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第41話 ディナーのあとは寝室へ

「みゅう、ちょっと頼む」  


 夕食の後、財布からこの三日間のレシートを出して、テーブルの上に並べながらみゅうを呼んだ。キモたんがお土産にくれたお惣菜のなかから、俺とユイはコロッケやサラダを選んで食べた。

 食直後に家計簿付けなんてやりたくはねえけど、食器を洗ってるユイがそう言うんだからしょうがねえ。


 いつもなら「はい~」なんてすぐに出てくるのに、みゅうは沈黙してる。

 なんだみゅうの奴、またヘソ曲げてんのか?

 シャードネルの調査の日、帰りに寄ったドロールでキモたんに先を越されて暴走してたことを思い出して、俺はなんだか機械のこいつにも心があって、人間の俺を友だちみてえに思ってんのかなって、ちょっと嬉しかった。


 でも今はみゅうの機嫌を損ねることなんかしてねえはずだぞ。……え? いつの間にかユイだけじゃなくてみゅうにも気を遣わなきゃいけなくなってるわけ? 俺ってなんなん? って頭を抱えたくなるよ。

 いやいや、まずは今やるべきことをやろうぜ。


「みゅう、どこにいるんだよ?」


 玄関のハンガーに掛けてあった、俺のコートの内側からするんっとすべり落ちてきたみゅうは、ぼんやり薄暗い待機画面になってる。そして、「すぴー」っていうみゅうの……まさか寝息? 

 俺って、いつもお世話になってるみゅうのことすら何も知らなかったんだって、ちょっと反省。そうだよな、機械のみゅうだって寝るんだよな。


「みゅう、寝てるところ悪りいけど、家計簿つけたいんだ。出してくれるか」

「ふぁい……、これです、どぞ」


 家計簿アプリを起動させたところで、力尽きてみゅうは眠った。


「なんだよみゅう、お前ってかわいいじゃん」


 すぐにまた寝息を立てはじめたみゅうの画面には、四日前の最後の欄が表示されてた。


『いちご(あまりん) 780円  相鉄ショイナス』  


 これだよ、このいちご。新種で糖度が高いって言われて買ったはいいけど、値段を言ったら「そんな高いもの食べていい立場じゃないでしょ」ってユイに怒られた。でも結局、その日のデザートに出したら「うまーい! あまーい!」ってほっぺを押さえながら一番喜んでたのもユイだけど。


『なあなあユイ、俺らってエンゲル係数低すぎじゃねえ?』


 たまにはちょっとくらい高めの苺を買ったっていいじゃんか、と思ってユイに直訴したら、ユイは至極真っ当なことを言った。


『なに言ってんのよカズマ、あんたってほんとに行き当たりばったりよね。あんたが作った借金のせいであいつらは毎月来んのよ。いつ来られても大丈夫なように、少しはまとまったお金をプールしておくべきでしょ!』


 ぐうの音もでないとは、このことだな。みゅうのモニターで母さんが困った様子をあんだけ見たのに、俺はほんとに喉元過ぎれば……ってヤツだった。

 ユイの主張に俺が反論できるはずもなく、四條さんもそれに倣った。それはそうなんだけどさ、家賃が想定より安く済んだ分、もう少し食費に割いてもいいんじゃねえか? って思っただけだよ! あぁ、あの時は俺が悪かったですよ!

 

  

 キモたん……もう友だちなんだから、俺の心の中で言ってるだけだとしてもこのあだ名はやめよう。小島さんだからコジたん……よし決まりだ。コジたんは一時間くらい前に帰った。


 念願のシャードネルが、ピーターパンみてえに窓から入ってくるのを見てきゃあきゃあ喜んだあと、持ってきてくれたおやつを出してひのまる、雪風、マリリン、そしてシャードネルに食べてもらうことができた。四にゃん並んで自分のお土産を食べてくれたことが嬉しすぎて、感極まったコジたんはしゃくりあげて泣いてた。

 並んでるみんなの斜め後ろから、気づかれないようにって動画を撮ってたけど、やっぱにゃんずは鋭い。すぐに気づかれてシャードネルと雪風はそこから離れてしまった。残ったひのまるとマリリンは、カメラを向けられて緊張しながらも、さっきのバトルで気心が知れたっていうのか並んで完食してくれた。


 初めて見るコジたんに対して、シャードネルが警戒心を持つことはなかった。ここに住んでる俺たち三人の知り合いなら、悪い人間ではないとわかるんだろう。十二にゃんは賢くてお利口なんだ。


