第43話 死ねない奴らはどこへ?
四條さんは「超濃厚味噌・厚切りチャーシュー特盛」。いや、意外すぎんだろ! で、コジたんは「濃厚醤油。スープ少な目もやし山盛り」。
なんかさぁ、ふたりともウケ狙いっぽい目的で注文してねぇ?
じゃあ俺も今度こそ……って注文したのが「黒とんこつ・異種具材相乗り」っつう、一か八か感ぱねえヤツ。
「おーまちどお!」
ってそれぞれの前に置かれたどんぶりは、俺のだけ具材がはみ出して麺どころかスープの表面だって見えやしねえ。「異種具材」ってのがこれまた曲者で、マー油がたっぷり浮いた黒いとんこつの上に、チャーシューや味付け半熟玉子の他に、カニとアスパラの天ぷらが載ってんだぜ! フツー考えられる?
で、いやそれがだな、恐る恐る食ってみたら、信じらんないほど美味いのよ! これは幸先のいいスタートだぜって三人で喜んで完食したよ。
「あーりがとうございましたーっ!」
前回みんなで来たときは、なんか恫喝されてるみてえだと感じた威勢のいい店員の挨拶が、今日は背中を押して応援してくれたような気がした。
俺たち「ヴェルト教団からモンスターを救いだす会」の三人は、「麺処シャシャシャ」を出たところで立ち止まって、まずは四條さんがスーツの袖をまくって時刻を確認した。
「十一時半か。セミナー開始までまだ二時間半ありますね。前回同様、ドロールで作戦会議でもしましょうか」
教団への潜入捜査をするにあたり俺たちは念には念を入れて、トークアプリなんかでは教団のことを話さないって決めてあった。
だってさ、万一タブレットやスマホを押収されでもしたら、「信者じゃない」「スパイだ」ってことになって身の安全だって危ういじゃん。
異世界に転生した者にはもれなく与えられるタブレット──そもそも誰が与えてくれんのかも不明なんだけど──形があるわけじゃねえから押収できんのかどうかも俺には定かじゃないけど、四條さんがいるおかげでより慎重に事を進められてる気がする。
ドロールへの道中、この前「カモ~イ」でバトルしたあと急激に仲良くなったらしいひのまるとマリリンが並んで歩いてて楽しそうだ。ひのまるの左脇には雪風がついてて、十二にゃん好きにはたまんない光景が広がってるはずだ。
歩きながらマリリンが横目で雪風をチラ見した。そんで得意げに肩を張ってデルモ歩きしちゃってる。いや、お嬢ちゃん何やってんの? そうか、ただ俺という同じガーディアンのモンスターっていう雪風より、自分の方がひのまると通じ合ってるって言いたいわけか。
そんなマリリンに対して、雪風はあくまで優雅な姿勢を崩さずに歩く。やっぱ氷の女王だな。格の違いっていうか、マリリンをお子ちゃま扱いしてる感じが伝わってくるぜ。
ま、マリリンと雪風の気持ちを聞けるわけじゃないから、俺の想像にすぎないけど、たぶんその通りなんじゃねぇかな。そんでひのまるは、おやつのことを考えてるぞ、と。
昼時のドロールは、それなりに混雑してた。ここはムーンバックスみてえにパソコン広げてお勉強やらお仕事やらする人はほとんどいなくて、年齢層もあっちよりは高め。んで、料金は低めだからおばちゃんたちも多い。
並んで歩いてたひのまるたちとはしばしバイバイ。手の中に納まってもらって、窓際の四人掛けテーブルについて腰を下ろした。
「それではカズマくん、小島さん、この数日で新たにわかったことがあれば教えてください」
ヴェルト教団の件に関して、四條さんはすでにリーダーとして振る舞ってくれている。花村さんの家に行った時も、機転を利かせてあの主婦からいろいろ聞き出してくれたのも四條さんだ。俺とコジたんだけだったら、このふたりの外見じゃ警戒されて門を閉じられちゃうのがオチだったよな。
大人できちっとしたスーツを着こなせて、そんでイケボの四條さん。やっぱチームは異なる個性の集合体だよな。これからも臨機応変にいこうぜ。
四條さんの言葉に、俺とコジたんは顔を見合わせて互いの反応をうかがった。
「じゃ、俺から」
コジたんに目で合図しながら背筋を伸ばして、みゅうを呼び出した。
「7chに『ヴェルト教団スレ』があったので、五千件近くの書き込みを辿ってみたんですが、やっぱりこの前ここで調べた時と似通ったことがほとんどでした。ただ、妙な噂もあるみたいで」
「妙な噂……?」
コジたんが超イケボを出して続きを言えって促した。誰だっけ? この声……、あのアニメのあのキャラの……。
「コジたん、なりボやめてよ! 気が散っちゃうからさ!」
「あぁ、ははは。すみません」
まだそのキャラクターが誰だったのか気になってるんだけど、それじゃ会議が進まねぇよってことで、俺はみゅうを呼び出してその時のスクショを画面に表示させた。
『さすらいの名無しさん
