第48話 牧内しおん
いや、本人だよな?
……考えてみりゃ、俺がこうやってステージに上がったのなんか、中学の時の合唱コンクール以来かも知れねぇ。ずっと部屋にこもって漫画ばっか描いて、それが何より楽しかったんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。
けど、ここにいる八人の中で、ぜったいに一番多くステージライトを浴びたはずのこの子は、まだ死んだみてぇな目のままで俺の前に立ってる。
牧内しおん。確か七人組のアイドルグループ『palette』だっけ? のメンバーだった。
俺が死んだ、去年の十二月三十日より二ヶ月くらい前だったか、自宅で死んでるのが発見された。死因は事故または持病によるものだって発表されてたけど、その「持病」が何だったのかまでは明かされなかった。
Palette内でいじめがあって、それを苦に自殺したんじゃないかって、ネットでは憶測が飛び交ったけど、事務所はそれを全面否定したんだよな。ま、当然だわな。そんな噂がはびこったら、残ったメンバーの今後の活動にも影響大だし。
「故人への誹謗中傷にあたるような発言は控えてほしい」って、事務所サイドとしてはごく当たり前の対応。けどさ、牧内しおんがいじめの被害者だったとしたら、その噂で困るのは残った子たちであって、「故人への誹謗中傷」とは違げぇだろって、俺そん時思ったんだわ。いまとなってはどうでもいいことかも知れないけど。
Palette自体が超人気アイドルってほどじゃなかったからか、しおんが死んでから一ヶ月も経つと、ネットで話題にもならなくなってた。
けど、やっぱりこの子、ジサツやったんや!
俺はそう確信して、前にいるしおんの背中をガン見した。そしたら、視線に気づいたらしくて振り向いたしおんが俺を見た。
「……あなた、私のこと知ってるの?」
「あ、ああ、はい……」
「そうなんだ。あなたも自分のいない世界を望んだのね」
この子、十七歳で死んだんだよな。なんでこんな……達観してるっつうか落ち着いてるっつうか、十七って言えばユイとタメじゃん。全っ然ちがうタイプだ。
アイドルっていう職業をこなしてたくらいだから、見た目は充分可愛いとは思うけど、でもユイの方がいいな、……いや、なに考えてんだ、俺。ぷるっと頭を振って、俺は目の前のしおんを観察した。
これって私服なのか衣装なのかわかんねぇけど、テレビに出てた時と同じ、ベビーピンクの甘ロリ系のワンピースを着てる。
Paletteの衣装はほとんどロリータ系で統一されてて、センターの二人がゴスロリ、あとのメンバーはピンクと水色と黄色と……あとは何色だったっけ? ま、そんな感じでカラーが分かれてた。
俺はむしろこの子が生きてた時よりも、死んだあとにネットで話題になった時に目にした程度だから、「死んだ子」っていうイメージが強かった。
だから可愛いけど暗めっていうか、アイドルにしては明るくないっつうか、そんな感じに思ってたけど、こうして近くで見ると、抜けるように白い肌に淡いピンクの衣装がよく似合ってて、両耳の上で縛ってリボンをつけた髪型はお人形みたいに可愛くて、全体的に作りものみたいな細い身体は、十七歳っていうよりも子どもみたいだ。それがなんだか痛々しくて、とてもじゃないが「推し」なんて言って夢中になれる気がしねぇ。
ふと、しおん以外のバトル希望者を見たら、なんとなく直感した。たぶんジサツして転生してきたのは、俺としおんだけだ。
あとの六人は、きっとここで生まれた人たちだと思う。とすると、その人たちにとってここは「異世界」じゃなく「現実世界」なわけで、初めて会ったときユイが言ってたことに当てはまる。
『あたしには当たり前の世界だけど』
ユイの生意気な口調と声が頭によみがえった。
ここが「当たり前の世界」として生きてる人に話を聞きてぇと思って、同年代らしいやつに近づいてみようとしたとき、二階堂がぱんぱんと手を叩いた。
俺もみんなも、そっちに注目する。
「八名のガーディアンの皆さま、立候補ありがとうございます。いかがでしょうか、私のプランシャとのバトルを懸けて、トーナメントを勝ち抜いてみませんか?」
マイクを通して響いたセリフに、俺はグーにした右手を構えたまま固まった。え……、じゃんけんで決めるんじゃねぇの?
おもわず「は?」って間抜けな声を出しちまったけど、他の七人も顔を見合わせて、ほら、うろたえてんじゃん。あの人なんか怒り出しそうだぜ。たぶん反社のヒトっぽいけど……当たりたくねぇ……。
だってさ、トーナメントって言うことはだよ、二階堂のプランシャのとこに辿り着くまでに三バトル勝たなきゃならないワケだろ。ノーダメージで勝ち上がれればいいけど、そうじゃなきゃすげぇ不利じゃん。ったく、なに考えてんだよ。
ところが、ところがだ。俺がそう思った数秒後には、客席から拍手と歓声が巻き起こった。これもお前らの演出かよ?
