第47話 植物の十二にゃん
客電が落ちて、あぁ、このオープニングのサイケデリックな映像には、きっとサブリミナル的なヤバいカットが組み込まれてて、自覚しねぇうちに洗脳され始めてんだろな。
音響だってもちろんおかしい。いろんな国のいろんな宗教音楽を重ねて、そこにノイズをミックスした感じ。腰の奥がムズムズするような気持ち悪さっていえばいいか。いや、逆にわかんねぇか。
とにかく椅子にじっと座ってるのが苦痛な感じだ。
コジたんと四條さんをちらっと見たら、二人ともスクリーンを食い入るように見つめてる……ように見える。
俺は俺で、極彩色のアメーバが花になったり動物になったりって、ゆっくり動いてたものが急激に形を変えていく映像に徐々に不快感を覚えつつ、身体的にも不快な、つまり吐き気を催しそうな不安を感じてた。
本当は、見ない方がいいのかもしんない。でもこれは目を閉じたってムダだ。まぶたの裏にこの光景がしつこく表れて、見てない分だけ音はもっと強烈に頭に入ってくるだろう。それに、目を逸らした奴はきっと、教団にふるい落とされる。
んなことになったら元も子もねぇじゃん。潜入どころか、シャードネルみてぇな目に遭ってるモンスターたちを助けたいっていう、俺たちの野望が叶わなくなっちまう。
気持ち悪りぃ映像とノイズ音楽が最高潮に盛り上がる。身体の中の、血管とか筋肉とか内臓とか、もっと小さい細胞とかが一斉に沸き立つような不気味な感覚。
自分の中身を自分で制御できねぇような、情けなくて心細くて不安で、そんで……畏い。いま、誰か頼れる人が目の前に現れたら、差し出されたその手に縋りたくなっちまうのかも、と思った。
そうしてみんな取り込まれてったのかな。
混乱気味の頭をスッキリさせなきゃって、俺はちょっと焦ってた。ひのまると雪風が入ってる手をそっと触って、心を落ち着ける。前を見つめたまんまで深呼吸。ほんとは両手でぴしゃっと顔を叩きたいくらいだけど、そんなことやったら目立ってしょうがねぇ。
いつの間にかヘンな音響が止んで、野鳥の声と水の流れる音が遠くから聞こえてた。
一瞬、自分がどこにいるのかわかんなくなる。
スクリーンの中じゃ、極彩色の金魚の群れがきれいな渦になって、緑色の背景に溶けるように消えた。代わりに映し出されたのは、さっきパンフレットで見たような光景。無農薬栽培された野菜を収穫する家族が、嬉しそうに笑ってる。
『このように、異世界ナチュライフの会では、家族ぐるみで収穫の喜びを味わうことができます。大いなる大自然のもと、あなたと、あなたの大切な人たちの真の救いのために……』
女性のナレーションが流れて、会員へのインタビューに変わる。
答える会員たちの誰もが、毎日幸せだと実感する、健康を取り戻した、と笑顔で語る。それから、以前のセミナーで無添加パンを作った時の様子へと続いた。
ここで、四條さんが俺の脇腹をつついて合図を寄越した。俺も隣のコジたんの柔らかい脇腹をつつく。指先がぷよっとした肉に埋まる感覚にちょっとびっくりしつつ、早速打ち合わせた通りにスタッフの姿を探した。
いやもちろん、並んだ三人が同時にきょろきょろしたら目立っちゃうからさ、そこはやっぱり一人ずつ、そんであくまで動きは最小限にね。
上映中は中が暗いっていっても、暗視スコープを着けた奴がいるかもしれねぇじゃん。だから気づかれないよう慎重に、後ろに目がついてるくらいの集中力でいくぜ。
座席の左右に一人ずつ、最後尾に一人、スクリーンの左下に数人いるのは、おそらく教団幹部かそれに近いやつらだろう。受付や係員みてぇないわゆる「モブ」は、会場の一番後ろにいくつかある出入口を塞ぐように、一列に立ってる。
スタッフの人数をだいたい把握してスクリーンに視線を戻す。そしたら画面が切り替わって、放牧場みてぇな広い草原で遊ぶモンスターの姿が映し出された。
『こちらは、私たちが保護したモンスターのシェルターです。野良のモンスター、ガーディアンに捨てられたモンスター、また、私たち異世界ナチュライフの会で生まれたモンスターたちは、無添加のフードを食べて元気に暮らしています。彼らは一緒に走り回り、そしてバトルをして親交を深めます。入会して頂くことで、モンスターとの触れ合いはもちろん、いまお持ちのモンスターをこちらで預かり、強く育てることも可能です』
ナレーションのあと、そのシェルターにいるたくさんのモンスターが映し出された。
あれって、ポコロンじゃん! なんか懐かしいな。それから、ゲッシャン、モモイロアシ、メンガタメ……って、大きさも属性もバラバラのモンスターたちが、同じ場所でのんびり過ごしてる様子は、うん、確かにこれ見せられたら、ガーディアンたちは信じてモンスターを預けたくなるかもな。
そんで、あっ! あれって……。
「し、四條さん!」
俺はどうにも抑えきれなくて、四條さんの名前を呼びながら、スーツの肩を叩いた。
「カズマくん、どうしたんですか?」
打ち合わせにない行動は、ときに命取りになるってわかってるよ。だけど、あれ、あいつって十二にゃんだよね?
