、いま四條さんがマルゲにやったのってなに?」

「回復剤よ、きっと。でもカズマ、あれってけっこう高いのよ」


 そうか、ここでも結局カネがモノを言うんだよな。死んでも変わらねえ、拝金主義のクソ世界か。って、俺が言うと負け惜しみになるんだろうけど。


「負けました。賞金です」


 四條さんは大人っぽいオシャレな長財布から五千円札を抜き出すと、親指と人差し指で持って俺の方に差し出した。

 いいスーツ着てるし、けっこうカネ持ってそうだし、一万円は来ると思ったのにゲーセンかよ。そもそもこの賞金額はどうやって決まるのか、あとでユイに訊いてみよ。ユイみてえに三百円しか寄越さないガキとバトルしたって時間の無駄だしな。


「ありがとうございま……、えっ? あ、あの……?」


 俺の方に差し出された賞金の五千円札は、四條さんの指に張り付いたみたいに離れなかった。俺も親指と人差し指でつまんで力を入れてぐいぐい引っ張る。


 おいおい、まさか負けたのにカネ出さないつもりかよ? って、俺はちょっと不安になったけど、やがて四條さんは諦めたように力を抜いて、目に涙を浮かべてその場にしゃがみこんだ。


「うぅぅぅぅっ……、あぁぁあぁぁ、だめだ、もうだめだ。どうせ俺はここまでの人間なんだ。大人なんだし、未成年相手に小銭を差し出せるわけがないだろう。金もない、もう一度死ぬこともできない、俺はこれからどうすればいいんだ。どうやってこの世界で暮らせというんだ……」


 屈んで頭を抱え、泣きながらぶつぶつ呟く四條さんを見ながら、俺とユイは顔を見合わせた。俺はたったいま勝ち取った賞金を、まだ右手に持ったままだ。

 こんな情けない様子を恥ずかしげもなく見せる大人に返してやるべきなんだろうか? 

 目でユイに訊くと、ユイはしかめっ面して首を振る。『返さなくていい。賞金は賞金だから。芝居かもしれないしね』って、ユイの顔は言ってる。

 だよなぁ? 俺だって返したくなんかないけど、こんなみっともない大人って、どうなの? って、また二人で無言のまま見つめる。

 でもなんか放っとけなくて、肩に手を触れてあげようかと俺は一歩を踏み出した。ユイがそれを軽く制するんだけど、なんか興味もわくじゃん? この人の人生ってどんなだったのか。


 て、痛てててて。そういえば俺の脚は電柱の端の下敷きになったんだったっけ。体育座りで嗚咽してるスーツ着たイケメン……に近づいていくと、俺の脚はズキズキ痛んだ。


「あの、四條さん……?」


 おそるおそる声をかけると、四條さんは「待ってたよ!」とばかりに独り言を吐き始めた。


「俺は……俺はこんなに小心者のくせに、下手に見栄を張るからこうなったんだ。いつもそうだ。真理にはいい男と思われたくて、ブランド物のスーツや高級腕時計を装備してデートした。指輪やバッグをプレゼントし、半年後まで予約が取れないような有名店でディナーを楽しんだ。真理はいつも喜んでくれたし、とびきりの笑顔もくれた。結婚の話に繋がるのは当然かと思われた。だが俺は、いいカモだったんだ。真理にとって俺は『いい女でいさせてくれる』男に過ぎず、俺のような男は他にも数人いた。真理が結婚相手に求めていたのは、『年収三千万円以上』だったんだ。騙されていたことに気づいた俺は、ただ最後に真理と話がしたかった。だが電話もLINEもつながらず、俺は廃人のようになった。会社を無断欠勤し、一日中部屋にこもって真理からの連絡を待った。当然クビになり、何もかもを失くした俺は、会社のビルの屋上から飛び降りて死んだ。社畜でもないのに、だ」


 俺はたったひとこと声をかけただけだったのに、四條さんは「訊いてくれてありがとう! 僕はこうして死に至ったんだ!」って感じで一気にまくし立てた。あ、そうだったんすか……。


「うわー、キャラクター紹介、ありがとうございまーす……」


 俺はバトル前の四條さんとの違いに呆然としたけど、こっちから何も訊かないうちにペラペラしゃべる四條さんが、ほんとに哀れっつーか不憫っつーか、情けないヤツっつーか。まぁ、同情はするけどね……ていう感じで好感度は最低ランクに振り分けておくことにした。


 まぁ、俺だって人生に絶望してジサツしたら、こんなところに来ちゃったわけで、四條さんがいつからここにいるのかは知らないけど、ラクになれると思った究極の選択の結果、まさか「異世界に転生」しちゃうなんて、女に捨てられて空っぽになった人間に考えられるはずもない、か。いや、それよりずっと気になってたことがあったんだ。


