第39話 ドロール会議
──その三時間前──
俺とキモたんは冷たいカフェラテで、四條さんは意外なことにメロンソーダだった。
聞き込みを終えてまた横浜駅に戻ってきた俺たちは、ムーンバックスは高けえからドロールに入って、それぞれ飲み物を買って席に着く。
『とりあえず、お疲れさまー!』
むさい男が三人で、グラスを合わせて乾杯かよ。ご機嫌なキモたんはさらに「夕食も一緒にどうでてすか?」なんて言ってるけど、俺たちのアパートじゃユイが待ってんのよ。だから「怖い同居人がいる」って伝えて、お茶だけで今日の成果と今後の相談をすることにした。
シャードネルがどこから来たかの調査は、初日でかなりの収穫があったと言っていいよな。
花村さんちの前で二軒隣の主婦から聞いた情報は、俺たちの想像力を刺激するのに充分なパワーがあった。
「胡散臭いセミナー」「隣人が謎の転出」「ヴェルト教団」
この三つのパワーワードから組み上がるのは……、
1 セミナーに参加した人間の中からカモれそうな人を選別して、ひそかに洗脳して取り込む。
2 同行させたモンスターはガーディアンから離して檻に監禁し、繁殖させるか売り飛ばす。
3 取り込んだ人間が住んでた家も売り飛ばす。(そこを施設として使うと足が付くかもしれないから)
と、まあこんな感じだろうな。
ほらぁーっ! もう極悪な秘密結社じゃん!
「教団」なんて名乗ってるからには、宗教を騙ってなにかを売りつけたりと、そんなこともしてんのかねぇ。そいつらの悪事を暴いて成敗するとなると、民間人である俺らには当然無理だ。暗殺されちゃうかもしれねえし。
いやまてよ、すでに死人の俺らって暗殺されねえじゃん! じゃあどうなるのかっていえば、捕まったら監禁・拷問のコースなのかな。それはそれでイヤっていうかバッチ来いっていうか……なぁ?
『カズマくん、どうしたんですか?』
妄想を膨らませてにやにやしてたら、四條さんにツッコまれた。
『うーん、なんか大ごとになりそうな予感がすると思って』
曖昧な返事をしたけど、そりゃそうだよな。いま考えてたことはシャードネルの幸せとはちょっと路線が外れるかもしれない。
目的を一つ一つきちんとこなさずに気が散るのは、俺の悪い癖だ。
『まずは、検索してみますか』
四條さん、今日も自分のタブレット持ってないのかな。なんでいつもみゅうにやらせるんだろ?
『みゅう、店内だから静かにな』
『もちろんです!』
でも、なんだかんだで自分が活躍できるのが嬉しいらしく、みゅうは画面をキラキラ輝かせてから、検索窓でカーソルをふるふる震わせてる。
多少ざわざわしてるけど、公共の場でうるさくするのはマナー違反だ。無言で操作することも可能なんだろうけど、みゅうとの会話の中でわかったことも今までにあった。
ということで、またみゅうに頼ってみることにしよう。
『みゅう、ヴェルト教団で検索』
『はい!』
キモたんは、タブレットを音声オフモードで使ってるらしい。タブレットの声は一台一台違うんだけど、それを持ち主が選ぶことは出来ない。俺はたまたまよくあるロボットみたいな声だから良かったけど、キモたんのは中年男性のそれで、話し方も出てくる言葉も説教臭くて気が合わないんだって。「可愛い萌えキャラみたいな声だったらよかったのに」と、キモたんは溜め息交じりに不満を漏らした。
今日一日俺と四條さんの三人で行動したことで、「仲間」と認められて嬉しいって言ってる。
キモたんのタブレットがおっさんの声なら、四條さんのはどんな声なんだろ? もしかして声がイヤで使ってねえのかもな。
『ヴェルト教団の検索結果です。カズマさんたちもすでにご存知のように、「異世界ナチュライフの会」という名称でセミナーを開催し、「家族」として施設に迎え入れる組織のようです。この数ヶ月の間に、隣人・知人が突然姿を消したという書き込みがいくつもあり、放置状態のSNSが相当数確認されたりと、異世界の住人たちにかなりの影響をもたらしています』
みゅうがいくつかの画面をクローズアップさせながら、俺たちに見せた。三人でのぞき込むと、四條さんは腕を組んでうーん、と唸る。
『ちょっと検索しただけでこれだけ出てくるのに、なぜでしょう。騙されて教団員になるだけでなく、大切なモンスターまで預けてしまうのは。悪評が広まっていながらも、彼らは毎週セミナーを開催できている。被害を訴える人がいない。証拠がないということでしょうか』
『みんな情弱で、もともと素直で人を信じやすい人たちなんでしょうか。一度生きる苦痛から逃げてしまった俺たちのような人間は、無条件に赦し、やさしく受け入れてくれる人に弱い。秘密結社がつけ込みやすい相手なんだと思います。疑うよりも、自分では何も考えずに信じる方がラクですからね』
『カルトの常套手段ですね。取り込める人間以外には手の内を明かさない。セミナーは選別の場なのだと思いますよ。だから弾かれた人にとっては、本当に健康志向のセミナーという印象しか残らず、彼らの「家族」になった人たちはそのまま取り込まれてしまいますから、真実が外部に漏れることもない』