 おやつのあとシャードネルは念入りにグルーミングして、いつものようにリビングの隅で丸くなって休む。朝になったらどこかにいってしまうので、戻ってきたときにはまた汚れてるんだ。ユイはそのシャードネルの身体を毎日拭いてやるんだけど、いったいどこでつけてくるんだか、泥や砂埃はいつもシャードネルのキレイな全身を隠すみてえについてる。

 いや、もしかしたら本当に隠すために付けてんじゃねえだろうな。

 きっと花村さんのところじゃ、毎日ブラッシングしてもらってピカピカの身体で大切にされてたはずだ。そんなシャードネルが毎日自分を汚してるとしたら、それは教団の奴らに見つからないためだろう。


 俺らの計画じゃヴェルト教団に潜入して、シャードネルみたいな扱いをされてるモンスターたちを逃がしてやるつもりだけど、さすがに教団自体を解散なり壊滅なりさせられるなんては思ってねえよ。そもそも教団の規模とかヤバさとか、まだなんにも知らねえし。

 とりあえず四條さん、コジたんの三人でセミナーに参加して、俺らに何が出来るのかを考えるところからだ。


 シャードネルのことをもっと深く知って、大事にして、俺のことを新たなガーディアンとして認めてもらうことが最優先事項だからな。

 教団に近づくってことはそれなりのリスクもあるだろうが、騙された花村さんやその他の信者たちを説得するのは、初回からできるなんて思わねえ方がいい。


 俺は……ただシャードネルが欲しいだけなのかな? 


 そりゃ十二にゃんを全部仲間にしたいから、シャードネルが欲しいって強く思ってはいる。けど、教団に潜入して、もしかしたら花村さんと接することができて、シャードネルを預かってることを伝えたら……。

 花村さんは「タケルを迎えに行きます」って言うだろな。そしたらシャードネルだって、花村さんのところに帰りたいって思うのかな。


 あーっ、もう! てめえの想像したことで悲しくなってんじゃねえよ俺。バッカじゃねえの。


 そうだ。教団と言えばユイだ。

 一昨日の夜、俺らが調査から帰ってきたとき、「ヴェルト教団を知ってるか」って訊いたら、ユイの態度が急に変わった。なんか、その単語を出しちゃいけないような雰囲気で、明らかに俺の質問を拒絶してたよな。でも風呂から出てきたときには、いつものちょっと生意気で口うるさいJKに戻ってて、俺は混乱したんだよ。そのあとは至って普通に接して、疑似家族としては何の問題もない。

 ユイはヴェルト教団を「知らない」って言ってたけど、あん時の顔は確実に知ってるって顔だったね。

 もしかしたらユイも、教団にモンスターを奪われた過去があるのかもな。そうだとしたら、言ってくれりゃいいのに。俺らがその子も助け出してくるからさ。



 ふたたびみゅうの画面を見てたら、ちょうど四條さんがジャルダン・デ・ニュイの紙袋を提げて帰ってきた。


「ただいま帰りました。カズマくん、ユイちゃん、これを……」

「お帰りなさーい、四條さん。なんですかこれ。いい匂い……」


 ユイが濃紺の手提げ袋を受け取って、目をつむって匂いを嗅ぐ。

 俺もその袋に吸い寄せられるみたいにフラフラっと近寄って、中をのぞき込んだ。


「同僚がオーダーミスをしたものなんですが、賄い代わりにもらってきました」

「うそっ! ジャルダン・デ・ニュイのディナーメニュー? やだぁ、いまコロッケとか手羽先とか食べたばっかり……」


 ユイはほんとにがっかりして肩を落としてるけど、コロッケだって手羽先だってコジたんが買ってきてくれたもんで、「美味しい美味しい」って食ってただろうがよ!


 これまでにも何度か、シフトがラストまでだった四條さんが執事喫茶『ジャルダン・デ・ニュイ』のメニューを持ち帰ってくれたことはあった。

 フレンチをベースにしたコンテンポラリーな料理が多くて、フレンチでは使わない食材を鮮やかにアレンジした料理が人気なんだって、四條さんが言ってたけど、俺にはそれがどいうことなのかさっぱりわかんなかった。


 空き地に寝袋で野営してた頃は、せっかくの豪華で美味しい料理も当然冷めきってるし、電子レンジだってもちろんないから、本当のおいしさを最大限味わうことはできなかった。