「なぁ、トラックに轢かれてもいないのに異世界転生するわけ?」


 ユイに訊くと、ユイはちょっと得意そうに答えた。


「それは、カズマが生きてた『現実世界』での、創作の話でしょ。日本の自殺者は年間二~三万人を推移してるみたいだけど、トラックによる死亡事故はそれほど起こらない」

「ふーん、で、ユイはいつからここにいるんだ? え? じゃあ年間三万人もこの世界の人口って増えてんの?」

「さあね、たぶん違う。そんなには増えていないと思う。って、あたしのことは今はいいから、四條さんの話に付き合ってあげなさいな。それと……、ありがとね」


 ズキズキ痛む俺の脚を指して、ユイは小さな声で言った。素直じゃねえな、と思いつつ、試しに薬や包帯なんかを持ってないかと訊きかけた俺は、ひのまるって名前を付けたばっかの足元にいるパートナーを見た。


「ひのまる、かっこよかったぜ。ありがとう」


 抱き上げて手を開いて、そこにひのまるを戻そうとしたが、ダメージのあるひのまるは寂しそうに首を振って、吸い込まれて行かなかった。


「ユイ! ひのまるが手の中に入らない!」

「あぁ、けっこうなダメージだもんね。カズマはモンスター用の傷薬なんか持ってないでしょ。バトルで一定以上弱ったモンスターは、その怪我を治してあげてからじゃないと入ってくれないのよ。あいにくあたしも予備の薬は持ってないし……。薬局か病院を探そう」


 俺はひのまるの顔をのぞきこみ、それから身体のあちこちをチェックした。辛そうにぐったりしたひのまるは、体温も少し下がってるようだ。首周りでゆらゆらしてる炎に触れたら、指に少し火傷を負ったが、そんなことはどうでもよかった。早くひのまるを楽にしてやりたい。


「その子が弱っているのは、マルゲリータとのバトルのせいです。私も同行させてください」


 体育座りでグズってた四條さんが立ち上がって言うんだけど、この人あんまり役に立ちそうにねえじゃん……。でも、そのやさしさは嬉しい、かな。そんで眼鏡を外して涙を拭いた四條さんは、さっきの自信に満ちた雰囲気に戻ってて、まあこれならいいか、と思った。


「カズマが持ってるのが五千三百円。あたしは千二百円」

「私は……八百円しか」


 最年長の四條さんが最低額かよ。おいおい、大丈夫かこの人。


「みんなで七千三百円か……。病院代にはならないかもね。薬局を探すわよ!」

「おい、俺も怪我人だぞ!」


 さっさと歩き出すユイの後を追いかけながら、俺だって脚いてえんだって、と思ったらちょっと悲しくなった。



 地元の空き地を抜け出して、俺たちは三人で駅を目指した。現実世界だったら、駅に着くまでにドラッグストアのチェーン店がいくつもあるし、駅周辺にだっていっぱいあるのに、こっちの世界では全然見ない。


 横浜駅西口を出て数分のところに、黒地に黄色い文字がうるさいほどの看板が見えてきた。


「あった。あそこでモンスター用の薬が買えるわ」


 ユイがほっとしたように言って、俺たちは早足でそこに向かった。




 『炎・中』と書かれたラベルには、炎がメラメラ燃えるイラストが描かれてる。なんかちょっとイメージ違くねえか? って思ったけど、これでひのまるが元気になるならデザインセンスにこだわってる場合じゃない。


「この様子だと、『小』じゃ足りないかな。これから先のことも考えて、中瓶をいくつか買っておいた方がいいと思う。薬局がすぐに見つかるとは限らないからね」


 ユイが小瓶と中瓶を手に取って見比べる。たいていは、大きい方が割安だよな。


「じゃあユイ、お前もリンリンの……」

「あたしは負けないからいいのよ。さっ、早くひのまるを助けてあげて」


 ふざけんなよ、ひのまるに瞬殺されたじゃねえか!


「うげっ、なにこの値段!」


 俺は、ユイが取り出した中瓶の棚に貼られた値札を、思わず二度見した。千九百八十円。これを安いとは思えないが、ひのまるが苦痛から解放されるなら安いもんだぜ。きっちり消費税はとるんだな……。レジ袋は有料か?


「ポイントカードお作りしますか?」


 レジの人は、コンビニにいた人みたいにやっぱりちょっと怖かった。なんつうか、あれって絶対ヒトじゃないって感じ。


「旅の途中なので……あぁ、全店で使えますか?」


 一度はいらないと言いかけて、ユイは全国で使えるなら、とポイントカードを作ってもらった。初回の買い物だからポイントは二倍。あんまり薬を使うような事態にはなりたくないけど、今回みたいにすぐに使ってやりたいときに持ってないのはひのまるが可哀想だ。次に賞金をもらったら、予備の薬を買っておこうと決めた。


 薬局を出て、ひのまるに薬を飲ませた。本当に一瞬で効いて、ひのまるは元通りの元気な姿になった。ひのまる、ごめんな。これからずっと大事にするからな。


「ねぇ、お腹空かない?」


 安心したら腹が減ったのか、ユイがぶっきらぼうに言う。

 そうだ、俺たち魚が食べたかったんじゃん。陽が落ち始めてて、もう夕食時だしな。俺は手の中の現金を見た。せんさんびゃくろくじゅうえん。

 これで三人分の焼き魚定食を食べさせてくれるところ、誰か知りませんか……?

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