「いま映ってるのって、十二にゃんの……」
「あぁ、シャノワールですね。闇属性の。きょうだいでしょうかね? 仲がよさそうだ」
通路横に待機してたスタッフの一人がこっちを見てたけど、参加者同士のこんなやり取りは普通らしく、すぐに顔を正面に戻してた。
そうだよな、一緒に来た者同士が小声で会話するのなんか普通だよな。
シェルターのモンスターたちは、どの子もカメラを避けるでもなく生き生きとした様子で、この映像からは不審な感じは受けなかった。
「カズマくん!」
マンガの吹き出しに書いてあるとすれば、点線の文字だろうなって思った。それくらい小さい声で、四條さんはスクリーンから目を離さずに言った。
「気づきましたか? 0.5秒くらいのほんの一瞬ですが、長回しと見せかけてカットが入りました。おそらく彼らにとって都合の悪いものが写り込んだのでしょう。一体なにが……」
右隣の四條さんは、俺の左隣にいるコジたんにも聞こえないような小声を出した。だから当然、俺にだってそのイケボはちゃんと届かなかったわけで、あとで確認するとしても、映像におかしな点があったことは確かだろうな。
「むふぅ~っ」って鼻息を出しながら腕組みした四條さんは、なにやら考え込んでるみてぇだ。
二十分ほどのビデオが終わって、場内が明るくなった。
ステージの真ん中に演説台が運び込まれると、背の高い男がその前に立った。
マイクを握って客席の方に顔を向けた男は、なんかもう、絵に描いたような「悪役のイケメン」で、あの、コカで捕まった人みてぇな感じって言えば、誰でも「あぁ~っ!」って同じ顔を思い浮かべると思う。
「ご視聴ありがとうございました。セミナーにご参加の皆様、こんにちは。私は『異世界ナチュライフの会』でモンスターの育成に携わっております、二階堂と申します。本日はここ、コロモワールドからほど近い『鬼瓦パーク』内の埠頭会館を借りまして、異世界ナチュライフの会発足以来、初の大規模イベントを行っております。この記念すべきセミナーに参加された皆様には、ぜひ異世界ナチュライフの会の素晴らしさを知っていただき、私たちとともに美しく健康な毎日と、永遠の救いを手に入れていただきたいと願っています。そこで今回は皆様に、モンスターの健康についての知識を深めてもらうべく、いくつかの映像と催しを用意いたしました。まず一つ目、いまご覧いただいたシェルターの様子からもお分かりいただけるかと思いますが、無添加のフードを食べて育ったモンスターは、目の輝きが違います」
二階堂はそこで一回黙って、客席を一通り眺めまわした。おぉ~、ためるねぇ、って感心してたら、横にいるスタッフになんか言って、スクリーンに棒グラフを出させた。
「このように、フードに添加物が入っているかいないかで、モンスターの寿命にもはっきりとした差が表れます。異世界ナチュライフの会では、すべて国産の素材で作られた安心・安全で美味しいフードを日に四回、モンスターに与えています。ご覧ください。保護当時と一ヶ月後のプレグーです。毛皮もツヤツヤで、ふっくらと健康的になりました」
いや、これってよくあるアレだろ? もともと元気だった動物を、わざと弱らせて逆に見せるってやつ。ミーチューブでもよくあったらしいじゃん。
って、いまあいつ、なんか変なこと言ってたよな? そうだ、素材に国産とか外国産とかあるの? 異世界でも日本とその他の国とで貿易が行われてんの? マジか! どこまで信じていいのか全然わかんねぇよ。
言ってる二階堂の顔をじっと見た。いや、確かにイケメンだよ。いかにも女性や子どもに好かれそうな、整った綺麗な顔立ち。イケメンていうより「ハンサム」って言い方のほうが合ってるかもな。でも、やさしく笑ってるように見えて、じつはあいつ、目が笑ってねぇし、口元は貼りつけたみてぇにブキミな気持ち悪さがあって、見てると背筋がぞっとする。目が合ったらビビりそうだ俺。