 発泡スチロールのケースにキレイに盛りつけられた料理の数々は、寒風吹きつける空き地にてその芳醇な香りを漂わせ、低い外気温のせいでソースのバターやクリームが固まりかけた状態にあっても、それでもなおかつ俺らにとっては、マッチ売りの少女がマッチを灯し、その灯りの中に幸福な光景が見えていたように、ほかほかと湯気をたてる濃厚であたたかなポタージュスープや、パリパリと焼き目のついた皮もおいしい魚のグリル、鴨のコンフィや低温調理されたジビエのステーキ、それからユイお待ちかねのデザートまで、幻想的とも言える旨さだったことは奇蹟のようにこの胸に刻まれている……って、俺なのにヘンで半端な食レポしたくなるほど、感動的に美味かったのよ。

 それを、いまこのグランメゾン・カモ~イのキッチンに備え付けのオーブンレンジで温め直して食えるなんて、俺は四條さんと出会ってマジでよかった!


「冷蔵庫に入れておけば、明日でも大丈夫ですよ。俺は小島さんの差し入れのお惣菜をいただきます」

「あっためるだけなんで、俺やりますよ!」


 手を洗って戻ってきた四條さんを冷蔵庫の前に呼んで、コジたんのお土産はどれがいいか選んでもらった。「ケーキもありますよ」ってこそっと言ったら、シウマイとご飯だけでいいですって笑った。




「あれ? もう起きたのか?」


 コジたんが選んできたケーキの箱を上からのぞいて、誰がどれにするか相談してたら、シャードネルが近づいてきた。まさか、これから帰るなんて言わねえよな。

 初めてカモ~イで寝てくれたあの日以来、シャードネルはここで眠っていくようになってた。だって、帰る場所なんてないはずだろ。寒くて獲物が少ない外にはもう出したくないって、俺らみんな思ってるんだぜ。


「ん? どうした?」


 シャードネルが俺の膝に手を置いた……。肉球のプニプニした弾力をジーンズ越しに感じて、俺はたまらない気持ちになった。少しずつ距離が縮まりつつあるのは感じてたけど、シャードネルが初めて自分から甘えに来てくれたんだぜ。


 俺はズキズキする心臓をなだめつつ、シャードネルの瞳を問うように見つめながら、いや、正しくはビビりながらだな。ゆっくり頭の上に手を伸ばして、そこを撫でた。

 耳には聴こえなかった喉を鳴らすゴロゴロ音。その振動が手のひらに伝わってくる。

 あぁっ、すげえ感動だ。あの警戒しまくりだったシャードネルが、短期間でここまで心を開いてくれたなんて、俺ってなんて素晴らしい十二にゃん使いなんだ。いや、そうじゃねえよ。ユイと四條さん、それよりひのまると雪風がいてくれたからだ。同じ十二にゃんの仲間として、シャードネルを受け入れてくれたからだよな。


「シャー、きゅるるるる……」


 シャードネルは俺の部屋の前まで行くと、振り向いて俺を呼ぶ。

 ドアを開けてやったら、左右を確認しながら中に進んでベッドに上がった。毛布の上を何周かぐるぐる回って、足元の位置で丸くなる。俺はイエス! イエス! って心の中で叫びながらそんなシャードネルの様子を見てた。


 思わず「タケル、」って呼びそうになって、ぐっと呑み込んで下を向いた。その名前ではもう呼ばない方がいいって、四條さんとコジたんと話したんだ。花村さんがつけた名前で呼ばれたら、シャードネルが悲しい想いをするだろうって。


「明日、コジたんにもらったおもちゃで遊ぼうな。ゆっくり休んでいいぞ」


 シャードネルの頭から尻尾の先まで撫でて、俺は自分の部屋から出た。


 リビングに戻ったらひのまると雪風も頭をあげてて、俺に何か伝えようと必死な感じでいるから、嬉しい報告をした。


「シャードネルが部屋で寝たぞ。やったな!」


 小声でふたりに言ったんだけど、どうやら伝えたいことは違うらしい。ひのまるが首を伸ばしてテーブルの上を見ろ、って言ってる。


「あーっ! マジかよ、俺ガトーフレーズ狙ってたのに!」


 相談が終わらないうちに席を離れた俺には、ケーキの選択権は与えてもらえなかった。

 一番食べたかったガトーフレーズはユイの皿の上で三分の一の大きさになり、オペラを選んだ四條さんは手つかずで待っててくれたけど、箱に残ってたのはチーズケーキ。これだって好きだけどさ! 今日はクリームが食べたかったんだよ。ちくしょう……。

 それでも俺は、ベッドの上にいるシャードネルの姿を思い出して幸せを噛みしめてた。

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