キモたんの意見で、たぶん合ってるんだろう。さっき、セミナーに参加したことがあるって言ってたし、他にも同じような経験があるのかもな。
今まで訊いたことはなかったけど、キモたんもジサツしてここに来たんだろうか。だとしたらどんな理由で? 俺と四條さんはお互いの理由を知ってる。キモたんもそうだったとしたら、いつか話して楽になれるといいよな。
俺だって生きてた頃は、漫画雑誌への投稿や原稿の持ち込みをしてた。自分の作品がいつまで経っても受賞できない理由として、いま流行ってるものに倣ってないからだと考えた。
異世界ファンタジーっていう巨大なジャンルには「信者」がいて、その信者が新たな読者を獲得しようとして、編集者でもないのに勝手に布教活動をする。
どっぷりハマってる作品には長く続いてほしいし、同じ作品を語れる仲間が欲しい。そんな読者たちの欲望が、一人から数人へ、数人からやがて膨大な数へと増殖していく。
正しい判断力を失くした人たちから、「楽しませる」って名目で金を使わせる。
俺も異世界ファンタジーを描けば売れるかもって言われたことがあったっけ。「宮本くん、絵は上手しいストーリーも決して悪くはないんだけどね。いま流行ってるもの描かなきゃね」だってさ。
でも俺は、完全に俺の個性を殺すことはできなかった。ま、それが俺が今ここにいる理由だわな。
十九年っていう短い人生だったにも関わらず、出版界の現実を見てきた俺だぜ。まだまだ得体の知れねえ教団を相手に出し抜いてやるっていう、妙な自信がみなぎってきてるわけさ。現実には負けたんだけどな……。
『次のセミナーは、十一日みたいですね』
言おうとしてたのにキモたんに先を越されて、みゅうはちょっと怒ったらしい。三人で見てるチラシの画面を、文字が見えねえほど縮小したり、ある部分だけドアップに映したりしてる。
みゅう、やめろってば! ガキかお前は!
『カズマさんのタブレット、壊れてるのかな』
ほら、ライバルのキモたんに言われちゃってんぞ。
ドアップになってたのはサガラの目元で、俺はさっきこの人の顔全体を見たときと同じに、背筋がひやっとした。笑ってんのは口だけで、目はどこを見てんのかわかんねえって感じ。
『十一日ですか……。金曜日ですね。私はシフトが入っているので、誰かに代わってもらいます』
『すみません、四條さん。俺は春になるまで似顔絵描きを休むことにしました。この寒い中お客さんも少ないだろうし、家でデジタルの勉強に励みます』
俺が全部言い終わらないうちに、キモたんは顔を真っ赤にしてグラスを置いた。
『なっ! カズマさん、それは初耳です! 依頼を受けてもらえないとなると、僕は何を楽しみに生きればいいんでしょう!』
え。キモたん、他になんもねえの?
『山下公園での似顔絵描きを休むってだけで、絵の仕事はもちろん引き受けますよ。っていうかお願いしまーす。いや、ちょっと同居人がうるせえ奴でね、ニート状態にでもなったらなんて言われるかわかんねえし』
あのキンキンした声で説教されるなんて、想像しただけで頭痛がしそうで、俺は思わず両方のこめかみを中指で押さえた。
似顔絵描きでもやれって言ったのは自分なのに、ユイは俺が画材を買い込むたびにうるせえうるせえ。「デジタルに移行しなさいよ。そういう消耗品代ってバカにならないでしょ?」って、よく知りもしねえくせに。
けど、俺自身もデジタルには興味があった。今がその機会だろ。キモたんと別れたあと、ヨドシバでペンタブを買うんだ。メーカーや品番はもう決めてある。
俺が死んで四日目、クソ親父がやっと帰宅した時に、なぜか持ってたあれだ。異世界にも同じもの、あるよな?
『よし、セミナーの申し込み完了! 次回は当日、横浜駅前で待ち合わせしましょう。それまで各々、出来る範囲でヴェルト教団について調べること』
四條さんが眼鏡をクイっと上げながらイケボで言う。
『了解。でも目立ったことはしないでね。暗殺される可能性が無きにしも非ずだからさ』
『えぇ……、脅かさないで下さいよ。でも了解です! カズマさん、じゃあ例の件、直接カズマさんのお宅に伺って相談してもいいですか?』
キモたんが目をキラッキラさせて俺に訊いた。
例の件っていうのは、キモたん原案の漫画を俺が描くって話だ。生きてた頃の俺は、作画だけをやるなんて断固ノーだったんだけど、キモたんのネタは俺自身も面白いと思うし、今までことごとくボツにされてきた俺のキャラクターを活かせるチャンスが訪れたのは嬉しい。一枚絵と違って、漫画はそれなりの報酬が発生するけど、キモたんは問題ないっていう。そういえば、キモたんは一体何で稼いでるんだろう……。
『ええ、よろしく、お願いします……』
キモたんはいいお客さんで、人間的にもいい人だ。それは間違いないんだけど、しかし、この外見のキモたんを家に上げて、ユイがあとでなんて言うか……。悩みどころだぜ。
まずはヴェルト教団の実態を掴むこと。騙されたフリして奴らを欺き、そんで苦しい思いをしてるモンスターたちの居場所を突き止める。
始めるぜ、潜入捜査!