俺の父親は、ヴェルト教団の口車に乗って家を捨てた。家族が離れ離れになり、家計も苦しくなって、俺は朝から晩まで複数のバイトをしながら家族を助けた。いまさら父親が帰ってくることになっても、正直受け入れられない。それはどうでもいい。ただ、気になることがある。教団はそうやって信者を増やして施設に入れて、何をしてるんだ? すべての信者が生活できるほど敷地が広いわけじゃない。俺が知らないだけで、他の場所にも支所みたいなものがあるのかもしれないけど、そんなのは聞いたことがない。施設は全国にあるわけじゃないはずだから、収容人数の上限はあるはずだ。じゃあそこからあぶれた奴はどうなる? よく考えてみてほしい』
四條さんとコジたんが読み終わったっていう印に俺に向かって頷いた。
俺は、そのそのスクショを削除するようみゅうに告げて、俺自身の考えを口にしてみた。
「このスレ民が伝えたいのは、つまり、信者も優秀な者を選んで入れ替えられてるってことですよね? 持ち家とか貯蓄とか、全財産を教団に寄付しちゃったあとは一文無しになるわけですから、そんで特に役に立たない人間をたくさん抱えててもメリットはないし。たとえば有能な新人が二十人入ったら、元いた五百人のうちからいなくなってもいい二十人を選び出して、こ、こここ、殺してる……ってことですかね?」
「カズマくん、信者が転生者だとしたら、もう一度死ぬことはできません」
「あ、そっか。ここはある意味『不死の世界』なんでした。この他には、洗脳されそうになったと訴えたり、モンスター虐待をやめろっていう署名を募るなど、想定内のものでした。俺もいらなくなった信者の行方は気になります。たっぷり稼がせて、地方にも施設を建設して国を乗っ取る作戦なのか、それとも異世界そのものの常識を覆そうとしてるのか……」
自分で言いながら、まだセミナーに参加してその実際を体験してもいないのに、想像がデカくなりすぎてしまったと思った。
何かおかしい。怪しい。今はまだそういう印象を持つ人が出始めてるって段階だ。わかんねえことだらけだ。
「僕も7chの書き込みは、カズマさんと同じくらい見ました。手分けしたので合計一万件くらいは把握できてると思います。その結果から、やはり『信者のゆくえ』が引っかかります。入団はしても、貴重だったりかわいいモンスターを自分から手放さない人のことは、もしかしたら始末しているのかもしれません……」
「じ、じゃあ花村さんもすでに……?」
コジたんが語尾を震わせながら、左手に入ってるマリリンを右手でぎゅっと掴んだ。コジたんにとっても、この世界に来てから今まで、心の支えになってくれたのはマリリンなんだ。
すべてから解放されたい、もう楽になりたいと自分の限界を超えて死んだのに、飛ばされたこの世界では同じように頑張らなきゃならねぇ。
俺だってユイや四條さん、そんで何よりひのまると雪風に出会えなかったらきっと、ヴェルト教団に入って下働きみてえなことやらされて、そんで処分されんのかもしれねえ。だけど、死ねないこの世界でどうやってそれをするんだ?
人を騙して従わせるのは、引っかかる方も悪いのかもしれない。けど、大切なモンスターっていう存在を手放すように洗脳すんのは、どうしても許せねえし、シャードネルのことを想うと、モンスターがどれほど悲しくて苦しいか。俺たちはガーディアンだからこそ、誰かのモンスターを、あいつらの心を救ってやりたいと願って動いてる。
「カズマくん、小島さん、ありがとう。私は店で、二ヶ月ほど教団員だったというお客様からお話をうかがうことができました。でも不思議なことに、その間の記憶がほぼないそうです」
「この世界では、ヒトは特殊能力を持てません。てことは、モンスターですよね。闇や魔法属性のモンスターだったら、人間の記憶を消したりすることは充分ありえる話だと思います」
俺の言葉に、四條さんははっとしたようにモンスター図鑑を引っ張り出した。
「魔法」属性のページを急いでめくり、あるモンスターのページで手を止める。
俺とコジたんは思わず乗り出してそのページを覗きこんだ。そこには、いかにも「伝説のモンスター」って風情の、超強そうで、人工物的なモンスターが紹介されてる。
えっ、『異世界研究所』、このモンスターに会えたのかよ? この情報ってホンモノ?
「ミニュル。属性は魔法。超古代生物の遺伝子を組み替えて造られた殺戮マシーンだったが、ヴェルト教団がその脳に怪電波を送り、手懐けた。主の命令には必ず従う。ワープや記憶の操作等が得意である」
「だめじゃん!」
思わずデカい声を出しちまった。ドロールの店内で。こんなモンスターがいるんなら俺たちに勝ち目はねえっていうか、まだまだ魔法属性のモンスターのことを調べないとやべえだろ。
でも行くけどな。やるっきゃないけど。
つかさぁ、このモンスター図鑑ってヴェルト教団が作ってんじゃねぇの? だっていろんなモンスターのデータありすぎだろ! 写真まで撮ってるしよぉ。
俺はもう一度ミニュルのデータを良く見てみた。専用技を見ると……え、あれ?