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第44話 ひのまるの決意

『ミニュルの専用技「サイコ・デ・ローゼ」は、サイコパワーで生み出した無数のいばらで相手を拘束し、その毒性の強い棘を突き刺すという残酷なものです。具現化されたいばらは決して切断したり焼却したりすることは出来ず、相手の血管に刺さった棘は吸血し、神経に刺さった棘は神経細胞を破壊します。つまり、ミニュルと戦ったモンスターのほとんどは命を奪われます』


 みゅうの解説を聞きながら、俺は腰のあたりがジワジワして、なんかひゅう~ってちんこが縮むのを感じた。そんで、さっきモンスター図鑑に載ってるミニュルの写真を見たときに感じたことを、ためらいつつも四條さんに言ってみた。


「四條さん、この『サイコ・デ・ローゼ』って技、もしかしてディアっちが食らったやつじゃないでしょうか?」

「え……?」

「ヨコハマ洞窟の主だったディアっち、もといギュレーシィは、脚を執拗に狙われたような傷跡がたくさんついてました。四條さんも憶えてますよね。いばらや棘って聞くと、確かにそうだったって納得がいきます。まるで、有刺鉄線でぐるぐる巻きにされたみたいな傷だったじゃないですか。間違いないっす。俺たちより先に水晶のところに辿り着いてそれを根こそぎ持ち帰って、さらにギュレーシィに重傷を負わせたのは、ヴェルト教団ですよ」


 あの時、自分の力では立ち上がれないほどの大怪我をしたギュレーシィのディアっちに「ドラゴン」専用の薬を飲んでもらい、助けたのは俺と四條さんだ。


 今の話を聞いて、四條さんもあの時のディアっちの様子を思い出してるらしい。視線をちょっと落として黙って考えて、そんで、ぽろっとこぼれた涙をスーツの袖で拭った。そのまま十秒くらいじっとしてから顔を上げた四條さんは、初めて見た感じの凛々しさで、あの強いギュレーシィのガーディアンらしい顔をしてた。


「私はヴェルト教団を許せません。無理矢理捕獲しようとするために野生のモンスターをあそこまで傷つけて放置するのも、人からモンスターを奪って悪事を働くのも」

「ええ、俺たちの気持ちはひとつです。必ずモンスターたちを助け出しましょう!」


 三人で拳を突き合わせて、決意も新たに頷いた。その拳の中にはそれぞれの大切なパートナーであるモンスターが入ってる。

 四條さんの右手の中で静かにしてるマルゲとディアっち。この二匹は大きいから、ひのまるたちみたいにいつでも室内に出してあげることが出来なくて、四條さんもマルゲたちも寂しいだろうな、と思ってた。


 今日はセミナー初参加だ。この一回で俺たちが入会して、教団の施設で暮らすことになるとは考えてない。そもそも「異世界ナチュライフの会」はヴェルト教団の名前を出してはいないから、あからさまな勧誘みてえなことはしないと思う。

 記憶を操ることができるっていうミニュルなんてぬるぬるしてそうな名前のモンスターがいるとはいえ、「異世界ナチュライフの会」としては、参加者に妙な違和感を抱かせるわけにはいかねえよな。


 今回の目標は、教団にとって有益な人物だと俺たちのことを印象づけること。そんで次回のセミナーへの優先参加権をゲットして、もし可能ならサガラって女と話すチャンスを持てたらいい、ってことになった。

 けど、実物のサガラと対峙してうまく喋れるかっていえば正直あんま自信はねぇ。あんな小せぇ写真を見ただけでゾッとするほどの底知れない恐ろしさを感じさせる奴だぜ。

 いや、もしかしたらさ、サガラって人間じゃなくてモンスターなんじゃねぇの? ヌルヌルとかいうモンスターの正体がサガラだったら……なんてことはねぇよな。まさかモンスター図鑑に載ってたりなんか……するわけねぇか。


 とにかく潜入捜査だってことがバレないように、教団の人間に怪しまれずうまく受け答えすること。それが俺の課題か。四條さんがいるから何とかなるだろ。花村さん宅に行った時みたいに三人一緒に行動できさえすれば、四條さんがなんとかしてくれるはずだ。



 幸いなことに、モンスターを持ってるかどうかは外見からじゃわからねぇ。つまり「自己申告」することになるから、隠しておくことは可能だ。でも、セミナーの参加者はほぼ自殺した転生者と思って間違いねぇだろうから、絶望とともに転生してきた俺らみたいな人間が、三人とも一匹のモンスターも持ってないのは不自然かもな。そんで怪しまれたら終わりだ。


 くそっ、なんでそんな当たり前のこと当日まで失念してたんだよ。もっとちっこくて弱かったり、可愛いだけのモンスターでも持ってりゃよかったのに。ポコロンみてえなヤツとかさ。

 あーっ、悩んでたら心臓がバクバクしてきたぜ。俺らの目的のために、いま決断しなきゃならねぇことってなんだ……?


