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第38話 やっぱり悪の秘密結社

 や……冗談じゃなくて俺の頭に浮かんだのは、黒くて尖った頭巾をかぶった奴らが「キョーキョキョキョ」なんて言いながらヤバい相談をしてるイメージだったんだけど、みんなにとってはあまりにも現実味のない発言だったらしくて、場の空気がビミョーに歪んだ。


 二軒隣の主婦らしい住人は、異物を見るような目で俺をチラチラ見てる。

 やべえ。せっかく四條さんが不動産業だってアドリブきかしてくれたのに、これじゃ疑われちまうよな。ごめん……、四條さん。


「いえ、初めて聞きます。それは何ですか?」


 さすがナンバーワン執事。四條さんは「こいつのことは無視してください」って感じで俺を後ろに押しのけて、主婦に続きを喋るようにうながした。


「何か月か前、異世界会館で開かれたセミナーに参加したんです。『無添加食品と暮らす』っていう健康志向の会でした。私は花村さんご家族に誘われて娘と一緒に行ったんですが、なんだかおかしいな、と思って、二回目からは行きませんでした。セミナーの中で『ヴェルト教団』の名前が出てきたわけではありませんが、なぜかその言葉が強く印象づけられたような気がして、娘にも訊いてみたんです。『ヴェルト教団』て知ってる? って」


 四條さんは、主婦の話に熱心に耳を傾けてる……ように見える。


「それで、お嬢さまはご存知だったんですか? その、『ヴェルト教団』を」

「ええ。知っていたというのではなく、やはり私と同様にセミナーに参加したあとから頭の中に浮かんで仕方がない、と言ってました」


 ううむ、と相槌を打ちながら難しい顔をしてみせる四條さんは、役者に向いてるのかもしれねえな。すげえ自然な演技で、主婦の話を引き出すのがうまい。


「そうですか。それはますます怪しいですね。では奥様が『おかしいな』と思われたのは、どんなことだったのでしょうか」

「いえね、こんなこと初対面の人に話してわかってもらえるかどうか……。なんていうか、会場にいたスタッフの方たちがみんな同じ顔でニコニコしていて、そのくせ有無を言わさぬ強引さで迫ってくるような感じがして……。ちょっと得体のしれない気持ち悪さがあったんですよ。あぁ、ごめんなさいね。うまく伝わりませんよねぇ」


 はい、まったく。俺にはその場の様子が一ミリも想像できません。


「いえ、よくわかります。自然や健康を謳ったセミナーには多い雰囲気だと思います」


 えぇっ! 四條さんはわかるんだ! 


「ですからね、私はその一度だけしか参加しなかったんですが、花村さんは毎週通われていたようですよ。それからしばらくして、このごろ花村さんをお見かけしないなぁ、と思っていたら、全員でどこかへ引っ越されたらしくて……」


 頬に手を当てて困ったような顔をする主婦は、俺の足もとにいるひのまるを見つけて「あらぁ~っ」って声を出しながら目尻を下げた。


「可愛いシャーヴォルちゃんですね。きれいにブラッシングしてもらって、まぁ~、なんていい子なんでしょう」


 突然ひのまるを褒められて、俺は言おうとしたことを忘れそうになった。

 主婦の話からは、いまいち「ヴェルト教団」つうのが何なのかわかんねえし、そもそもそのセミナーとヴェルト教団が繋がってんのかどうかもはっきりしねえ。四條さんが「不動産屋だ」って名乗った手前、シャードネルの家族のことをこれ以上しつこく訊くのも不自然だよな。けど、これはせっかくのチャンスだ。もうちょっと情報がほしいぜ。


 隣に立ってるキモたんは、冬だっていうのに顔の汗をハンカチで拭ってる。まだ白とんこつの熱気がこもってるみてえに顔が赤い。でも、厳しい表情をしてるってことは、キモたんが知る限りヴェルト教団はやっぱり悪の秘密結社なんじゃねえのか?


「失礼ですが、奥様はヴェルト教団なるものが花村さんの転居に関わっている、とお考えですか?」


 四條さんが核心を突くような質問をした。


「え……? えぇ、そうですねぇ」


 自分でヴェルト教団の名前を出したくせに、主婦は視線を泳がせて話を逸らそうとしてるらしい。


「ヴェルト教団については、いい噂も悪い噂も耳に入ってきますけど、実際はどうなんでしょうねぇ。私は詳しく知っているわけではありませんので、なんとも言えません。えぇ、と、そろそろ……」


 エコバッグの中身をちらっと覗いて、冷蔵庫に入れなくちゃならないものがありますので、と肩をすくめる主婦。


 おばさ~ん、俺たち井戸端会議しに来たんじゃねえのよ。なんかもっと知ってることないのぉ? 

