第40話 魔女猫マリリン
「マリリン、ソウルパンサー!」
「きゅあぁぁ~っ!」
キモたんのキュアーシャ・マリリンが叫びながら口を開けたら、豹の形をしたオーラが喉の奥から現れてみるみるでかくなってきた。その紫色のオーラが、獲物を狙う豹そのものって感じのシルエットにまで変化したところで、マリリンの喉から飛び出してひのまるに襲いかかった。まるでマリリンの口からロデムが生まれたって感じ。
説明すると随分時間がかかってるみてえだけど、それはあっという間のことなんだぜ。
「ひのまる、避けながらバーニングドロップ!」
ソウルパンサーはマルゲとバトルしたとき、ディアっちが最後に出した技だ。モンスターの身体のつくりや大きさによって、出方が微妙に違うんだな。
う~ん、そっか……。シャーヴォル以外の炎の子が出す炎技も見てみてえなぁ!
シャードネルが住んでた花村さんち周辺の調査に出掛けたのがおととい。今日は二月八日だ。
キモたんがどうしても早く相談したいって言って、俺たちのアパートに来ることになった。その相談ていうのはシャードネルのことじゃなくて、俺に依頼したいっていう漫画についてなんだけどさ。
午後二時。鴨居駅の改札を出たところでキモたんを待ってたら、駅構内をこっちに向かってくるキモたんを見て、俺はなんかいや~な予感に腕がプツプツ鳥肌立つのを感じてた。
だってさ、改札を通れないくらい荷物がでかいんだぜ。仕方なく駅員がいる窓口のところから出てきたキモたんは、この寒空の下、また汗びっしょりになりながらも俺を見つけるとにこにこ走り寄ってきた。
「カズマさ~ん!」
「小島さん、荷物多いっすね。なに持ってきたんすか?」
例のおっさん声のタブレットは、普段は使わなくても必ず持ち歩いてるはず。やっぱなんだかんだで「困ったときのタブレット」だからさ。相性が悪くてもそこは仕方ねえよな。それ以外にも「布教用」のキャラクターグッズなんかも色々持ってるらしいから、オタクの人たちって荷物が多いんだろうか。
「これですか? 着いてからのお楽しみですよ」
キレイに口角を上げてにまぁ~って笑うキモたんの笑顔はやっぱ気持ち悪りいんだけど、いい人そうな感じが漏れ出てきてて、憎めないってこういうことなんだろな、と思う。
ま、実際やさしくていい人なのは確かだし。
道々一昨日の話をしたり、ヴェルト教団のことを話したりしながら歩いてアパートに着いた。
「ただいま」って言いながら鍵を開けて入ったら、サロンのバイトに出掛けたらしくユイはいなかった。四條さんも今日は夜まで帰ってこないし、キモたんの希望なんかをじっくり聞いてあげられそうだ。
「カズマさん、これお土産です」
「小島さん、どこか行ってきたんですか?」
チェックのでかい紙袋から、まあ出るわ出るわ、底なし袋なのか? って思うほど大量のお土産が出てきた。俺たちへのお菓子や食料と、モンスター用のフードやおやつを次々と取り出して、ニコニコしながらテーブルの上に並べてくキモたんは、とっても嬉しそう。
「いえ、そういうわけじゃありません。午前中にちょっと池袋まで出たので、帰りに新宿に寄って買い物したんですよ。いやぁ、たまにデパ地下に行くとあれもこれも食べたくなりますね。で、食べたいと思ったものを全部買ってしまいました。ひのまるちゃんたちにもありますよ!」
キモたんは八グラムずつ小分けになってるおやつの袋をひのまるに見せた。大袋の中に三種類のフレーバーが入れてあって、どれもみんな十二にゃんが好きそうな味だ。
「うにゃっ、うにゃにゃにゃにゃん!」