「あっ、おい!」


 呼んでもいねぇのに、ひのまるが勝手に手のひらから飛び出してきた。座ってる俺の膝に上半身を載せたひのまるは、俺の顔をぺろっと舐めて真剣な瞳で俺の目を見つめてきた。


「ひのまる、まさか……!」

「んにゃん!」

「ちょっと待て、ひのまる。だって、いや、どんな扱いをされるかわかんねえんだぞ……?」


 毎週のようにセミナーやイベントを開いて、大勢の人間とモンスターを集めることができるヴェルト教団には、俺らの想像をはるかに超える組織力があるのかも知れねぇ。その実体なんかまだ全然わかってねぇのに、潜入を試みようとしたこと自体が無謀っちゃ無謀だ。


 でも、シャードネルを見てたら他にもそんなモンスターがたくさんいることが想像できて、そいつらを一日でも早く元のガーディアンのところに帰してやりたくて、俺ら三人はそれぞれが早まった感を感じながらも、今日のこの大規模なセミナーへの参加を決めたんだ。

 もう後戻りはできない。そんで、迷ってる時間もねぇ。


「ひのまる……」


 かわいい大好きなひのまるを正面からぎゅっと抱きしめた。ひのまるのふさふさした毛が俺の頬をくすぐる。


「ひのまるちゃんだけでは、スパイの役割を果たせません。マリリンに一緒に行ってもらいましょう。マリリンと僕は超音波での対話が可能です。これはそのモンスターのガーディアンにしか聴こえないので、奴らに怪しまれずに状況を把握できます。カズマさんは雪風ちゃんを、四條さんはマルゲリータちゃんとディアボーラちゃんを隠しておいてください」

「コジたん……」


 コジたんのパートナーはマリリンだけだ。しかもめっちゃ可愛がってる。そのマリリンをヴェルト教団に差し出すなんて、どんなに心細くて心配で、悲しいだろうと思って、俺はコジたんはただのキモヲタじゃなくてすげえ男前なんだって感動してた。

 キリっと引き締まったコジたんの顔には、悲愴な決意が浮かんでるようにも見えるけど、それ以上にマリリンとの強い絆と信頼が感じられて、俺は何も言えずにコジたんの肩をさすった。


 そして、目をキラッキラに輝かせてぎゅっと口を結んでるひのまるを、もう一度抱きしめた。

 ひのまる、ひのまる……。くそっ、俺がこんなんじゃダメだろうがよ。でも、お前と離れたくないよ。お前が檻に入れられるところなんて想像できねぇよ。

 俺たちやシャードネルのために腹を括ってくれたひのまるに比べて、俺ってなんてヘタレなんだよ。こんなんで誰かを助けることなんかできんのかよ……。

 ひのまるの首の後ろに顔をうずめてたら涙が溢れそうになった。こんな情けねぇガーディアンでごめんな、って心の中でひのまるに謝りながら顔を上げて、ふかふかの毛皮でこっそり涙を拭いた。


「ひのまる、ひのまる、ありがとう。必ずみんなを助け出そうな。頼りにしてるよ。ひのまる、だいすきだよ……」

「んーにゃっ!」


 ひのまるが俺の背中に片手を回したら、力がみなぎってくる感じがした。

 待ってろよみんな、それから、シャードネル!


「あの……、カズマくん。浸ってるところ申し訳ないんですが、今日その場で初参加の人間のモンスターを回収されるというのは、考えにくいとは思いませんか」


 四條さんの冷静なひと言が、俺の背中に冷水を浴びせるように掛かってきた。

 あ、まぁ、そうかもしれないけど。でも万一ってことがあるじゃん!




 二月十一日午後一時四十五分。

 会場内では、すでに百人以上の参加者が席につき、パンフレットを読んだり同行者と話したりする声が聞こえていた。


「こんにちは。予約確定メールに添付されていたQRコードを読み取らせてください」

「はい、三名です」

「ありがとうございます。お好きな席にどうぞ」


 会場入口で受付を済ませてパンフレットを受け取った。けっこうな厚みだ。表紙には「豊かな自然をバックに収穫物を入れたかごを持って笑顔の家族」っていう、こういう会にはお約束っぽいイメージの写真が載ってて、「あなたの第二の人生は異世界ナチュライフの会とともに」ってやさしげなフォントで書かれてる。


 でも俺たちはここからすでに「見られてる」「選別は始まってる」って意識で、特にふとした表情に注意しようって三人で話し合ってた。


「いやー、楽しみだなぁ。カズマさんと四條さんも気に入ってくれると思いますよ」

「そういうコジたんから、添加物には気をつけた方がいいけどな!」


 さりげなく笑いながら奥に進んで、三人並んで座れる中央付近の椅子に腰かけた。パンフレットを広げて、それぞれが熱中してるように見せる。

 約十五分後、セミナー開始のチャイムが鳴って、正面の巨大モニターにサイケデリックな映像が映し出された。

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