四條さんとコジたんの方を見ると、周囲を軽く見まわしてからステージの俺と目線を合わせて、厳しい表情で頷いた。えっ? それってどういう……。
「プランシャとバトルが出来るのは、トーナメント戦を勝ち抜いた一名様とします。最大三試合ありますので、一試合ごとにモンスターの回復を認めます。使用するモンスターは一体。複数のモンスターをお持ちの場合、試合ごとに別の個体を使っても結構です。ここまでで、何かご質問はありますか」
言い終わった二階堂が俺たちの方を向いた。その顔を見た瞬間、俺はすべてを悟ったね。この展開も今のセリフも、初めっから用意してたもんだろ、ふざけやがって。
確かにな、バトルはガーディアンもモンスター自身にとっても、お互いを知ったり親交を深めたりって、いい手段ではある。
モンスターの傷薬を準備してんなら、バトルのあとはすぐに元気になってくれるし、何よりモンスターが楽しんでくれるなら俺だって嬉しい。
けど、戦ってくれるモンスターに対して「使用する」って言い方はねぇだろ。そこはスルー出来ねぇな。モンスターはガーディアンの大切なパートナーだ。モノじゃねぇ。
二階堂の横についてるプランシャは、「出てくる感じ」が二階堂とそっくりで、ヘンな自信を持ってるっつうか、常に相手をコケにしてるような、性格の悪さがにじみ出てる。
それはプランシャのせいじゃなくて、ガーディアンの二階堂の育て方が悪いんだと思う。きっと今までに、何度もなんども望まないバトルをやらされてきたんじゃねぇかな。それできっと、あいつは何かを諦めたんじゃないかって思うよ。それとも、教団員と同じで洗脳されたか。
とにかく本来のプランシャは、あんなじゃないはずだ。だって十二にゃんだもん。
手を挙げる人は誰もいない。誰も何も言わない。みんなそれで納得したってこと?
さっき棒グラフを表示させたスタッフが、筒状に丸めた紙を持ってきた。ステージの真ん中まで来て、そいつは俺たちに軽く礼をしてからそれを二階堂に手渡す。
「それでは、トーナメントの組み合わせを抽選で行います!」
いや、俺たちそっちのけかよ、ってまたもやイラっとしたけど、二階堂は客席に向かって声を張り上げた。
そうだ、客席にいる参加者は、すでに観客だ。ステージにあがった時点で、俺たちは二階堂が描いたパフォーマンスの一部を担ってるって訳だ。イベントに文句をつけたりすれば、次のセミナーには参加できないだろう。
互いに顔色をうかがいながら、俺たち八人は二階堂が差し出した割りばしの束から一本を引く。その先に書かれた数字によって、トーナメント表に自分の名前が書きこまれる。
一回戦は誰と当たるんだろうな。そんで、その人はどんなモンスターをパートナーにしてんのかって、俺はドキドキしながら割りばしを握った。
視線を感じて横を向いたら、しおんが笑顔で俺を見てた。いや、こいつとも当たりたくねぇ。
「3です」
俺が引いた割りばしの先に書かれてたのは「3」だった。第三試合ってことだ。隣の隣にいたスーツの男が、そこに自分の割りばしを載せて「よろしく」と短く言った。イケボじゃん。
「残念。私は4」
しおんは「4」の割りばしを左右に振りながら溜め息をついてる。俺とやりたかったのかよ、と思ってなんか複雑な気持ちでいたら、俺の右隣にいた大学生くらいのやつが、ふらふらってしおんに手を差し出した。
「えっ? 牧内しおん? マジ? ホンモノ?」
たぶんこいつは、ここで生まれたはず。で、この世界でも「俺の現実」で生きてたアイドルが知られてるっていうことは……うーん、クソッ、なにがなんだかわかんねえよ。
しおんはそいつの手を両手で包んで、握手会みてぇにサービス笑顔を見せる。そして俺にも手を出せって、身振りでアピールしやがった。いや、俺オタクじゃねぇし。
二階堂が指をパチン、と鳴らした。ステージ奥上のスクリーンに俺たち八人の顔写真付きトーナメント表が映し出される。いつの間に写真まで用意してんのさ!
「第一試合、あいり選手vs中野千代子選手。第二試合、水嶋奏選手vs堀江修三選手。第三試合、宮本和真選手vs草野崇選手。第四試合、秋葉洋一選手vs牧内しおん選手です。みなさん、ご自分のお名前の下にお立ちください」
スクリーンに書かれた自分の名前の下に、俺たちは一列に並んだ。
第一試合は小さい女の子対お婆さん。第二はアニメに出る王子様みてぇな美少年対反社。第三は俺とイケボのおっさん。第四はしおん対学生風の男、か。
勝手に「選手」なんて呼ばれたけど、実際にやんのは俺らじゃなくてモンスターだろうがよ。
俺、二階堂ってほんとに嫌い。もっとモンスターに対して敬意を払え。モンスターは道具やモノじゃなくて大切なパートナーなんだってこと、俺がこれから教えてやるから、プランシャと待ってろよ!