 俺はもうちょっとなんか聞き出せねえかと、半身をずいっと乗り出そうとした。そこで四條さんにやんわりと腕を抑えられる。


「ありがとうございました。頂いた情報をもとに調査を続けます」

「こんな話しかできなくてごめんなさいね。ご苦労様です」


 主婦がドアを開けたら、玄関先で待ってたらしいモンスターの声が聞こえてきた。すぐに「姫ちゃん、ただいま~」って猫撫で声で話しかけてる主婦。


 うん、自分ちのモンスターを可愛がってるいい人だ。なんて単純に幸せな気持ちになる俺。

 ドアのすき間から黄色とオレンジ色が一瞬見えただけだったけど、花のようなすごくいい香りが舞ってきたから、たぶん植物属性のモンスターだろうな。

 異世界にいるほとんどの人たちは、戦わせる目的じゃなくてもペットや家族としてモンスターと一緒に暮らしてる。


 主婦の話から察するに、シャードネルのガーディアンだった「花村さん」は、大切なペットとしてシャードネルを可愛がってたはずだ。花村さんて人とシャードネルの日常を壊したのが、きっとそのヴェルト教団なんだろう。


「小島さんは、ヴェルト教団を知ってるんですか?」


 キモたんに振ると、ちょっとためらうように目線を下に落としてから、顔を上げて頷いた。


「実は、僕もセミナーに参加したことがあるんです。以前一緒に行動していたオタク仲間がいるんですが、彼はある日突然、僕の前から姿を消しました。きっと、ヴェルト教団が管理する施設に入ったのだと思います。……いや、それしかないんです」


 言いながらキモたんはタブレットを起動させて、勧誘の際に配ってたっていうチラシと、セミナーの終わりにもらったチラシの画像を見せてくれた。


 さっきの主婦が言ってたけど、「ヴェルト教団」て名前はどこにも書かれてねぇ。

 けど、その画面をしつこいくらいじーっと見てたら、なーんかヘンな気持ち悪りい違和感に気づいた。いや、「気づいた」って言えるほど具体的なモンでもねえか。漠然と「なんかおかしい」っていう程度なんだけど、見れば見るほど怪しくて気持ち悪いって感じ。

 実際、怪しい言葉や気持ち悪りい絵が載ってるわけでもないんだけど、なんだろう、この感じは……。

 試しに画像を指で拡大してみたら、あーららら。ビンゴだわ、これ。


「小島さん、これ見てください」

「あ、僕が見たときは気づかなかったな」


 いや、気づかれないように作ってるはずだから、それが普通なんですよ。俺は漫画描いてる人だから、イラストの線にうるさいだけで……。


「どうしたんですか? 何かわかりました?」


 四條さんと三人で、キモたんのタブレットに表示された「異世界ナチュライフの会」のセミナーチラシをガン見する。


「わかります? ここまで拡大しちゃうとボケちゃうんですが、この女の子と犬の輪郭のラインをよく見てください」


 ずいーっと最大限に拡大したら、キャラクターを縁どるラインに「ヴェルト教団」って文字がずらーっと並んでる。


「こ、これは!」

「決定ですね。ヴェルト教団はやっぱ悪の秘密結社ですよ」


 俺はめちゃくちゃドヤ顔で胸を張りてえくらいだったけど、そこまでやるのはさすがに大人げないからやめた。


 なんでまた「花村さん」って人はこんなのにハマっちゃたんだろうな。そんなの他人から見たらわかんねえのかも知れないけど、俺ならひのまると雪風を手放すなんてことはぜってーしない。

 でもそう思った俺はたまたま恵まれてただけで、俺や四條さんみたいに自殺して転生しちゃったヤツ、ここでの暮らしに不安を抱えてるヤツは、あるいは引っかかっちゃうかもな。


 チラシには「異世界ナチュライフの会」の活動内容が楽しそうに紹介されてる。


『この世界には、わたしたちの知らないことがまだまだたくさんあります。無添加食品についても同様で、添加物まみれの食事を続けていくと身体とこころにどんな悪い影響があるのか、実際に無添加パンを一緒に作り、それを味わいながらみなさんに感じていただきたい。みなさんの大切な家族であるモンスターの幸せも一緒に考えていきましょう』