でもそれって、異世界ナチュライフの会=ヴェルト教団だって俺たちが知ってるからなのかな。それでも二階堂は、その事実を抜きにしたって絶対信用したらヤバい男だ。俺の少ない経験則から言って。
コジたんからの予備知識では、いままでのセミナーは人間の健康にスポットを当てた内容だったらしい。
でも今回は、過去最大級、三百人って参加者を前にして、あいつらはモンスターに絞ったアピールをしてきやがった。
異世界にいる全員が自殺した転生者じゃねぇが、転生者ならなおさら、もう一回死ぬこともできないこの世界で、せめてパートナーとしてのモンスターを欲しいと思うだろうな。
ほとんどの人がモンスターと一緒のこの世界で、人間とモンスターは切っても切れないっつうか、お互いが相手のために重要な存在になってるはずだ。
だから「人々の健康な暮らし」よりも、モンスターにやさしい集まりってことをアピールした方が、印象がいいと思ったのかもな。
そんで、花村さんも引っかかっちゃった、と。
で、今日は次なる花村さんを選別するぞ、と。
「次に、こちらの映像をご覧ください」
二階堂が次の映像をスタートさせた。そこに映し出されたのは、シャノワールやシャンテーヌ、シャードネルなどの十二にゃんと、それと同じくらい珍しいモンスターばっかりだ。
ガーディアンらしい男と二階堂が向き合って、それぞれのパートナーを送り出す。
小さな爆発が起こると煙幕で視界が悪くなったけど、手に汗握る緊迫感の、すげえバトルだった。
そのバトルに勝ったのは、二階堂のパートナー・プランシャ。
「な、なんだあれ……」
図鑑では見てたはずなのに、デカいスクリーンで動くそいつを見た俺は、全身に鳥肌が立つのを抑えられなかった。
プランシャ……、属性は植物。十二にゃんの中でも大きい方で、その全身はパールみてぇな艶のある明るい茶色。胸には心臓が飛び出してるように見える、瘤みてぇな根のかたまりがあって、そこから長い根っこが伸びて全身に絡みついてる。それは根っこじゃなくて枝なのかもしれない。薔薇の棘よりもっとずっと長くて鋭い、有刺鉄線みたいなんだぜ。それがプランシャの顔の、目の上をぐるぐる覆ってるんだ。
こんなのってアリかよ? 十二にゃんはみんな、ひのまるや雪風や、マリリンみてぇに可愛かったりかっこよかったりしてればいいじゃん! なんでこんな……、残酷なデザインのモンスターがいるんだ? しかも、いちばん平和っぽいイメージの植物だぜ。
やべ。心臓がバクバクしてる。これってなんだ? 認めたくねぇけど、たぶん恐怖だ。あんなバトル見せつけられて、本当にこいつらに勝てんかって、早くも弱気になる俺。なさけねぇ!
たぶん教団員の仕込みだろうけど、打ちひしがれてる俺の後ろから、沸き起こる拍手喝采。
数分の映像だったけど、インパクトは超強烈だった。二階堂は片手を挙げて、それを胸の前に下ろしながら三方向に頭を下げた。舞台俳優かよ。
それからたった今、映像の中で圧倒的な勝利を収めたプランシャを呼び出して声を張り上げる。
「さぁ、私のプランシャとバトルをしたい方はいらっしゃいませんか? どうぞ挙手してください!」
場内はしんと静まりかえった。誰もが周りの様子を窺って、誰も手を挙げようとしねぇ。
俺は左右の四條さんとコジたんと目を合わせて、頷き合ってから思い切って手をまっすぐに挙げた。そしたら、つられるようにぱらぱらと手が上がって、合計七、八人になった。
「ありがとうございます。それでは、いま手を挙げてくださっている……八名の皆さんは、ステージにお上がりください」
ここからどうやってバトルの相手を選ぶのかは知らねぇけど、もしも俺が選ばれたらひのまるで戦うことになる。やってやろうぜ、ってひのまるに心の中で話しかけながら他の七人の顔を見た。
いろんな年代の人が混じってるけど、みんな自分のモンスターを大事にしてるんだろうな。そう思ってたら、その中に見覚えのある顔を見つけた。
えっ! あれっ? ジサツじゃないって言われてたけど、あの子ってやっぱり……!