後ろ脚で立ったひのまるは、手と顔をテーブルの上に載せてしきりに鼻をひくひくさせてる。
「ひのまるも雪風も、これ大好きなんです! よかったなぁ、二人とも」
一昨日はシャードネルと会えなかったキモたんは、毎日ここにご飯を食べに来てるっていう俺の情報を頼りに、今日こそはと張り切って準備してきたらしい。
だからって、シャードネルは毎日決まった時間に来るわけじゃねえんだぞ。もし終電の時間になっても来なかったら、キモたんお泊りコースじゃん。客用の布団なんか用意してねえし、どうすんだよ……って、今から心配してる俺も小せえ男だよなぁ。
家具付きのアパート、ここ「グランメゾン・カモ~イ」のオーナー兼管理人の吉田さんは、実は結構な金持ちでいわゆる地元の名士らしい。
だから収入源としてのアパート経営じゃなくて、入居者との交流やその延長戦でモンスターバトルをする目的でアパートを持ってるんだって。
それでか! 「アパート」って言っても三人それぞれ個室があって、リビングもキッチンも広い。各部屋にはデスクトップパソコンまで標準装備なんだぜ。なのに家賃が安いのは、事故物件だからじゃなくて俺たち全員がガーディアンだったから審査に通ったんだな。
で、一昨日買ったペンタブを繋いで、すでにダウンロードしといた無料のお絵描きソフトを起動させる。
ゆくゆくは俺もフルデジタルの漫画描きになることを視野に入れると、もっと機能が充実しててそこそこの値段のソフトを使いてえところだが、またユイに文句を言われそうなんで、今はこれで我慢だ。
キモたんのネタは、俺たちの生きる異世界を舞台にしたファンタジーで、俺たちの「リアル」がかなり反映されてる。
ヒトが特殊な力を持ってるわけでもなく、かわいい・かっこいいモンスターたちが熱いバトルを繰り広げたり、旅をしながら仲間を増やして人助けをしたりって、ま、どっかで聞いたような内容ではあるんだけど、切り口がもっとシャープで綺麗ごとばっかじゃねえってとこが新鮮かな。
主人公は、普通の外見になったキモたん本人だ。「普通の外見」っていうのはキモたん自身が言ったこと。自分の見た目にはそれなりのコンプレックスがあるらしくて、それから漫画としての見栄えも重視したら、当然キモたんの外見をそのまま漫画にするよりも「普通の外見」の青年を描く方がいいと、俺も思う。
さらに「僕とカズマさんでキャラを出し合ったり、一緒にストーリーを考えましょう!」と合作に近い仕事になりそ。
この一ヶ月は似顔絵や一枚絵ばっか描いてきたから、漫画を描きたくてたまらなくなってた俺に、キモたんは実にタイムリーな救世主だったってわけだ。
ある日の山下公園でのひのまるや雪風、ヨコハマ洞窟で一緒に写真に収まってくれたゲレーヴの落書きを見せたらキモたんは大興奮で、自分の考えた漫画が読みたいって夢を語ってくれたんだ。
その情熱に押されたのと、俺自身の創作意欲もすげえ刺激されての今回の話。キモたんとの付き合いは長くなりそうだな。あぁ、うん。「永遠」なんだったよね……。
冷蔵庫に食材のストックがなかったから、遅い昼飯を買うためにコンビニに行こうってことになって部屋を出た。
「えっ、こんなに買ってきてくれたんだから、お持たせだけどなんか開けましょうよ。米だけ炊けばいいじゃないですか」
キモたんのお土産の中には、美味そうなハンバーグとかクリームコロッケとか、うなぎとか煮物とか餃子とか、とにかく和洋中いろんな店の美味そうなお惣菜がたくさん入ってんだもん。これ食べたいって思うの普通だよね?