 「代表」として載ってる「サガラ」って女のメッセージは、いいこと言ってるようで、正直何がなんだかわからねえ。そこに載ってる写真は美人なんだろうけど、じっと見てると暗闇に吸い込まれるような得体の知れねえ恐怖を感じるのは、俺だけじゃないはず。


「ヴェルト教団について調べましょう。教団が人からモンスターを詐取し、狭いケージの中に閉じ込めているという虐待の事実を突き止めましょう!」


 四條さんが興奮気味に言った。俺の足もとでは、ひのまるも目をキラキラ輝かせて頷いてる。ひのまるが教えてくれた、「シャードネルが檻の中に閉じ込められてた」っていうイメージは、さっきの主婦が言ってたこと、それからキモたんから得たヴェルト教団の情報から想像するに、花村さんがシャードネルを教団に差し出したのは間違いないだろう。


 だとしたら、教団はたくさんのモンスターを囲ってるはずだ。シャードネルがそうだったように、今も苦しい思いをしてるモンスターがいる。そいつらを助けなきゃ! 


「うん。四條さん、小島さん、俺に考えがあるんだけど……」


 両腕をひろげて二人を呼んで、うぅ……冬なのに汗まみれのキモたんと肩を組むのはちょっとアレだけど、やらないわけにはいかねえ。やっぱりユイがいないと心細いけど、この三人だって今日はチームとして動いてきたんだ。シャードネルに俺たちを受け入れてもらえるように、頑張らなきゃな!


 


 暗くなってからアパートに帰ったら、シャードネルはユイの椅子の足もとで丸くなって休んでた。

 さっき撮った花村さん家の画像を見せたかったけど、起こしたらかわいそうだし、それに、やっぱ見せない方がいいかも、とも思ってる。シャードネルを混乱させるだけなんじゃねえかって。


「ただいま帰りました」

「ただいまー。晩メシの買い物もしてきたよ」


 静かに声をかけたら、ユイはシャードネルに向けてたやさしい表情のまま俺たちを見た。


「いま眠ったところなの。もうすこし経ってからでいいわ」


 洗面所で足を拭いてあげたら、ひのまると雪風もいつものようにシャードネルの両脇について、そこに身体を横たえた。

 二匹ともシャードネルと一緒に冒険したいのかな。ひのまるは目を閉じてるけど、まだ眠ってはいないようで、耳をぴくぴく動かしてる。


「何かわかった?」


 ユイも小声で言う。いつもはきつくてクソ生意気なJKだけど、モンスターのことになるとユイは本当にまともでやさしい。

 俺はユイに訊きたかったことをすかさず口にした。


「ああ、ユイ、ヴェルト教団て知ってる?」


 その瞬間、ユイが息を呑むのがわかった。一瞬のことだったけど、確かにユイは口を開けて空気を吸ってびっくりしたような顔をして、それからその空気を吐き出しながら刺々しく答えた。


「……知らない」


 ぴしゃっと、ユイはそこでクローズした。それ以上なにか言ったら、あんた殺すわよ。っていういつものユイじゃなくて、ぞっとするほど冷たい言い方で俺と四條さんを拒絶しやがった。


「ユイ、なんだよそれ。俺なんか悪いこと言ったか?」

「お風呂入ってくる」


 風呂場に向かうユイの背中にぶつけたけど、俺の言葉はそのまま跳ね返された。


「ユイちゃん、どうしたんでしょうね」


 四條さんも心配そうに廊下の奥を見てる。

 なんか、ユイと俺たちとの間にある、見えない高い壁を知ったっていうか、呆然としちゃうよ俺。それともあれか? お前生理か? なんて面と向かって言ったら殴られるのは決まってるけど、あの突然の豹変は覚えがあんだよ。真帆もたまにああいう時があったわ、そう言えば。


 いや、でも、違うだろうな。


 やっと三人で活動する拠点ができてこれからって時に、なんでそんな態度とるんだよ……。


 帰りにヨドシバカメラで買ってきたお絵描き用のペンタブが、紙袋の中で揺れてガサゴソ音を立てた。

 俺はさ、なんつうかその音にも傷ついちゃうくらい悲しくてさ、パッケージの取っ手をきつく握りしめるしかねえわ。マジで。

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