「いや、これはあくまでお土産ですから、四條さんと、それからユイさんで食べてもらいたいんです」
「……あぁ、はい」
そっか。初めてここに来たんだもんな。「怖い同居人」としてインプットされてるユイのご機嫌を損ねちゃいけないってピリピリしてんのかもな。
怖いっちゃ怖いけど、ユイだって可愛いJKなんだぜ。キモたんは生身の女子には興味ないのかもしれないけど。
「じゃ、行きますか」
ふたりで部屋を出たら、オーナー兼管理人の吉田さんが庭でストレッチをしてるところに出くわした。
「こんにちは」
って普通に挨拶して通りすぎようとしたら、吉田さんは何を思ったのか初めて見るキモたんに近づいて色々質問を始めた。
「君は、宮本くんの友だち?」
「ええと……」
キモたんがなんて答えたらいいかって俺の方を見たから、代わりに俺が答えた。
「そうです。この人は僕のお得意様で、友人です」
「小島といいます。よろしくお願いします」
「ふぅ~ん、そう。で、小島くんはどんなモンスターを持ってるの?」
いや、初めて会った、それも入居者の客に対してちょっと失礼じゃないすかね? と思ったけど、吉田さんは純粋に興味があるようで、目がキラキラしてる。
ぐいぐい迫ってこられたせいもあるのか、キモたんは左手を下に向けてマリリンを出した。
マリリンはきれいな声で鳴いたあと、大きく伸びをして顔を洗いはじめた。
初めて見るキュアーシャに、吉田さんは大喜びの大興奮で、アパートに併設されてる体育館みてえな建物を指差して言った。
「ちょっと君たち、バトルして見せてくれない?」
「へっ……?」
いや俺たち腹減ってるんですけど。そう思って断ろうと「いy……」って声を出すより先に、吉田さんは俺とキモたんの背後に回って背中をぐいぐい押す。もちろん体育館に向かってだ。
「勝った方に賞金一万円あげるからね~」
キモたんの顔を見たら、ちょっと迷ってる風ではあるが嫌がってるようではない。
ギャラリーにパイプ椅子を広げてそれに座ると、吉田さんはSSR席で試合を見るVIP客みてえに嬉しそうだ。
「どうします?」
「カズマさんがよければ僕はいいですよ」
どうしようか迷ったけど、ふたりともパートナーは十二にゃんだ。可愛くて強い十二にゃんの、俺のシャーヴォルかシャーグラスとキモたんのキュアーシャ。どっちが上か、興味はあるよな!
「ひのまる、雪風、どっち行く?」
屈んで話しかけたら、バトル好きなひのまるが張り切った顔で一歩前に出た。雪風は「じゃあひのまる、行ってきなさいよ」とでも言ってるみてえに俺の後ろにさがって指を舐めてくれた。
「成り行きでバトルすることになったけど、手加減しませんよ!」
「もちろんです! カズマさんのことは尊敬してますが、ここは勝たせてもらいますよ!」
キモたんの足もとにいたマリリンが、スッと静かに進んでくる。
キュアーシャ。属性は魔法。十二にゃんのうちでは一番配色が派手で、ハロウィンをイメージしたような三色の毛皮を持ってる。「三毛」って言っていいのかな。いや、白い毛が入ってなきゃ三毛じゃないんだっけ。でも三色で、全体に黒い身体で、四本の足首にはオレンジと紫のラインが入ってる。
そんでこれがすっげえ可愛い特徴なんだわ。首の周りにはエリマキトカゲって言ったら嫌がられそうだけど、マントの襟を立てたみてえに皮膚が立ってて、その縁もオレンジと紫のラインが入ってる。そんで襟を結ぶリボン型の毛皮があって、それも黒地にオレンジと紫。尻尾の先は小悪魔っぽく矢の形だし、ハロウィンの魔女のコスプレしたかわいい猫っていうと近いかな。こんなデザインのモンスターがいるなんて、やっぱ異世界すげえわ。
で、三毛猫と同じでキュアーシャはほとんどメスしか存在しないらしい。
すごくかわいいけど、雪風の方がかわいくて美人だな。なんていつの間にか親ばかになってて自分で笑うわ。
二人とも補助系の技は使わずに、属性を活かしたガチの攻撃技のみ。
「ひのまる、地獄の業火!」
「んにゃあ~!」
かわいい女の子・マリリンに大技を使うのは気が引けたが、ひのまるだってダメージを負いながらも頑張ってる。それに、マジで戦わないなんてマリリンにもキモたんにも失礼だ!
どす黒い炎の槍がマリリンに降りかかる。これで決まりか?
横に倒れたマリリンは、吉田さんがテンカウントしても起き上がれなかった。
「勝者、宮本くん!」
吉田さんが小走りで近づいてきて俺の腕を掴んだ。そしてそれを高く上げる。
いえーい!やったぜひのまる!
「マリリン大丈夫か? ありがとな。ひのまるも楽しかったって言ってる」
「カズマさん、素晴らしいバトルでした! 僕はマリリンがこんなに楽しそうに戦うのを初めて見ましたよ」
キモたんも鼻の穴を膨らませて興奮してる。
「やっぱバトルっていいですね!」
ひのまると雪風も嬉しそうだ。雪風が冷たい風を起こしてマリリンの身体を冷やす。
あぁ、俺たちのモンスターも登場させて、早く漫画が描きたくなってきたよ!




